ミドル、墜つ。
「玄武要塞は、青龍地方の奪還に於ける、物資集積地となる」
機体の発進シーケンスの最中、アサガオはサツキ隊長からの説明を受けていた。
「塹壕戦を突破するには、まず鈴蘭隊による火力支援が必要。しかし、その火力支援を行うには、我々が敵航空部隊を撃滅しなければならない」
アサガオ機が、カタパルトにセットされた。
「やるぞ、全て焼き尽くせ」
「了解!」
リラ機──狙撃仕様の鷹眼や、サツキ機──火力支援仕様の針鼠。二機の援護を受けながら、残る四機の青百合は敵の群れへと突撃を開始した。
アサガオは、左腕の魔力砲を数連射。サールトードの魔力シールドを引っぺがし、次いでコックピットに着弾させた。爆ぜる緑の巨人には一瞬の視線もくれず、上から来る殺気に集中する。
魔力探知機が接近の警報を鳴らす。ヴェルフィだ。蒼い機体が右腕を突き出して迫ってくる。
(スパイクが来る!)
彼女の読み通り、特殊コーティングが施された針が射出された。最早そんなもの、当たることもなく宙を穿つのみ。彼女の機体は相手の懐に入り込み、赫灼石ごとパイロットを切り裂いた。
戦いながら、アサガオは頭に楔を打ち込まれたような痛みを覚えていた。鋭敏すぎる殺気が、脳味噌にメスを入れてくる。
(何、これは何?)
憤怒、悲哀。更には名前のない感情たちも、濁流を形成して脳に流れ込んでくるのだ。
だとして、戦いを止める理由にはならない。してはならない。武器管制スティックを握り締め、思考を赫灼騎兵に送り込む。今振るった刃が、一機のサールトードを花火に変えた。
「リリーシックス、その、頭が痛いんですか?」
アリスから通信が入った。
「何故、わかるんですか」
「あたしも感じるんです。色々と入ってくるのを……」
感じ取っている。その事実を受け入れると、アサガオはほんの僅かだが、頭痛が軽くなるのを感じた。
「片付けましょう。時間は、あまりかけられませんから」
六千メートルの高空。酸素マスク無しでは死んでしまう高さで、青百合は咲き誇っていた。サールトードも、ヴェルフィも、駆逐される側だ。
それが三十分続く。空の色から、緑と蒼は消えつつある。残るのは、群青と色とりどりの青百合たち。互いに数を減らしていても、青百合の支配領域は広がりつつある。
だが、アサガオは喜べなかった。一際強い、黒い炎のような殺意が迫ってくるのだ。
「クロス・ヘルマーの亡霊……ッ!」
続いて、
「登録済みの魔力パターン」
と魔力探知機が告げる。クロス・ヘルマーと表示された名前が、空に浮く。
彼女の脳内に、イメージ。挟み込んでくる二つの小さな妖精。
「使い魔が来ます!」
そう広域回線で叫んで、スラスターを全開へ。上昇を開始した機体は、赤い光を躱した。
視線の先にあるのは、あの水色の機体、イグ。それを守るべく展開するヴェルフィ編隊五機。上等、とアサガオは内心呟く。
ヴェルフィの群れが、青百合に集る。連射される魔力をシールドで受けたアサガオは、前進の機を窺う。だが、背中に回り込んだ使い魔の砲撃を躱す間に、ヴェルフィが距離を詰めてくる。
「リリーファイブ!」
僚機の名を呼べば、白と黄色の青百合が真っ直ぐヴェルフィ部隊へと突撃を敢行した。二、三度斬り結んだ末に、アリスは相手を一機破壊した。
それを見届けたアサガオは、近づいてくる暖かな意志と、恐怖と覚悟を孕んだ意志の群れとを、それぞれ感じ取った。
「リリーシックスは、本丸を潰すべきであります!」
「手こずるな」
リリーフォーとリリースリー──レナとジンの機体もやってきたのだ。同時に、更なるヴェルフィ部隊も、小さな戦場に介入せんとしている。
熱と冷たさを併せ持った殺意へ、アサガオは飛ぶ。機体を思う存分振り回し、殺意の源を睨む。
途端、彼女は幻視した。いや、それは真実だった。酸素マスクも、ヘルメットも、飛行服すら身に着けない、女の姿。白いドレスにハイヒール。
「貴様を、地の底へと叩き落としてしまうのですよ!」
「ミドル・ヘルマー!」
ミドル・ヘルマー。アサガオは、その名前を気づけば叫んでいた。どこで知ったか。心が知っていた。
使い魔さえ避ければそれでいい。そう思っていた彼女だったが、イグの背中にあるスラスターユニットが持ち上がるのを見て、咄嗟にローリングを行った。横へ転がった機体が今しがた去った場所を、細い魔力の光条が幾つも撃ち抜く。
(知らない兵装……ッ!)
