ヴェルク27 穢れた泉

 

 村に戻るとガルドとリツが二人を出迎えた。

 

 ヒトガタ討伐の報を受け二人は驚愕しつつ感謝を述べる。

 

「まさか……こうも容易く変異魔獣を討つなどとは……」

 

 その言葉には「もう少し到着が早ければ……」という無念が滲んでいた。それを感じてヴァルトは表情を曇らせる。

 

「すまない……もう少し早く来ることが出来ていれば……」

 

 その言葉でアニマは目を細めた。

 

「ヴァルト・シュタイン。その思考は無意味です。わたしたちは可能な限り早くこの場に来ました。その証拠に迎えまで一週間を残しています。人は全ての悲劇に責任を持てるほど偉大ではありません。無意味な罪悪感を抱いて自滅するなど愚の骨頂です」

 

「おい……遺族の前だぞ……?」

 

 そう言ってたしなめるヴァルトに向かってガルドは寂しげに微笑んだ。

 

「いいえ。アニマ様の仰る通りです。あなた方の責任ではない。辺境で生きるとはそういうことです。それが嫌な者は改宗し聖都の壁の中で暮らすしかありません」

 

 それを聞いてヴァルトは小さく頭を下げたが、視界の端で涙を堪える少女を見るとやはり堪らなく胸にものがある。

 

「ところで泉はどこに? 先ほど彼の攻撃が魔獣の吐いた瀝青を燃やしました。もしかすると泉を浄化できるかもしれません」

 

 不意に言ったアニマの言葉で少女と族長、そしてヴァルトも顔を上げる。

 

「本当ですか⁉」

 

「可能性はあります。辺り一面火の海――という可能性も否めませんが……泉が浄化されれば、村も再建出来るでしょう?」

 

「可能性があるならば賭けてみたい……!」

 

 ガルドは言葉に力を込めてそう言った。しかし少女は再び顔を下げて俯いている。

 

「加減はする。火の扱いには慣れているからな。大事な場所ならなおさら、丁寧な作業を心掛けさせてもらう。嬢ちゃん達の祈り場を火の海にしたりはしないつもりだ」

 

 リツの頭に伸ばしかけた右手が「カチ……」と冷たい金属を立てた。

 

 それでヴァルトは咄嗟に右手を引っ込めると、ぎこちない笑みを浮かべて左手を差し出す。

 

 しかし少女はそんなことは気にも留めていない様子で、頭を撫でられる間もやはり俯いたままだった。

 

「泉へ案内します」

 

 ガルドはそう言って村の奥、高台の墓地を通り過ぎ細い階段を下っていく。

 

 墓地から続くその小道は、美しい低木樹の林に両脇を囲まれていたのだが、やがてその葉の輝きが翳り始め辺りに耐えがたい異臭が漂い始めた。

 

 何かの薬品を彷彿とさせるその臭いは大きく息を吸い込めば思わず噎せ返るほどで、いつしか四人は口元を布で覆っている。

 

「こちらです……」

 

 そう言ってガルドが指さしたのは黒い瀝青がゴボゴボと泡を立てる穢れた泉だった。

 

 立ち昇る湯気は蒼く、見るからに忌まわしく、周囲の低木樹はことごとく枯れ果てている。

 

 湧き上がる瀝青のように、ヴァルトの脳裏にも疑念が湧いた。はたして次々と湧き出るこの瀝青に火を放っても良いものかと。

 

「どのみち他に方法はありません。燃え広がってしまっても、木々は限られています。どうぞ一思いに焼き尽くしてください。さもなければ、この霧抜け山脈も、人の住めない魔獣の巣窟となりましょう」

 

 ガルドはそう言って深々と頭を下げた。

 

 ヴァルトはしばらく黙り込んでいたがやがて覚悟を決めたように腰のアグニに手を伸ばして言う。

 

「下がっていてくれ……」

 

「待って……‼ なの……‼」

 

 リツが悲痛な顔で叫びヴァルトの腕に縋りついた。ヴァルトはそれを見て顔を歪めながら重たい口を開く。

 

「すまない……だがこのままではもっと被害が広がる。約束したばかりだが、ガルドさんの言う通りだ……」

 

 その時アニマが何かに気付いて叫び声を上げた。

 

「ヴァルト……‼ 何か来る……‼」

 

 ヴァルトはすぐさま臨戦態勢をとり、アニマが指さした方へと視線を移し、にわかに戦慄するのだった

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