第3話 忍び寄る陰

 伊織は昔のことを思いだしていた。あれは八年前に幼馴染のノアが、イデア機関の研究員だった両親と一緒に引っ越す前日。夕暮の公園の中の出来事である。

「伊織くんはヒーローを目指してるんだよね?」

 別れのときが徐々に近づいてきてしんみりしている中、ノアが意を決したようにたずねてきた。

「ああ、オレはいつか軍人の父さんみたいに、困ってる人を助けみんなの笑顔を守るヒーローになってみせるんだ!」

 伊織は自身の夢を、目を輝かせながら熱く語る。

 いつか尊敬する父親のようになりたいと、小さいころからずっとヒーローに憧れていたのであった。

「じゃあ、あたしが伊織くんの夢が叶うように、お手伝いしてあげる!」

「ノアが?」

「ヒーローにはそれ相応の力がいるでしょ? だから将来あたしがイデア機関の研究員になって、とっておきの力を用意してあげる! それで伊織くんは世界さえも救える本物のヒーロになるの!」

 ノアは伊織の手を取って、はしゃぎながら告げてくる。

「世界を救うヒーローか! いいなそれ! かっこよくて!」

「でしょ! だから約束! 伊織くんはそのときを楽しみに待っててね!」

 ノアがにっこり満面の笑顔で笑いかけてくる。

 必ず伊織にふさわしい力を用意してみせると。そんな子どもの微笑ましいような約束をして。




「ははは、世界を救うヒーローか。懐かしいな。確かそんな約束してたっけ」

 なつかしみながら当時のことを振り返る。

 あれは小さな子ども時代によくある、子どもの口約束みたいなあやふやなもの。もちろん本気になどしていないし、もはや忘れていてもおかしくない子どものたわごとであった。

「――おっと、気がゆるみ始めてるな。まあ、それもノアが来ないからだけど……。――はぁ……、約束の時間はとうに超えてるんだが……」

 ベンチに座ってノアを待っていた伊織は、時間を確認してみた。すでに約束の時間から三十分は過ぎている。しかし一向に来る気配がなく、遅れるなどの連絡もない。先ほどの正人の話を聞くに、ノアの身になにかあったのだろうか。

 ここは木々が立ち並び、花々もたくさん植えられている緑豊かな広場。さらに海も見渡せ、気持ちのいい潮風が吹き抜けるまさに絶好のスポット。散歩だったりおしゃべりだったり、みなのんびりとした時間を過ごしていた。

(もしかしてあれが原因か?)

 しばらく待っていて気づいたのだが、伊織はどうやら監視されているみたいなのだ。

 伊織の動向を一挙一動見逃さないといった視線。さらにはいつでも取り押さえられるような、殺気まで感じる始末。正直な話、ノアがこの場に着た場合、どうすればいいのかと悩んでいたほどである。

 このことはすでに正人に報告済み。荒事になることを考慮し、いつでも動けるように待機しておけとのこと。

「ね~、ね~、そこのキミ~。もしかして今、ヒマしてる~?」

 頭を悩ませていると、同い年ぐらいの少女が伊織の顔を下からのぞき込みながら話しかけてきた。

 手入れがよくされた銀色の髪の小悪魔的な笑みが似合う、オシャレでスタイルがいい少女である。ただそのかわいらしい顔の裏には、なにやら切れ者の風格が見え隠れしていた。

「ちょうど人を待ってるところなんだ。とはいえなかなか来なくて、待ちぼうけしてるんだけどな」

「え~、それすっぽかされたんじゃない?」

「いや、けっこう大切な用事だから、それはないと思うんだが」

「ふ~ん、ちょっとよこ、失礼♪」

「え?」

 少女が突然伊織の隣へと座ってきた。

 ここでの問題は距離がかなり近いということ。肩が触れそうな距離であり、女の子特有のいい香りがしてくる。年頃の男子としては、さすがに内心ドキドキせずにはいられなかった。

「クロエよ♪ あなたは?」

「間宮伊織だけど」

「イオリくんね! 実はクロエ、ついさっき友達に、予定をキャンセルされちゃってさ~。ヒマしてるんだよね~。だからもしよかったら、これからクロエと一緒に遊ばない?」

 クロエはぐいっと詰め寄り、目を輝かせてたずねてくる。  

「え? なんで?」

「だってせっかくおめかしもして遊ぶ気満々だったのに、ここからおとなしく帰るのはなんかアレでしょ。こうして出会ったのもなにかの縁ということで、ちょっとクロエに付き合ってよ~!」

「オレ、待ち合わせしてるんだが」

「全然来ないんでしょ~。じゃあ、いいじゃん! いいじゃん! クロエみたいなかわいいかわいい女の子と遊べるチャンスなんて、めったにないんだからさ~」

 伊織の腕をクイクイ引っ張ってきて、かわいらしくおねだりしてくるクロエ。

(おいおい!? なんか当たってるんだが!?)

