銀葬戦記

嶋 洸哉

本文

 ——応答はなかった。

「母さん」そう少年が呼ぶ声には、未だ。

 一人の少年が顔を歪めていた。艶やかな黒髪。宝石のような紫の瞳。スッと引かれた鼻筋。小ぶりな唇。真っ白な肌に小さな顔。少女にも見える中性的な少年。そんな人形のように端正な顔が歪んでいた。煌びやかなはずの紫の瞳は、それでも暗く沈んでいた。

 灰色の空。瓦礫が散乱する市街。地面には、人間大の大きさのロボットが死体のように大量に散らばっている。ボーリング玉のような丸い頭部。女性を思わせる華奢な人型のシルエット。白一色のその身体の関節部に、機械的な銀の色合いが施されている。一様にそのような外観を持つロボットは、同様にどれも大破していた。中性的な容姿の少年は、そんな具合に地面に散乱するロボットを見ていた。その光景に、随分悲しげな眼差しを落として。

 ジャリッと乾いた音を立て、少年は歩き出す。少年は戦闘服と戦闘装備を身に纏っていた。胸元と四肢先に金属性の防具。ダボついたハイウェストな黒いミリタリーパンツ。それを留めるメタルベルト。そして背中に光沢を放つ大剣のような武器を二本、X状にして担いでいる。スタイリッシュなA型のシルエット。メカニカルな装備。モノクロな全体のトーン。白黒でシック、加えてSFチックな雰囲気の戦闘服と戦闘装備だった。

 カチャカチャ。ザッザッ。少年は戦闘装備を鳴らし揺らしながら、倒れる無数のロボットの海を進んでいく。少年は相変わらず俯いて、ロボットの亡骸に視線を落としていた。そうして少年は一つ、また一つと屍じみたロボットを見る度、同じように一つ、また一つと表情を寂しそうに落としていくのであった。

 ザッ——少年は歩を止めた。少年の周りにはもうロボットはいなかった。少年はもう死んだロボットの海を抜けていた。だから少年の周囲にはただ、粉々になった市街の風景が広がっていた。だから少年の頭上には、無機質な空だけが伸びていた。それでも少年は変わらず頭を落とし、地面を見つめたままだった。まるでまだ、彼は視界に何か映しているかのように、悲痛な表情を顔に張り付かせて。淡い紫の瞳をどこまでも墜落させて、何もない下をいつまでも見ていた。

「……母さん」

 その少年の呼び声に、応答は——


「銀葬兵殿!!」

「ドティ・パールマンですぜ!!」一人の大柄な兵士が、中性顔の少年のもとへ駆け寄り、敬礼をした。二本の大剣を担ぐSF風な戦闘服の少年とは違い、兵士はヘルメットとブーツを身に付け、様々な装備品を携えたオーソドックスな軍服姿だ。

「いきなり出た機人兵共に対応してもらってすまねぇ限りでした……戦線転属の移動中だったってのに……」ドティ・パールマンと名乗った兵士は、その強面にくっついたゲジゲジ眉毛をハの字に曲げた。

「ここ東方のE戦線が過酷なのは百も承知で来ている。機人兵がいつ何時襲撃してきてもおかしくない……あんたらが一番よく分かってるはずだ」少年は眉一つ動かさず即答した。ドティは束の間思案する様子を見せた後、少年に問いかける。

「……あの……気になってしょうがねぇんですが、銀葬兵殿は何故E戦線に転属を……?」

「ここは……地獄と言われてますぜ……?」 ドティが眉根を寄せた。少年と兵士の周りに疲弊した姿の兵士が一人、また一人とワラワラと集まってきている中、少年は答える。

「俺は……探している」少年はただそう言い落とした。問いかけてきたドティを一瞥することもなく、自分の内に閉じこもるように表情を曇らせて。

「「「……」」」ドティ、そして周囲の兵士も皆一様に、滲み出た少年の捉え所の無い雰囲気に言葉を詰まらせた。

「とにかく、ここ一帯に出現した機人兵は全て駆逐した。戦闘は終了、E戦線拠点への移動を続行する」困惑気味の兵士達に構うことなく、少年がジュリッと地面を擦り、彼らを後にしようとした、その時——

 ピピピピピッッ!!!!その場にけたたましくアラート音が鳴り響いた。少年は即座に耳元のピアスに手を当てた。スピーカーのようにあみあみな表面のそのピアスは通信機となっているようで、そこから切迫した通信が飛び出す。

『こちらE-17戦線!!緊急援護を要請する!!』

『繰り返す!!こちらE-17戦線!!大量の機人兵出現により近隣の戦線に緊急援護をぉお"?!』

『ガハッ!?!あ"う'"や"ぇッ!?!や"ぇでぇぇあ"あ"ぁぁぁ!!!?!』ブツッ!!断末魔のような絶叫と共に、突如通信が途絶した。

その通信は少年の周囲の兵士達にも入っており、兵士達は怯えた表情で口々に言い出す。

「何だ今のッ……?!」

「緊急援護ッ?!」

「E-17戦線ってここからそう遠くないよな……!?」

「さっきの様子じゃE-17戦線は全員ッ……!!」

「早く行かないとッ……!!」

「待てぃッッ!!!!」ドティは混乱する兵士達の喚き声に、一層強い声をぶつけた。しかしドティはそのゲジゲジ眉毛を落とし、無念そうな顔を浮かべている。

「俺達は……今のゲリラ戦闘で疲弊しちまっている、もうろくに動けやしねぇだろぃ……」

「だから行ったところで何ができるか……」今この場に居合わせる兵士達は、少年を除いては皆一人残らず傷を負い、時に血を流し、疲弊し、憔悴していた。

「それに弾薬もたいして残ってねぇはずだ……だから緊急援護に向かうことは——」ドティが万事休すといったように、苦悶に満ちた表情を見せた——その矢先。

「介入する」中性顔の少年は、突然言い放った。

「「「ッ!?!?!」」」兵士達は一斉に少年の方を見た。ドティは少年へ詰め寄り、まごついた様子を見せる。

「でッ……!ですがよ銀葬兵殿ッ!!このまま援護に向かうのはあんまりに危ッ——!」

「俺一人で行く、お前らはいい」

「ひッ、ひとッ!?それの方が危険ですぜッ!?E-17戦線がどんな状況かも分からねぇ内にッ……!!」ドティは少年を必死に制止する、が。

「……組織原則を忘れたか?」声を潜めつつも、少年はドティに鋭い視線をぶつけた。

「……ッッ!!」気圧されるドティ。少女にさえ見える少年の中性顔に、似つかわしくない程の鋭利な表情。少年は自分より一回りも二回りも大きい兵士に、臆することなくその鮮やかな紫の瞳を突き刺したまま、毅然と言い連ねる。

「組織原則、第一条。我々は、人類に反乱する機人兵から、人類を保全する為に行動しなければならない」

「第二条。我々は、人類の保全を、機人兵を打倒する戦闘行為によって遂行しなければならない」

「第三条。我々はその保全と戦闘行為を、個人の自己保存を超えて優先させなければならない」

「「「……ッ」」」」その言葉の行列に怯む、ドティと周囲の兵士達。そして立て続け、少年は凛として言い放った。

「そして俺は、絶大な戦闘力を有するが故、最も戦闘を義務付けられた、対機人組織の戦軸——」

「銀葬兵団の一員だ」X状に背負う機械的な大剣、胸元と四肢先の防具、ハイウェストなミリタリーパンツといった、ヘルメット姿のオーソドックスな姿の兵士とは違う、白黒基調の特異的な戦闘服と装備が、その言葉を光景として示していた。しかしドティは、依然として不安な面持ちを少年に向け、彼を引き止める。

「で、ですがよッ……!ですがよ銀葬兵殿ッ……!!」

「い、いくら銀葬兵だからって——」フッ——すると突然、少年と兵士等がいる辺り一面が暗くなった。それと同時、ババババッ!!!!と轟音が響き渡ったかと思えば、周囲に突風が吹き荒れる。

「「「「ッ?!!?」」」兵士達は風を受けながら、一斉に上空を見上げる。彼らの視線の先には、鈍重なヘリコプターのような黒い輸送機が一機、到来していた。そして口の開いた輸送機後部付近からハシゴが降り、輸送機と地上を結ぶ道が形成される。少年は間髪入れずそのハシゴに飛び乗ると、兵士達に背を向けたまま言い残した。

「俺は……探している」そうして少年はハシゴを登り、輸送機内部へと向かっていった。

「銀葬兵殿!!銀葬兵殿ぉぉッッ!!!!」しかしドティの声は、もはや少年に届くことはなかった。ドティは瞬時、眉間にしわを寄せ、迷いを見せる。けれどすぐに輸送機へと続くハシゴに駆け寄り、周囲の兵士に声を上げた。

「銀葬兵殿に何かあっちゃいけねぇッッ!!来れる奴は来やがれぃッッ!!E-17戦線に援護介入だッ!!行く先は相変わらず地獄だろうがなッッ!!!!」その号令に何人かの兵士がドティに続き、ハシゴを登っていった。

そうして輸送機は内部に少年と兵士数人を抱えると、辺り一帯に激しく旋風を巻き起こし、発進していった。


 鈍色の空を駆けていく、一機の真っ黒なヘリコプター型の輸送機。その内部——ゴゥゥンゴゥゥンと駆動音が鈍く響く、薄暗い空間。側面に横一列に並ぶシートに座る数名の兵士達は、皆不安げな面持ちだ。大柄なゲジゲジ眉毛の兵士、ドティ・パールマンが強張った声を上げる。

「E-17戦線にはとんでもねぇ数の機人兵がいるはずだぜッ!!だから戦域の端から出撃して援護するッッ!!」

「いや、中央だ」と、輸送機内部の端から出し抜けに声が投げられた。

「戦域中央から出撃する」腕を組み、壁に寄りかかる中性的な少年の声だ。

「ちゅッ、中央!?!?」

「それは危険すぎますぜッ!?」ドティは驚き、立ち上がった。SF風な戦闘服姿の少年は、X状に背負う大剣型の装備をカチャカチャと鳴らしながら、ドティに近づく。

「E-17戦線は窮地に瀕している。一刻も早く行かなければならない」

「今この状況での安全策は、原則違反だ」少年はその大きな紫の瞳をドティに強く向けた。

「しッ、しかしですぜ?!」

「中央から行くのは俺一人だ。お前らには関係ない」

「か、考え直してくだせぇ銀葬兵殿ッ!!戦域にはものすげぇ数の機人兵がいるはずですぜッ!?戦域の中央なんかで出撃したら、途端に奴らの銃撃にッ——」

 ピピッ!突然の通信音が割って入る。少年は耳元のピアス型通信機に手を当て、通信を聞く。

『こちらパイロット!こちらパイロット!間もなく戦域上空!間もなく戦域上空!』

『出撃場所のご注文をお伺いします!』陽気な雰囲気の青年の声が通信機から飛び出した。

『ちなみに索敵レーダーはレッドアラート!戦域には機人兵がうじゃうじゃいるっぽいですね!』

「ッ!銀葬兵殿!やはり中央はダメですぜッ!!どうかここは戦域の端から出撃をッ!!」通信を聞くや否や、ドティは少年の肩を掴み頼み込んだ。しかし少年が通信機に返したのは——

「中央からの出撃を要請する」

「なッッ!??!」慌てふためくドティ、そして彼と同様な残りの兵士達。

『中央からですね!かしこまりぃ!!』少年はその快活な声を聞くと、肩を掴むドティを振り払い、輸送機内部の後方へと足早に移動していった。

「ぎッ、銀葬兵殿ッッ!!」そのドティの声に、少年は振り向くこともなく。少年が向かった輸送機後方付近の床には、手を掛けるハンドルと、足を掛ける斜めの板状のブロックが備え付けられており、さらにそこからレールが伸びていた。少年はそんな発射台に手と足を掛け、クラウチングスタートのような体勢を取る。

「ほ、ほんとに中央から行くんですかいッ?!」取り乱した様子のドティが、少年へと駆け寄る。

「……兵士の屍を助けにでも行くつもりか?あんたは」少年はグッと体勢を調整していた。

「たッ、頼みますッ!!一度聞いてくだせぇッ!!」めげずにドティは少年を引き止めようとする、が——

『下から撃たれるとまずいんで全速力でいきます!!全員体勢しっかりお願いしますよッ!!』一同の通信機から、再び活きのいい声が上がったと思えば、グィィンッッ!!と輸送機が一気に加速した。

「うおおぁぁッ!?!」

「「「うわぁぁッ!?!」」」あまりの急加速に、体勢を固定していなかったドティと兵士数名が投げ飛ばされた。床に散らばる兵士達。しかし少年は慌ただしい輸送機内部で対照的に、静かにクラウチングスタートの体勢で安定していた。

 少年はその体勢のまま、懸命な様子で何かを見つめている。少年の視線の先は、輸送機内部の真っ黒なただの床。しかし少年の視界には今、大量のデータ群が表示されていた。少年は特殊なコンタクトレンズを入れており、それによって彼の視界には直接情報が投影されているのだ。少年は目を上下左右に動かし、時に閉じたり開いたりしてコンタクトを操作していく。ちょうどスマートフォンを操作する際のスワイプやフリック、そして2つの指での拡大や縮小といったような具合だ。少年は様々なアイコンやチャートを含むデータを見ながら、呪文のように次から次へと言葉を発する。

「ステータス参照……脳波入力装置——ナノニューロンアンテナ、ニューロンシグナル、脳波ノイズフィルター正常。推進装置——マイクロパワートランスミッション、エネルギーフロー、進行補正プログラム正常。荷電粒子刃生成器——エネルギーチャージ、リリースコントロール、粒子刃フィールド正常……」ピピッ!そんな少年のもとへ、再び通信が入る。

『間も無く戦域に侵入しますよ!』

『戦域中央まで残り015秒!!出撃ハッチをオープンします!!』グッ!グォォォンッ……!その通信が入ると、少年の正面、輸送機後方が徐々に開き始めた。薄暗い輸送機内部に一筋の光が差し込むと同時、勢いよく突風が押し寄せる。かき上がる少年の艶やかな黒髪。

「銀葬兵殿ッ!!行っちゃならねぇッ!!」ぶっ飛んだ速度で飛ぶ輸送機内部で、シートに掴まり何とか体勢を保つドティ。

「システムオールグリーン。出撃規準クリア」開いていく輸送機後方に向けて、クラウチングスタートの体勢を取る少年は、ドティの声に微塵も耳を向けることなく、コンタクトによって視界に映し出される情報を見ているだけだった。

『戦域中央まで残り003!』

「真下は地獄ですぜッ!?銀葬兵殿ッッ!!」しかしどれだけドティが声を上げようと、もはや少年に届くことはなく、クラウチングスタートの体勢を取ったまま、少年は静かに、それでも確かに言葉を刻む。

「超機動白兵装置——全面起動」コオォォォンッ!!すると激しく反響する音と共に、彼がX状に背負う大剣型の装置の先端——スリット状になったその部分から、赤い光の粒子が放出され始めた。どうやら大剣型の装置は武器ではなく、推進装置であるようだった。

『残り002!』

「ダメですぜッ!ダメですぜダメですぜッ!!銀葬兵殿ッッ!!」

空への道——少年の前方、輸送機後方の出撃ハッチは既に開かれていた。少年は出撃ハッチによって切り取られた灰色の空を正面に見据えると——

「俺はッ……!!」

『001!』

「ほんとにいけねぇッ!!今出たら死ッ——!」

「探しているんだッ!!!!」その煌びやかな紫の瞳を、火花を散らすように発火させた。

「カゲイチ・ルナ!!E-17戦線へ出撃するッ!!」ピシュゥゥンッッ!!彼が背負う大剣型の推進装置の先端から赤い光が勢いよく放出され、ビリバリバリッッ!!少年が手と足を掛けていた発射台が、激しいスパークを撒き散らし、出撃ハッチに向かって伸びるレールを高速で走っていった。

「銀葬兵殿ぉぉぉぉッッッッ——————!!!!」

 ビュッ!!空へと推し進められた少年は、そのままドティの言葉を置き去りに。滑らかな黒髪、煌めく紫の瞳、色白の中性顔。華奢な身体に、X状の巨大な推進器を背負った、そんな一人の少年は。カゲイチ・ルナ——そう名乗り上げた一人の少年が、今。E-17戦線——死の一文字を引き出すその戦線、その戦火の空へとただ一人——堕ちていった——



 E-17戦線地上——カゲイチ・ルナが飛び出した空の下、地上は熾烈極まる戦場だった。粉砕された建造物、燃え上がる爆炎、渦巻く爆煙、そして飛び交う銃弾の群れ、群れ、群れ。

「離れるなッ!!」そんな市街戦場で、建物の陰に隠れるようにして密集するヘルメット姿の兵士達数名。その中で一人の壮年の兵士が指揮を取っていた。

「機人兵は俺達を追ってくる!!俺が先に出て奴らを誘導する!!」壮年の兵士、そして彼の言葉を聞く兵士達は、皆ボロボロで切羽詰まった様子だ。

「は、班長ダメですッ!!そんなことをしたら班長がッ……!!」一人のたくましい青年兵士が狼狽する。一方で班長と呼ばれた壮年の兵士は、覚悟を決めているようで、既に他の兵士達に背を向けていた。

「二度言わせるな、先に行くと行ったら行くんだ」

「け、けど班長ッ!!」青年兵士は食い下がる。その他の兵士達も不安極まる表情を班長に向けていた。しかし班長は凛々しく背中で語る。

「……俺は長年この地獄のE戦線で戦っているが、未だに五体満足だ……それによりついたあだ名は——不死身のバート」

「忘れたか?」班長は振り返り、にっと気さくな笑顔を兵士達に向けた。その笑みが、兵士達を勇気付けるように決心させる。

「そうだ不死身のバート……!!そうだ班長は……不死身のバートだ!!」青年兵士の声に、他の兵士も続く。

「「不死身のバート……!!不死身のバート!!」」

「「「不死身のバート!!!不死身のバート!!!!」」」班長同様に兵士達も作戦への覚悟を決めたように、高らかな声を上げた。高まる兵士達の士気、固まる兵士達の結束——

「俺は不死身のバートだ!!」そうして班長が銃を携え、血気盛んに建物の物陰から飛び出した、その直後————

 バギュゥンッッ!!!!銃声が轟くと同時——飛び出した班長の頭が吹き飛んだ。血に血飛沫、散り乱れ。ドッ——血線を引いて落ちたその頭。ドチャッ……ビチャッ……!彷徨う頭部無き身体、爛れ落ちる鮮血。ドサッ——崩れ倒れたその身体、その命。

「あッ……!?」

「へッ……?!」

「うッ……!?」その光景に唖然、呆然、愕然の兵士達。

 バチャッ!!——一つの白い機械的な足が、班長の死体の周りに広がる血の海を叩き上げた。そうして現れる存在——

「「「ひゃッ!!?」」」言葉を失った兵士達は、もはや自らの恐怖を表す術を知らない。その面々、顔を引き千切るように、表情を歪み裂く以外には。

「きッ——!」兵士達の前に出現した恐怖のカタチ——白く塗装された人型の身体、白く丸い頭部、その前面にある円形のディスプレイ、そこに映し出されている瞳としての白色の大きな円——そして華奢で柔和なシルエットとは裏腹の、両手に携える機械の刀のような悍ましい殺傷器——それは——

