第22話 初めてのカフェと魔法のお勉強
「今日は、特に予定はない。つまり休みだ」
すっかり慣れた、朝の風景。
わたしは朝食を摂りながら、レーウェンに言われた。
「休みって、何すればいいの?」
わたしの疑問に、スプーンを運ぶ手を止めたレーウェン。
「……そこからか」
一瞬考えて、頭を掻く。
「まぁ、好きにしろ。寝ててもいいし、レナと遊んでもいいし、外出てもいい」
一拍置いて、ちらりとこちらを見る。
「……ま、まだ一人で出るのは怖ぇか」
『なぁ、提案なんだけど、この世界についての情報収集はどうだ?』
とにかく知らないことが多いわたしたち。
葵の意見に賛成し、どうすればいいかレーウェンに尋ねる。
「じゃあ…、『この世界』について知りたい」
*
「あら、レーウェンさん。今日はイリアちゃんはお休みのはずでは?」
その後、レーウェンについて冒険者ギルドに来たわたしたち。
「あぁ。だが、好きにしていいと言ったら──」
冒険者ギルドには資料室がある。種族のこと、魔物のこと、魔法のこと……。
なんでもいいから、何か知りたいならここが手っ取り早いと、レーウェンが教えてくれた。
「そうでしたか…。では、資料室にご案内しますね」
レーウェンは他の依頼があるようで、わたしは彼と別れて受付のお姉さんに連れられて資料室に向かった。資料室は、部屋中に本棚が敷き詰められ、上の方までびっしりだ。
「イリアちゃんって、字は読めるの?」
「……読むだけなら」
そう言うと、受付のお姉さんは頬に人差し指を当てて、少し考えたあと。
「じゃあ、今は丁度受付も混んでないし、少しだけ教えてあげるわね」
そう言って、本棚から一冊の本を取り出したお姉さん。彼女が開いた本には、見たこともない種族の絵が並んでいた。
「この世界には、いろんな種族がいるの。例えば──」
エルフ、ドワーフ、龍人…。
「それぞれ、生まれつき得意なことが違うのよ」
ページの端に、小さく書かれた文字。
吸血鬼──血を操る。…わたしと同じ。
「これから学ぶなら、この本を読み進めるのをおすすめするわ」
そう言って、差し出された分厚い本。
受付のお姉さんは、「そろそろ戻らないと…」、と言いながら席を立つ。
「あ…ありがとう、ございます。…えっと」
「そういえば名乗ってなかったわね。ふふっ、リンって呼んで」
お姉さんの名前を覚え、改めて。
「ありがとうございます、リン…さん」
「えぇ。お勉強、頑張ってね」
リンが部屋を出ようとした、その時──扉が開いた。
「あっ、いたいた〜!」
聞き慣れた声に顔を上げると、そこにはマリーと……見知らぬ女性が立っていた。
「さっき
「きゃーー、あなたがイリアちゃん!?可愛い〜」
マリーの言葉を遮って、距離を詰めてきた女性に、思わず肩が跳ねた。
「ちょっとノーラ、声が大きいって。イリアちゃんびっくりしちゃってるじゃん!」
ノーラと呼ばれた女性をゆっくりと見上げる。
「ごめんね〜、イリアちゃん。こっちのうるさいのはノーラって言って、私の友だち」
マリーが説明すると、ノーラは「よろしくね」と笑顔で言った。
「で、私たち今からカフェに行くとこだったんだけど、イリアちゃんもどう?」
まだまだ知りたいことはある──けど、カフェというのも気になる。
『行ってみりゃいいだろ。どうせなら、マリーに魔法も教わればいいし、カフェなら話もしやすい』
…葵の言葉に、少しだけ迷ってから。
「……いく」
*
「イリアちゃん、何飲むー?」
テーブルに広げたメニュー表を見つめる。
ページを行き来させるけれど、見慣れない名前ばかりで、どんな飲み物かも想像がつかない。
「……え、えっと」
「もう、マリー。この子、カフェ初めてなんでしょ?選んでやりなよ」
「あ、ごめんごめん」
慌ててマリーがメニューをめくった。
「じゃあこれにしよっか。『とろけるショコラミルク〜蜂蜜仕立て〜』ってやつ!」
「……な、ながい」
「大丈夫大丈夫、甘くて美味しいやつだから!」
三人とも選び終え、お店の人に告げる。
マリーとノーラは、長い名前を迷いなくスラスラと答え、お店の人も慣れた様子で復唱した。
「じゃ、注文が届くまで少しあるから、さっきの続きから話そっか」
カフェへ向かう道中、わたしはマリーに魔法について教わった。母様の言っていたことと似ていたけれど、マリーの言葉はより魔法が身近なものだと感じさせた。
「魔法はイメージが大事って話だけどさ、ぶっちゃけ何をイメージすればいいのよ、ってならない?」
確かに、闇魔法は記憶の中の母様の言葉を頼りになんとかイメージできたけど、ほかの属性は分からない。
「火、水、土、光、闇ってさ、それぞれやってることが違うんだよね」
そう言って、マリーが私の手を握ってきた。
「火の魔力ってね、熱を動かす力なんだ」
握られた手が、急に暖かな熱を帯びた。
「火、って言ってるけど、熱を動かせばこんなこともできるんだよ」
すると、手から熱が逃げて、冷たくなった。