 その関係上、たまにとてもやわらかいものが、腕に当たってくるという。思春期まっさかりの男子としては、意識せずにはいられなかった。

「――た、確かにクロエはすごくかわいい女の子だけどさ……」

「くすくす、ありがと♪ ちなみにイオリくん、けっこうクロエのタイプだよ♪」

「――うっ……」

 耳元でささやきかわいらしくウィンクしてくるクロエに、思わずドキッとしてしまう。

「だから~、クロエとデートしよ~♪」

「ッ!? ごめん、大事な用事なんだ。もう少し粘ってみるから、他を当たってくれ!?」

 思わずうなずきそうになるのをなんとかこらえ、断りを入れた。

 もしノアの件がなければ、おそらくついていってしまっただろう。それほどまでに魅力的な提案だったのだから。

「えー、イオリくん、ノリがわるい~。ふ~んだ。いいもん、いいもん。クロエは一人さみしく街をぶらつきますよ~だ」

 クロエはプイっとそっぽを向いてすねだす。そして立ち上がり、とぼとぼと去って行ってしまった。

「あぶないあぶない。危うくホイホイついていきそうになってた。オレには大切な任務があるだろうに」

「間宮伊織くんだね」

 自分の今の立場を再確認して平静を取り戻していると、謎の男に話しかけられる。

 相手は20代後半ぐらいの、鋭いナイフのような眼光を持つ、高圧的な青年である。そんな彼の後ろには、部下らしき男たちが六人ついてきていた。

「どうしてオレのことを?」

「ミハイル・ランベルツだ。ノア博士は今手が離せないらしく、キミを迎えにいってほしいと頼まれたんだ」

「――頼まれた、ですか……」

 ミハイルの伊織を見定めようとする視線。後ろの兵士たちの殺気だった様子から、先ほどまでの監視の視線が彼らだったことに気づく。どうやらいつまで経ってもノアが来ず、しびれを切らして話しかけにきたみたいだ。

(こいつらさっきの。状況から見るにノアと敵対してそうだ。ついていくのはマズイいよな)

「どうしたんだい?」

「ノアと連絡をとって、代わってくれませんか? 彼女とは直接ここで会う手はずになっていたので」

「我々を疑っているのかい?」

「ははは、念のためですよ。もし間違った相手についていって、ノアに迷惑を掛けたらイヤなので」

 笑いながら肩をすくめる。

「ガキが、つべこべ言わずついてこい!」

 すると後ろにいた血の気の多そうな兵士が、殺意を向け叫んできた。どうやら隠していた本性を表してきたみたいだ。

 これには頭を抱えだすミハイル。

「――はぁ……、加藤……」

「隊長、もういいじゃないですか! 関係者が接触してくる気配もないし、さっさと確保して知ってること洗いざらい吐かせましょうよ!」

「できればスマートにことを運びたかったが、しかたない。間宮伊織、我々についてきてもらおう」

 ミハイルは手を伊織へと向け、圧をふくんだ口調で告げてくる。

「いやいや、敵とわかって、のこのこついていく人間なんていないでしょ」

「これはお願いではなく命令だ。我々はこの世界の平和と秩序をつかさどる、イデア機関のエージェント。正義の使者なのだ。ゆえに庇護される側のキミたちは、だまって従っていればいい」

「いい者にはあるまじき発言ですけどね」

「誰のおかげで、平穏に生きられていると思ってるんだ? 身の程をわきまえろ。力もない軍人ふぜいが」

 あまりに上から目線の言葉の数々。自分たちの立場に絶対的な自信を持ち、伊織を見下していたといっていい。

「傲慢極まりってやつですね。これまであったイデア機関に対するいいイメージが、180度変わりそうですよ」

 ショックを受けつつ、ポケットに忍ばせていた護身用の折りたたみナイフに手を掛ける。

 さすがにアンノウンとやり合う連中に対抗するには、心細い武器だがないよりはマシだろう。とはいえ真っ向から戦うのは、さすがに分が悪すぎる。どうにかして逃げ延びるべきだろう。