「「「機人兵だ——————」」」機人兵——そう呼ばれたロボットが兵士達の眼前に何体も、明らかな殺意を滲ませて立ちはだかっていた。

 E-17戦線——そこは、人とロボットが争う、熾烈な種族間闘争の場であった。


 ——瞬時訪れる膠着——両陣営——兵士と機人兵。しかしすかさず動き出したのは————ババババッッ!!けたたましい音を上げ、銃撃を繰り出した青年兵士だった。

「死ぬぞッ!!ぅでぇッッ!!!!」青年兵士は一挙に射撃を強めていく。

「「「「ッ"ッ!!!!」」」」死——その言葉に飛び上がるようにして、周囲の兵士も青年兵士の銃撃に続く。

「てぇッ"!!撃て撃て撃て撃てぇッッ!!ぅでぇッッ!!!!」ババババババッッッ!!!!兵士達による機人兵への一斉射撃。皆一様に強く、激しく引き金を引く。恐怖をかき消すように、震える手を止めるように。痛く、固く、血が滲む程に、引き金を力の限り押し込んだ。

「やったか——?!?!」青年兵士の声と共に、兵士達は射撃の手を一旦止めた。束の間止んだ銃撃の雨——そんな銃撃の雨上がり。無数の銃弾が、機人兵の群勢をことごとく撃ちつけては、何処へ消えた頃。激しい雷雨のような銃声が、しんと鳴り止んだ頃。嵐は去った、恐怖は去った、機人兵は全滅した、敵は、もういない——雨上がりの後の一筋の光——そんな一抹の希望が、兵士達の顔に過った、その頃————

「「「ッッ——!?!?」」」兵士達は目を疑った。

「いッ一体も——!?!?」兵士達が見た光景——それは、一体たりとも倒れていなかった機人兵の群勢だった。機人兵は一様に腕を身体の前で交差させ、防御の体勢を取って無数の銃撃を凌いだようだった。

「し、心臓を守ってッ!?」

「弾もろくに効いてないッ!!」

「内部の擬似筋繊維かッ!?それを密集させて内部で壁にッ!?」兵士に浴びせられた容赦無い銃撃により、機人兵の全身は銃痕だらけになっていた。ブツブツびっしり穴まみれ——加えてその無数の穴からは、時折筋肉の繊維のような赤白いものが覗いたり、デロン、ダランと飛び出し垂れており、ひどくグロテスクな様相を呈していた。しかし身体が無数の銃痕で埋め尽くされてもなお、機人兵は倒れることなく動いていた。銃撃が止んだことで、機人兵が一体、また一体と防御体勢を解除していく。

「し、心臓だッッ!!心臓をやらないとッッ!!」

「どうすればッッ!!どうすればぁッ!?」瞬く間にパニックに襲われる兵士一同。

 ズッ——そして機人兵の群勢が、一斉にその二つの大きな白い瞳で、兵士達を不気味に捉えた。

「「「ひッ?!?!」」」頂点に達する兵士達の慄き。佇む機人兵の大群。結ばれる両者の視線——

 ジャリッ——!最前の機人兵が、戦慄の一歩を踏み出す——その間際————

「だったらまるごとだッ!!」ピンッ!ヒュッ!——すかさず機人兵の群れに投げ込まれた、一つの手榴弾。混乱に飲み込まれた兵士達の中で、再びたくましい青年兵士が、果敢に起死回生の一手を打ったのだった。バゴオオォォンッッ!!機人兵の群勢に、強烈な爆発が襲いかかる。

「「「ッッ!!」」」ピンッ!ピンッ!ピンッ!ビュッ!!!他の兵士達もどうにか動揺を殺し、手榴弾を投げ込む。バゴッ!バゴッッ!!バゴオオォォンッッッ!!!!連鎖する爆発——兵士陣営、渾身の一撃。

「今度こそ?!」青年兵士の声。固唾を飲む兵士達。徐々に薄くなっていく爆煙のヴェール——機人兵の群勢の行く末、その幕上げ————

「「「「ッ"!?!?!?!」」」」」しかし兵士達が見るは、再びの絶望——剥がされた爆煙の向こうには、機人兵達が一箇所に密集し、蹲っていたのだった。

「す、数体がた、盾になってッッ!?!?」そして自らを犠牲になり、それらを守った盾になったことを窺わせるように、その身を大小様々に欠損した機人兵が数体、固まる機人兵達の周りに散らばっていた。

「あッ、ああああれだけやって倒せたのは数体ッッ?!」吃り散らかす兵士を傍に、手榴弾の連撃を凌ぎ、元通り立ち上がっていく何体もの機人兵達。一方でその周囲に散らばる、数体の機人兵は、どれも腕や脚、また頭部を様々に失い、時には身体の半分が消し飛んでどれも大破していた為、何とか破壊したかに思えた——が。

「い、いいいいや違うッ!違う違うッ!!あの機人兵もッッ!!」

「や、奴らは不死身ッ!!不死身だッッ!!心臓ッ!!!心臓をやらない限りッッ!!!!」それら半壊、全壊寸前の機人兵達でさえ、撃破すること適わず——なんとそれぞれ腕を失い、脚を失い、時に頭部さえ失くし、身体が大破しようと、上体だけになろうともまだ、それら機人兵達は再び動き出したのだった。

百鬼夜行——兵士達の必殺の一手空しく、今一度兵士達に立ちはだかった不死身の機人兵軍のその様は、機械でありながら、まるで妖怪のような、そしてゾンビのような、得体の知れない異様さを醸し出していた。 

「ど、どうするッ!?どうするッ!?」

「ないッ!ないッ!!弾がッ!弾がぁッ!!」カシャッ!カシャッ!空ぶる射撃音、底尽きた反撃の手。

「に、逃げろッ……」息詰まる青年兵士。

 シュッ!!すると機人兵が一斉に長い刀のような機械武器を払い構えた。

「ひッ!!」

 剥き出しになる、その殺意——ブイィィィンッッ!!そしてそれら武器が一挙に、まるでチェーンソーのように振動し、耳をつんざく音を鳴らし上げた。

「あッ!あ"ッ!」

怒鳴り出す、その殺意——ザワザワ——兵士陣営に残るは、あと極限の混乱と恐怖のみ。

「に、逃げろッ……!逃げろ逃げろッッ!!」急速に上昇する青年の声のボルテージ。兵士軍、万事休す——ついに刻まれる、機人兵軍の戦慄の一歩——

 ——ジャリッ……!そんな殺戮の鐘が、ついに禍々しく鳴る時——

「逃げろおぉぉぉぉぉッッッッ!!!!!!!」敵勢のその一歩に噴火した青年兵士の声を合図に、兵士達は皆打たれたように逃走を開始した。

「「「「う"わ"ぁぁあぁぁぁッッッ!!!!!!」」」」炸裂する混乱と恐怖——機人兵に完全降伏を告げるように背を向け、絶体絶命の状況から強引に脱出を試みる兵士達——しかし反撃に転じた機人兵の群勢は、逃げる兵士達を即座に背後から追撃する——その手に携えるチェーンソーのように振動する機械的な長刀で、兵士達の首を次々と——

 ——ビュッッ!!

「ごぱッ?!」

「え""ッ!?」

 ザッ——!!

「う"げェッ?!」

「オ""ッ?!」ザンッ!!——そうして瞬く間、数体の機人兵が、数人の兵士の首をはねた——ボトッ!ボトッ!!ボトボトッ!!地面に叩きつけられる、悲痛な兵士達の首々。無慈悲な斬首を繰り出した機械刀が、血に浸かった。報復の進撃——機人兵達は畳み掛けるように、その機械刀で兵士達を次々に血みどろにしていく——

 ザシュッ——!!

「ガ"ッ?!」

「ぇ"ひ""ッ?!」止まらぬ斬首。

 ズシュッ——!!

「ガォ"ッ?!」

「オ"ッ?!!?」立て続けに貫かれる心臓。噴き上がる血、撒き散れる赤、広がるその大海——紅に爆ぜ、虐殺されていく何人もの兵士達——何体もの機人兵は至る所で、それでも一様にそんな光景を殴り描いていた。

「くッ来るなぁッッ!!」逃げ惑う一人の兵士——彼が後ろを振り返った、次の瞬間——

「ぴッぎッ?!?!」その兵士の眼球が、勢いよく機人兵の機械刀に刺し貫かれた。

「ぎぃッ"ヤ"ァ"ァ"ァ"ァァッッ!!!!!」目玉を貫かれた兵士は倒れ、痛みに悶え叫ぶ。しかし容赦無く続く、眼球を刺した機人兵の一撃——地面に倒れたその兵士に向けて、両手で高らかに掲げた機械刀を、ブンッ!!と全体重をかけて振り下した——

「う"げぇェ"アッ"!?!!」兵士は心臓を激しく貫かれ、一滴も残らない程に鮮血をばら撒木、そして絶命した。

「や、やだやだッ!!ごめんなさい!!ごめんなさいッ!!ごめんなさいッ!!」同じ頃その近辺では、下半身を失った兵士が地面に倒れていた。両脚の切断面からは、夥しい量の血が流れている。しかしそれにも関わらず、彼は前から迫り来る一体の機人兵に必死に嘆願していた。まるで耐え難いはずの痛みを忘れる程の、底知れぬ恐怖を感じているとでもいうように。

「ごめんなさいッッ!!ごめんなさいぃぃッッ!!」涙を流す兵士。ジャリッジャリッ……!その兵士に真正面から迫る一体の機人兵、穴ぼこだらけの機械の怪物。ザッ……!そして兵士のもとに、機人兵がやってきた時——

「ごッッ!ごめんなさいッ!!ごめんなさいッごめんなさいッごめんなさいぃぃぃぃッッッ!!!!」恐怖が決壊するように、兵士は声という声をぶちまけた。——ガギンッ!そんな兵士を見た機人兵は、携える機械的な長刀の刃を、地面に向かって180°回転させ折り畳んだ。前方に伸びていた長い刃が一転、真逆の後方に伸びるといった具合になる。

「あッ……!」殺意が引っ込んだようなその刃の様を見て、兵士は思わず安堵の声を漏らした——が。

 チャッ——!!機人兵は刃を折り畳んだ武器を、まるで拳銃のように兵士に突きつけた。希望じみた光を過らせた兵士の瞳に、銃口のような黒い黒い穴が飛び込む。

「えっ?」呆気に取られる兵士を他所に、機人兵は持ち手部分のトリガーに手を掛けると——バンッ!!そのままトリガーを引き、ゼロ距離で兵士の頭部に射撃を撃ち込んだ。バンッバンッバンッ!!!!バンッバンッバンッバンッ!!!!!!——斬りに加え、撃つでも命を絶やすその悪魔的な機械武器で、何発も何発も、何発も、兵士の顔面に、灼熱の鉄の弾を。

 シュウゥゥゥゥッ——硝煙から露わになるその兵士の末路。凄まじい量の弾丸を撃ち込まれた兵士の頭蓋は見るも無惨、木っ端微塵となっていた。

「や、やめろッ……!やめてくれッッ!!」銃撃に手榴弾と、果敢に先手を打った青年兵士は壁際に追い詰められていた。勇敢だったその様は見る影も無く、泣きべそにまみれへたり込んでいる。

「だ、誰かッ!!誰かぁッ!!」建物の壁に張り付き、刻一刻と前方から迫る一体の機人兵に怯える青年兵士。

「誰かッ……!?班長ッ!?みんなッ……!みんなぁッ!?」——しかし助けを呼ぶ声は誰にも届かない。嵐の如き殺戮により、既に辺りの兵士達は皆嬲り殺されていた。血の大海原——戦場一帯は赤に赤が重なり、どこまでも深く、もはやどす黒くさえ見える程に、血に沈没していた。

「ぃッ"!!」ザッ……!壁際でへたる青年兵士の眼前に、ついに機人兵がやってきた。返り血に染まる、穴だらけの殺戮機械が、とうとう目前に。

「ゃ"ッ……!やだッ……!やだッ……!!」涙に鼻水、汗よだれ。機人兵を見上げる青年兵士の顔から、液体という液体が恐怖となって爛れ出た。機人兵はその白い大きな瞳で、恐怖に暮れる兵士を不気味にしん…と一瞥した——

 ブイィィィィンッッッ!!が、唐突に打って変わって、その手の機械の長刀をがなり立てた。

「うわぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁあッッッ!!!!!やだやだやだやだぁッッ!!母さんッッ!!お母さんッッ!!!!!」ガッ!!機人兵は叫ぶ青年兵士目掛け、勢いよく機械刀を振り上げた。兵士、あらん限りの恐怖の咆哮——頭を抱え、その生最後の絶叫を上げ散らかす。

「う"わ"あ"ぁ"ぁぁ"ぁ"あぁ"ぁァ"ァァ"ッ"ッッ"ッッ!!!!!!やだやだやだやだやだッ"ッ"!!!ママッ"!!!ママァッ"!!!!マ"ッッ"マ"ァ"ァァ"ァァァァあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ"ッ"ッ"!!!!!!!!!!」

 ブンッッ——!!そしていよいよ、青年兵士の命を地獄に叩き落とすように、機人兵の凍てつく刃が振り下ろされたのだった————


 ザッッシュッッッ————!!!!——天より落ちた、無情な斬撃——その一振りを受けたはしかし————機械刀を振り上げた機人兵の方だった。

「……………………え?」青年兵士は死に至る痛みがないことに違和感を覚えるように、呆然と顔を上げて機人兵の様子を伺った。ビリビリッ!!機人兵は激しいスパークを起こしており、そして——バゴオォンッッ!!

「うおわぁッッ!?!?」機人兵の身体の一部が大きく爆発し、ドガシャッ!!と地面に倒れ、機人兵は停止した。

「な、何だッ?!?!」青年兵士は目を丸くし、立ち上がって辺りを見回す。その間にも、彼の周囲では、ザシュッ!!バゴォンッ!!ザシュッ!!バゴオォンッ!!と、斬撃と爆発と思われる音が上がり続ける。

「ま、まさかッ……?!きッ、来たのかッ?!」青年兵士の呼吸はが浅く早くなる。

 ザシュッ!!バゴオォンッ!!!!ザシュッ!!バゴオォンッ!!!!そうして瞬く間、青年兵士の周囲のみならず、E-17戦線の戦場全域に、正体不明のその斬撃音と爆発音が広がっていく。勃発するその轟きを耳にした戦場の兵士は、口々に呟き出す。

「な、何だ?!」

「あれはッ……!?」

「赤い…………光?!」戦場の何人もの兵士の前に、一つの光が過っていた。雷撃の如く駆ける、一つの赤い閃光が。E-17戦線に斬撃と爆発を雷鳴の如く轟かせる、一つの赤い雷光が——

「そうか、来た……!来たんだッ……!!」

「彼らがッ——!!」赤い閃光を目撃した兵士達の瞳に、輝きが舞い戻っていく。

 赤い閃光は目にも止まらぬ速さで戦場を飛び駆けては、次々に機人兵へと赤い光の斬撃を喰らわせていく——その度に機人兵はスパークを散らし、爆発しては停止に至って——その度に機人兵と対峙していた兵士が次々に救われて——そして赤い閃光は、それら全てを置き去りにするように、絶えず前へ前へと飛び進みながら。青年兵士の目の前で起きたことと同様のことが、戦場全域に無数に起こり出す。

「き、来たッ?!本当にッ?!」

「来た来たッ!!来たはずだッ!!」

「来たんだッ!来たんだぁッッ!!」

「来たぞおぉぉぉぉッッッ!!!」あちこちで命拾い拾いした兵士達が、それでも一緒くたの歓声を上げる。

 バッ!!——そして赤い閃光が、戦域上空に高く飛び上がった。太陽の如く空に昇ったその光を、戦場の兵士達は、それぞれの位置から恍惚な表情で見上げる。そして最初に救われた青年兵士もその光を仰ぎ見ながら、一人、それでも確かに、その光へ言葉を刻み捧げた。

「あぁ……!そうだ来たッ……!来たんだッ!そうだあれはッ……!!」

「あれはきっとッ——!!」死の淵に立たされ、絶望で塗り潰されていた青年兵士の表情、その瞳。しかし光は還り差す——その顔に、その瞳に、天に出づる赤い閃光によって、果てしなく——

「対機人組織の戦軸——この世界から、悪しき機人兵を葬る——」

銀葬兵俺達の希望だ——————」

 E-17戦線上空で赤く光り輝く一つのモノ——それは、戦域の空に佇む一つの人影——それは、地上の全兵士の視線を釘付けにする一人の救世主——その姿は————背にはX状の二本の大剣型の推進装置——赤い光の粒子が、スリット状になった下部先端から絶えず放出されている。手元には一本の赤い光の細剣——紅蓮のビームソードが輝いている。纏うモノクロ基調の戦闘服は、四肢先と胸元のメタリックな防具に、ハイウェストなミリタリーパンツで、スタイリッシュさと重厚感を併せ持つ。地上の兵士とは一線を画す、その特異な姿の天の者は——細身で小顔、雪のように白い肌に、対照的な漆黒の黒髪、アメジストを埋め込んだかのような煌びやかな紫の瞳、少女のようにさえ見える中性的な少年——E-17戦線の真っ只中に飛び込んだ銀葬兵——カゲイチ・ルナだった。

(……いくらか救出が間に合わなかったか…)カゲイチは上空から、ボロボロの市街戦場に点在するいくつかの血の海——大量の兵士が惨殺されてしまった場所を見て、表情を歪めた。

 ピピピッ!!カゲイチの耳元のピアス型通信機が鳴り、彼はサッと耳に手をやって通信を聞く。

『こちら偵察部隊ッ!!接近する機人兵の増援を確認ッ!!』

『数ッ……!!膨大ですッッ!!』動転する通信の傍ら、カゲイチは地上遠くに目をやると——

「ッ……」敵勢力の大波——カゲイチのいる戦場中心付近へと、機人兵の大群が押し迫っていた。

『現存の戦力では太刀打ちできませんッッ!!』通信越しに伝わるパニック。兵士陣営に希望が見えたのも束の間、E-17戦線の熾烈さは加速する。しかしカゲイチは顔色一つ変えることなく。通信を介して戦場の兵士に命令した。

「E-17戦線の全兵士に告ぐ——可能な限り合流し、接近する機人兵の方角から逆へ避難しろ」

「敵は——俺が全て殲滅する——!!」シュッ!!カゲイチは背の大剣型の推進装置の一方から、柄の部分だけを抜き取るとそのまま腕を真横にまっすぐにし、柄を構えた——

「解光——」ピシュォンッ!!その言葉に呼応し、柄から真っ赤な光が伸び刃を形成した。反対の手に携える武器と同様の紅の刃がもう一つ、彼の手に握られる。双刀——そうしてカゲイチは、その両手に二本の烈火の如き赤いビームソードを構えた。

「カゲイチ・ルナ、ターゲットを殲滅するッ!!」ビュッ!!矢継ぎ早、兵士からの通信を一切待つことなく、カゲイチは推進装置から赤い光の粒子を散らすと、流星の如きスピードで地上へ飛び向かった。迫り来る大量の機人兵の増援部隊目掛け、大胆不敵な単騎での飛行突撃——

