ポルターガイスト

「結人、やっと見つけた。ここに居たのか」


 隼人の声が聞こえてきて、僕はその声に気が緩んでしまった。

「……は、隼人ぉ」


 不安と混乱、プレッシャーに押しつぶされそうだった。隼人に平静なんて、装うことが出来なかった。


「お、おい。どうかしたのか?」


 いつもと様子が違うと気付いたのだろう。隼人が眉尻を下げ、痛ましそうに歪んだ顔を向けてくる。その顔を見て、気づく。僕もそんな顔をしているのだと。


「うわぁ……。結人、なんでそんな暗い色放ってんのよ!何かあったの?」

 恵利華にも、僕の心の不安定さを断言されてしまう。


「もう、どうしたらいいのか、分からなくて……」


 強がることなんてできなかった。僕はたどたどしい口調で、二人に事情を説明した。


 * * *


「なんで事前に相談しないんだよ。俺、そんなに信頼ないのか?」

 寂しそうな隼人の目が、僕の胸を締め付けた。僕は何度も首を横に振る。


「違う、そうじゃない。キャンプ場の方はある程度、状況を掴んでから話そうと思っていたんだ。イベント実行委員を任されるなんて、思ってもみなくて、それで……」


 せっかく分かり合えた隼人に見限られるのは嫌だった。それを必死に目で訴える。

隼人はその思いを分かってくれたようだ。落ち着きを取り戻し、僕の肩を叩く。


「ったく、しょうがないな。今回は許す。だけど次からすぐに話せよ」

「ああ、約束する」


 僕も幾分、落ち着きを取り戻していた。二人に事情を打ち明けられたことで、気持ちの整理ができていた。


「どっちも俺が協力してやる!大丈夫だ。一つ一つ熟していけばいい」


 一人だけで背負わなくていい。一つ一つ熟していけば、いずれ終わる。

そんな風に切り替え始めたら、僕の中にあった『出来ない』は、『出来るかも』に変化していた。


「……ありがとう。隼人」

「おう」


 近くに居た恵利華に視線を移すと、彼女は不機嫌そうに唇を下げて、僕をにらんでいた。


「え、恵利華……?」

 僕は戸惑いの声を漏らす。


「あんたにムカついているわけじゃないわ。テルにムカついているの!私、もう何年もテルと連絡を取ってるのよ。なのに、どうして結人と先に会うのよ」


 不機嫌な理由はそっちだったようだ。落ち込んでいる僕に強く当たれないらしい。恵利華は目を反らし、唇をかみしめる。イライラの矛先をぶつけてこない。


「ごめんな、恵利華」


 恵利華がそのことで傷つくのであれば、気が回らなかった僕にも責はある。

素直に謝ると、恵利華は噛み締めていた唇を今度は不服そうに突き出した。


「結人のせいじゃないって分かってるって言ってるでしょ!」

「でも」

「いいのよ、テルに文句を言うわ!とにかく!私も出来ることがあるなら、手伝ってあげてもいいわ。いい?!分かった?!」


 素直になれない恵利華なりの優しさをちゃんと感じる。僕は恵利華に笑みを返した。


「恵利華もありがとう」

「……ふん」

 恵利華が照れているのは分かりやすかった。


「……よしっ。まずは、キャンプ場の管理人に会いに行こう」

 まずは一つ、熟していこう。

「おう!いこうぜ!」


 キャンプ場の片隅から動けなくなっていた僕は、二人の力を借りて、やっとその場から立ち上がることができた。


 * * *


 キャンプ場の管理人の依頼は、摩訶不思議現象を無くしてほしいということだった。その現象のせいで、キャンプ自体がままならず、途中で帰ってしまう客が増えているのだという。キャンプ場でキャンプができないのは由々しき事態だ。


その原因が『CWCクロスカ』であるから、僕は呼ばれた。摩訶不思議現象を解決して回っているボーイスカウト。「オカルト調査員なんて、本当に居るんですね」と、品定めされるように見られた。関心と不信の両方が混じっている。