 そんなピンチの状況に、割り込んでくる人影が。

「ふん、こいつらイデア機関の傲慢さなんて、今さらって話よ~」

「え? クロエ?」

 声の主に視線を移すと、そこにはなんと先ほどデートに誘ってきたクロエの姿が。

 彼女は腕を組み、うんざりするかのようにミハイルたちを見ていた。

「イオリく~ん、クロエを振るから、こんなことになっちゃったんだよ~。まあ、クロエはとってもとってもやさしい女の子だから、助けてあげちゃうんだけどね~!」

 そしてクロエは伊織の隣へと立ち、笑いかけてくる。

「クロエ助けようとしてくれる気持ちはありがたいが、ここは下がっていたほうがいい。あいつらやばい連中で」

「ふふん、心配しなくても大丈夫! 王子様のピンチを、お姫様が華麗に救いあげてみせるから!」

 危ないから止めようとするも、クロエは得意げにウィンクを。

「何者だ? この状況下で我々の前に立ちはだかるとなると、一般人ではないはず。ノア博士の関係者ではなさそうだが?」

「さ~て、誰でしょうね? 一つ言えることは、あんたたちの思い通りにはさせないってこと!」

「ほう、イデア機関にケンカを売ると? タダで済むと思っているのか?」

「ふふん、ケンカもなにも、こっちは戦争だって売る気でいるんだから今さらって話よ! あんたたちのせいで、クロエたちへの風当たりがどれだけ強くなっていることか。それに近ごろの暴挙と、怪しい動き。これ以上イデア機関の好きになんてさせられない! 力があるのはあんたたちだけだと、思わないでよね! イオリくんはクロエがもらいうけちゃうんだから!」

 クロエがミハイルにビシッと指を突きつけ、かっこよく宣言を。

 ただ最後、聞き捨てならない言葉が混ざっていた気がするのだが。

「なるほど、コミュニティ側か。しかも間宮伊織を狙っているとは。こちらの情報が漏れているということか……。させんよ。彼は我らが連行する」

 ミハイルは彼女を完全な敵とみなした様子。邪魔するならば容赦しないと、一歩前へ。

(なんか取り合われてるー!?)

 話しをきいているとクロエも伊織を狙っていたということ。もしかするとあれがハニートラップというやつなのだろうか。ホイホイついていっていたら、いったいどうなっていたことやら。

「――えーと、じゃあ、オレはこれで……」

 今にも争いの火ぶたが切って落とされそうな空気の中、伊織はこっそり抜け出そうと。

「ちょっと、イオリく~ん! どさくさにまぎれて、どこに行こうっていうのかな~?」

 だがすぐさまクロエに腕をつかまれ、阻止されてしまう。

 ここで問題なのはクロエが逃がさないようにと、伊織の腕を抱きかかえる形で確保したことだろう。それにより腕に彼女の豊満な胸のやわらかさが、むにむにと押し寄せてきてしかたがないのだ。もはや思春期男子としてあまりに刺激が強すぎ、動揺がすごいことに。

「――あ、いや、そ、その……!?」

「イオリくんどうしたの? そんなに取り乱したりして? あ~、なるほどね~。そうか、そうか~。伊織くんも男の子だね~。くすくす、このままおとなしくいい子にしてくれていたら~、しばらくこのままでいてあげちゃう♪」

 クロエは不思議そうに小首をかしげる。だがすぐに伊織がこうなってる原因に気づいたようで、ニヤニヤと小悪魔の笑みを浮かべだした。

「――か、からかうなよ」

「だってイオリくんの反応がかわいいから! ほらほら~、クロエの胸はやわらかろ~。今のうちにとくと堪能しとくといいよ~。あとおとなしくついてくれば、もっとサービスしちゃうんだから!」

 耳元で色っぽくささやいて、誘惑してくるクロエ。

「――はぁ……、見てられんな」

 次の瞬間、ミハイルからオーラのようなものを感じだ。

 その正体はおそらくマナ。世界にはマナと呼ばれる自然のエネルギーが、存在しているらしい。それは無色のエネルギーであり、そこに方向性を与え望んだ通りの力を生み出していくのだとか。マナは体内の生命エネルギーからも生み出すことができ、力を行使する者たちにとって欠かせないものだと聞いたことがあった。

悪鬼豪腕あっきごうわん!」

 ミハイルが名前を告げると、彼の腕が悪魔のような鋭利な爪を持つ剛腕へと変化した。

 そして地を蹴り、風を切り裂きながら突っ込んでくる。

(あれがレガシー?)