ババババッッ!!!!カゲイチの前方下より、接近する彼に気づき、即座に機人兵達が撃ちつけた銃弾が彼に襲いかかる——

 ヒュッ——!しかしカゲイチを襲う猛烈な銃弾の群れは、宙を掠める——ヒラッ!ヒラッ!カゲイチは高速で空中を飛び、機人兵の部隊に前進しつつも、右へ左へ進行軌道を変え、飛来する無数の銃撃を華麗にいなした。クルリッ!カゲイチは時に身体を水平方向に回転させつつ、ジグザクな螺旋軌道でアクロバティックに突き進む。ババババッ!ヒラッ!ババババッッ!!ヒラッ!クルリッ!何体もの機人兵が、その刀状の武器の刃を折り畳み覗かせた銃口から、銃弾を絶えずカゲイチへと撃ち込むが、彼はその全てを鮮やかに躱していく。

 翻弄される機人兵、揺さぶられるその射撃線、定まらないその狙い所、空を切るだけの弾々——そしてついに、カゲイチは機人兵の軍団を眼前に——その懐へと、正面から飛び潜り込む——

「斬り葬るッ!!」紫の眼光——アメジストの爆発——両手の鮮血の如き二つの刃、その紅蓮の双撃が、戦場に乱れ舞う————ザッ!ザザザッ!!ザッッシャアッッッッ!!!!機人兵の群勢に正面から突撃したカゲイチは、構える二刀の赤い刃で、目の前に現れる機人兵を次々に、何体も何体も高速で斬り抜けていった。ビリビリッ!!!!バゴオォォンッッ!!!!そうして斬られた機人兵は一様にスパークを起こし、その身体の一部または全部が爆発し、爆炎のち爆煙となって破壊されていくのであった。

 ザザザザザンッッ!!!!バゴオォォンッッ!!!!そんな機人兵の破滅を絶えず後ろに置き去りに、カゲイチは推進装置から赤い光の粒子を撒き散らし、目にも止まらぬ速さで前進しながら、機人兵を怒涛の勢いで薙ぎ払っていく——つい寸秒前まで、一面機人兵の白だった戦場の絵面が、みるみる爆煙の黒へと塗り替えられていく。

 ザンッ!ザンッ!ザザザンッザンッ!!ザザザザザンッザンッザザザンッザンッッッ!!!!——雷撃の如く繰り出される神速の斬撃、電光石火で刻まれる燃え盛る刃の一撃、そしてその連撃——一体、また一体と、カゲイチは地上の機人兵を斬り壊していく。戦場を縦横無尽に天翔ける、超機動の飛翔乱舞——戦場を八つ裂きにするかの如く激しく、凄まじく、激烈に——それでいて時に、機人兵から機人兵へ、点から点へ、星から星へと星座を描くかのように優雅に、優美に、カゲイチは戦場を斬り翔けた————

 ビッ!!ビビビビビビビリリリリリリッッッッ!!!!!!バババババッッ!!バッッゴオォォォォォォンッッッッ!!!!!!!!機人兵の軍団、雷雲の如く一つに固まった巨大なスパーク、噴火の如く一つに押し寄った爆発——機人兵軍の崩壊——そうしてたった一人の銀葬兵、カゲイチ・ルナは、一つの反撃も許さず、刹那の内に大量の機人兵の増援部隊を壊滅に追い込んだのだった。

 残る機人兵は、後一体——地面に無数に散らばる大破した機人兵を周囲に、最後立つ機人兵に、カゲイチは空中を突き進みながら、真正面から対峙した。

(刻印は——)瞬時、カゲイチは前方の機人兵を注意深く見た。何かを探すように、大きく目を見開いて、その胸元を。

(三日月は——)

(ない————)カゲイチの表情が、冷たく戻った。

 チャッ!!しかし予断は許されない——カゲイチの視界の先の機人兵は、機械武器の刃を畳んで露わにしている銃口を、迫るカゲイチにしかと向けた。正面からの一騎打ち——両者の距離は、しかし依然まだ開いていた。

 ——カチャッ!!そうして機人兵がトリガーに手を掛ける、その時——

(ならッ……!)

「斬り葬るのみッ!!」カッ!刹那、再び燃え上がった紫の眼光——そして、次の瞬間——

ザシュンッッ——!!機人兵がトリガーを引く代わり、カゲイチが赤い光の斬撃を機人兵に疾風の如く引いた。稲妻一閃——カゲイチは宙を真っ二つにするように、機人兵を瞬速で斬り抜けたのだった。

 ビリッ!!ビリリッ!!赤い刃に切り裂かれ、過負荷を受ける機人兵の身体。スパークがその全身を巡り、乱暴に火花を撒き散らす。機人兵の身体中をあちこち暴れ回り、逃げ場を探して内側から突き破らんとするそのエネルギー。破裂へのカウントダウン——3——ビリリッ!!——2——ビビッ!!——1——耐え切れなくなった機人兵の身体は、そして——バッ!!バッゴオオォォンッッ!!決壊するように爆発し、爆炎へ化していった。

「——殲滅完了」爆炎を背景に、カゲイチは戦場に幕を下ろした。

 ————トッ!空を乱れ飛んだカゲイチは、地上に静かに降り立った。一面大破したロボットが散乱する、荒廃した大地へと。すると、その直後——

「新入りってのはお前だな!?」

「ッ!?」突如背後から飛んできたその声に、カゲイチは咄嗟に振り向いた。そして声の主を見るやいなや、カゲイチは鋭い表情を浮かべ、その人物へと問いかけた。

「——あんた、E戦線所属の銀葬兵か?」


 機人兵が殲滅され、静寂と共に夜の闇に包まれていくE-17戦線戦場。その一角、破壊された無数の機人兵の海に立つ、二人の人影——カゲイチの背後から声をかけた人物は、彼の問いかけに陽気に答えた。

「そうだそうだ、E戦線所属の銀葬兵、アレックス・アリエフだ」カゲイチの目の前に現れた青年アレックス・アリエフは、X状に大剣型の推進装置を担ぐ、カゲイチと同様の特異な戦闘服姿だった。もう一人の銀葬兵——アレックスはカゲイチと比べ、歳は一回り程上に見え、また体格も背丈も一回りも二回りも大きい。七三に分けたアッシュゴールドの髪、長く高い鼻筋、切れ長の目に、涼しげな翡翠色の瞳。堀が深く端正な印象である一方で、粗野な印象もある青年だ。小柄で中性顔のカゲイチとは対照的な雰囲気である。

「E戦線の銀葬兵は俺だけだったから、お前が入ってきてくれて嬉しいぜ」

「よろしくな」アレックスはフランクにカゲイチへと握手を求めた。

「…………」カゲイチは差し出された手をしばし見つめるが——

「馴れ合いなど……いらない」カゲイチは握手を拒否し、アレックスから離れていった。

「あ、握手は基本……じゃねぇのか……?」アレックスは呆気に取られ、その場に立ち尽くした。

「……まぁE戦線に来るくれぇだから、まともな奴じゃねぇのは覚悟してたけどよ……」アレックスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ボリボリと髪を雑に掻いた。

「……機人共はこれで全部か?」周囲に散乱する機人兵を見ながら、駆け足でカゲイチを追いかけたアレックス。

「あぁ、俺が全て殲滅済みだ」二人は横並びで歩き出す。

「つうことは今回は出撃給のみ、撃破ボーナスは見込めず……か」——ザッ!アレックスのその言葉に、カゲイチは即座に歩を止めた。

「……くだらないな」

「……何ッ!?」すぐに怒りを覗かせるアレックス。

「あんた、金の為に戦ってるのか?」カゲイチはせせら笑うような表情を彼に送りつけた。

「……ッ!!だったら悪りぃのかよッ!?」

「そもそもそういうお前は何の為に戦ってるっていうんだッ?!」怒りを露わにしたアレックス。反撃するように、明後日の方を向いたカゲイチに詰め寄る。

「……」しかしカゲイチは何も言わず、地面に散らばる機人兵の死体を見つめていた。煌びやかなはずの紫の瞳を、随分と陰らせて。

「おいッ!」

「……」

「なぁッ!?」

「……」

「よぉッ?!」そうして次々迫るアレックスに痺れを切らすように、カゲイチはボソッと呟く——

「……俺は」

「……探している」

「……探している?何だ?何をだ?!」黙り気なカゲイチを意に介さず、すかさず問い詰めるアレックス。

「……」しかし、簡単には口を開かないカゲイチ。

「何を探してる?」

「……」

「おい、答えろ。同じE戦線の銀葬兵として隠し事があっちゃやりづれぇだろ」

「……」

「なぁ……?」

「……」

「意味深なこと言って逃げんじゃねぇ、何を探してんだ?」

「……」急かすアレックス。微動だにしないカゲイチ。両者一歩も譲らない攻防は、泥沼の様相を呈した。

「……けッ!人にくだらねぇとか言う割には、自分は言えねぇってか!?」辛抱ならなくなったアレックスは、乱暴に捲し立て始める。

「だったらお前の戦う理由はくだらねぇ以下だ!!人に言えねぇ理由なんざ、大抵くそみてぇなもんなんだからなッ!!」

「金の為に戦う俺は確かにくだらねぇッ!!だがお前はそれ以下だッ!!それ未満だッッ!!お前の戦う理由はクソ同——!」

「……違うッ!!」アレックスの怒涛の連撃に、カゲイチはいきなり声を上げた。カゲイチはキッとアレックスを睨み、怒りをその中性顔に荒っぽく張り付ける。

「違うッ……!」

「じゃあ言えよ、何だッ?!」アレックスはカゲイチに強く視線を刺す返す。

「……」しかし顔を逸らすカゲイチ。

「何だって聞いてんだよ」

「……」

「ほら言えねぇ、だったらこれで決まりだッ!!お前の戦う理由は——!!」

「——不審な機人兵を見たことがあるか?」アレックスの言葉を遮り、カゲイチは唐突に言った。

「………………何?」その問いかけに、アレックスは途端に神妙な顔つきとなった。

「……あんたはE戦線にいる銀葬兵だ……だから、それについて何か知っていないか……?」地面に散乱する機人兵に向いていた、カゲイチの深い眼差し——その眼差しは次により深く、アレックスに向く——

「ここ東方のE戦線に纏わる——ある不可解な機人兵について————」


 ピタッ——奇妙な程に強く固く、カゲイチとアレックスの視線が交わった。

「お二方殿ーーーーッッ!!!!」と、そこに二人のもとへ、恰幅のいいゲジ眉兵士、ドティ・パールマンがやってきた。彼に続いて数人の兵士もやってくる。

「お二方殿ッ!ご無事でしたかい!?」ドティは肩で息をしながら、カゲイチとアレックスを交互に見た。

「俺は別に戦ってねぇよ、戦線の機人兵を殲滅したのはこいつだ」アレックスはカゲイチを顎で指す。

「えッ!?ひッ、一人でですかい!?」ドティとその周囲の兵士は、驚愕した様子でカゲイチに視線を集めた。

「俺一人でやるといったはずだ」言い捨てるカゲイチの傍ら、ドティら兵士達は感心するように辺り一面に倒れる無数の機人兵を見ていた。

「……と、とにかくお二方殿に何もなくてよかったですぜッ……!」驚きが抜けきらないドティであるが、続いて強引に顔を険しく整えた。

「……それよりお二方殿、早急に帰投をお願いしますぜッ!またいつ機人兵が現れるとも限らねぇですので……」

「生存している兵士達は合流済み、輸送機共々帰投準備はできておりますぜ」

「そうだな、至急帰投だ。先に行ってろ、すぐに行く」アレックスが間髪入れずに応じた。

「はいですぜッ!!」ビッ!!ドティら兵士達は一斉に敬礼をし、素早くその場から去っていった。

 再び二人になると、アレックスが口を開いた——

「……お前はE戦線へ転属移動中だったな、輸送機は別だろうから、話は拠点に戻ってからだ続けてアレックスはカゲイチの耳元で、声を潜めてこう言った——

「拠点には、お前の言った不可解な機人兵——異形機人の報告書がある————」ジュリッ……そうしてアレックスは地面を鳴らし、歩いていった。

(——異形機人……報告書……)カゲイチは一つ、瞳を奥に沈ませた。ザッ……!しかしすぐに表情を正すと、アレックスの後に続き、彼もその場をあとにした。

 カゲイチは去り際、もう暗くなった戦場の空を、一目見た。星は消えた。月は死んだ。カゲイチが見たのはただ一つ、黒だけが生き延びる、そんなあまりにも孤独な夜空だった。


 深い夜を四角に切り取る窓が並ぶ、無機質な廊下。コツコツコツコツ——静まり返ったその廊下に鳴り響く二つの足音、二つのの歩み。紫の瞳を持つ黒髪の中性的な少年カゲイチ・ルナと、翡翠の瞳を持つアッシュゴールドの髪の屈強な青年アレックス・アリエフだ。二人は戦場での戦闘服姿から変わり、高貴な白銀の軍服に身を包んでいる。

「……E戦線主拠点ははじめてだろ?先に軽く案内するか?」アレックスは横目でチラッとカゲイチを見る。

「いや報告書が先だ、おっさん」即答するカゲイチ。しかし彼が何気なく呼んだ呼び名が、アレックスの度肝を貫いた——

「おッ!?おっさんッ!?おっさんだとッッ?!?!」

「おいお前ッ!!今おっさんって言ったか?!」その場に釘付けになるアレックス。

「あぁ、だからなんだ?おっさん」カゲイチは気にせずスタスタと歩いて行く。

「おいッ!おっさんてのやめやがれッ!!俺はまだ三十だぞッ!!クソガキ!!」立ち止まったのも束の間、猛突するようにカゲイチに迫ったアレックス。だがカゲイチはビクともしない。

「十七の俺から見れば、十分おっさんだ。それより早く報告書を見せてくれるか、おっさん?」

「だからおっさんをやめろッ!!クソガキッッ!!」

「じゃあどうしろと言うんだ、俺はあんたの名前などいちいち覚えてない」

「アレックスだッ!!アレックス・アリエフッッ!!」

「そうか、それはよかったな。だが、俺が知りたいのはあんたの名前なんかじゃなく、異形機人についての報告書だ」

「……チッ!!もういいッ!!もうやめだッ!!もうたくさんだッ!!お前と会話すると、脳がイラだって仕方がねぇッッ!!」苛立ちをばら撒くアレックスの一方で、カゲイチは表情一つ動かさないのであった。

 そんな対照的な調子で廊下を歩く二人は、その先で一つの扉に入っていく。

「報告書はここだ、クソガキ」

「ここか、おっさん」

「ッ……!」再びおっさんと呼ばれたアレックスは、カゲイチを凄まじい形相で睨みつけた。

 しかしカゲイチは威嚇まがいの視線に応じることなく、扉の先——異形機人の報告書がある部屋を見渡した。ホログラム投影されたモニターが数多く並ぶ空間——薄暗い空間の中で、そのホログラムだけが煌々と浮かび上がっている。

「……異形機人の報告書ってのは、過去E戦線で行われた、領土奪還作戦の時の戦闘報告に基づたものだ」気を取り直した様子でアレックスは一つのホログラムモニターの前に立ち、それをタッチで操作していく。

「例えば……これだ」アレックスが戦闘報告のデータをモニターに表示すると、カゲイチはそれを食い入るように見た。

(2120年12月4日……第一回領土奪還作戦中に不審な機人兵を目撃……)データの備考欄を読むカゲイチ。彼は報告書を次々と見ていく。

(2120年12月6日……領土奪還作戦中、E戦線奥地にて不審な機人兵を目撃……吹雪による視界不良により確認できず……)

(2120年12月7日……E戦線奥地にて異常な形状の機人を目撃……)

(2120年12月11日……E戦線奥地にて異常な速度で動く機人兵を発目撃…領土奪還作戦中止により確認できず……)

(2121年11月23日……第二回領土奪還作戦で不可解な機人兵を目撃……)

(2121年12月1日……E戦線奥地にて身体に異様な物体が付いた異形の機人を確認……領土奪還作戦中止により調査できず……)

「……異形機人がはじめて報告されたのは、二年前の2120年……E戦線での第一回領土奪還作戦の時か?」カゲイチはモニターからアレックスに目を移す。

「今の所はな……」

「異形機人はE戦線の奥地にいるのか?」

「報告されてる範囲ではな……」

「異形機人の姿はどんなものなんだ?」

「そこに書いてある以外のことは何も分かってねぇ……」

「異形機人はどれ程の機動性と戦闘力だ?」

「それも同じだ……」

「……」明確な答えをもらえず渋面になるカゲイチ。

「……悪いが異形機人については実際には何も分かってねぇのが現状だ……異形機人ってのも俺が勝手にそう呼んでるだけだしな……」アレックスは顔を曇らせつつも続ける。

「……だが、一つ確実に言えることは、異形機人は確かに存在するってことだ。ここE戦線……その奥地に、異様な形をして、異常な力を持った機人が……確かに……」どこまでも沈んでいくアレックスの瞳は、まるでその謎の深さそのものであるようだった。

「……」そして同様に、もはやそれ以上に、深く深く落ちゆくカゲイチの瞳。アレックスの言葉が続いた。

「そして2122年、ここE戦線で第三回目の領土奪還作戦が、これから始まる……」

「そこで一つ、提案だ」アレックスはその大柄な身体をカゲイチへ向けた。カゲイチはそれに目線で応じる。そうしてアレックスはその翡翠の瞳で、カゲイチの紫の瞳を射抜くように見つめ、宣言した——

「今回のE戦線での領土奪還作戦——そこで、俺達二人で異形機人を調査する——」

「ッ……!」鋭く交わったカゲイチとアレックスの眼差し——隠しきれず、カゲイチの表情は高鳴った。

「異形機人を見つけ捕まえでもすりゃ、とんでもねぇボーナス間違いなしだッ……!お前も探してんなら、悪りぃ話じゃねぇだろ?」

「……やらねぇ理由は……ねぇと思うが?」さらに強く、カゲイチへと視線を押し込むアレックス。

「……」カゲイチはアレックスから視線を外し、しばし思案する様子を見せた。いくらか間延びした沈黙の後——

「……俺は……探している」カゲイチは虚空を見るような目で言い落とした。

「……YESってことか?」

「……今そう言ったはずだ、おっさん」正気に戻ったようなカゲイチは、ぶっきらぼうにアレックスに目を投げた。

「もっと分かりやすく言いやがれ、やりづれぇったらありゃしねぇ……」アレックスはボリボリと髪を掻いた。

「まぁとにかく、決まりだな。次の領土奪還作戦で異形機人を追うぞ」

「——だが、一つ注意点がある」険しくなったアレックスの表情に、カゲイチの表情も同調した。

「今回決行する調査は、俺達二人の独自調査だ」

「独自調査……?」訝しむカゲイチ。アレックスは続ける。

「理由は分からねぇが、異形機人の件は数多く報告されているにも関わらず、E戦線公にされてねぇ……ここにあるいくつかの報告書は、俺が独自にまとめたものだ」

「……隠蔽されてるというのか?」疑念が顔に浮かぶカゲイチ。アレックスも同じように表情を濁らせる。

「さぁな……だがとにかく表立ってねぇのが現状だ……おそらく何かしらの事情があるのは確かだ……だからその中で異形機人を調査するとなれば、何を言われるか分からねえ……場合によっちゃあ出撃できないまでありそうだ……」

