2 幽霊に、気に入られる
気がついた私は、理央の病室にあるソファーに座っていた。
このセイントノール病院は、ほとんどが個室。
だから私が倒れても、大騒ぎにはならなかった。
理央がくれた、水のペットボトルを飲む。
「あ、あの……理央……」
「はい?」
「こちらの、その玲奈さんは……一体、どのような……」
空中にただよう女の子を見上げ、私は理央に聞く。
彼女は、それにほほ笑みを浮かべていた。
「彼女、院内にとてもくわしいんですよ。売店への近道とか、色々と教えてもらってます」
「そ、そうなんだ……」
「たぶんですけど、この病院で亡くなった人なんじゃないでしょうか? 地縛霊、的な?」
「あ、あぁ……」
その言葉を聞いた玲奈さんが、私に口の端を吊り上げる。
笑ってはいるけど、顔面の筋肉が『うらめしや』。
こ、こちら……マジで、幽霊さんのようです……。
「で? 理央は結局、何を企んでるの?」
「何も企んでなんかいませんよ。私は、この病院の秘密が知りたいだけです」
「この病院の、秘密?」
「美波さんも、先日ご覧になったでしょう? この建物の上階部分にただよってる、雲のようなものを」
たしかに、私は理央といっしょに渡り廊下からそれを見た。
病院の上の方に、わりと大きめな雲がただよっているのを。
雲って、あんな低いトコまで来るものなの? って、謎だった。
「おそらくあれは、私たちのレトリバーのようなものです。つまり、エクトプラズム」
「ってことは……つまりこの病院は、ちょっと霊的なものに取り囲まれてるってこと?」
「ザックリ言えば、そうですね」
「だからこの病院、なんかミョーな雰囲気なんだ」
「私の予想では、建物にかかったあの雲が、この町をおかしくしてるんだと思います。学校にドッペルゲンガーが出現したのも、おそらくあれが原因です」
「マジか……」
「ここは町全体を一望できる場所ですからね。攻撃には打ってつけです。だから私は、その原因を突き止めるため、この病院に入院したかったんですよ」
「わざわざ、あんな事故を演出して?」
「はい。そうでもしなければ、入院できないので」
「その原因を見つけて……どうするの?」
「完全に消去です。ドッペルゲンガーは自分の意思を持ちはじめています。ヤツらが意思を持ちはじめると、この町の人々全員が体を乗っ取られてしまう可能性がある」
「乗っ取られたら、どうなるんだろう?」
「単純に、侵略ですよ。この町全体が変わってしまうでしょう。光と影が入れ替わる。そう表現すれば、なんとなくイメージできるでしょうか?」
「つまり、影の世界になっちゃうってことか」
「言ってみれば、影は人間の本心です。それと中身が入れ替われば、この世界にはウソがなくなります。ですが、この世界がロクでもない本心であふれ返ることになるでしょう」
「ウソがなくなって、本心ばっかになる――それ、逆に良いことなんじゃない?」
「あなたにムカついた人が、いきなり本心でブン殴ってきますけど? 大丈夫ですか?」
「それは……困るね。って言うか、世界って、そんなに悪い本心であふれてるんだろうか?」
「何ごとも、裏返してみなければ、本当の姿はわかりません。ただ、裏返した心の方が、美しい場合もあります。私はそれを、人類最後の希望だと思ってますけど」
「人類最後の希望……スケール、デカくない? こんな田舎町で」
「スケールは大きいですよ。でも私は、今まで通りの世界を好みます。だからこそ、この世界をドッペルゲンガーに支配されてはならないと思うのです」
「でも私……そんなスケールの話は、ちょっと背負えないな……」
私がつぶやくと、空中に浮かんだ玲奈さんがスーッとこちらに近づいてくる。
恐る恐る、私はそちらに顔を向けた。
彼女と、目が合う。
彼女の顔は、フツーの生きた人間と同じ。
だけど、これ……この子……どう見たって透明……。
混じりっ気のない、マジ幽霊……。
「美波さんは、玲奈さんに気に入られたようですね」
「わ、私……幽霊に気に入られちゃったの?」
「仲良くした方がいいと思います。ここで仲良くしておかないと、玲奈さんの愛情が、やがて憎しみに変わるかもしれません」
「マ、マジで?」
「さて、美波さんが来てくださったということは、これで私も自由に動けます」
「ん? それ、どういう意味?」
「一人では、なかなか調査しづらいですからね。さぁ、美波さんも、早く服を裏返しにしてください」
「裏返しって……ま、まさか……」
「はい。レトリバーを出してください。調査に行きましょう」
「いや、わ、私、今から家に帰って、ちょっと宿題を――」
「美波さんって、宿題をするタイプじゃないですよね?」
「……」
「宿題は、あとで私がしてさしあげます。ですから、さぁ、服を裏返しに」
そう言って、理央が私に背中を向ける。
私のそばには、フワフワと浮かんでいる、透明な人・玲奈さん……。
『ここで仲良くしておかないと、玲奈さんの愛情が、やがて憎しみに変わるかもしれません』
さっきの理央の言葉を思い出し、私はため息をついてソファーから立ち上がる。
着ているワンピを脱ぎ、それを裏返しにした。
私……一体、何をしてるんでしょう?
フツー、小五って、こういうことします?
私の人生、一体どこに行っちゃうんでしょうか?
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