 レガシーとはイデア機関の兵士たちの主力武器であり、その実態を簡単に説明すると未知のオーバーテクノロジーだ。その形状は武器の形をしていたり、アクセサリーやオブジェの形をしていたり様々。そして驚くべきは人智を超えたその内包する力であろう。常識では考えられないような能力や事象を引き起こす、いわば一つの概念というべきか。イデア機関はこのレガシーを世界中から集め、研究して今の強大な組織になっていったのである。ちなみにイデア機関はレガシーを研究し、複製することにも成功しておりこれをアナザーレガシーという。アナザーレガシーはオリジナルには力が及ばず出力も低いが、量産でき今や下位の兵士たちの基本装備として普及しているのであった。

「ストームバレット!」

 その突然の奇襲に、クロエは即座に反応。腕をミハイルに向け、声高らかに叫ぶ。次の瞬間、彼女の手から、凝縮された風の衝撃が放たれた。

 それこそ魔法。魔法使いは五大コミュニティの中でも特に勢力が強く、属している人口も多いことで有名らしい。魔法はマナと呼ばれるエネルギーを、純粋な力へと変換。それにより火、水、風、雷などの様々な自然の力だったり、中には特殊な事象を引き起こしたり。さらにその生み出せる力の幅は全コミュニティ内でも随一であり、戦闘力も高かった。ただ彼らは戦うことよりも、魔法を極めることに重点を置いているらしい。もはや生粋の求道者タイプであり、日々魔法の研究に明け暮れているとか。あと魔法は素質が大きく関わってくるため、血統主義が重んじられがち。家柄にもいろいろ固執しているそうだ。

 そしてすべてを切り裂く鋭利な爪と、コンクリートさえ軽く貫通する風の砲弾が激突。その衝撃に空気を震わせた。

「ほう、今の奇襲に対応するとは、並みの魔法使いではないようだ」

 攻撃をはじかれ後方へ下がったミハイルは、クロエに感心の言葉を投げかける。

「も~、イチャイチャタイムしてるところを襲ってくるとか、無粋にもほどがあるでしょ!」

「我々は忙しいのだ。子供の遊びに付き合ってなどやれん。次は本気でしとめにいかせてもらうぞ」

 ぷんすか怒るクロエに、ミハイルは冷ややかに告げる。そして殺意を向けながら、構える。それに続き、部下の兵士たちも剣や槍といった武器を取り出し、臨戦態勢を。

「やるよ、みんな」

「はい、クロエさま」

 気づけば六人の若い少年、少女たちがクロエの後ろに集まっていた。

「クライン、イオリくんを願い」

「はっ、危ないのでこちらへ」

 クラインと呼ばれた少年が、伊織へ駆け寄り後方へ誘導してくる。

 どうすることもできそうにないので、おとなしく従うことに。

「こんなにも侵入しているとはな。魔法使いども、まとめてひねりつぶしてやろう!」

「くすくす、返り討ちにしてあげる! イデア機関!」

 両陣営にらみ合い、まさにぶつかろうと。

 そんな火ぶたが切って落とされようとした瞬間、異変が。

「うわっ!?」

 伊織を逃がさないように確保していたクラインが、どこからともなく衝撃による攻撃を受け、よろめきだしたのだ。

「なんだ!?」

「伊織お兄ちゃん! こっちです!」

 驚いていると、猛ダッシュで割り込んできた少女に腕をつかまれ引っ張られる。

「ひ、ひより!?」

 その少女は伊織がよく知る人物。そう、ノアと同じく幼馴染で一つ歳が下の涼風すずかぜひよりだったのだ。

 彼女は黒色の髪の、ほんわかしたとても女の子らしい少女である。温和で人当たりがいい、礼儀正しい女の子であった。

 そのまま伊織はひよりと共に走り、この場から逃げ出そうと。

「ちょっと! イオリくんはクロエたちのものなのに~!」

「逃がすか! 追うぞ!」

 だがそれを許すクロエとミハイルたちではない。すぐさま追撃しようとしてくるが。

 そこでふと気付く。彼女たちのところへ、符が七枚ひらひらと落ちていることに。

「重圧結界!」

 ひよりが後方へ手を向け印を結んだ瞬間、クロエやミハイルがいた地面がまばゆく光だす。そして敵全員に、過度な重圧を掛けた。

 これによりクロエとミハイル以外の敵は膝を突き、完全に足止めされる。

「小癪な! だがこの程度で俺を止められると思うなよ!」

 ミハイルは重圧に耐えながらも、逃げる伊織たちへ攻撃をしかけようと突っ込んできた。

 しかし。

「あー、もう! これ貸しだからね! イオリくん! ウィンドアロー!」

 クロエが伊織たちではなく、ミハイルに向けて魔法を行使。

 六発の風の閃光がミハイルに襲い掛かる。

「小娘!」

 風の矢は全弾ミハイルの悪魔の腕にはじかれていった。

「ほらほら~、いった、いった~! この埋め合わせはあとでしっかりしてもらうからね!」

 だがその隙にクロエは彼と伊織たちの間に割り込み、立ちふさがってくれる。

 どうやら逃走を手伝ってくれるみたいだ。

「このまま逃げましょう! 伊織お兄ちゃん!」

「ああ」

 そしてひよりに連れられ、この場から離れる伊織なのであった。

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