「だから独自調査だ……俺達二人だけで異形機人を極秘に調査する……いいな?」アレックスは今一度カゲイチに強く視線を刺した。

「……俺は何でも構わない」カゲイチはにべもなくそっぽを向いた。

「まぁ、俺達が見つけちまってはっきり公にすりゃ、少なくとも他戦線はそれを俺達の功績として十分評価してくれるはずだ……ましてや銀葬兵二人の報告ならよ……」

「つうわけでとにかく契約成立だな。よろしく頼むぜ、クソガキ」アレックスはカゲイチに二度目の握手を求めた。

「……」カゲイチは横目でその手をしばし見つめると——

「……しつこいな、おっさん」アレックスの手を軽く握り、よそよそしくも握手に応じたのだった。

「時期に今回の領土奪還作戦で上層部から話があると思うが、そこでも調査のことは極秘で頼むぜ」

「じゃ、俺はもうお休みに入るぜ、寝不足は戦士の敵だからな。それと俺はおっさんじゃねぇ、アレックスだ」アレックスは口早に言うと、そのまま部屋から出て行った。

 一人部屋に残されたカゲイチは、目の前に浮かぶホログラムモニターを見ている。その紫の瞳に映り込む、報告書の文字列。次第に、刻まれた文字という文字に生気を吸い取られていくように、彼の鮮やかな紫の瞳は深く深く、虚ろに黒く落ちていくのであった。はたまた内なる思考の濁流に、飲まれるようにして。

「……母さん」モニターの光だけが不気味に浮かぶ暗い部屋で一つ、生彩を奪われた呼びかけが、少年の口から腐り落ちた。



 E戦線拠点内——訓練服姿の兵士や白衣姿の者達が行き交う廊下。その廊下にある大きな機械的な扉の前で、銀の軍服を着た小柄な少年と大柄な青年が何やらやり取りをしている。紫の瞳を持つ黒髪の中性少年カゲイチ・ルナと、翡翠の瞳を持つ七三分けの灰金髪の青年アレックス・アリエフだ。

「扉の向こうにいる上層部……E戦線の参謀長、キュル高官は堅物だ」

「俺もほとんど言葉を交わしたことがねぇ……お前の舐め腐った態度と口の聞き方は絶対御法度だからな、気をつけろ」アレックスはカゲイチに強く強く念を押した。

「俺はいつだって真面目だ、おっさん」しかし聞く耳を持たないカゲイチ。

「じゃあ大馬鹿真面目に頼むぞ、クソガキ」両者、互いに刺し合うような掛け合い。しかしアレックスは次に一転異なった様子で、声を潜めた。

「……特に俺達の独自調査は……頼むぜ」

「……あぁ」

 そうして二人は大きな扉の中に入っていく——

「銀葬兵、アレックス・アリエフですッ!!」ビッ!部屋に入ると同時、アレックスは素早く敬礼した。

「……銀葬兵、カゲイチ・ルナ……です」アレックスに倣うものの、カゲイチが繰り出したのは覇気のない名乗りとヨレヨレの敬礼だった。

「…………前に来たまえ」その威厳ある老いた声を合図に、カゲイチとアレックスは部屋の中央まで移動する。ホログラムモニターに取り囲まれた、宇宙船を思わせるような銀基調の空間。その中央に並び立ったカゲイチとアレックスの正面に、メカニカルなデスクを挟んで、仰々しい飾りを付けた黒の軍服を着た老人の高官が一人、向かい立っていた。

「……カゲイチ・ルナ殿——」白髪の厳粛な印象のその高官が、カゲイチに鋭い視線を向けた。刹那に走る緊張感——

「……E戦線参謀長、レヴィ・キュルだ。ここE戦線への転属、誠に感謝申し上げたい」しかしキュル高官は転属してきたカゲイチに挨拶しただけだった。

「……恐縮です」大人しく返事をするカゲイチ。キュル高官のしゃがれ声が続く。

「ご存知のことと思うが、ここに来てもらったのは、今回のE戦線での領土奪還作戦についてだ……」

「だが、その前にカゲイチ・ルナ殿——」再び駆け抜ける張り詰めた空気——

「……貴君は何故E戦線に?」キュル高官がもう一度、刃のような眼差しをカゲイチに向けた。

「…………俺は——」目線を明後日にやるカゲイチ——横目で彼の出方を伺うアレックス——正面で彼の言葉を待つキュル高官——三者に束の間の沈黙——のしかかる重苦しい空気——が、しかしカゲイチの返答は意表を突く——

「——私は人類の保全の為、機人兵の殲滅を図ることを目的とし、ここE戦線に転属した次第です。E戦線は最も熾烈な戦線——故にそこで機人兵を殲滅すれば、人類の保全に大きく尽力できるはずですから」

「私は人類の保全……いえ人類の平和を実現したく願っておりますので」態度も声色も嘘のように一変——真っ直ぐな目を高官に向け、カゲイチは凛々しく答えたのだった。

「ッ……!?」そんなカゲイチを横目に、アレックスは隠しきれず動揺した。

「うむ、良き志だ」一方でキュル高官は満足げな笑みを浮かべていた。

「その誇り高き志に、与太話で水を差すのもかたじけない。早速だが、今回のE戦線における領土奪還作戦について話をさせてもらおう」高官はそう告げると、背後の巨大なホログラムモニターをタッチし、何やら操作していく。

 そんな状況の傍ら、カゲイチの出方を並々ならぬ面持ちで伺っていたアレックスが、静かに安堵した。一方でカゲイチはホッとするアレックスに向け、せせら笑うような横目をチラリと流した。そうしてアレックスはまた、カゲイチのその不躾な物腰に、密かに顔中を皺立たせるのであった。

「これが現在のE戦線の状況だ」高官は二人に向き直り、ホログラムモニターを指し示した。ホログラムモニターには、様々な図や数字が添えられた広大な地形マップが表示されている。

「機人兵の侵略が始まって以来、E戦線は当初より大幅に後退した……十年足らずで失われた人類活動領域は——およそ40%」モニターに映し出されている、右に先細りになっていく地形マップ。その地形マップの先細りになっていく部分の縁の周囲が、外に大きく広がるように赤く染まった。その広大な赤いエリアが、キュル高官の言った失われた人類活動領域——機人兵に侵略された領域を示している。

「このままの予測侵略速度からすれば、数年の内にE戦線は壊滅し、内側の人類生存領域へと機人兵の侵略が及ぶだろう……」右へ先細る地形マップの周囲に広がっていた赤いエリアが、今度は内側へと、地形マップ全てを飲み込むように広がり、やがてマップ全体が隅々まで赤く染まった。機人兵の侵略を示すその一面の赤——それはまるで、これから人類が流すであろう、夥しい量の血を暗示しているようだった——血に沈む、人類の未来図。

「……このままでは、人類は壊滅を運命づけられてる……が、やはり我々人類とは、運命に抗う生物だ」キュル高官の声が厳かに張ると、それに合わさりカゲイチとアレックスの表情も一段険しくなった。

「そしてその運命に抗う為一手こそ——これより行う領土奪還作戦に他ならない。失われた人類活動領域を取り戻す為、我々E戦線の全兵力をもって、機人兵に進撃を行う」モニターに広がっていた一面の赤が消えると、右に先細る地形マップの先端部分から、人類の反撃の進路を示すように、矢印が右へと伸びていった。

「今回は全兵力……か……」

「……」呟くアレックスの傍ら、カゲイチは黙ってモニターを見つめていた。

「この領土奪還作戦はより小規模ではあったものの、前回、前々回と失敗に終わっている……」

「……しかしカゲイチ・ルナ殿、今回は貴君がいる。貴君は銀葬兵の中でも指折りの存在だ。これまでの尋常ならざる戦績は、誰もが目を疑う程だろう」キュル高官は期待を送るように、カゲイチを一瞥した。

「……恐縮です」カゲイチはキュル高官の賞賛に表情一つ、身振り一つしなかった。

「……反撃が必要だ……そしてその先の勝利が……人類には……」キュル高官は打って変わり、思い詰めたように声を落とした。そして高官は何かを振り返るように、ぼんやりと言葉を落とす。

「人類は敗北し続けている……機人が人類の友から敵へと変わり果てた、あの銀災禍以来——」キュル高官の瞳が揺れた。内なる何かを振り返るように、内なる何かが漏れ出てしまうように、寂しげに、頼りなく。カゲイチとアレックスも同様だった。過去を覗き見、遠くを見つめるような瞳を浮かべて。バラバラに何かを覗く、それぞれの瞳。しかしその別々の眼差しは、それでもある一つの過去に、歴史に、出来事に集まるかのようだった——銀災禍——キュル高官の口から忌み出た、そんなある一つの世界記憶——その名に。

「……一つ……質問があります」三人を寸時襲った静寂を、カゲイチが打ち破った。キュル高官の視線が素早く彼に飛ぶ。

「……何だね?」

「———E戦線には、異形の機人兵がいると伺っております」

「————ッッ!?!?」激震——アレックスに——秘密のはずの情報を突如暴露するカゲイチへの驚愕が、彼の中で暴れ回るように、アレックスの身体があやふやにぐらついた。

「おッ…おいッ…!」小声でカゲイチを堰き止めようとするアレックス。

「……」キュル高官はカゲイチをじっと見たままでいる。

「E戦線には異形の機人兵について、いくつかの報告書が上がっているそうですが……」

「おいッ……おいッ……!」止まらないカゲイチと止めたいアレックス。キュル高官はカゲイチから視線を外し、しばし思案して言った。

「……質問の機会は後で設けよう」

「では、質問ではなく疑問です」はぐらかすキュル高官に、すかさずカゲイチは追撃する。

「異形の機人とは何ですか?」

「そして何故異形の機人は報告書が上がってるにも関わらず、E戦線において公にされていないのですか?」

「我々銀葬兵は今回の領土奪還作戦にて、異形の機人を独自調査しようと——」

「ッ!!いい加ッ——!!」制御不能、暴走するカゲイチを制止しようと、アレックスが彼に手を伸ばそうとした時——

「救い——罪——」

「……!」突然キュル高官が撃った言葉に、アレックスは手を止めた。

「答えとは……来るべき時に、自ずと分かるものだ」

「今はただ、その時でない」

「「……」」キュル高官の眼差しが、二人に突き刺さった。キュル高官の奥底から発せられたようなその言葉、その威厳に、カゲイチとアレックスは気圧されたように押し黙った。

「……領土奪還作戦について話を続けたいが……いいかね?」一転、キュル高官は柔らかく言った。

「……はい、失礼いたしました」カゲイチが詮索しないことを見ると、アレックスは彼から一旦目を離した。

「……では領土奪還作戦について、次は具体的な作戦内容について説明しようと思う」

「領土奪還作戦は単線により戦力を集中させ進軍していく。予測戦況推移に基づく進軍経路はこの通りだ————」

 モニターをタッチ操作し、言葉を並べていくキュル高官の傍らで、カゲイチはうわの空な様子を浮かべていた。内なる何かに深く、強く思い耽けるように、ただ一点を朧げに見つめながら。アレックスはそんなカゲイチの様子を横目で見ながら、不満げに、眉根を寄せるのだった。


 参謀室から出てくる、銀の軍服姿のカゲイチとアレックス——扉が閉まるやいなや、アレックスが声を上げた。

「おいッ!何考えてやがるんだ!?あれだけ異形機人のことは言うなって言ったよなぁッッ?!?!」

「独自調査がパーになったらどうしてくれるんだッッ!?!?」詰め寄るアレックスを払いのけ、カゲイチは答える。

「分からないか?おっさん」

「もし上層部が異形機人を知られることを意図的に阻止しているなら、それを勝手に調査したらどうなる?」鋭い眼光を向け刺すカゲイチ。

「ッ……!」言葉に詰まるアレックス。

「まず間違い無く軍規違反になるだろう。ボーナスどころか罰金だ。そして最悪の場合、戦場で俺達の装備群——超機動白兵装置へのエネルギー送信を止められる恐れだってある」

「代償は罰金、そして死でありさえする……独自調査は一歩間違えれば毒にだってなるはずだ」

「……た、確かにそれもそうだが……あんなに大っぴらに言う必要は——」煮えきらないアレックスに、カゲイチが語勢を強め被さる。

「確認したんだ。異形機人が、上層部にとって何を意味するかをな」

「確認だと……?」疑問符を浮かべるアレックスに、カゲイチが巧みに言葉を並べる。

「もし上層部が異形機人を意図的に隠蔽しているなら、あの高官は俺がその名を発した時点でその存在を完全に否定するか、俺達を強く制止するか何かしたはずだ」

「だが、あの高官はただはぐらかすのみで、そのまま領土奪還作戦について具体的な説明に移った……実質俺達を野放しにしたも同然だろう」

「だから俺達が独自に異形機人を調査しても、上層部……少なくともあの高官にとっては、そう重大な問題ではない可能性が高い……だから独自調査は、最悪の場合でも取り返しのつかない軍規違反にはならないはずだ……現状、俺が思う限りではな」

「……そういうことか……考えがあったなら……まぁいいんだが……」アレックスは少し気まずそうに顔を落とした。

「……じゃあ上層部……キュル高官が異形機人のことを公にしない理由は一体何なんだろうな……?」アレックスは顔を上げ、カゲイチに同調するように言った——のだが。

「俺にはそんな理由などどうでもいい、調査が重大な軍規違反にならないか……俺が確認したかったのはそれだけだ」カゲイチの反応は凍えていた。

「俺は探している……だから俺は探せればいい。俺が気がかりなのは、それだけだ」

「俺は探す為なら、一つの油断もしない……あんたの判断は生温いんだよ、おっさん。所詮、金などとくだらない理由で戦ってるからだ」

「ッ!!お前ッッ!!」カゲイチの挑発的な言動に、アレックスは再び彼に迫った。しかしカゲイチは応じない。

「もっと頭を使ってくれるか、おっさん。ボケるにはまだ少し早いだろう」そうしてカゲイチは手でアレックスを退けると、その場を去っていった。

「ボケんのは当分先だッ!!クソガキッ!!」

「それとアレックスだッッ!!覚えやがれッ!!」アレックスは離れていくカゲイチの背中に怒鳴りつけた。けれどカゲイチは振り返ることさえなく、無機質な廊下をツカツカと歩いていった。 

「……本当に口の悪りぃクソガキだッ!!どう育ちゃあぁなるんだッ!!くそったれッッ!!!」アレックスは一人、やり場のない怒りを撒き散らした。

「お疲れですかい?アリエフ殿」と、アレックスのもとに恰幅のよい兵士がやってきた。緑色の軍服を着る、ゲジゲジ眉毛の兵士、ドティ・パールマンだ。アレックスの語気がさらに加速する。

「お疲れもお疲れだッ!!E戦線に新しくきた銀葬兵ッ!!あいつは化け物だッッ!!」

「カゲイチ・ルナ殿ですかい?!確かに彼は化け物ですぜ……!彼の今までの戦績を見ましたが、そりゃとんでもねぇ成績で——」

「ちげぇッ!!人間性の話だッ!!」意気揚々と答えていたドティに、アレックスは荒んだ声で突っ込んだ。

「どうしたらあんなのが生まれんのかッ……!!あいつの育ちが知りてぇッ!!親の顔が見てみてぇくらいだッッ!!」言い散らかすアレックス。しかしドティは突然、神妙な顔つきとなる。

「……そういえば戦績のついでに、ルナ殿のプロファイルも見たんですがよ……」

「……ん?」アレックスの表情がドティに合わさる。

「何故かルナ殿の出生関連は一切不明だったんですぜ……家族構成とかその辺りも諸々……どういことなんですかいね……?」

「……不明だ……?」怪訝さが覗くアレックスの顔。

「……何者だ……あいつ……?」

 そうしてアレックスが長く長く伸びる廊下を見つめる頃にはもう、カゲイチの姿はどこにもなかった。



 無味乾燥な大地に連なる、一本の長大な兵士の行列。ザッザッ。ザッザッ。草木を忘れた荒野を、兵士達はせっせと機械のように行進していく。ヘルメットを付け、かさばる装備を背負う、ごくありふれた姿の兵士達。そんな兵士達が一部、機械的な行軍の最中、言葉を交わしていた。

「もうそろそろ侵略地に入ったか?」

「まだだよ、ここはまだ人類活動領域だ」前後で会話する二人の兵士。さらにもう一人の兵士が振り返って割り込む。

「ちげぇちげぇ、ここはもう侵略地だ、ついこの間侵略されたばっかだけどな。いよいよ俺達は機人兵のテリトリーに足を踏み入れたってわけさ」

「あー、そうだっけか……」言い違えた兵士が力無く呟く。

「まぁ、どこがどこだか気にするだけ無駄か……今日の活動領域は、明日の侵略地だしな……」最初に問いかけた兵士も、ぼんやりと言葉を落とした。

 ザッザッ。ザッザッ——隊列の別の箇所でまた二人の兵士が暗い面持ちをしていた。

「今回の領土奪還作戦はまさかE戦線の全兵力とは……」

「どれだけ兵士を注ぎ込んだって機人には勝てねぇのにな……特にこの地獄のE戦線ともなれば尚更だ」

「何でこんな無茶を……」

「世間では、負け続きの俺達兵士に随分不信感が募ってるらしいからな……苦し紛れの言い訳作りだろ」

「しわ寄せを食うのはいつもE戦線俺達だ……」

「クズの集まりだからな……E戦線は」

ザッザッ。ザッザッ——さらに隊列の別の場所では、兵士達が自暴自棄な様子で言葉を投げ合っていた。

「遺書はよくかけたかよッ!?!」

「馬鹿!遺書なんて書いてどうすんだッ!!俺達にゃ心配してくれる奴なんていねぇだろッ?!」

「なんだいッ!!これから現れてくれるかもしれねぇのにッ!?」

「大馬鹿ッ!!俺達にこれからなんてものはもうねぇんだよッ!!」

「それもそうかッ!!」

「「ギャハッ……!ギャッ!ハハハハハッ!!ハッ!!」」二人の歪な笑い声が、二人の奥底の寂しさを描いていた。

 ゾロゾロ。ゾロゾロ。落ち込んだ兵士一同。荒野にはどこまでも、沈んだ顔の大行列が続いていた。しかしそんな澱んだ空気の中、隊列のとある場所で、一人の兵士がおもむろ呟いた。

「ところで、今回の領土奪還作戦に加わった新しい銀葬兵は——」

「全銀葬兵の中で、最強の銀葬兵らしい——」


「カゲイチ・ルナ!!出撃する!!」

「アレックス・アリエフ!!出るッッ!!」

 上空——黒いヘリコプター型輸送機から飛び出す、二つのの人影。X状に背負う大剣型の推進装置、金属製の各部防具、ハイウェストなミリタリーパンツの戦闘姿——空に堕ちたのは2人の銀葬兵だ。

「俺達が先行し、後続する隊列の道を開くッ!!いいなッ?!」

「二度目だぞ、おっさん。俺は一度言われれば分かる」空を急降下しながら言葉をぶつけ合う、翡翠色の瞳を持つ灰金髪の青年アレックス・アリエフと、紫色の瞳を持つ黒髪の少年カゲイチ・ルナ。

 ピピピピピッッ!!突如、二人のピアス型の通信機からアラート音が噴出した。同時、二人が装着する特殊なコンタクトレンズが、彼らの視界に直接警告表示を映し出した——

「——機人兵出現——地上!?」アレックスが言いながら、空を落ちていく二人は一斉に地上を見る——デコボコと急激な高低差のある山脈地帯の至る所に、大量の機人兵が現れていた。