 ああ……、こういうのはまだ嫌だ。笑顔を作りながら、びくびくする。


だけど隼人は嬉々とした目でニンマリしていた。そう呼ばれたことが嬉しいらしい。恵利華は逆に慣れたように、フンっと興味のない表情をしていた。その僕らの差が妙におかしかった。


 摩訶不思議現象がポルターガイストだと噂されていたけれど、どういうものなのか分からなかった。原因を突き止めるにしても、それを把握しないことには対処できない。


「俺、せっかくだから体験したいぜ!」

 怖いもの知らずの隼人。

「そうね。まずは様子を見た方が良いって言ってるわ」

 占い用のサイコロを転がし、あっけらかんとしている恵利華。二人の腕には『実行委員』と書かれた腕章が光っている。


 僕の腕にも、分不相応な文字が巻かれていた。ビクビクしている自分に喝を入れる。担任からの依頼、テルからの任務。キャンプを総括しながら、まずは状況把握から始まった。


 * * *


「うわぁぁぁ……」

 誰かの声と生徒たちのざわめき。現象が起きたのは割とすぐだった。焚き火から煙がもくもくと立ち上がっている。


 近くで腰から転げていた生徒に隼人が駆け寄る。

「火傷はしてないか?」

 焚き火と生徒の周りには、灰がたくさん散らばっていた。


「ケガは?立てますか?」

 僕は隼人と一緒に、生徒を起き上がらせる。

「だ、大丈夫。驚いて、しりもちをついただけ……」

「なら、良かったです」

 

 何が起きたのかと、近くにいた生徒たちがこっちを気にしていた。野次馬をしにくる生徒たちも増えてくる。あまり大事おおごとにするのは良くない。


 「この班のリーダーは居ますか?」

 僕が尋ねると、すぐにその生徒が近づいてきた。


「この焚き火は使えないので、僕らが使っている焚き火を使ってください」

 幸い僕らの用意した焚き火は、引き続き炎を維持していた。恵利華にお願いして、焚き火を共有できるように対応してもらう。


僕はしばらくその場に留まり、周囲を警戒した。僕の緊張とは裏腹に、他の生徒たちの和気あいあいとした声が聞こえてくる。大丈夫そうだ。その後トラブルを起きない。ホっと胸をなでおろす。


「話を聞いてきたぜー」

 尻もちをついた生徒と一緒に、料理をしていた隼人が僕の元に戻ってきた。さすが、どんな時でも情報収集を欠かさない。そういうのを自然と熟してしまうのは隼人の特技だと思う。


「はい。これは結人の分よ。私が作ってあげたんだから、感謝してよね」

 恵利華が定番のカレーライスを渡してくれる。昼食を食べながら、僕らは分かっていることをまとめた。

 

「急に焚き火がパチパチ発光して、突然蒸気が噴出したんだってさ」

「こういう現象って、火力が強い状態で一気に水をかけると起きるみたいよ」

 スマホで検索すると、そんな情報が書かれていた。


「だけど水なんてかけてないって言ってたぜ」

「近くに水すらなかったしね」

 水がないのに火が消える。そんなことは普通ならあり得ない。


 * * *


 二つ目の現象は、日が暮れ始めてすぐのことだった。

生徒たちが各々ランタンを用意し始めた。周囲を照らしだすランタンスタンド。ほんのり明るいその光はどこか安心感を与えてくれる。


暗闇へと向かっていく不安を和らげる拠り所みたいだった。その雰囲気に心を寄せていると、ランタンが急に不穏な空気を作り出した。


 一斉に、チカチカと点灯し始めた。不規則で不気味な光り方。

「な、なに?」・「故障しているのか?」

 生徒たちが騒ぎ始めた。そのうちランタンが、ユラユラと揺れ始める。


『ガシャンっ』

 一つがスタンドから外れ、地面に落ちて割れた。近くに居た生徒たちが驚いて、小さな悲鳴をあげる。


「結人、これ……」

「ああ、これも例のだ」

 僕らは割れたランタンの場所へとすぐに向かう。恵利華が割れたランタンを片付け始めたから、僕と隼人はそれ以外のランタンを見渡した。点灯と揺れはまだ続いていた。


 点滅しているランタンは、スタンドに掛けられたものだけだった。机や地面などに置かれているものは、特に現象は起きていない。高さが原因なのかもしれない。


「隼人。また落ちる前に点滅しているランタンはスタンドから外そう」

「おお。分かった!」

 