ロールの慣性で滑る機体を、使い魔が狙う。魔力シールドで受けたその須臾ほどの硬直を、イグが付け狙っていた。
振り下ろされる斧槍のイメージ。それが先行して訪れた。アサガオが太刀を閃かせれば、頭を狙った斬撃を弾くことに成功した。
カキン、という金属音と共に、イグの胴体が開く。隙だらけ。平突きが、その胸へと飛んだ。
だが、またもイメージ。斜め下にキューブが回り込もうとしている。腕を引いて防御が間に合うか、という所。舌打ちも出る。
それを救ったのは、アリスだった。射撃体勢に入っていた四角い使い魔を、アリス機が蹴り飛ばす。空中で不安定になった砲台は、そこから食らった砲撃で空の塵となった。
「クロス様を侮辱するのか、足蹴にして!」
ミドルの激怒は、アリスへと向けられる。背中の連装魔力砲を、砲身の過熱も考えずに連射する。十二連装が四基だ。四十八門の細い光の束は、アリス機の魔力シールドを穿ち抜き、左腕を消滅させた。
が、素人の戦いだった。爆発の中で、アリスは太刀を投擲するのだ。胸部上面を掠りつつ、頭を刺し貫く。
「嫌、わたくしとクロス様は、一つになれたはずなのに!」
金切り声を聞き流しながら、アサガオは動きの鈍ったイグへと増速をかけた。振り上げられる斧槍。斧が来る前に、太刀が刺さった。
「ああ、クロス様……わたくしは、あなたと──!」
その尻切れ蜻蛉の一声が、最期の思考だった。
何を言わんとしていたのか。ミドルはクロス・ヘルマーの何であったのか。渦を巻く思考と、晴れていく殺意の嵐。かなり頭が軽くなった。そのまま、アサガオは玄武要塞の航空優勢を確保するべく、前進した。
◆
「玄武要塞は、陥落した」
スベルシックとエーデルは、ルベルクという船の通信室にて、アルター将軍の髭面ホログラムを前に跪いていた。
「クロス大佐がいらっしゃったはずでは」
エーデルは、答えを想像しながら問う。
「クロス大佐は粗度要塞の戦いにて、重粒子砲を止めるべく玉砕した。妻であるミドル少佐も、試験機のイグに乗り込み……」
胸中で嘲笑いながら、彼は続く言葉を断定していた。
「玉砕した。だが、敵のデータも集まった。無駄死にではない」
アルター将軍が指を鳴らすと、その隣に青百合のホログラムが生成された。
「青百合。瑞穂はこれを三桁ほどの数で揃え、反攻作戦を開始したわけだが、なるほどそれに見合う性能を発揮している」
「ヴェルフィでさえ、太刀打ちできぬと?」
スベルシックが尋ねた。
「ああ。その通り」
人間としての格より兵士としての格を重視しながら、将軍は髭を撫でた。
「故に、デルフリードの早期の実用化、及びそれまでの穴埋めとしてイグの量産を決定した」
「イグ……感応者向けだったはずでは」
エーデルが訊く。
「使い魔を降ろし、ウイングスラスターユニットへと換装。高い機動力を以て近接戦闘を行う機体に仕上げた」
「コーリゴ将軍の指示で、でありましょう?」
彼の口振りに、アルター将軍は顔を険しくする。
「何であれ、諸君には一刻も早くデルフリードのデータを集めてもらう。出撃頻度は倍増だ」
「はっ……」
二人は粛々と返事をした。
「以上だ」
そうして、将軍は消えた。
「やれるか?」
通信室を出ながら、スベルシックは隣の親友に問う。
「やらなければ祖国が滅ぶ。それだけのことだ」
欺瞞だった。だが、それはまだ見せない。西に動いた戦場は、まだ彼らには遠かった。
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