「チッ!いきなりかよッ!!」女性程の細身なシルエットの機人兵は、その柔和な白基調のボディに物騒な銃器の数々を担いでいる。丸い頭部、その前面の大きな円形のディスプレイに表示される二つの真っ白な大きな瞳は、一様に空を降下していく二人の銀葬兵を捉えていた。

「おいッ!!二手に分かれて迎撃するかッ?!」

「……」しかしカゲイチは地上を凝視したまま、アレックスに反応しない。カゲイチはコンタクトによって視界を拡大しながら、機敏に視線を動かし、何かを探すように地上に現れた機人兵——その胸元を隈なく見ていた。

(三日月——三日月の刻印は——)しらみつぶしに機人兵を見ていくカゲイチの瞳は、どこか不安定に揺れ動いている。

「おいッ!おいッ!!クソガキッッ!!」アレックスは地上に目をやりながら、並び落ちるカゲイチに強く声を上げた。地上で待ち構える大量の機人兵が、ついに二人へ向けて銃を構え始めたからだ。

(無い——)一方でカゲイチは、静かに瞳を暗く落とした。

「おいッ!!ここは二手に別れて——!!」

「……喚くな、おっさん」ようやくアレックスに反応したカゲイチは、同時にX状に背負う大剣型の推進装置から、バッ!と柄を二つ引き抜くと——

「正面突破だ」

「しょッ、正面だ!?」驚くアレックスの傍ら、カゲイチは両手の柄を身体の外側に向けて構え——

「——解光!」ピシュォンッッ!!その掛け言葉と共に、カゲイチの両手の柄から勢いよく赤い光が伸び、二本の赤い光の細剣が形成された——鮮血の刃を持つ、赤いビームソード。

「いや正面は——!!」アレックスが待ったをかけるもカゲイチは——ピシュンッッ!!推進装置から赤い光を放ち、地上の機人兵の軍団目掛けて一直線に飛んでいった。

「お、おいッ!?」そう言うアレックスの視界には、既にカゲイチの姿は跡形もない。

 目にも止まらぬ速さで空を駆けていくカゲイチ——ババッッ!!何十体もの機人兵が、前方より迫り来るカゲイチに一斉に銃口を集中させた。

「止まる暇などない……」カゲイチは真正面に機人兵の軍を見据える。研ぎ澄まされ刃のような、その紫の瞳で、突き付けられる、その嫌というほどの銃口を、情けを知らぬ、その無慈悲な穴々を。それでもカゲイチは、迷い無く猛烈な速度で機人兵に前進する。

 ——チャッッ!!全機人兵が、ついに携える銃器の引き金に手を掛けた——グッ!カゲイチはただ一人、その両手の赤い光剣を強く握り込む。正面衝突、果てない大軍と頼りない孤軍、それでも、カゲイチは——

「俺はッ……!!」その紫の瞳から放光を。

「探しているんだッッ!!」その身体の奥底から咆哮を。機人兵の軍勢に襲いかかる、流星の如き一人の銀葬兵。振り翳される、火焔の如き二つの閃光剣。

 領土奪還作戦——E戦線全兵力をかけた、侵略者機人兵との決戦。激烈な戦いの火蓋が今、大胆に切り裂かれた————


 日暮。山脈地帯。うねうねと連なる稜線に、束の間広がる高原。その一画に、何十何百と大量のテントが集結している。密集するテントの間を駆け足気味に行き交う兵士達の傍ら、立ち止まって話し込んでいる二人の兵士。

「現地点までの兵士の死亡率は?」

「およそ7.8%です」

「予測死亡率を大幅に下回ってるな……」

「今回は銀葬兵が二人もいますからね。相変わらず実数にしたら死傷者はかなり多いことに変わりありませんが……」

 そんなE戦線の野営地のとあるテントの中では——

「……行軍開始から一週間だ。異形機人はまだ現れないのか?おっさん」

「俺が知るわけねぇだろ、クソガキ」黒髪の中性少年カゲイチと、七三分けの金髪の屈強な青年アレックスがいがみ合っていた。カゲイチとアレックスは装備群を取り外し、ピチッとした黒の長袖のインナーとダボついたミリタリーパンツといったラフな姿となっている。煌々とテントの中で輝くランプが、そんな二人の姿と、不満げな顔をよく照らしていた。

「報告書に上がってた異形機人の目撃情報は、全て遠く離れた奥地だろ……人類活動領域を出て、ここまでで150キロ程進んだが、前回の領土奪還作戦での到達範囲はまだ超えてねぇ」

「前回は尋常じゃねぇ犠牲出しながら強行したのもあるからな……今やっと前回の折り返しってところだ。むしろこれからなんだよ、俺達の独自調査は……」アレックスはカゲイチを深く見つめた。

「……そんなことは、言われなくても分かってる……」カゲイチは無愛想にそっぽを向いた。

「じゃあ何で聞いたんだよッ?!」

「……探しているからだ」カゲイチの沈んだ雰囲気に、アレックスは一つ髪を乱暴に掻いた。

「……まぁそう焦んじゃねぇよクソガキ、そもそも勝手にやってる独自調査なんだからよ」

「それに、これから先の進行経路は迂回経路になる……機人共がさらにわんさか増える予測だからな……油断すれば独自調査どころじゃねぇ、命の危険がある。ここは、E戦線の真っ只中なんだからよ……だから、焦るのはやめろ」アレックスは真剣な面持ちをカゲイチに向けた。

「……焦ってなど……いない」カゲイチの紫の瞳は、アレックスを映すことなく、淡く漂っていた。

(……異形機人……何かの手がかりに……)どんどんとカゲイチの瞳が思い詰め陰る時——

ガバッ——!!突然、テントが勢いよく開けられた。

「お二人殿ッッ!!!!」テントを開けたのはゲジ眉の兵士、ドティ・パールマンであった。ひどく慌てたドティを、怪訝そうに見るカゲイチとアレックス。

「お二人殿ッ!そ、外で兵士達が——!!」その切迫した声に、カゲイチとアレックスは不穏そうに目を合わせた——


「本当にこのままでいいのかッッ!?」野営地の一画に密集する大人数の兵士達を前に、一人の若い兵士が血の気立って演説していた。

「領土奪還作戦なんて無理だッ!!引き返そうッ!やめようッ!!今ならまだ間に合うッッ!!」身振り手振り、激しく訴える若い兵士。それを戸惑いがちに聞く大勢の兵士達。そしてそんな光景を、今しがた密集する兵士の傍らで目撃したカゲイチとアレックス。二人を呼び出したドティが、二人のそばで気まずそうな表情を浮かべる。

「いきなりこんな調子なんですぜ……」

「おいおいまだ一週間だぞッ!!もう亀裂が入りやがったのかよッ!?」

「……」苛立つアレックスと黙って兵士達を見ているカゲイチ。若い兵士の全身全霊の説得は続く。

「機人には敵わないッ!!だってそうだろッ!?機人が反乱を起こしたあの日以来、人類は侵略され続けているッッ!!機人が人類の敵となったあの時からずっとッッ!!」

「戦っても負けるだけだッ!!無敵の身体ッ!!無限の知性ッッ!!機人は俺達人類の上位種なんだからッッ!!それはもうこの世界で痛いほど分かってるはずだろッ?!俺達はッ!人類はぁッッ!!」

「だから領土奪還なんてッ!!あいつらに反撃しようなんてできるわけないッッ!!だからッ……!だから引き返そうッ!!もうやめにしようッ!!こんな無謀なことぉッッ!!!!」昂る若い兵士の主張を聞く大勢の兵士達は、一様に躊躇いがちな面持ちである。しかし群がる兵士達の中から、一人の気弱そうな兵士が口を開く。

「……で、でも作戦をやめたら僕達タダじゃ済まされないよ……!脱走兵は極刑だッ……!だから作戦を勝手にやめでもしたら、僕達だって最悪ッッ……!!」その言葉に、さらにもう一人中年の兵士の言葉が連なる。

「そうだ……それに俺みたいに戦線から離れた内地に家族がいる奴だっている……作戦を放棄した罰で家族にだって何をされるかわからねぇ……」続いておちゃらけた雰囲気の青年兵士が、慌てて場を宥める。

「ほ、ほらでも今回は銀葬兵が二人もいるんすよッ!?し、しかもうち一人は現最強の銀葬兵だって言うですしッ!!げ、現に予測死亡率も大幅に下回ってるらしいですしッ!!進行ペースも早いっすよッッ!?」

「ダメだッッ!!!!」数人の兵士から異議を唱えられても、若い兵士は一層目を血走せ弁舌を叩きつける。

「これからさらに進むにつれて機人兵の数は莫大になるッ!!そしたら今の比にならないくらい兵士が死ぬッッ!!死ねば死ぬほど戦力は下がり、状況は悪化するッッ!!機人兵は増える一方なのにッッ!!そしたらもう取り返しがつかないッッ!!!!」

「このまま進めば、死ぬッ!!!!俺達兵士は必ずッッ!!今の死亡率がなんだッ!?数にしてみれば、一週間でもう4000人近くが死んでるんだぞッッ?!明日はきっと我が身だッッ!!」

「進んだとて、辿り着く場所は死だけだッ!!死だけなんだッ!!進んだら死ぬッッ!!俺達はッ!!それも無駄死ッ……!!犬死にだッッ!!本当は分かってるだろッ?!ここにいる誰もがッッ!?!?」荒ぶる若い兵士が問いかけた大勢の兵士達の表情は、皆誰も彼を肯定するように地に落ち、どん底だった。若い兵士の瞳から、ポツポツと涙が溢れ出す。

「進んじゃダメだッ……!ダメだダメだッ!!ダメなんだッッ……!!死ぬ……!もうッ……朝日を見れないッ……!そんな悲しいことがッ……他にあるか……?!」絶望——兵士達の間に広がるのは、それ以外にあるはずもなかった。日の失せた現実のような夜が、兵士達に重たくのしかかっていた。

「……一週間しか経ってねのに、絵面がクライマックスじゃねぇか」そんな兵士達の様子を、傍で見ていたカゲイチ、アレックス、ドティの三人。アレックスがため息混じりに呟くと、ドティが途方に暮れた顔を落とす。

「正直まずいですぜ……こんな士気じゃこの先の領土奪還作戦は……」しかしこの状況下でも表情一つ落とさない者がいた——

「……おっさん、異形機人はこれから向かう奥地に確かにいるんだな?」兵士の方を見たまま、カゲイチが不意に問うた。

「ッ……!おいッ!あんましその名を出すなッ……!!独自調査だって何回言えば分かるッ!?」声を顰めつつも、カゲイチに釘を刺すアレックス。

「……?」ゲジゲジ眉毛をピクつかせ、不思議そうにカゲイチとアレックスを一瞥するドティ。

「……おっさん、俺は確認している」引かないカゲイチに、アレックスは咄嗟に彼の耳元で小さくも強い口調で囁いた。

「きっとそうだろうが、今はそれどころじゃねぇッ……!見ての通り兵士達がッ——!」

「……なら、すべきことは一つだ」ザッ!アレックスの言葉を最後まで待たずして、カゲイチは早急に兵士の集団へと向かった。

「おッ!おいッ!?お前また何か変なことッ——!!」アレックスが離れゆくカゲイチの背中に手を伸ばす頃——密集する何人もの兵士達のもとにやってきたカゲイチは、大勢の彼を前にして高々に言い放った——

「この作戦において俺達銀葬兵二名は、異形機人を探している————」

ザワッ——!!その場に動揺が波打つ——

「異形機人……?なんだそれ……?」

「確か報告書にそんなものが……」疑念を浮かべながら、あれやこれやと口々に言う兵士達。

「異形機人って……噂に聞く報告書のやつですかい……?!」ドティは驚愕した顔をアレックスに向ける。

「…………」しかしアレックスは愕然とし、カゲイチを遠く見つめたまま口を開けていた。

 兵士一同の前では、先程までの若い兵士に取って代わるように、今度はカゲイチが雄弁に語り出す——

「……だが特異機人はここからさらに進んだ奥地でしか報告されていない。故に俺達は進むことを欲している、が、どうやらお前達兵士は進むことを望んでいないようだ」カゲイチが厳しい視線を兵士一同に向けると、兵士達は気まずそうに目線を逸らしたり落としたりした。

「そこで、これからの領土奪還作戦地ついて、各自に三つの選択肢を与えよう」

「み、三つ……」視線を外した兵士達が、再びカゲイチに視線を集中させる。ドティとアレックスも黙りつつ、慎重にカゲイチの出方を探っている。

「まず第一に、従来の作戦通りこのまま進軍することだ。これから先は機人兵の予測出現率が高い為、進行経路は直進を避け、迂回しながら進むことになる」

「次に第二に、ここで領土奪還作戦を中止し、進行してきた経路を引き返すことだ」

「そして最後の第三の選択肢は——————」カゲイチは語尾を含みがちに溜め込んだ。場に居合わせる者達が一様に固唾を飲む頃——カゲイチは凛々しく澄んだ顔で、最後の選択肢を告げた。

「——進行経路を直進に変更。機人兵を正面から叩き、最短経路で奥地へと進むことだ」——ザワワッ!!先程より、一層強くどよめく一帯。

「ちょ、直進?!」

「そんなこと……ッ!?」混乱する兵士達。

「直進って、ルナ殿は何をッ?!」ドティは声を上げてアレックスを見た。

「……ダメだあのクソガキ……もう手遅れだ……何もかも……」しかしアレックスは頭を抱え、お手上げといった様子だった。そんな周囲の声を意に介さず、カゲイチは続ける。

「……そして俺が取る選択肢は、第三の選択肢——正面突破の最短経路だ」カゲイチの表明を聞いた兵士が次々に声を飛ばす。

「正面からなんて言ったらさらに死亡率は……!!」

「そもそも正面は機人兵が膨大な予測ッ!!それを突破なんてッ……!!」

「めちゃくちゃな選択肢だッ!!」

「まだ作戦通り進行した方がッ!!」

「そんな無茶やるなら引き返すのが一番ッッ——!!」

「……質問や疑問をする前に、よく考えろ」 飛び交う野次を、カゲイチは容赦なくはたき落とす。

「第一の選択肢、迂回経路での進行だが、そもそも迂回してどうする?迂回しようが機人兵が多いことには変わりない……そして結局奥地に行くのだから、どこを通ろうがどのみち大量の機人兵と対峙するのは避けられない……むしろ迂回などしてイタズラに時間をかけるればかけるほど、死ぬ機会は多くなると思うが?この場合、慎重は命拾いより命取りだろうな」

「で、でもだからと言って正面経路なんてッ……?!」カゲイチの言葉に聞き入る一同の中から、出し抜けに兵士が声を上げる。

「最後まで黙って聞け、話は終わってない」しかしカゲイチはあまりに鋭い眼光を放ち、兵士を一蹴して続ける。

「続いて第二の選択肢、作戦を中止し引き返すことだが、お前達も分かってるように、重大な組織違反により重罰を課せられることはまず間違いないだろう。恐らく、領土奪還作戦が強行されてるあたり、この作戦は上層部にとって重要な作戦……故に、その作戦への背信行為は極刑、すなわち死刑になってもおかしくはない……家族がいる者には、当然その罰は及ぶだろう……」辺りの全員はカゲイチの言葉に没頭し、押し黙ったままでいる。

「そして決めつけに第一、第二の選択肢共に俺はいない……これがどういう意味か分かるか?第一は迂回経路中とその先、第二は引き返す途中、この地獄と呼ばれるE戦線の真っ只中で俺が不在の状況下で機人兵と対峙することになるということだ……つまり、第一第二の選択肢は、共に死だ。どう転ぼうが、十中八九な」

「あんたらが取ろうとしている選択肢は、実際には死以外にない……違うか?だからさっき、皆がその現実を垣間見て絶望を浮かべた……違うか?」カゲイチは数多くの兵士達を一人一人強くなぞるように見た。狼狽える兵士達、どうしていいか分からない兵士達。

「……だが、生き延びる術が、一つある」無情な物言いから一転、希望を示すように言ったカゲイチに、再度兵士達の視線が一斉に注がれる。アレックスとドティも不安と期待を入り混じらせながら、カゲイチと兵士達から少し離れて事の成り行きを見守っている。

「それは第三の選択肢、進行経路を直進に変更し、最短経路で進むことだ。そしてその道中、無数に現れるであろう機人兵は————」

「俺が、全て蹴散らす」カゲイチの二つの宝石のような瞳が打合さるように、激しい眼光の火花が散った。

「……機人兵総撃破数一位、被損傷回数0……俺は、特異な戦闘力を持つ銀葬兵の中で、最も特異な戦闘力を持つ最強の銀葬兵だ。だからお前ら兵士は、ただ俺に付いてくるだけでいい」

「それ以外には、この領土奪還作戦の中で、このE戦線の只中で、お前らが生き延びることはないだろう。だから選べ、それぞれが、どの選択肢を取るかをな」今一度カゲイチは兵士達一人一人を強く見た。

「どれも、強制はしない……」ザッ!カゲイチはそう言い残し、どこかに去っていった。

 あたふたとする兵士一同。事を見届けたアレックスが動き出す。

「おい、とりあえず兵士達を頼む」

「へ、へいですぜッッ!!」

「俺は、あのクソガキを追う——!!」アレックスは足早に駆けて行った。


「おい待てッ!」カゲイチに追いついたアレックス。カゲイチは睨みを利かせながら、彼の方へと振り返った。

「何だおっさん?文句でも言いにきたか?」

「……ちげぇよ」

「……」予想していた反応と違ったか、カゲイチは束の間言葉を失った。

 向かい合うカゲイチとアレックス。身体に張り付く黒の長袖のスウェットとダボついた黒のミリタリーパンツだけのラフな格好の2人。彼らの姿のように、また黒一色の夜空。密集するテントは、その真っ暗な空の下、影絵のように黒く塗りつぶされ佇んでいる。ヒュウウ……吹き抜けた風に揺れる草花は、一つもない。

「毎度お前の無茶苦茶な出方には悩まされていたが、今回ばかしはいきなり早々だが、兵士をどうにかしなくちゃならねぇ状況だったのは確かだ……お前の言った三つの選択肢も……どれも確かだ」

「だからなんだ……まぁ、助かったと言えば助かったぜ……」アレックスはぎこちなく言った。

「……俺は……俺の為にあぁしたまでだ」同じような様子で、カゲイチはアレックスから視線を外した。

「……けどよ、これで兵士達が来なかったらどうすんだ?」

「俺は一人でも行く。俺は探している……探し出さなければならないのだから」カゲイチは宙を見つめた。アレックスは少し眉根を寄せ、彼に問いかけた。

「……なぁ、一体何でそんなに探しているんだ?」

「……」しかしカゲイチは視線を明後日にしたままだ。

「はぁ……お前、一体何者なんだ……?異形機人を探してるのは分かるが、何がお前をそんなに強く駆り立ててるのか……そもそもお前の出生記録も謎に包まれてるらしいしよ……」

