第一章「数えきれないほどの“正義”」
証言ファイル:No.1 「勇者は“悪”だ」
「……ル」
「……ハル!」
「おい、取材はどうした?」
アレキの声でやっと我に返る。
翌日になってもあの景色が頭から離れなかった。
——ほんの数時間前までは生きていたのに、
生きていて、笑っていたのに。
思わず下を向いてしまう。
「……ああ、ゴーンのおっさんのことか。」
「あれは、情報屋だったらよくあることだ。」
アレキがなんともないように言う。
「……でも!」
「あんまりじゃないですか?あんな……」
「ハル、」
「俺たちにできることはない。」
アレキの口調は冷たかった。
あまりの冷たさに口をつぐんでしまう。
「取材、」
「俺たちにはこれしかねぇ。」
「それがゴーンのおっさんのためにもなる。」
「見たか?あの資料。」
「あいつは、確実に何かを知っていた。だから、」
「誰かに“消された”。」
——“消された”
その言葉が頭の中をぐるぐる巡る。
「……誰が、あんなことを——」
「……それはまだ分からねぇ。」
「でもな——」
「それを突き止めることが、俺たちの仕事だろ?」
——確かにあの人は仕事もしないし、賭け事ばかりしている、ろくでなしだった。
でも、それだけで奪われてはいい命じゃなかった。
「分かりました。」
——しぼんでいた意志が急速に戻っていくのを感じる。
「じゃあ、早速、行くか!」
「えっ?」
「どこに?」
「決まってんだろ?インタビューだろ!」
◇
街の喧騒が、やけに遠く感じた。
歩いているだけなのに、
頭の中では、あの光景が何度も繰り返される。
——赤い床
——見開かれた目
——あの言葉。
【もう、“戻れない”】
【食用適正A】
「……っ」
無意識に、拳を握りしめていた。
——知ってしまった。
まだ、何も分かっていないはずなのに、
それでも、“引き返せない場所に来てしまった”という感覚だけは、
はっきりとあった。
「そういえば、」
「ここに来るのは初めてだったよな?」
アレキの声で、現実に引き戻される。
顔を上げると、目の前には鉄格子があった。
鉄格子の向こうを見ながらアレキが言った。
「ここにいるのはな、」
「社長の言う、勇者を“正しくない”って思っているやつらだ。」
——政治犯収容所
ここは通常の刑務所より警備が厳しい。
世界政府軍兵士も数えきれないほど居る。
「長くは取れん。5分で終わらせろ。」
案内役の兵士がそう言った。
鉄格子が嵌められた小窓。
その向こう側に彼女がいた。
鎖につながれているわけでもない。
ただそこにいるだけ。
それでも動いてはいけないとわかる空気があった。
「誰。」
暗い声だった。
こちらを全く見ようともしない。
「取材だ。」
アレキが一歩前に出る。
「俺たちは世界報道社の記者だ。勇者裁判について話を聞きたい。」
返事はない。
「名前を教えてください。」
沈黙。無視された。
「あなたが革命軍のトップ、アリスで間違いありませんか?」
彼女の体がピクリと動く。
「だったら何だ?」
ようやく顔がこちらに向けられる。
——革命軍
世界政府に反旗を翻す組織。
その大部分が魔族のメンバーで構成されている。
過去に、いくつかの要人襲撃事件、テロを起こしている危険極まりない組織だ。
鉄格子の向こう、
こちら側の壁に小さく刻まれた勇者の紋章。
それを見てアリスは一瞬だけ顔を歪めた。
「……単刀直入に聞きましょう。」
声が震える。でも止めなかった。
「あなたは、」
「勇者は正しかったと思いますか?」
「……」
時間が止まった。
長い、重苦しい、沈黙。
やがて、
アリスはゆっくりと口を開いた。
「ありえない。」
「……っ」
——ありえない
その一言は私に深く突き刺さった。
「勇者は“悪”だ。」
怒り・憎しみ・嫌悪
今までと違い、激しい感情を感じさせる声だった。
空気が一変した。
さっきまでとはまた違う、張り詰めた空気。
それでも
「この“世界”では、勇者は“正義”とされていますよ?」
「それでも、“悪”だ。」
「だったら、理由は何ですか?」
続ける。
——決めたんだ、逃げるわけにはいかない。
それが私にできることだ。
「……免許制。」
アリスがやや、投げやりに言った。
「魔法免許制。」
聞き慣れた言葉だった。
誰でも知っている制度。
「……魔法免許制ですか?」
「世界はそれで豊かになりました。」
「魔法で、便利な道具を開発して商売して。」
「それの何が——」
「でもな、私たち魔族は違う。」
そこで一回、言葉が止まる。
突き刺さるような視線がこちらに向く。
「あの制度は、“強すぎるやつ”を弾くために作られてる。」
「使えば犯罪者。 使わなければ、」
「死ぬしかない。」
——どういうこと?