 欠陥商品だったと伝え、生徒たちに配布したスタンドはすべて回収。その後、ランタンとスタンドを使い、僕らはどの位置で現象が起きるのかも確認した。場所は特定できた。だけど、要因となるものはまったく見当たらない。目には見えない何かがある。そうとしか言えなかった。


 * * *


 夜も更け、もうこれ以上何も起こらないようにと期待したけれど、そうはさせてはもらえなかった。真夜中、「ぎやぁぁああ」と、悲鳴が響いた。


テントの前の地面に転げ出ていた生徒が二名。青ざめた顔をしていた。


「どうしたんですか?」

「テントの中で、変な音が!」


 中を覗くと、耳を抑えたまま震えている生徒が一名。そして同じテント内であっても、ぐっすり寝ている生徒が一名。 


「こんな時間からの移動は面倒だと思いますが、僕らのテントと交換しませんか?」

 怖い思いをした三人は、すんなりそれに応じてくれた。隼人と僕は、自分の荷物をトラブルの起きたテントに運び、未だ気付かずに眠りこけている生徒を見て、苦笑いをした。


「何が起きてるんだろうな」

「ひとまず、寝ころんでみよう」


 マットに寝転んだ途端、全身の身の毛もよだった。耳元に響く低く恐ろしい声。バッと身体を起こす。すると音は消えた。

「やべーな、これ。分かってなかったら、結構こえーな!」

 そう言いながらも、隼人は余裕そうに寝転んだままだった。


「……隼人、図太いね」

「そうか?聞こえるものだと思ってしまえば、遊園地にあるサウンドホラーみたいなもんだろう」

 なんだその気持ち悪そうなホラーは……。そんなアトラクション、絶対体験したくない。


 僕は仕方なく、もう一度寝転がる。さっきよりも冷静に音を聞くことが出来た。籠っていて、唸り声のような、鳴き声のようにも感じる。


「テントの中でも、大きさに差があるな」

 背ばいで身体の位置をズラすと、音の違いを発見する。眠っている生徒の近くまで移動すれば、音はまったく聞こえなかった。


 他のテントの様子をその後見て回ったが、他に騒いでいる生徒は居なかった。

「女子の方も大丈夫だって」

 恵利華からのLINEを確認した隼人が、僕にニッと笑ってくる。僕はふぅっと息を吐き、夜空を見上げた。平穏無害な星空が僕を見下ろしている。


 摩訶不思議現象はそれ以上起こらず、次の日の朝をやっと迎えてくれた。


 * * *

 

「よく眠れたか?」

「眠れるわけない。体が痛い」

「俺もだよ」

 僕らは互いにふざけて、睨み合う。


 朝日が昇る前に、僕らは目が覚めてしまった。

昨晩はトラブルのあったテントの中で、音が聞こえない場所を選んで寝た。


必然的に体の大きい隼人とくっついて寝る羽目になる。

とにかく狭く、寝苦しかった。気を張っていたのもあり、眠りも浅かった。


 朝日が昇り始める。あくびをして、ぐっと背伸びをした。


「昨日の現象を纏めると。一、焚き火の異常。二、ランタンの点灯と落下。三、テント内の怖い音。まぁ、俺がイメージしていたポルターガイストよりはショボいけど、キャンプどころじゃないのは分かる」


「イメージしていたよりもショボいって、どんなヤツを期待していたんだ。映画で見るような椅子が宙を飛び回るようなやつ?」


「おう!ラップ音バリバリで、いろんなものが浮いちゃうようなやつな!」

「そんなの怖すぎて、このキャンプ場は既に営業中止だよ」


「確かにそうか!でも、このキャンプ場で起きている問題は見えてきたな!」

「ああ。次はどうしてそれが起きているかを探ろう」


 この現象は『CWCクロスカ』が関係しているはずだ。だから、僕の世界だけの問題ではない。異世界の干渉が起きている。

だけど、異世界に移動できる辻村家や神道神社は近くにない。異世界の状況をどう確認すればいい。

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