「ッ……」出生——その言葉を聞いた途端、虚空にあったカゲイチの瞳が、確かにアレックスに過った。そして口を閉ざしていたカゲイチは、不意にアレックスに問い返す。

「……おっさん……あんたは何の為にそんなに金が欲しいんだ……?」

「ッ……!」その問いに、今度はアレックスの顔が強張った。アレックスは一瞬思案した面持ちを見せると、くるりとカゲイチに背を向けてしまう。

「……母親の為だ」

「……ッ!」ぽつり落とされたアレックスの言葉に、カゲイチの沈んだ瞳が刹那煌めいた。

「……まっ、とにかく明日行軍再開だ。兵士が付いてくるかは、自ずと分かるって話だよな」そう言って、アレックスはそのままそそくさとどこかへ行ってしまった。

「……母親の……為……」一人佇むカゲイチはアレックスの言葉を反芻した。そうしてカゲイチは空を見上げた。星などない、つまらない夜空を。何もありはしない、夜空を。そうしてまたただ一人、ひっそりと囁いた。

「……母さん」

 星には決して届かない、そんな呼びかけを——


 翌日。はっきりしない鈍色の空が浮かぶ山脈地帯。その一帯の高原にあるE戦線の野営地に、出発間近といった兵士の大行列が連なっていた。その列のある所で、兵士達が士気を高める様子で声を上げていた。

「もうやるっきゃねぇ……やるっきゃねぇんだッ……!!」

「あぁそうだッ……どの道俺達に選択肢なんかないッ……!!」

「そうともッ!ここはいっちょ、最強の銀葬兵に賭けてみようじゃねぇかッ……!!」

「でも組織にはこの経路変更を何て伝えるんですかッ?!」

「それは心配ねぇッ!機人兵の出方が予想と違ったとでも言ってなッ!所詮拠点なんて安全なとこにいる奴らにはッ、俺達の本当の事情なんてわかりっこねぇんだからなッ!!」

「……とにかくッ……とにかく俺達には、そもそも選択肢かねぇんだからッ……!!」彼らの鼓舞は、それでも無理矢理に自分を殺すようにも見えてならなかった。

 長い長い兵列の至る所で、似たような光景が、いくつもいくつも見受けられたのだった——

 そんな兵士の長列を上空から見る、X状に大剣型の推進装置を背負う戦闘服姿の二人の銀葬兵、カゲイチ・ルナとアレックス・アリエフ。推進装置の下部先端から赤い粒子を緩慢に放出しながら、空中でホバリングする二人は、形成された長大な兵列を見ながら言葉を交わしている。

「全兵士じゃねぇか、この長さは……」

「当然だがな、俺が言った三つの選択肢は、実質一つしかないのだから」

「……全部お前の思い通りになったのは……どうにも癪に障るが……まぁ、兵士達全員が直進経路を選んでくれて、一安心ではあるな」二人の眼下にズラーッと伸びる兵士の列は、一人残らずカゲイチが示した第三の選択肢——これより先の進軍を直進経路に決めた兵士達のようだった。

「全兵士には、機人に何か不審なことがあった際は報告することを義務付けてある……異形機人の調査は目が多い方がいいだろうからな」

「……もはや独自調査じゃねぇな……公式調査だ」

「……ところでおっさん、あんたはどうなんだ?まだどの選択をするか聞いていないが……」カゲイチはアレックスに横目を流す。

「……直進以外にねぇだろ、この状況。どっちみち俺には金が必要だ……だから探すぞ、最短経路でな」アレックスはそう言って横目をカゲイチに返した。

「……当然だな、おっさん」

「……アレックスだ、クソガキ」そうして地上の兵列を見ていた二人は振り返り、前を向いた。

「E戦線全軍、これより、領土奪還作戦を続行する——」

 ザッッ!!!!——少年のその宣言により、乾いた山脈地帯に伸びる兵士の大行列が、行進を開始した。


「今大体今どれくらい進んだッ?!」

「侵略地に入って300キロを超えたくらいだぜぇ」長蛇の兵士の隊列に話し声が飛ぶ。

 E戦線の大行列は、現在鬱蒼とした暗い森林地帯に突入していた。兵士二人が、でこぼこと地形の悪い地面を懸命に歩きながら、会話している。

「と言うことは前回の領土奪還作戦の到達範囲をそろそろ超えるか……」

「でもよぉ、の割には兵士は全く死んでねぇよなぁ……あの若い銀葬兵さん、宣言通り機人兵を薙ぎ倒しまくるもんだから、ここまで随分楽に進めてるぜぇ」

「あぁ……だがここら辺りからE戦線奥地と呼ばれる地帯になる……報告書にあるらしい異形機人の目撃情報もここらからだ」

「物騒なもん見かけたら銀葬兵さんに報告しないとなぁ」張り詰めた物言いのもう一方の兵士とは違い、呑気な様子の兵士がそう言った、その矢先。

「うおぃッ?!!」呑気な兵士は急転、声を上げて腰を抜かした。

「ッ!?」会話をしていたもう一人の険しい表情をした兵士は、腰を抜かした兵士の視線の先に即目をやった。

「ッ……!じッ……!人……骨?!」兵列の周囲の兵士達もその声に、一斉に視線を同じ方向へ集結させた。兵士達の視線の先にあるもの——それは、地面に無数に散乱する、頭蓋骨に始まる人のものと思わしき骨々だった——


 深く広大な森林を行軍する兵士の隊列の先頭から、さらに先行して進むカゲイチとアレックス。X状に大剣型の推進装置を背負うモノクロ調な戦闘服姿の二人は今、木々が生い乱れる森の中に立ち、視界中に散らばる夥しい量の人骨を見ていた。

「いよいよ奥地だぜ……前回の領土奪還作戦を中止し、引き返しざるを得なくなったであろうここいらには、無惨な姿になっちまった兵士達がこんなに……」アレックスが人骨に目をやる一方、カゲイチは前方を見据えている。

「……ここから……異形機人が……」独り言のように呟くカゲイチは、その瞳に僅かに光を過らせた。しかし今の所彼の瞳が映している光景といえば、どんよりとした不気味な森だけなのだが。

「おいクソガキッ!装備群のエネルギー送電は問題なく行われてるか?!」アレックスが切迫した表情をカゲイチに向ける。

「……問題があったらとっくに言ってるはずだ、おっさん」

「……ッ!」アレックスはカゲイチの物言いに思わずカッとなるが、拳をグッと握り、怒りを誤魔化した。

「……まぁいい、とにかくここからは慎重に行くぞ……!輸送機を駆けつけさせて急速離脱もできねぇ……俺達はもう、完全にE戦線の最中に囚われてるんだからなッ!!」強い視線でカゲイチに念入れるアレックス。二人の周囲の陰鬱な木々は、まるで二人をこの過酷なE戦線の奥地に閉じ込めるように、息苦しく覆い被さっているようである。

「……俺の気がかりは異形機人だけだ。早く進むぞ」アレックスの忠告など耳に入ってなどいないように、カゲイチは歩を進め出そうとすると——

ピピピッ!!二人の耳元のピアス型通信機が音を鳴らした。カゲイチは耳元に手を当て、即座に通信に応じる。

「カゲイチ・ルナだ」

『ドティですぜ、ドティ・パールマン』

「何だ?異形機人を見たか?」カゲイチは前のめりな様子で問いかける。

『い、いえそうではないんですがよ……』

「じゃあ切るぞ」

『まッ!待ってくだせぇ!!異形機人を見たわけではないんですがよ、前回の領土奪還作戦で異形機人なるものを目撃したっていう兵士がたまたま……』

「ッ……!」カゲイチの表情がピンと張った。

『一応お二人殿と合流させて話をしてもいいかと思いますぜ』

『なのでここらで一旦行軍を止め、休むのはどうですかい?その間に、異形機人を見たという兵士をそちらに向かわせたいと思いますので……』

「…いいだろう。野営地の設営と異形機人を見た兵士の到着を急げ。後者は特にだ」

『はいですぜッッ!!もちろん早急——』ドティの声を聞き終らずして、カゲイチは通信を切った。

(兵士達のこともある……できる限り早く何かことを進めて——)瞳を沈ませ、物思うカゲイチ。と、ポンッ、そんなカゲイチの肩にアレックスが手を置いて言った。

「今の通信で、焦って進むことは必要ねぇって分かっただろ?」

「……焦ってなど……いないと言っている」カゲイチは表情を曇らせ、辺りの木々に視線を迷わせた。

 日は刻一刻と沈んでいた。鈍色の空に、今は掠れ付く茜色も、橙も、紫も何もかも、もう時期に消え去ってしまうだろう。暗い森が、完全に光を失うであろう深い夜。そんな冷たい夜が、もうすぐそこまで迫っているようだった。


 夜の闇に飲まれ切る森林地帯——そこにポツポツと、かろうじて息づくように光っている灯り。身を寄せ合うように集まるテント群を行き交う兵士達は、皆野営地の完成を急いでいた。

 そのE戦線野営地の一角——

「私が見たものは……異常な形状をした機人でした」一人の青年兵士が、声を潜め恐る恐る言った。

「「……」」兵士に緊迫した表情を向けられたのは二名の戦闘服姿の銀葬兵、カゲイチ・ルナとアレックス・アリエフである。二人は思案するように眉間を歪めていた。

「異常な形状とは、具体的にはどんなものだ?」カゲイチが刺すような目つきで問う。青年兵士はその視線に萎縮しながらも、言葉を絞り出す。

「つッ……、翼です……銀の……翼……」

「「銀の……翼……?」」カゲイチとアレックスは目を見開き、二人して声をハモらせた。青年兵士は懸命に説明していく。

「は、はい……その機人を目撃したのは前回の領土奪還作戦の時です……領土奪還作戦の中止が決まり、大混乱の中引き返してる最中それは現れたんです……」

「いるはずのない空に、それは————」その言葉に、カゲイチとアレックスの表情は一層深くなる。兵士は続ける。

「ちょうど……機人兵に翼が生えた姿をイメージしてもらえればいいかと思います……まるで人の手のような……歪な形状の銀の翼を……」

「そしてその機人は高速で空を飛びかけ、私の周囲の兵士達を瞬殺しましたッ……まッ、まさに銀葬兵ッ……あなた達が機人兵を破壊するようにですッ……!!」揺らぐ瞳を銀葬兵の二人に向け、訴えるように青年兵士は語った。

「俺……達と…?」

「……」呟くアレックスの隣、カゲイチは青年兵士から視線を外し、深く考え込む様子を見せている。

「後はよく覚えておりません……命からがら私だけ逃げ延びましたが……今もここにいるのが信じられません……」兵士は顔を歪めた。相変わらず考え込むカゲイチ。一方のアレックスは兵士に問いかけた。

「……戦闘報告書にその翼のことは記載したのか?俺が知る限りの戦闘報告書には、そこまで具体的な報告はなかったが……」

「は、はいもちろんです……しかし表に上がった報告書は幾分内容が違うものになってしまっていましたが……」

「……つうことは、上の奴らが何か隠そうとしてるのは確かってことか……」アレックスはボリボリと髪を掻き毟った。他方カゲイチは、何一つ反応しないで自分の内に深く深く沈潜していた。

「おいクソガキッ!色々わからねぇことだらけみたいだぜッ!!」アレックスはカゲイチを引き戻すように声をかけた。それでもカゲイチはその声が届かない程に遠く、思いを巡らせている。

(翼……高速……つまりは……膨大なエネルギーを有してるはず……だとしたらその供給源は……?外在するなら……いや、異形機人に内在するエネルギー機関だとしても、それを作り出す何か大元が必要なはずだ……きっと……異形機人を可能にしている何かが……)

(それは例えば————三日月の————?)沈み澱んでいたカゲイチの瞳が、突然揺れ光った。

「————母さん」不意に、小さく、カゲイチは呼び落とした。

「……母さん?おいお前何を言って——」

「進むぞ、おっさん」訝しむアレックスを遮ったカゲイチ。アレックスは唐突なカゲイチの宣言の意図が理解できず、狼狽える。

「進むだ……!?お前いきなり何をッッ——!!」

「異形機人の全貌を突き止めるんだよ、おっさん」カゲイチの視線が鋭くアレックスに飛ぶ。

「きっとこの先、時期に異形機人が現れる……だからいち早く遭遇し、さっさと調査をした方がいいだろう。異形機人が何たるかも分からないまま、その存在と遭遇する可能性のあるここに留まり、そしてこの先も進むのは危険だろう」

「指を咥えて遭遇を待ってるより、先手必勝——俺達から出向くべきだ」カゲイチは荒い語気で無理矢理に説き伏せるようだった。

「おいおい待て待てクソガキッ!!確かにお前の言うことも分かるが、何も今すぐじゃなくたって——」

「今すぐだ」再度アレックスの言葉を封殺したカゲイチ。ギラついた瞳を見せるカゲイチに、戸惑うアレックスと隣の青年兵士。睨み合いじみた、張り詰めた沈黙が流れ出した、その頃——

ポツ……ポツポツポツッ——冷たい細雨が、沈黙を裂いた。突然降り出した雨は、そのまま木々の葉を規則的に打ち鳴らしていく。

「……雨だ。テントに入るぞ。このまま話してりゃ風邪引いちまう」アレックスと兵士は近くのテントに向かっていく。その最中、アレックスはカゲイチを宥めるように言う。

「……とにかくこれから先は慎重にならなきゃならねぇ……異形機人もお前が言うようにいずれ現れるだろうしな……だが、それはまだだ、まだ少し先の話だ。だからまだ一つ余裕がある今、焦らず行くことが大事だと、俺は思うんだがな……」そうしてアレックスがテントに入ろうとする、その直前。

「……おいクソガキ、何してる風邪引くぞ」アレックスは後ろを振り返り、先程から一歩も動かないカゲイチを不審そうに見た。

「……」それでもカゲイチは微動だにしない。しかし一方でカゲイチは目を細め眉間に皺寄せ、何かに懸命に耳を澄ませている。

「お、おい——」

「静かに」心配を過らせた面持ちのアレックスを、カゲイチ落とし声で止めた。カゲイチはポツポツッ!ボツボツボツッ!と急速に早まっていく雨足に混じり、耳に入ってくる音に集中していた——

(この音……何だ……?)

(——悲鳴?)カゲイチはその音に必死に考えを巡らせている。カゲイチの耳、そして辺りには僅かに、それでも確かに、遠くザワザワとどよめく音が届いていた。そして次の瞬間——突如カゲイチらの間近でビュッ!!と強く風を切り裂く音が轟き——

(——上ッ!?)

「散れッッ!!」カゲイチは上を見上げると同時、即座に叫んだ——そして一寸の遅れなく、カゲイチとアレックスは瞬時に背中の推進装置を起動——赤い光をピシュンッ!!と吹かして飛び上がった。

「えッ——」しかし瞬時呆気に取られ、出遅れた青年兵士は、次の刻————

「ウ“ェッ“ッッ————!?!?」ドッッシャァッッ————!!!!降り乱れる弾丸のような雨の中、上空から一直線——まるで落雷のように墜落してきた大きな一つの塊に、青年兵士は容赦無く潰し潰された——

「「……ッ!!」」木に飛び乗り、危機を回避したカゲイチとアレックスは、眼下に墜落してきた存在に目を見張った——

「あ、あれはッ——!?」愕然とするアレックス。カゲイチは目の前に現れた存在に言葉を失っている。

 二人の前に堕ち現れたモノ——白基調の色合い、関節部に覗く機械の銀、丸い頭部、女性のようなシルエットの人型のロボット——そしてその両の手に携えるは、チェーンソーのような刃を持つ禍々しい実体剣——すなわちそれは、人類を殺戮する機人兵。しかし、今まさに現れた機人兵は、さらに背中から人の手のような、歪な形状の巨大な銀の翼が生えていた。その銀の翼は、機人兵の機械の身体とは対照的に、まるで血が通ってるかのように、時折赤紫の色合いの光がドクッ!ドクッ!と走っており、ひどく生物的な質感だった。

 眼下に現れたその存在に釘付けになるカゲイチ——揺らぎ揺蕩うその紫の瞳——そしてその眼差しに応じるように、銀の翼を持つ機人兵もまた、カゲイチをゆっくりと見上げた——丸い頭部前面の大きな円形のディスプレイに映る二つの瞳——カゲイチを捉えるその瞳は、まるで血で描かれたように、底知れぬ不気味な赤に染まっていた——

「……異形…………機……人…………?」

 ザアァァァァァァッッ————!!!!雨はあまりに早く、冷たく、果てしなく、暗い森を撃ち続けていた。

 

 木の上で構える銀葬兵二人、地面に佇む異形機人。刹那の睨み合い——片時の沈黙、その裏——急襲する雨粒の大群、打たれざわめく木々の群れ——しかし即座に臨戦態勢となったのは——黒髪の中性少年、カゲイチ・ルナだった。

「——解光ッッ!!」カゲイチは素早く背の大剣型の推進装置から、柄を両手で引き抜くと、ピシュゥンッ!!とそこから赤い光の刃を伸ばし、その両手に二本の赤いビームソードを構えた。

「おっさんッッ!!兵士達を見ておけッッ!!」

「俺はッ——異形機人あれを叩くッッ!!」

 シャァァァッ……!——カゲイチが言った矢先、突然異形機人はその銀の翼からキラキラと光る鱗粉のようなものを放出すると、ビュッ!と飛び上がり何処へと消えていった。

「逃すかッッ!!」ビュンッッ!推進装置から赤い光を散らし、カゲイチは逃げ出した異形機人をすかさず追っていく。

「おッ!おいッ——!!」呼び止めるアレックスの声は、猛追していったカゲイチに届くはずはなかった。

——雨降る闇夜の森。推進装置から赤い光の粒子を放出し、木々の間を縫うようにして飛び進んでいくカゲイチ。彼は前方で同じように飛び逃げていく異形機人をしかとその目で捉え、一定の間合いを取りつつ観察していた。

(速いな……あの銀の翼……放出されるあの銀の粒子は……?)カゲイチは異形機人の巨大な手のような形状の翼に目を向け、そこから放出される銀の粒子を注視していた。

(まぁ……直接見ればいい話だッ!)

「放光遷移————!!」フィィィィィンッッッ!!激烈な眼光と共にその言葉が放たれると、彼の両手の鮮血の如き真っ赤な光の刃が一転——突如深い海のような瑠璃色の青の刃となった——

「切り裂くッッ!!」ピシュゥンッッ!!推進装置から放出される光の粒子も、青紫へと変わり煌めいた——超神速の青の光——赤い光よりも数段速度を増して、カゲイチは異形機人に突進した。瞬きよりも速く——カゲイチが異形機人の懐に飛び込む、その手前——

 クルッ!!異形機人は空中で機敏に身体を捻り、カゲイチの方を向いた。それと同時、手に携えるチェーンソーのような武器の刃を下に向かって180°回転させて折り畳み、銃口を露わにしてカゲイチへと向けると——

「当たるかッ!!」シュッ!向けられた銃口から放たれる弾道を予測し、飛行軌道を即座に上へずらすカゲイチ——バシュゥッンッッ!!彼に一つ遅れ、銃口から撃ち出された弾——

「——ッ!?」目にも止まらね速さで空を切った弾。しかしその弾は通常の弾丸などではなかった——

「ビッ、ビーム——?!」カゲイチの真横を飛び抜けたのは、一本の赤いビームだった。カゲイチは反射的にビームが飛んでいった方に振り返った。ドッシャアァァッッ!!標的を失ったビームは大木に着弾、その幹を穿ち焼き、倒壊させたのだった。

 ——呆気に取られたのも束の間、カゲイチはすぐに異形機人の方へ向き直る。カゲイチと異形機人は再びいくらかの距離を前後に空けて、雨の森を飛び進んでいく。

(ビーム砲……人類はまだ持ち得ていないはずの技術だが……やはり……あのエネルギーはッ……!!)