「…す、すごい」
ひんやりとした感触が、手に残る。
──その時。
「お待たせいたしました。こちら、『とろけるショコラミルク〜蜂蜜仕立て〜』と──」
やっぱり、なんと言っているのか分からない。
それでも、マリーとノーラは当たり前のように頷いた。
「ご注文の品は、以上でお間違いないでしょうか?」
「はい、ありがとうございます!」
頼んだ品が揃い、テーブルの上を鮮やかに彩る。マリーはクリームとフルーツの乗ったパフェ、ノーラはカラフルな飲み物。
「イリアちゃん。それ、飲んでみて〜」
眼前に置かれた、やたら名前の長いミルク。
顔を近付けると、甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐる。
「じゃ、じゃあ……、いただきます」
『……あっっっっっま!』
思わず目が見開く。
舌に絡まるような甘さが、一気に広がった。
──けれど、一口目の衝撃とは裏腹に、二口目、三口目と飲み進めると、心地いい甘さが喉を潤した。
「どお?美味しいでしょ!」
「…うん、これ好き」
わたしの感想に、二人がパッと笑顔になる。
「良かった〜。じゃあ、私もいただきまーす!」
マリーがパフェをすくい、口にクリームを付けながら頬張る。
「ねぇねぇ、イリアちゃん」
ノーラはグラスを軽く揺らした。
中の飲み物が、ゆらりと波打つ。
「今度は私から、水魔法について教わらない?」
ノーラの提案に、甘い飲み物を飲みながら、小さく頷く。
「やった!…じゃあ、早速だけど。──水ってさ、どんな力だと思う?」
グラスを持ち、カラフルな飲み物越しにわたしを見つめるノーラ。
水のイメージは……柔らかい、混ざる…?
葵も水の力のイメージに苦戦しているようで、なかなかいい答えが思い浮かばない。
「えっと…、柔らかい?」
「ん〜、確かに水は柔らかい感じがするけど……。どんな風に柔らかいって感じる?」
再びノーラの問いに思考を巡らせる。
──が、やはり難しい。
「なんか…、『サラサラ』って感じ?」
わたしの答えに、ノーラが一瞬口角を上げた。
「いいイメージできてるじゃん」
一拍。
「それ、そのままだよ。『流れてる』でしょ?」
そう言って、ノーラがグラスに指先を触れる。
次の瞬間──、カラフルな飲み物が、内側から巻き上がるように渦を描いた。
「こうやって、流れを作ったり、変えたりするのが水魔法ね」
液体である血を操るわたしの魔法と、どこか似ている──けれど、どこか違う。
わたしの飲み物で同じようにやってみる。けれど、ピクりともしなかった。
「あははっ。それは蜂蜜入ってるでしょ?少しドロっとしてるから、動かすのは相当難しいと思うよ」
初めは混ざり気のない水で練習した方がいい、とアドバイスをもらい、今回は素直に頷いて引き下がる。
ノーラの説明が一区切りついたところで、マリーが、じっとこちらを見ていた。
「イリアちゃん、頭使うと甘いもの欲しくならない?」
空になりかけたわたしのグラスを見て、にんまりと不敵な笑みを浮かべたマリー。
「──はいっ。あーん!」
「……えっ、あっ」
『……はっ!?待って、それって間接──』
差し出されたスプーンに思わず固まるが、目の前の果物が妙に魅力的に見えて──。
……ぱくり、と。
「……っ!」
『……っ!?』
かつてあの森で食べた酸っぱい野苺とは比較にならない甘さに、思わず感嘆の声が漏れた。
──が、直後。
胸の奥が、どくん、と跳ねた。
「……お、美味しい」
頬がじんわりと熱を帯びる。
…マリーが、火魔法を使ったのかもしれない。
『いや……すまん。俺がヘタレなせいだ、それ』
その後、もうひと口だけマリーのパフェを食べさせてもらってからお店をあとにした。
帰り道。
賑やかな通りを抜けて、少し静かな路地に入った、その時。
──視線。
思わず振り返る。
けれど、そこには誰もいなかった。
『…なんだ、今の?』
「──イリアちゃん」
マリーの声に、はっと我に返る。
「イリアちゃん、大丈夫?疲れちゃった?」
二人の足が止まり、わたしを心配そうに見つめる。
「ううん、大丈夫。………ちょっと、考え事をしてただけ」
「そっか。魔法のことで知りたいことがあったらいつでも言ってね!」
ノーラの言葉に頷きながら、『血の傘』を開く。影が、わずかに濃くなる。
──その中に、少しだけ安心を覚えた。
それから、家まで送ってもらった。
──けれど、結局何も起きなかった。
「それじゃ、イリアちゃん。今日はありがとね」
また明日、と軽く手を振るマリー。
「あっ!イリアちゃん、明日の夜って酒場のお手伝いだよね!?明日は絶対行くからね〜!」
ノーラは、一昨日は依頼で酒場に顔を出せなかったことを後悔していた。
「…はいっ、待ってます…!」
小さく頷いて、そう返した。
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