第35話 誰よりも未来を信じる男
ソ連が経済を自由化したことにより、配給制だった食料品店(ガストロノム)を掌握したのは、都熊、ファニー、パイオニアンのTFP3社連合だった。ソ連崩壊の原因の一つは、市民の「並んでも何も買えない」という絶望感と、買い物のために浪費される膨大な時間。政府に対する、払拭することのできない不信感だった。TFP3社連合はルーブルの余りの不安定さと、マモンから齎された未来知識によってFelica決済端末を導入したコンビニチェーンを展開した。
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思い返せば5年前、1992年の冬。私がこの第15号ガストロノムの店長に就任したばかりの頃、誰にも尊敬されない仕事を与えられたもんだと嘆いた。
棚には埃をかぶったマッチ箱と、中身の怪しい酢漬けの瓶が並び、不機嫌な老婆たちが数時間も行列を作っていた。あの頃の決済といえば、インクの切れたスタンプ、そして偽札か本物か判別もつかないボロボロのルーブル札……。あの生活が永遠に続くと思っていた。
だが、あの3社連合が来てから、すべてが狂い、そして輝き始めたんだ。
政府が経済自由化を宣言し、TFP連合がガストロノムの近代化権を握った。最初に来たのは、ファニーの技術者たちだった。彼らは古びたカウンターを叩き壊し、見たこともない「トリニトロン」のモニターを並べた。
店内にパイオニアンのスピーカーから流れてきたのは、都間が持ち込んだ日本のポップスや、聞いたこともないアニメのサントラだ。最初は市民も「資本主義の毒だ」と唾を吐いていたが、アニメが国家公認の元になった時から、徐々に変化し、客層が変化したのを覚えている。。あの青い光は、この国にはなかった色だったから。
最も劇的だったのは、FeliCa決済の導入だ。
ソ連の買い物は、かつては「並ぶ・払う・受け取る」の3段階、それぞれに別の行列があった。だがTFPは、一部市民にファニー製のICチップを埋め込んだカードを配り、給与のデジタル振込を強行したんだ。
「店長、本当にこれでパンが買えるのか?」
怯える労働者がカードをリーダーにかざす。0.1秒。電子音が鳴り、決済が終わる。
かつて1回の買い物に3時間かけていた市民は、浮いた時間で店内の「レーザーディスク・シアター」に集まるようになった。家でもみられるが、設備が違う。カードでピッと言わせて物を買って、最高の設備でアニメを見て過ごす。あいつらに憧れる奴らが現れて、カードを店で販売するようになるまで時間は掛からなかった。もう誰もルーブルなんて使っちゃいない。イデオロギーなんてどうでもよくなっていた。「次はいつナディーアの続きが入荷するんだ?」それが彼らの最大の関心事になった。
6年が過ぎた。今やうちの店は、単なる食料品店じゃない。政府とTFPがズブズブなのは誰もが知っている。警察(ミリツィア)ですら、ファニー製の監視カメラで見張られているこの店では大人しくしているよ。
うちの店の棚は、都熊が予測する「需要データ」に基づき、常に完璧に管理されている。アニメールだけは余るほど置いていくがな。明日、市民が何を欲しがるか、モスクワで何が流行るか、私はTFPの端末を見るだけでわかる。市民はFeliCaの利用履歴をTFPに握られていることも知っているが、それ以上に「カードをかざせば、いつでも新鮮な食料と最高のエンタメが手に入る」という快感から逃れられないんだ。
最近は治安も良くなってきて、ガキが一人で買い物に来たりするんだぜ。
……おっと、客が来たようだ。
おう小僧、何が欲しいんだ?コーラ?あるぜ、アメリカから来たばっかの瓶のやつがな。
ピッ
おう、今は誰も見ちゃいねえから、勝手に好きなもん選んでみていけ。音はでかくしすぎるなよ!
さて、ああそうそう、いい感じだよ。あなたたち二人も日本人だろう?通訳もなしでよくこんなところに来たもんだよ。あの小僧はスラムの子供かって?ああそうさ。もうスラムなんて呼ばれるような場所は残っちゃいないがね。
そういや、昔会ったことがないか?なあ、あんたら、昔俺に、仕事はあるのかって聞いてきたよな?そうだ、そうだよ、ヨーカンをくれたよな!あれがうまくて、この店にも置くようにしてあるんだぜ。
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宮島のいない三馬力スタジオの駐車場には、スーパーカーがずらりと並んでいた。無論、車大好きなアニメーターたちのものだ。
「それにしたって、僕たちがこんなに稼いでいるのに、それ以上に稼いでいる半田さんは物欲がないよね」
「宮島さんが、あれは生粋のアカだ、社会主義者だって言ってただろ?そういうことだよ」
「え?どういうこと?」
「資本主義社は今を信じる。社会主義者は、今より未来が良くなることを信じる。半田さんは物欲の代わりに、社会を変革したいっていう自己実現欲が強いんじゃないか?」
「たまに食堂でご飯食べてるけどさ、半田さん、ゆで卵に塩だけ食べてることがめちゃくちゃ多いんだよね」
「食欲もないんじゃない?」
「あと、男にも女にもあんまり興味がない」
「性欲もないんじゃないか?」
「そこまで行ったら社会主義者ってより、ロボットに近いんじゃないか?」
「宮島のび太のために未来からやってきた、青いたぬきってわけかい?笑えるね」
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