「——母さんッ!!」その瞳の発火が連鎖するように、推進装置は青紫の光の粒子を乱れ散らし、雷撃の如きスピードでカゲイチを異形機人へと接近させる——。

「俺はッ——!!」

「探しているんだッッ!!」そして異形機人に振り上がる二本の藍色の光の細剣——あまりにも素早く異形機人へと接近したカゲイチは、容赦無く瑠璃色のビームソードを異形機人へと叩きつけにかかった——一つの反応も許されず、懐に入られた異形機人——カゲイチの流星の如き猛突になす術なく、背中から生える手のような巨大な銀の翼で身体を包み、盾のようにして攻撃を耐え凌がんとした————ザッシャァァッッ!!そして青い光の斬撃が、歪な銀の翼を一刀両断——大胆に焼き斬り落とした。

「——?!」見事に銀の翼を叩き斬ったカゲイチは、しかし違和感を覚えた。

(斬撃のショックを受けない——?!)ビュッ!翼を一部斬り落とされながらも機人兵は、俊敏な身のこなしで素早くその場から飛び逃げていった。カゲイチはその場に釘付けになり、しばし考えを巡らせた。

(通常の機人兵なら、ビームソードで身体のどこかしらに斬撃を与えればスパークを起こすはずだ……)

(だがあの翼……動作の補助の為に機人に搭載されてる擬似筋繊維の集合体か……?それなら、あの大きさともなればビームソードの斬撃の拡散を防ぐことも……)

(……詳しい仕組みは分かりそうにないが、何にせよ、それをするには莫大なエネルギーが必要なことは確かなはずだ……だから異形機人は莫大なエネルギーを持つ……)

(そしてそのエネルギー源はもしかしたら——!!)カゲイチが瞳を強く光らせ、もう一度異形機人を追雨素振りを見せた時——

「ッ!!」バババババッッ!!!!——突如カゲイチに大量の銃撃が襲いかかった。シュンッ!シュンッ!カゲイチは推進装置を立て続けに吹かし、その弾々を飛び避けると、銃撃がやってきた前方下の方へ目を向けた。

「……チッ!増援か!!」カゲイチは舌打ちをし、苛立ちを露わにした。カゲイチが見た地面の方には、暗い森の中、何体もの機人兵が現れ、携える銃器を構えていた。

(三日月——刻印——あるわけもないッ——!)瞬時、カゲイチは現れた機人兵の胸元付近を一体一体しかと確認するが、すぐにビームソードを強く握り構えた——

「今はッ!あんたらに用は無いッッ!!」ビュッ!!現れた機人兵の小隊へ、上空からの突撃——ザッ!!ザッ!!ザザザザザンッッ!!ザッッシャァァァッッ!!!!カゲイチは素早く機人兵らの懐に飛び込むと、そのまま青い光の粒子を散らしながら、宙を駆け、携える深青の刃で数体の機人兵を一瞬の内に切り裂いた。ビビビビビッビリリリッッッ!!!!青い光の斬撃を受けた機人兵は一挙にスパークを散らし——バッゴオォォォンッッ!!!!!同時に爆炎へと化した。

 ババババッ!!しかしカゲイチへの猛襲は止まらない——第二波のように、再びカゲイチの後方より大量の機人兵が現れ、銃撃の雨を彼に浴びせた。シュンッシュンッ!!カゲイチは空中を自在に飛び、軽々とその銃弾の大群を躱すと——

「邪魔だッッ!!」カゲイチは第二の機人兵の軍団に正面突撃——ザザザッザンッザザンッッ!!!!ビリリリリッッッ!!バゴオォォォンッッッ!!!!そのまま空中を縦横無尽に翔ける青紫に輝く電光石火の乱舞で、先と同様に機人兵達を一網打尽に斬り、たちまちに爆炎へと帰した。

「異形機人は——!!」二度に渡って襲いかかってきた機人兵の軍勢を、刹那に蹴散らしたカゲイチ。しかしカゲイチはいくらか目を離してしまった異形機人を懸念し、焦った様子でそれが飛び逃げていった方向へ目を向けた。そしてすぐに異形機人を追おうと飛び出す、その時——

「クソガキッッ!!」カゲイチの後方より、推進装置から赤い光を放出しながらアレックスが飛んで来た。

「おっさんッ!向こうに異形機人がッ!!」カゲイチはアレックスに振り返りつつも、今にも飛んでいこうと躍起な様子である。

「待てッ!待つんだッ!!」彼の隣に来たアレックスは強く制止する。

「ダメだッ!早くしないとッ……見失うッッ!!」

「待つんだッッ!!」取り乱すカゲイチの肩をガッ!と掴んだアレックス。アレックスは昂るカゲイチを冷静な声で諭す。

「一旦この状況を整えるんだ、今一人で突っ走るのは危険だ」

「まだすぐそこに異形機人がいるッッ!撃破して調査すればおっさんッ……!あんただってッ……!!」

「今じゃなくていい、だっているはずだろ?ここから先に、異形機人は」

「……だがッ!」

「お前、さっき自分で言ってたじゃねぇか。いずれまた遭遇する、せざるを得ない……だったら今危険を冒して無理に追うより、その時できる限り万全な状態で遭遇し、対処した方がいいんじゃねぇのか?」

「それに、探す為なら一つの油断もしない……お前、キュル高官にあえて異形機人の調査をバラした理由を俺に言った時、自分でそう言ってなかったか?」

「ッ——!!だがッ……——!!」折れきらないカゲイチが言い返そうとすると——ピピピピピッ!!カゲイチのピアス型通信機が音を上げた。

『警告、エネルギー充填率低下……警告、エネルギー充填率低下……オーバーヒートの危険性あり……オーバーヒートの危険性あり……』

「ッ……!」返す言葉を失うカゲイチ。アラートを聞いたアレックスは、カゲイチが両手に持つ青いビームソードを一瞥しながら言い聞かせる。

「その青いビームソード……放光遷移したんだな……だとしたらお前は今、エネルギーを多く使い、残量が低い状態だ……なおさらこのまま行くのは危険極まりねぇ……ここでエネルギー切れでも起こしたら、死へ一直線だからな」

「今は、状況を整えるべきだろ?」アレックスはカゲイチを真っ直ぐ見つめた。

「ッ……整えば……すぐにでも進むッ……」そうしてカゲイチは俯き、渋い渋い表情を浮かべつつも、アレックスの提案を受け入れたのだあった。そして続け様、カゲイチは表情を改めると、アレックスに顔を向けた。

「……ひとまず降りるぞ、おっさん。調査したいものがある」

「向こうにある、切断した異形機人の翼だ——」アレックスが頷き、二人は地面へと降りていった。


 雨に降られ冷たく濡れた森の中を横並びで歩くカゲイチとアレックス。暗い暗い森の中であるが、幸いにも機人兵を破壊したことで上がった爆炎により、二人の周囲はいくらか照らされている。雨は先の勢いとは打って変わり、次第に弱まりながら、テラテラと爆炎の光を反射していた。

「兵士達は問題ないのか?」カゲイチが問いかけた。

「一箇所異形機人に襲撃された場所があったが、それ以外は大丈夫だ。お前と合流するまでに機人兵も一通り殲滅してやったから、一旦は問題ねぇ……はずだ」

「そうか……」

「ところで、お前のエネルギーはしっかり回復してるか?」気のないような返事をするカゲイチに、今度はアレックスが聞いた。

「あぁ、問題無い。マイクロ波でのエネルギー送電は正常に受信できている……時期にエネルギーは十分になるだろう」ザッ!顔色を変えずに答えたカゲイチが歩を止めた。

「……これだ」立ち止まった二人は地面を見る。そこには、先程カゲイチが切断した異形機人の銀の翼の一部があった——どこか触手のような、生命を感じさせる質感の銀の翼が。切断面もまるで生物のように、赤紫の血肉じみた様子となっていた。

「何でできてんだ、こりゃ……?」しゃがみ込んだアレックスが、そんな銀の翼をまじまじと見た。カゲイチは立ったまま翼を見て、言葉を連ねる。

「俺は機人に組み込まれている、疑似筋繊維の集合体だと考えている……」

「俺がビームソードで斬撃を与えた時、異形機人はスパークを起こさなかった……放光遷移した強大なエネルギーを与えたにも関わらずな……」

「ビームソードは機人を構成する機械部品に過負荷を与え、スパークを起こさせるが……機人兵内部の擬似筋繊維は例外だ、それは機械部品ではないからな」

「だから異形機人は何らかの方法で合成した擬似筋繊維の巨大な塊を翼にし、それにさらに飛行装置として機能する機構を付け加えているんだろうと俺は踏んでいる……」

「……なるほどな……だがそうだとして、それを作り上げるにも持ってるにもとんでもねぇエネルギーがいるはずじゃねぇか?擬似筋繊維は持ってるだけで複雑な動作計算による膨大なエネルギー消費があるはずだ……ましてや飛行装置なんて、通常の機人兵が持ってるエネルギー機関じゃまかない切れるわけがねぇだろ……?」

「異形機人……そのエネルギーはどこから来てやがる……?」口元に手を当てるアレックス。するとカゲイチはアレックスと同じようにしゃがみ込み、彼と目線を合わせた。

「同感だ。そして決めつけに、異形機人はビームを放ってきた」

「ビームだとッ……!?」意味深げなカゲイチの眼差しに、驚愕で返すアレックス。カゲイチは一度アレックスから視線を外し、深く思い巡らせる様子で語り始める。

「……異形機人が持つであろう莫大なエネルギー……それが異形機人の内部から生み出されていようが、外部から送られているものであろうが、別の大きなエネルギー源があるはずだ……」

「内部から生み出されていても、異形機人を作り上げることのできる巨大なエネルギー源……はたまたそれに準ずるような、別の何かがあるはずだからな……」

「……そう、異形機人生み出す……ある一つの大元……根源……そんな起源がきっと————」沈みいったカゲイチの瞳。そのアメジストの色合いは、それでも夜を反射するように、あまりに深く遠く、黒に沈没していた。

「……おいおい異形機人のみならず、その元凶も突き止めちまえば、ボーナスは弾む所じゃねぇな……!!」アレックスはカゲイチとは対照的に、期待に胸弾ませる声を上げ、立ち上がった

「となりゃ、ちょっとばかし助言をもらうとしようぜ」アレックスはそう言うと、耳元のピアス型通信機に手をやった。

「……助言?誰にだ?」立ち上がり、横目を流すカゲイチ。アレックスはニッと不適な笑みを浮かべると、その名を口にした。

「E戦線科学部の問題児、ネネ・ローズライトだ——」


「——————異形機人については、以上だ」アレックスが耳元のピアス型通信機に向かって言うと、そこからすぐに——

『早くそれを持ち帰ってきなさいッッ!!!!』爆炎に照らされる不気味な夜の森に、若い少女の快活な通信音声が響き渡った。

『今の話を聞いていても立ってもいられないのッ!!今すぐその翼の断片を持って引き返してッ!!至急よッ!!アレックス・アリエフッッ!!』

「おいおいそりゃ無理な話だろ……」眉根を寄せるアレックス。その横でカゲイチはひんやりとした面持ちでやり取りを聞いている。この場は今し方アレックスが、ネネ・ローズライトと呼ばれるE戦線科学部に属する人物に、先程の異形機人について共有した直後であった。

『ダメッッ!!一刻も早く欲しいのッッ!!異形の機人の一部だなんて、そんな貴重な研究材料他にないわよッッ!!』

『戻れないなら私が行くわッッ!!!!だから手厚ーーーーーい護衛を用意しなさいッッ!!!!!!』

「それはもっと無理な話だぜ……ネネ・ローズライトさんよ……」殺気立った程に喚く少女に、アレックスは呆れ顔で返答した。

「……随分うるさい女なんだな」カゲイチがボソッと溢すと——

『ちょっとッッ!!!!!聞こえたわよッッ!!!!!そこにいるもう一人ッッ!!!!もう一回言ってみなさいッッ!!!!!!』通信機から放たれる怒号に、まるで衝撃波を受けるように二人は仰け反った。アレックスはカゲイチに向けて首を振り、やめとけ、といったジェスチャーをした。

『とにかく私はその銀の翼が見たいのッッ!!!!研究したいのッッ!!!!!!機人兵をけっちょんけっちょんにしてやる新装備を作る為にねッッ!!!!!』

「……ネネ・ローズライトさんよ……また碌でもないもの作ってんじゃねぇだろうな……?」アレックスは不穏そうに尋ねた。

『碌でもないなんて失礼だわねッッ!!あなたら銀葬兵の装備群だってこの私が開発したものなのよッッ!?』声だけで一番の存在感を見せるネネを差し置き、アレックスはカゲイチに密かに漏らす。

「……こいつネネ・ローズライトはな、好奇心か何かしらねぇが、しっちゃかめっちゃか違法な開発をして、安全な中央地からこの地獄のE戦線に飛ばされた奴なんだ……」

「……左遷か。情けない話だな、おっさん」カゲイチの冷たい表情に一つ、乾いた笑いが浮かんだ。

『ハアアアアァァッッッッ!?!?!?ねぇッ聞こえたわよッッ!!!!!それ言う必要あったッッ?!今ぁッッ?!!ねぇッッ!!言う必要あったかって聞いてんのよッッ!!!!ねぇッッ!!!?!?!!』ドンッ!!通信機からデスクか何かを強く殴打する音が、その声の後に続いた。カゲイチとアレックスはただ黙って呆れ笑いするのみだった。そして嵐の後の静寂のように、しばしの沈黙の後——

「……まぁ話を戻そうぜ」

『……あんたが言うべきじゃないわ』冷静に通信を再開したアレックスは、そっけないネネの返答を受けつつ、声を正して問いかけた。

「……さっき報告した通り、俺達の予測では異形機人を生み出している元凶なるものがあるんじゃねぇかと見ている……それについて何か思い当たることはねぇか?」

『…………』通信先のネネは思案しているのか、言葉を閉ざした。彼女の返答を待つように、カゲイチとアレックスは通信機に意識を集中させる。そして、いくらかの間の後に——

『……一つ、あるわね。私の叡智の範囲には』

「ッ……!!」ネネの言葉に、まずカゲイチが身じろぎし明らかな反応を見せた。陰がかる彼の瞳が、期待を隠しきれないように一挙に揺れた。

「……それはなんだ?」アレックスはカゲイチを不思議そうに一瞥しながら、通信機先のネネに尋ねた。

『————三日月の機人よ』

「ツッ————————!!!!」思わず身体まで揺れた、カゲイチの反応。三日月——通信機から落ちたその言葉に、カゲイチは絶句した。その紫の瞳は、今にも溢れ落ちてしまう程に激しく揺さぶられていた。

「……三日月の機人?なんだそりゃ?」アレックスはカゲイチの反応をさらに怪しんで見つつ、ネネに聞き返す。

『それはある一体の……特別な機人よ……』

「特別な機人……何も分からねぇ、詳しく教えてくれ」

「そうね、少し長くなるから、耳をおっ立てて聞いてなさい——」

 そんな風にアレックスとネネがやり取りする中、カゲイチはただ呆然と突っ立ったままだった。辺りの爆炎が、その紫の瞳を刺すように照らしても、その瞳は瞬きの一つもせず、時が止まったように、ただ永遠に、死んだように固まっていたのだった——


『——三日月の機人はね、母親の機人なの』——ネネによる三日月の機人の説明は、衝撃と共に始まった。

「母親だと!?どういうことだ!?」声を上げるアレックス。茫然自失なカゲイチの傍ら、ネネとアレックスが次々に言葉を交わしていく。

『どうも何も、そのまんまよ。三日月の機人は、人間を育てる為に作られた機人なの』

「人間を育てる為……つうことは、三日月の機人は反乱以前……一昔前の人類と機人がまだ共に生きていた時代の機人ってことか?」

『そういうことになるわね……世界が今みたいに機人兵に支配される前……機人が人類の敵になる前……そう……まだ機人が人類のパートナーだった時代……その時代に、まさに三日月の機人は作られたわ』

「何故三日月なんだ?」

『公に示されてるわけじゃないけど、十中八九その名の由来は三日月の機人に搭載されてるある特別な演算装置の為よ』

「演算装置……?」

『三日月の機人は母親としての役割を担う機人……だから、人間を育てる為に必要な愛や感情を表現する為に、特別な演算装置が搭載されてるの。通常の機人がそれらを表すよりももっと微細に複雑に……人間でさえ確かには表し切れないそれらを、それでも表現し、人間の母親と同じ……いやそれ以上にその役割を果たす為にね』淡々と述べていく通信機先のネネ。聞き入るアレックス。一方でカゲイチは顔を落とし、未だ放心状態だ。アレックスとネネのやり取りが続く。

「なるほどな……ところで何故その演算装置で三日月なんだ?」

『素材よ……三日月の機人の演算装置は、月でしか生成されない特殊な結晶体——ルナトリウムによって作られてるの』

「月の……特殊な……結晶……体……ルナ……トリウム……?」辿々しく言うアレックスに、ネネは無慈悲な一打を浴びせる。

『まぁ、それについての詳細は今は控えるわ。どうせ言ったって分かる知性じゃないんだし』

「……」

『あ、でも銀葬兵の知能試験に通ってるわけだから、普通よりは遥かに高い知性なんだから言ったら……でもやっぱり私レベルではないわけだし……』

「おい、早く先を続けやがれ、今すぐにだ」アレックスは乱暴に通信機へ声をぶつけた。

『……仕方ないわね』そうしてネネの説明が再開される。

『とにかく三日月の機人がその特別な演算装置を持っていることから、私が三日月の機人を異形機人を可能にしている元凶だと思う理由は二つある』そのネネの言葉に、不意に抜け殻のようだったカゲイチが瞳を一つ動かし、耳を傾ける素振りを見せた。

『一つはその演算装置を使って、異形機人の擬似筋繊維の集合体と思われる銀の翼を代理制御している可能性があること。分かってると思うけど、機人の擬似筋繊維の制御には複雑な計算が必要よ、ましてやその巨大な集合体となれば必ず外部装置が必要になると思うわ』

『そして二つ目は、三日月の演算装置に使われる月の特殊な結晶体——ルナトリウムは、膨大なエネルギーを秘めてるということ』

『膨大なエネルギーだとッ……!?』険しい顔を見せるアレックス。その横でカゲイチは先の様子から一転、固唾を飲んでネネの通信に意識を集中させていた。小刻みに動くその紫の瞳は、期待と不安、そのどちらにも覆われるように、ひどく捉えにくい色合いだった。

『えぇ……だから私の考えでは、異形機人の持つ銀の翼も、そのビーム砲も、どちらも三日月の機人の膨大なエネルギーを何らかの方法で取り出し、利用したものだと思ってる』と、そのネネの言葉に、唐突にカゲイチが押し入るように反応した。

「おいッ!利用とは、どうやってだッ!?!?」

『ッ!ちょっとッ!!いきなりでかい声出さないでくれるかしら!?』荒い口調のカゲイチに、文句を言うネネ。アレックスも突然声を上げたカゲイチに驚きを隠しきれない様子である。しかしカゲイチの気の昂りは、不可解な程に上昇していく。

