なにかいた

高井希

第1話なにかいた

柴田 恭太朗さんの自主企画に参加しました。

お題:「外」「寝」「信用」


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 最近、寝室で眠っていたのに、朝になると他の場所にいるという症状に悩まされていた。


「病院に行った方がいいよ」と、言う夫のすすめに従い、車を運転して三十分の場所にある町の内科にかかることにした。


「夢遊病ですね。何か思い当たることはありませんか?」


年寄りの医師がカルテに記入しながら横目で私をみた。


「先生、私、横浜からこちらに引越してきたばかりで…」


「あ~、ストレスですね。ここ、田舎だから…睡眠薬を出しておきますよ」


せっかく町まで出て来たのだからと、小さなスーパーで買い物をして、山道を運転して家に帰った。




横浜生まれ横浜育ちの私は、横浜で就職して今の夫に出会って結婚した。


過去に、夫の実家には一度だけ挨拶に行っただけだった。


横浜で暮らす私達の家に夫の実家から野菜や果物が届いたが、電話で話しをするだけで、夫の実家に行ったり義両親が家に来たりすることはなかった。


ところが夫の両親が交通事故で二人同時に亡くなり、実家を相続した夫が会社を辞めて実家でオンラインの仕事をすると言い出した。


喧嘩までして抵抗したが、結局は夫に押し切られて引越しする事になった。


「田舎でゆっくり、君の好きな絵でも描いていればいいさ…」


夫は簡単にそう言ったが、田舎の暮らしは都会育ちの私にとって未知のものだった。


コンビニも喫茶店もファーストフード店もスーパーもない。


近くには雑貨店という触れ込みのよろず屋があるのみ。


衣料品、医薬品、娯楽用品は三十分かけて山道を運転して町まで出ないといけない生活に慣れなかった。


そして近所付き合い…田舎の距離感はバグっている感じた。

隣の家との距離は遠いが、回覧板だの野菜のお裾分けだと言っては三十分以上話し込み、喉が渇いたと言って上がり込んで茶を所望する。そしてストーカーかと思うくらい私達家族の行動や訪問者について根掘り葉掘りと聞いてくる…


その上、一番きついのは今までお互い仕事をしていて一緒にいる時間が限られていた夫と、24時間同じ場所に居ること…


引っ越し疲れもあいまって私のストレスは過去最高に達した。


風や木々の音、野生動物の鳴き声や虫の音、古い古民家の立てる音が気になって眠れぬ夜が続いたある日、気づくと庭のコンクリートの上で目覚めた。


次の日もまた次の日も、庭で朝日を浴びて目が覚めた。


夫にも医師にも居間で目覚めたと言ってしまった。


寝室を出て、鍵をかけた玄関から、鍵を開け、サンダルを履いて外にでた自分の行動に恐れをなしたのだ。


朝に外で目覚めた私は、自分の行動をまったく覚えていなかった。


自分が怖かった…


 町の内科から帰って車を駐車し、玄関を開けた途端、夫の声がした。


「 お帰り。なんだって?」


「夢遊病だって、ストレスが原因の…睡眠薬を処方されたの」


「引っ越し疲れだよ。明日はゆっくり好きな絵でも描きなよ」


 次の日、スケッチブックと鉛筆を持って縁側に座り込み、庭の椿の木をスケッチする事にした。


処方された睡眠薬が効いたのか今朝は寝室で目覚めた。


頭痛がして身体中痛いのは睡眠薬の副作用なのかも…


スケッチブックをめくると、描いた覚えのない絵がありハッとした。


どう見ても自分のタッチなのに、描いた覚えがない。


恐怖を感じた。


私、どうなっちゃったの?


自分の事が信用出来ない…


まさか認知症?


自分の行動を覚えていないなんて言ったら、信用されなくなってしまう。


私はスケッチブックの絵を眺めてみた。


これは何?


私はいつ、何を描いたの?


黒い影の様な、不気味なもの。


四つ足の動物?


夢にでも見たものを描いたのだろうか?


いつ?


まさか、昨夜?


ダメだ、考えても仕方ない。


私は落ち着こうと、予定どおりに椿の木の絵を描き始めた。


 夕食後に、風呂から出て寝室入ると、夫がスケッチブックを開いてあの絵を食い入るように眺めていた。


「あなた、どうしたの?」


「お前、この絵、何を描いた?」


「夢に見たものを描いてみたの」


夫は何も言わずに絵をみながら、立ちつくしている。


よく見ると夫の手が震えている。


「あなた、それが何か知ってるの?」


私の問に、夫は無言で立ち上がり、寝室から出て行った。


…何だか眠るのが怖くなった。


睡眠薬を飲まずに、一晩中キッチンで料理を作った。


夫は外に出て行ったままだ…


もうすぐ夜が明ける。


椅子に座り、水を飲んだ…




「おい、起きろ…どうして外で寝てるんだ」


夫が私の肩を揺すっていた。


外はもう明るくなっている、コンクリートに横たわった私の側には、スケッチブックが落ちている。


私の視線を感じ、夫がスケッチブックを開いた。


そこには恐ろしげな化け物の顔がアップで描いてあった。


夫はドサッとスケッチブックを落とし、衿もとを掴んで私を揺らした。


「お前、コイツを何処で見たんだ?」


「覚えていないの…私、自分がこの絵を描いたのも覚えていないんだから。私、どうしちゃったのかな?」


恐ろしげな化け物を私は何処で見て何処で絵を描いたのだろう?


私は頭を押さえて思い出そうとしたが、頭がぼんやりして何も考えられなかった。


私の様子をみていた夫は、私の履き物についていた細かく切った藁を見て硬直した。


「お前、まさか物置小屋に入ったのか?」


引っ越した日に「物置小屋は今にも崩壊しそうで危険だから、入らないように」と、言われていたし、南京錠がかかっているのも見ていた。


あんな所に?私が入る?何の為に?でも…


「覚えてないの…」


私にはそれしか言えない。


「あそこには鍵が掛かっていた筈だが…」


そう言って、夫はフラフラと敷地の北側にある物置小屋に向かって歩き出した。


私もその後をついて歩いていく、そう、何か、予感がしたから…


「鍵が開いてる…」


夫は立て付けの悪い物置小屋の扉を開け、暗がりに入って行った。


私も後をついて物置小屋に入るが、目が暗がりになれずに何も見えない。


ドンと私は夫の背中にぶつかった。


夫が足を止めたから…


ああ、暗がりの向こうに、〝何かいた〟…


四つ足の黒い影…私の描いた絵と同じ…


あれは一体…


一瞬であれが移動し、夫と私の目の前に、化け物の恐ろしげな顔が…






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なにかいた 高井希 @nozomitakai

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