ヴェルク15 傷を抱く
物音はしない。
魔獣の気配もない。
死んだ水が腐臭を放つ湿地には巨大なマングローブがぐねぐねと乱立して、巨大な魔獣を防いでいる。
その一本にヴァルトの目が留まった。
「
ヴァルトはアニマを自分の背中に縛り付けると、曲がりくねった木を登った。
その木に開いた深い洞をヴァルトは慎重に覗き込むとアニマを背負ったまま奥へと入って行った。
ヴァルトはアニマをそっと寝かせて容態を確認する。恐る恐る目をやると、アニマはどうやら頭から腰にかけて袈裟斬りに攻撃を受けたらしいことがわかった。
あり得ないことではあったが、アニマの頭部は無傷だった。優秀なヘルムのおかげ――そうとしか言いようがない。本来ならば両断されていても不思議ではない攻撃を受けてなお、アニマの身体が繋がっているのもアーマーの性能の高さだろう。
それでも傷は深く骨近くまで達していた。ヴァルトはそれを見て泣き出しそうになるのを堪えてアーマーを脱がせた。
傷口に水をかけるとアニマが小さく呻き声を出す。
「安心しろ……すぐに良くなる。絶対お前を死なせたりしない……!」
そう言いながらもヴァルトは物資の少なさに唇を噛んでいた。
針も糸も足りない。
薬草の量も心許ない。
なによりこれ以上の出血は命に関わる。
するとアニマは近くにあった木の枝を握りしめてからヴァルトを見上げる。その眼には黄金色の覚悟が灯っていた。
「焼いて塞いで下さい。エイドキットの中身は把握しています……」
「しかし……」
「躊躇わないでください。合理的な判断です」
ヴァルトは目を閉じ鎚を手に取った。アニマはそれを確認して木の枝を噛みしめる。
肉の焼ける臭いと、くぐもった悲鳴が暗い洞の中に充満した。
アニマは何度も気絶と覚醒を繰り返しながら自ら提案した荒治療に耐える。
細い体が痛みで跳ねるのをヴァルトは自身の大きな体で押さえつけながらひたすらに傷を焼いた。
熱を帯びくぐもった女の嗚咽と、荒い男の息遣い。
傷が塞がった頃には二人の全身は汗でぐっしょりと濡れそぼり、さながら激しい行為の後のように二人は身体を寄せ合って横たわる。
「傷ものにした責任を要求します」
洞の中にアニマのか弱い声が木霊した。
ヴァルトはそれを聞いて安堵し、同時に思わず笑った。
「ふっ……お前も冗談を言うんだな。この状況で恐れ入るよ」
「冗談ではありませんよ?」
不意に横を向いたヴァルトは息を呑んだ。汗に濡れた美しい女が、真剣な眼差しで自分を見つめている。
「わたしと一緒に地獄に堕ちてください。ヴァルト・シュタイン。アダマンの教えが真実ならば、サクラスに仕えるわたしも地獄行きは免れません。世界の為にわたしと一緒に……」
そう言い残してアニマは意識を手放した。ヴァルトは身体を起き上がらせてアニマの身体に毛布を掛かけると、そっとザックに目をやった。その中では物言わぬ機械の義手が眠りから醒める時を静かに待っていた。
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