冒頭の描写が唯一無二です。カーボンナノチューブのロッド、火星の-70℃・0.007気圧という即物的なデータの中で、「まだかなー。おそいなー」と青い星からの再訪を待つ「彼女」——この温度差が一気に物語を立ち上げます。硬質組織を再構成して「釣り」をするという発想が独創的で、人間が残した記憶装置から得た「船=海を渡る構造体」という比喩を、火星の薄い大気に釣り糸を放つ行為へ昇華させる終盤が美しい。孤独と待ち続ける優しさが胸に沁みる一編でした。