第5話  天使の屁理屈、男の逃走

ケルビムはしばらく考え込んだあと、意を決したように志朗へ向き直った。

「……あの、よかったら私と一緒に旅をしませんか?

あなた以外の人間を探すために」

志朗は即座に首を振った。

「……お前と一緒に旅だなんて、絶対にごめんだね」

そして、鋭い視線でケルビムを指差す。

「それより、光束輪とやらを解いてもらおうか!!

まさかここにきて“さっきの条件は飲めません”なんて言うんじゃないだろうな……!!」

ケルビムはしゅんと肩を落とし、しぶしぶ頷いた。

「……分かりました。あなたの拘束を解きましょう」

彼女が指を鳴らすと、志朗の体を縛っていた金色の輪がふっと消えた。

志朗は腕を回し、足を動かし、自由を確認する。

(……よし、体は動くな!

さっさとこの小娘には消えてもらおうか……!)

志朗は大きく息を吸い、ケルビムに向き直った。

「さあ、小娘!!

お前の好奇心も満たされたんだ!

とっとと天界なりどこへなりと消えるんだな!!」

ケルビムは黙ったまま、志朗を見つめている。

だが志朗は構わず続けた。

「俺はこれから自由気ままな一人旅を再開するため、車のガソリンを給油しなくちゃならねぇんだよ……!!

本当なら責任取ってお前にやってほしいところだったんだが……まあ特別に許してやるよ……!!」

それでもケルビムは動かない。

志朗は苛立ち、わざと辛辣な言葉を投げつけた。

「なあ、頼むよ……!!

お前には悪いけどよ、さっさと消えてくれねぇかな?

目障りだし、不愉快なんだよ!!」

ケルビムの表情がわずかに揺れた。

だが志朗は止まらない。

「正直、お前と会うまで天使族は好きだったんだが……

お前のせいで嫌いになっちまった。

その責任を取ると思ってさ……!!」

志朗は大げさに腕を広げ、嘲笑気味に言い放つ。

「ほら、ご自慢のお奇麗な翼で宇宙にでも行ってこいよ!!

応援してやるから!!」

高らかに笑いながら、志朗は心の中で勝利を確信した。

(ここまで言えば、さすがにこの小娘もどっかに消えるだろう……!!

まあ、消えなくても無視するけどな……!!)

ケルビムは、怒りに満ちているのに、どこか神々しく清らかな表情のまま、か細い声で志朗に問いかけた。

「……あなたの名前は、何ていうんですか?」

「……は? なんだって? 聞こえねぇなあ」

志朗がわざとらしく耳をほじるような仕草をすると――

次の瞬間、ケルビムは大音声で叫んだ。

「あなたの!! 名前は!! なんて!! いうんですか!!」

その迫力に、志朗は思わず給油ノズルを落とした。

「……志朗だよ」

しぶしぶ答えると、ケルビムは決意に満ちた瞳で志朗を見据え、宣言した。

「……私、決めました!!

志朗さん、あなたが首を縦に振るまで――

あなたに付き纏いますからね!! 覚悟してください!!」

志朗は唇を噛んだ。

(……こいつ、マジか!!

こんだけ言われてもなお、食って掛かるとか正気じゃねぇな……!!

俺が折れるか、小娘が折れるか……!!

望むところじゃねぇか……!!

持久戦には自信があるんだよ……!!)

志朗はケルビムに何か言い返そうとした――が、ふとあることを思い出した。

(……いや、俺は馬鹿か!?

そんなことしなくても、さっき俺が言った“条件”でもう勝ってるんじゃねぇのか!?

さっき俺は何て言っていた!?)

志朗は自分の言葉を思い返す。

――この話を聞く代わりに。

――二度と俺の前に姿を現さないこと。

――追いかけてこないこと。

(そうだよ!!

この条件を、この小娘は飲んだ!!

本人が認めたんだ!!

今さら反故にはできない!!

よし、今度こそ俺の勝ちだ!!)

志朗は、大声で笑いながらケルビムに言い放った。

「おいおい!! 忘れてねぇか、小娘よ!!

俺の話を聞く代わりに――

俺の前に姿を現さないこと! 追いかけてこないこと!

これが条件だってことをよ!!

お前、自分で認めたんだぜ!?」

志朗は勝ち誇った笑みを浮かべる。

だが――ケルビムは、まったく動じていなかった。

「確かに私は、その条件は認めました。

志朗さん、あなたの前に姿を現さないことそして……あなたを追いかけないこと」

ケルビムが静かに言うと、志朗は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。

「ほら、認めてるじゃねぇか!! 分かったらとっとと――」

しかし、ケルビムはその言葉を力強く遮った。

「でも、それは逆に言えば――

姿

 

「おいおい、この期に及んでなんだよその屁理屈は!?

ふざけるのもいい加減にしろよ、小娘!!」

志朗は怒鳴りながらも、ちらりと計量機を確認した。

(……よし、メーターは満タン!!

これで車は飛ばせる!!)

志朗は給油ノズルを戻し、料金を支払うとケルビムに向き直った。

「おい、小娘!!

何を考えてるかは知らねぇが、茶番はもう終わりだ!!

もう二度と会うこともないだろうし、最後に一つアドバイスしてやるよ!!」

「……何ですか?」

ケルビムが問い返すと、志朗は車に乗り込みながら、意地悪な大人の笑みを浮かべて言い放った。

「天使なら天使らしく天界で暮らしな!!

お前にこの世界は似合わねぇよ!!」

そしてアクセルを踏み込んだ。

「絶対に……逃がしません!!」

その声は、走り去る車の後ろから響いた。

志朗の車が遠ざかるのを見送りながら、ケルビムは静かに目を閉じ、両手を胸の前で組んだ。

そして――天使語の詠唱を始める。

光が彼女の体を包み込み、翼が大きく広がった。

次の瞬間、ケルビムの姿は変わり始める。

志朗を追うための、天使族特有の“ある形態”へと――。

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