第15話 掃除機の掃除

掃除機は、便利なもので、部屋を掃除する機械だが、

掃除機自身に、ほこりがつもる場合もある。

つまり、掃除機自身の表面を掃除するのは、やはりわたしなのである。


雑然とした部屋。ベッドの下は、埃がたまる。

そういった部分を、掃除するのである。つまり

掃除機をかける。


前田日明がいっていたが、お世話になった会社の社長が、

お金はあるのに、そういった生活、つまり幸福な生活を思いつくことができなかったのだと語ったことがある。前田氏自身は、結婚されて

なにげない幸福を手に入れたのだろう。たしか、父に育てられ、

父もいなくなってしまったのではなかろうか。


やはり、子供にとっては、安心して生活するというか、

安定成長するのが大事である。貧しさや、食べるためのお金がないといった苦労は、別にすすんでする必要はない。こういった時期に、子供らしい時代を経験していないと歪んだ人生になってしまう。マイケル・ジャクソンがよい例で、子供らしい子供時代をおくることができなかったと告白する。大人になってしまえば、子供らしいくふるまおうとしても、身体がおとななのだ。


職場では、歪な人が集まっているように思う。

歪な人が集まり、会社をつくり、利益をもとめるというのは

ごく自然かもしれない。会社や日常を通して、人はまともになっていく。

違うだろうか。


わたしの職業は寿司屋だが、寿司をもりつけて、もりつけに問題がないか

やはり気をつかる。例えば、髪の毛が混入する場合もあろうから、目で見てなければならない。髪の例はよくなかったかもしれないが、例えば、寿司屋だから

魚の骨の処理が甘くてもダメなのだ。つまり、口にいれたときに

骨が残っている。口の中の方が、モノを大きく感じるだろうから、

口に痛みを感じるか、ノドにつかえるか、いずれにしても問題である。


冒頭の雑然とした部屋だが、わたしは、寿司のプレートの上に注意を注ぐにもかかわらず、意外と部屋はきたない。きたない、雑然とした家で育ったから

かえってその方が安心するかもしれない。これが無意識であり、深層真理である。


旅行してホテルに宿泊するのが好きだった。ホテルは、外出してるあいだに

また誰かが掃除してくれるものである。それがルームサービスである。

ホテルに宿泊して、こじゃれたレストランで食事する。わたしはそんなような人生を生きてきた。


職場の人は、ゴールデンウィクに、イスタンブルへ行くそうだ。イスタンブルは

まだ危ないのではと思うが、決行するらしい。

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