頭がうまく働かない。
これ以上聞いてはいけない、そんな気がした。
「“死ぬ”?どうして——」
声が詰まる。
「……あぁ、医療魔法も使えないからな。」
隣でアレキが説明する。
「そうだ。」
「……弟もな。」
「熱が下がらなくてな。」
「……魔法を使えば助かった。」
どこか諦めを感じさせるような声。
それが心にズシンとのしかかった。
「だから病気が流行る。」
「治しても治さなくても、」
「死だ。」
アリスが静かに笑う。
気づけば拳を無意識に握りこんでいた。
爪が手のひらに食い込む。
「それでも、」
「世界は平和になったはず。」
言ってから、しまったと思った。
でも、アリスはふっと笑った。
「平和?」
「誰のだ?」
「……」
手が震える。
「お前らの“正しさ”のために、私たちは死なされてるんだよ。」
何も答えられなかった。
——違う。
そんなはず、ない。
だって、この世界は——
平和で、
豊かで、
みんなが笑っていて、
それは全部
勇者のおかげで——
「…………」
でも、何も言い返せない。
——もし、これが本当だったら?
頭の中で何かが音を立てて崩れていく。
私が信じてきたものが、
音もなく、
確実に歪んでいく。
「確かにな、勇者は“世界”を一つにしたさ。」
アリスが立ち上がる。
こちらに一歩近づく。
「でもな、切り捨てたんだよ。」
「平和の邪魔になるものを。」
「……記者、最後に言っておくが、」
「切り捨てられたのは、」
「私たちだけじゃあ、ないさ。」
「“真実”は、こんなもんじゃない。」
ガチャリと鍵が外れる音がした。
「時間だ。」
兵士の声。
「何度でも言ってやる。」
「勇者は“悪”だ。」
アリスは背を向ける。
そして、兵士のもとへ歩き出す。
「待ってください!」
思わず大きな声が出た。
アリスの足が止まる。
「あなたは、」
「この裁判、どうなると思っていますか?」
「この世界は、どうなると思っていますか?」
アリスは背を向けたまま答えた。
「……」
「何も変わらないさ。」
扉が閉まる。
◇
「どうだった?」
アレキが聞いてくる。
「分かりません。」
正直に答えるしかなかった。
「でも」
少しだけ視線を彷徨わせる。
「……否定したくても、できなかった。」
「間違っているとは言い切れないかも。」
「うん。」
返ってきたのはあっさりした肯定の言葉。
驚きも、戸惑いもない。
——まるで、
それが“当たり前”であるかのように。
「そんなもん、」
「珍しくもねぇよ。」
「“正しい”かどうかなんてな、」
「後から決めるもんだ。」
「それが分かっただけでもよかったじゃないか。」
その言い方がやけに引っかかった。
——まるで最初から分かっていたかのようで。
「先輩……」
「なんで、そんなに普通なんですか?」
アレキは少しだけ、目を細めた。
「普通?」
その言葉に、違和感が走る。
「……ああ。」
「だって、ここはそういう“世界”だろ?」
——その一言で、
背筋が凍った。
——そうだった。
この時、分かってしまったんだ。
もう、私はもともとの世界の見方は、できないって。
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