第16話 ウィンドルムの冒険者ギルド -前編-
視界に収まりきらないほど大きな外壁。門の前には、種族も装いもばらばらな人々が列を作っていた。
槍を持った衛兵たちが一定の間隔で立ち、流れるように人の出入りをさばいている。けれどその視線は鋭く、ただ通しているだけではないことが分かった。
「いいか、イリア。身元不明なお前は、ここで色々聞かれると思うが…、正直に答えてくれれば危害は加えられない」
レーウェンの声に、小さく頷く。
落ち着かないまま、門付近を観察していると、中央に鎮座する、淡く光る球体を見つけた。
「イリアちゃん。あれ、気になる?」
ティナが顎で示したのは、ちょうどわたしが見ていた球体。
「……あれ、なに?」
「簡単に言えば、魔族を弾くための道具よ」
あっさりとした答えだった。
「通るときに、反応を見るの。魔族なら、すぐ分かるから」
その言葉に――。
ぴくり、と耳がわずかに動いた。
「……魔族」
無意識に、言葉が零れる。
胸の奥が、ざらりと波立った。
――思い出す。
あの日向けられた視線。浴びせられた言葉。
魔族だから――と。
『……イリア』
葵の声が、わずかに低くなる。はっとして、わたしは視線を逸らした。
「…大丈夫よ」
ティナの声が、少しだけ柔らかくなる。
「あなたは、『人』だから」
………。
「さっ、そろそろ降ろすぞ」
サークがわたしの両脇を抱え、慎重に荷馬車から降ろす。ずっと座っていたせいで、若干足取りがおぼつかない。
「イリアちゃん、手繋ご?」
マリーに言われるがまま手を繋ぐ。温もりが、わずかに強ばった指をほどいた。
── 一歩。
足を踏み出すたびに、淡い光が視界を占めていく。
前の列の男が球体の前を通過する。
一瞬だけ、光がわずかに揺らいだ――が、すぐに元に戻る。
「無理しないでね。怖かったら、目を瞑ってていいから」
わたしたちの番が来た。マリーに手を引かれ、目を見開いたまま、光の中へ足を踏み入れる。わたしは魔族じゃない。──その証明のために。
………。
「ちょっといいか」
何も起きてない。通れた──はず。
だけど、不意にかけられた声に肩が跳ねた。繋いだ手に、思わず力がこもる。
「お前たちは、『黎明の盾』だな」
衛兵の視線が、わたしに向く。
「……、その子は?」
わずかな間。
「レーウェンに、そんな幼い子はいなかったと記憶しているが」
衛兵の鋭い視線に耐えきれず、目を逸らした。
──その瞬間。
「俺から説明しよう」
レーウェンが、一歩踏み出す。
「俺たちは、『断絶の森』の異変の調査依頼を受けていたんだが──」
レーウェンが説明する間、マリーの手だけはずっと離れなかった。
───。
「なるほどな。事情は分かった。その子が依頼と関係しているのであれば、このまま冒険者ギルドへ向かってもらう。ただし――規定通り、簡単な検査だけさせてくれ」
その言葉に、胸が強く跳ねた。
「検査」という響きが、頭の奥で嫌に残る。
無意識に、衛兵の手元へと視線が落ちる。
――触れられる。
そう思った瞬間、指先が冷えた。
「安心しろ、触れたりはしない。ただの聞き取りだ。……そこの詰所でな」
低い声が、思っていたよりも穏やかに響く。
それでも、身体の強ばりはすぐには抜けない。
しばらくこちらを見ていた衛兵が、小さく息を吐いた。
「……その様子じゃ一人は無理か。同行は一人まで許可する」
「じゃあ私が行く!」
即座に手を上げるマリー。繋いだ手の温もりが、少しだけ現実を引き戻した。
詰所の中は、思っていたよりも簡素だった。名前と、種族と、出身を聞かれただけの簡単なやり取り。──けれど、出身を話した時。空気が、わずかに変わった。
向けられる視線が、鋭くなる。
ほんの一瞬。
だけど、すぐに別のものへと変わった。
「……質問は以上だ。通っていい」
一瞬だけ、言葉を選ぶように間があって。
「──寄り道はするな。そのまま、冒険者ギルドへ向かえ」
*
門をくぐると、目に入ったのは活気のある城下町。けれど、すぐに気付く。向けられているのは、景色ではなく――わたしたちだった。
『黎明の盾』と、その隣にいる見知らぬ少女へと。
「──イリア、急ぐぞ。約束通り冒険者ギルドに来てくれ」
「……う、うん」
帽子を深く被り直して、小さく頷いた。
「大丈夫だイリア。俺らはここじゃ、ちょっとした有名人なんだぜ。気にするほどのもんじゃねぇよ」
サークがわたしを気遣って励ます。
──やがて、騒がしい街並みを足早に駆け抜けると、一際大きな建物が見えてきた。
「やっと着いた〜。ここが冒険者ギルドだよ、イリアちゃん!」
『気を付けろ、イリア。冒険者ギルドと言えば、ガラの悪い連中が多い場所だ』
……。ガルドみたいなのが、わんさかいたらどうしよう。──と考えている間もなく、マリーに手を引かれ、半ば引きずられるように中へと足を踏み入れた。
中に入ると――思っていたよりも、ずっと普通だった。葵が言っていたような、荒くれ者ばかりの空間ではない。
様々な種族の人間が行き交い、笑い声や会話がそこかしこで重なっている。……少なくとも、ここには酔って暴れているような人はいない。
「おいあれ。『黎明の盾』じゃねぇか」
「連れてる女の子は……新メンバー?にしては幼すぎるわね」
ざわつき始めた周囲を気にすることなく、レーウェンを先頭にして、周囲の視線を振り切るように受付へと向かった。
「あら、レーウェンさん。例の調査依頼はどうでしたか?」
受付嬢は慣れた様子で、柔らかく笑いかける。
「その件で話がある。悪いが、急ぎで上を呼んできてくれ」
受付嬢は小さく頷くと、すぐにわたしたちを二階へと案内した。
二階の角部屋へ案内されたわたしたち。五人掛けのソファの端に、ティナの隣へ腰を降ろした。
「緊張しなくてもいいわよ。ウィンドルムのギルドマスターは優しいから」
ティナはそう言って、小さく笑った。
──数分後。
ノックとともに声が聞こえた。
「入るわよ」
女性らしい口調とは裏腹に、野太い声。
扉が開いた瞬間、部屋の空気がわずかに重くなる。
そこに立っていたのは、レーウェンよりもさらに背の高い、筋骨隆々の男だった。そしてその人物は、鮮やかなスカーフを揺らしながら、優雅に一歩踏み出した。
「あら〜、聞いてたより可愛い子じゃない」
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