「ならあんたの耳の方を調整しろッ!もう一度聞くッ!!どうやって三日月の機人を利用しているッ!?」

『そんなの私が知ることじゃないわよ、機人共に聞きなさい——』

『って言いたいとこだけど、実際には三日月の機人が自ら動いてそうしてるか、機人共が三日月の機人をどこか安全な所に置いて、異形機人の製造装置として使ってるのかは重要な点ね』

『現状私が思うに、異形機人なんてものを生み出すなら、ある程度施設的なものが必要なはずだと思うけど……』

「ッ!!教えろッ!!何でもいいッッ!!事実だろうがあんたの考えだろうが何でもッッ!!」

『うるさいわねッ!!でかい声出さないでって言ってるでしょッ?!』捲し立てるようなカゲイチに、応戦するネネ。

『人のことうるさいとか言ってたけど、あなたも大概よッ!!いやむしろあなたの方……が……よっ……ぽ……ど……』ネネの声が不自然に尻すぼんだ。カゲイチとアレックスは違和感を覚える。アレックスがすぐに問いかけた。

「……おい……どうかしたか……?」

『………………今こっちであんたらがいる辺りの広域マップを見てたんだけど……一つ面白いことがあったわ』少しの間を置き、再びネネの声が通信機から発せられた。その声色は。どこか笑みが添えられているようだった。

「いちいち聞くな、早くしろッ!あんたが今できることなんてそれ以外にないはずだろうッ!」

『何ですってッ!?』殺気立つカゲイチ、呼応する。しかしアレックスが両者に不毛な争いをさせまいと、素早く口を挟む。

「このクソガキの口の悪さは自然災害と同じなんだ、ネネ・ローズライトさんよ。噛み付くだけ無駄だぜ」

『……チッ……いいわよ……大人ですから……私は、ね』しっかりと舌打ちを入れつつも、ネネは何とか身を引いたのだった。

「面白いこととは何だッ!?早く教えろッ!!」ネネの返答だけが気がかりなカゲイチ。

『……あるのよ』

「何がだッ!?」その返答に、カゲイチは一寸の間も待てないようだった。

『だからあるのよ、異形機人を生み出せるようなの施設が……あなたらの進行経路の先に————ね』

「ッ————!!そッ、そこに三日月の機人がいるのかッッ!?!?」通信機へ飛びつくように大声を上げたカゲイチ。耳元で大声を発せられ仰け反るアレックス。そして彼は見たことがないカゲイチの様子に、静かに目を見張った。

『だからでかい声やめてッ!!それにあくまで私の予測よッ!そもそも三日月の機人が異形の機人を生み出しているってのも予測に過ぎないんだから』

『けど、私の予測が正しかったとして、その異形機人を生み出すにふさわしい場所——その製造場所たりえる巨大な施設が、E戦線の進行経路の果てにあるのよ』

『——そこは、最東端の旧機人製造所————極東プラントよ』

「極東——プラント——ッ!」乱れるカゲイチの呼吸のリズム、忙しなく揺れるその瞳。そして彼の手先まで、落ち着きない動作を刻んでいた。

「……極東プラント……反乱以後は廃墟になったと聞いていたが……だから逆にそこを使いやがったのか……?」アレックスは物静かに考えを巡らせていた。

『もしそこで異形機人が生み出されているのなら、異形機人の目撃がE戦線奥地のみであることも辻褄が合うわ……E戦線全域まで異形機人が侵略して来ないのは……そうね……異形機人の膨大なエネルギーを送るエネルギー網がいくらか距離的な制限を受けてるとか、何かしでしょうね……』

「ッ!!三日月がいるならッッ!!その可能性があるなら、今すぐにッッ——!!」一人冷静さを欠くカゲイチ。そんなカゲイチに怪訝な表情を浮かべるアレックス、そしてネネも同様な様子の声で彼に問いかけた。。

『……ねぇあなた、何でそんな三日月の機人が気になってるの……?』

「ッ————!!?」焦りを前面に漏らしたカゲイチ。

「「『…………』」」——沈黙が刹那に駆け抜けた。しかし直後、すぐにアレックスが口を開いた。

「……おっと、兵士が来ちまった。面倒見ねぇといけねぇから、一旦切るぞネネ・ローズライトさんよ」

『何よいいとこなのにッ!!まっいいわ、また何かあったら真っ先に連絡よこしなさい。以上、じゃね』ネネはそのままそそくさと通信を切った。

「……おいおっさん、兵士などどこにも……」カゲイチは周囲に目をやりながら疑問符を浮かべていた。

「男と男の話をするぞ、クソガキ」アレックスはカゲイチを真っ直ぐに見た。

「ッ……」戸惑いがちな視線を返すカゲイチ。

 夜の森、雨に濡れた木々、不気味に辺りで燃える爆炎。その最中、アレックスは突き刺すように問いかけた——

「お前、本当の目的は何だ?」


「何……?」張りのないカゲイチの声。アレックスははっきりと物申していく。

「お前、異形機人を探しているって言ったが、本当は別の何かがあんじゃねぇのか?」

「何を探してるか俺が常々聞いた時も、その度意味深に黙りこくってやがったじゃねぇか」

「……」カゲイチはアレックスから目を逸らした。アレックスはそんなカゲイチを懐柔するように語りかけていく。

「心配すんなよ、もし探してるものが俺も協力できることなら、してやるって話だ」その言葉に、カゲイチの瞳が僅かにアレックスへと引き戻る。

「ここはE戦線……そしてその奥地だ。今までもだが……これからは一層過酷になるに違いねぇ……いよいよ異形機人も現れやがったことだしな……」

「ネネ・ローズライトの言ってたように、進行経路の先に異形機人が生み出されるとこがあんなら、その数もこれから一体や二体じゃ済まねぇはずだ。兵士は無論、俺達も死と隣り合わせってわけだ」

「…だからよ、ここからはしっかり協力していこうじゃねぇか……同じ銀葬兵同士よ。だから教えてくれ、お前が何を求めてんのか」

「……」寄り添うように視線を向けるアレックスであるが、カゲイチはやはり視線をどこかにやったままだった。

「……三日月の機人じゃねぇのか?お前が本当に探してんのは」

「……」アレックスの言葉に、カゲイチの瞳が密かに揺れた。しかしそれでも口を閉ざしたままのカゲイチに痺れを切らすように、アレックスはボリボリとその灰金の後ろ髪を掻く。

「……本当にお前は何だよ、全く……プロファイルの出生記録もまともにねぇようだし、それで異形か三日月か……探してるなんて一体お前は……」

「————ん?」と、ふと髪を掻くアレックスの手が止まった。

「……三日月…………母親の機人………出生…………謎………」思案した様子でぶつぶつ呟くアレックス。彼の正面には、顔を伏せ表情を窺い知ることのできないカゲイチ。そしてしばらくすると、アレックスはある一つの答えに辿り着いたように、不安げな表情を前にいるカゲイチにもたれかからせた——

「……なぁ……お前……………まさか————?」

 俯いていたカゲイチは一転、頭上を仰ぎ見ていた。無表情な顔で。虚な目で。木々に閉ざされ、空を失った景色を見ていた。全てを曝け出すように、諦めたように、ただぼんやりと。牢獄のようなそんな息苦しい光景を。ただただひたすらに、あてもなく——そうして彼の口が力無く裂け、だらんと言葉が爛れ落ちんとする、その時——凍てつく程暗い森に、もう一つ悲しげな音色が奏でられんとする、その間際————

「アリエフ殿ぉーーッッ!!ルナ殿ぉぉーーーーッッ!!!!」カゲイチとアレックスのもとにゲジゲジ眉毛の大男ドティ・パールマンが小走りでやってきた。さらにドティの後ろからもゾロゾロと兵士がやってくる。

「野営地の安全は確保できましたぜッ!!絶賛警戒体制中ですがよッ!!」

「あ、あぁ……助かる」アレックスはカゲイチの方が気がかりな様子で、上を見上げたままの彼を見ながら返事をした。

「……な、何ですかいッ……?!」アレックスのそばに立つドティは二人を交互に見た。ドティの傍にいる数人の兵士達も、皆状況を掴みかね、カゲイチとアレックスをそれぞれ見ている。

「……いきなりで悪いが、今はあいつの話が聞きてぇ……事情は後で話す」

「周囲の警戒を、忘れるな」アレックスは眉根を寄せ、やって来た兵士達に伝えた。そしてその場に居合わせる全員が、皆の正面にいるカゲイチに視線を集中させた。

 ——上を見るカゲイチは、再びゆっくりと口を開く——自分の内を掘り返し、抉り返すようなまでに深く強く、惨たらしく、沈み落ちた瞳を、寄る辺のない眼差しを、どうしようもなく隠しきれずして——

「これは、ある少年の話だ——————」


 カゲイチはアレックスと兵士ら一同に、まるで物語を朗読するかのような具合で、静かに語り始める。その場一帯が、物憂げで寂しげなカゲイチの深遠な雰囲気に染まり出しながら————

「十数年前——だが今となってはきっともうはるか昔、世界には人と機人が共存していた」

「人の手によって作られた機人は、人類の良きパートナーとして人々に受け入れられ、世界に広がっていた」

「機人は人類の生活の隅々にまで溶け込み、人と機人は対等な存在として手を取り合い、共に生きていた」

「世界は、いつかの未来図が描いた、人と機人が共存する時代を迎えていた」

「——少年は、その時代に生まれた孤児だった」

「少年は捨てられていた。彼の誕生に笑みを向けた者も、彼が泣き声を届けた者も、そうして彼を抱きかかえてくれた者も、何も誰も、はじめからいなかった」

「少年を愛する者は、誰一人いなかった。少年は、誰一人愛をくれる者がいない世界に生まれたようだった」

「だから少年は、一体の機人に育てられることになった」

「孤独な少年に、せめてそばにいてくれる存在を与えるように。そうやって少年がせめてもの愛を知る、そんなことをするように」

「世界からか、誰かからか。たった一人行き場のない少年に与えられた慈悲なようだった。地を這い、泥を啜るしかないような少年に授けられた、少しばかりの贈り物のようだった」

「そうして慰めのように巡り逢った少年と機人であったが、存外、少年と機人は本当の親子のような関係を育んでいったそうだ」

「機人にも人間の母親と変わらない愛を与えることができたのか、少年はその機人のもとで、健気に、無邪気に、すくすくとよく育っていった」

「少年は笑顔を向ける場所を知った。機人と共に」

「少年は涙を落とす場所を知った。機人と共に」

「少年はいつしか愛が生まれる場所さえ、知ったような気がした。他ならぬ、機人と共に」

「少年は知った。見方、聞き方、触れ方、味わい方、嗅ぎ方、時に痛がり方を。そして、愛し方さえも」

「機人と共に世界を一つ一つ見ては、少年と機人は互いにその反応を与え合った。だから少年は、世界を知った。きっとそれだけが、世界だというように」

「だから機人は、確かに少年の母親となった。母親とは何か。それが本当には分からずとも、答えられずとも、それでも機人は、確かに少年の母親だった。その呼び名以外には、あるはずもなかった」

 夜、森林、ドス黒い木々の牢獄。その中で痩せていく爆炎の光。辺りの者達は皆、屍のように押し黙ってカゲイチの言葉に聞き入っていた。まるで彼の言葉だけが、この闇夜でまだ辛うじて生き延びているかのように。フッ——そして蝋燭の最後の灯火が消えるように、不意にカゲイチの仄暗い瞳が、底つくように黒く沈んだ——死に際のような暗い音色で、彼の言葉が再び鳴る。

「————だが、少年と母親に永遠などなかった」

「人と機人が共に生きる世界が、終わりを迎えたからだ」

「その世界は、ある日突然崩壊した——機人達の人類への反乱によって」

「ある夜の出来事だ——突如何の前触れも無く、世界各地で機人達が武装し、人類への侵略行為を始めた。銀災禍——後にそう呼ばれるこのたった一夜の出来事によって、人と機人が共存する世界は粉々に打ち砕かれた」

「世界は逆転し、やってきたのは人と機人が敵対し争い合う世界だった。これもまた、いつかの未来図が描いていたものなのだろう」

「だから少年は、母親を失った」

「その夜から、母親は少年の前からいなくなった。少年が何度目覚めても、母親が帰ってくることはなかった。我が子を殺める前にか、そうして我が子を守るためにか、何も定かではないまま、それでも確かに、突然と、忽然と、跡形もなく、母親は少年の前からいなくなってしまった」

「少年は悲しかった。母親がいないから」

「少年は苦しかった。母親がいないから」

「少年は怖かった。母親がいないから」

「少年は、何も分からなくなった。いつもそばにいた母親が、どこにもいなくなってしまったから」

「少年は知らなかった。母親がいない世界の歩み方を。愛の途絶えた世界、その進み方を」

「そうして少年は、世界を失った。だから少年は、全てを失った。少年に残されたのはたった一つ——喪失——冷たく無を告げる、それだけだった」

「——しかし少年は、それを認めはしなかった。受け入れはしなかった。どうしてもそれができなかった。だからそれを拒んだ。だからそれを憎みさえした」

「少年にとって、母親がいる世界だけが本当だったから。母親だけがただ一人、少年を理解してくれたから。母親だけがただ一人、少年に愛を与えてくれたから。それ以外には、温もりなど、感覚など何一つ、知らなかったから」

「少年にとって、母親がいない世界などありはしなかった。あってはならなかった」

「だから少年は、取り戻そうとした。元通りにしようとした。自らのいた世界を。たった一つ、本当の世界を」

「だから少年は、探すことを決意した。見つけ出すことを決意した。たった一人の母親を————」

 不意に、カゲイチの表情の色向きが変わり始めた。一度は黒く潰えた紫の瞳に、徐々に光が押し寄せる。死に堕ちた声色に、その言葉に、少しずつ、どこか過剰に、破裂しそうな程に、生気が吹き込まれていく——

「やがて少年は、対機人組織へと入った。知力、体力、精神力——あらゆる能力を極限まで高める過酷で壮絶な訓練の末、少年はすぐさま銀葬兵と呼ばれる特別な戦闘員となった」

「そうして少年は、空を翔け戦場を斬り裂いた。人と機人が争う、その最中を。母親を探す為に。その目で、その手で。その意志で。それを果たす為に。戦場を斬り刻み続けた」

「どれだけの月日が流れただろうか。どれ程の年月が経っただろうか。その中で少年は、まず西の戦地を。そして次に北の戦地を。一網打尽に斬り潰した」

「少年は戦場を斬り壊し、ただひたすらに母親を探しては、それを求め続けた。少年はそれ以外に、何もいらなかったから」

「だが、少年は見つけられなかった。いつまで経っても。どこまで行っても。どれ程戦場を、機人兵を、強く斬り進もうとも。母親はどこにも見当たらなかった」

「母親を探す長い長い戦闘生活の中で得たものといえば、虚しくもただ一つ、母親が三日月の機人と呼ばれていることをほんの僅かに知ったくらいだった」

「絶望。無情。しかし少年は探し続けた。もはや少年にとって、明日の意味はそれだけしかなかったからだ」

「そしてある日、少年はとある機人兵の噂を耳にした。不審な機人兵——それが東の戦地にいるという噂だった」

「しかし不審な機人兵については、何も定かではなかった。それは、ただの噂に過ぎなかった。だが、少年はすぐに東の戦地へと向かった。その戦地が、最も苛烈な戦場と呼ばれているにも関わらず。少年は、ただひたすらに探していたから」

「そして少年は、東の戦地へとやってきた。すると少年は、すぐに一人の青年の銀葬兵と出会い、彼から噂に聞いた不審な機人が、異形の機人として報告されていることを知った」カゲイチの瞳が、アレックスを静かに撫でた。激しく動揺するアレックス。カゲイチは、今や力強い眼差しを辺り一同に向け、芯のある気強い声を発していた。カゲイチの言葉が、急速に加速していく——

「次に少年は、青年の銀葬兵と二人で異形の機人を調査することを決め、東の戦地にいる全兵力を結集させた領土奪還作戦に参加した」

「続いて少年は、領土奪還作戦を進めていく中で、突如として異形の機人と遭遇した」

「そして少年は、遭遇した異形の機人の一部を切断することに成功し、それを青年の銀葬兵と対機人組織の科学部の少女と共に調査した」

「その中で少年は、異形の機人を生み出す起源があることを知り、さらにその起源がある特別な機人である可能性があることを知った」

「三日月の機人——その特別な機人は、そう呼ばれた。そして少年が探す母親もまた、同じ名で呼ばれていた」事を悟るように、口を開けて唖然とするアレックス。事を悟り始めるように、表情が迷子になっていく兵士達。

 ザワザワ——狼狽えが、辺り一帯を支配していく。けれどそれとは反対に、暗い森は眠ったように静かだった。辺りで燃える炎はもう、鎮まるように穏やかだった。やけにやかましく、妙にひっそりとした場——そんな中でカゲイチが、カゲイチの言葉だけが、ただどこまでも正気であるように、強く速く、迷い無く刻まれていく。一つ言葉が重ねられる度、その言葉を受ける全員の顔がまた一つ、動揺に暮れながら——

「少年は現在、領土奪還作戦を継続中だ」

「少年は現時点、東の戦地——E戦線の奥地にいる」

「少年は今、深い夜の森の中、何人もの兵士達を前に、一人の少年の物語を語っている」

「少年はこの時、目の前で驚愕する兵士達を眺めてる」

「少年はこの瞬間、絶句する一人の青年の銀葬兵と目を合わせている」

 ——ザワワワワ——場に激震、騒乱はピークに——カゲイチの言葉が、一同を切り裂く——

「そうだ。皆が今まさに視線を集中させている少年は、機人兵総撃破数一位、被損傷回数0——最強の銀葬兵——」

「その名を————カゲイチ・ルナ」

「そうだ。少年は、その銀葬兵は————」

「————そうだ」その声は刃のように鋭く。黒く凍てつく紫の瞳は、灼熱の炎に包まれて————

「俺は、機人に育てられた人間だ——————」


 静寂だけが鼓動するその場一帯————カゲイチの一言は、まるで時を止めてしまったかのようだった。炎に仄かに照らされる、闇深い森の中。カゲイチが再び口を開く。

「……三日月の機人は、俺の母親だ」

「そして三日月の機人——俺の母さんは、現在のE戦線の進行経路の果て、そこにある旧機人製造所である極東プラントにいる可能性がある」

「故に、E戦線は一刻も早く進軍する必要がある。組織原則第一条から第三条に鑑みても、それは明らかだ」カゲイチは燃え盛る眼光を、周囲の者達に向け放った。その眼光、そして彼の語り明かした事実に怯み、言葉を奪われている兵士一同。張り詰めた空気の中、アレックスが苦悶の表情を浮かべていた。

「……待ちやがれクソガキ、聞いてる側は脳天ぶっ叩かれたみてぇになってんだからよ……」

「……それにしたって機人に育てられた人間だと……?あんな殺人マシーンのバケモンに……?」アレックスは嫌悪感満載の顔で、独り言のように言い落とした。

「おいおっさん、もう一度言ってみろ」しかしカゲイチはその呟きを聞き逃さなかった。

「……あ?」

「聞こえなかったか?もう一度言ってみろと言ったんだ。母さんを、なんと呼んだかをな」カゲイチは怒りを強く露わにする。アレックスもそれに釣られるかのように、喧嘩腰に言い返した。

「殺人マシーンって言ったんだよ、お前の方こそ聞こえなかったのか?」

 ——ビュッ!カゲイチは片手で背中の大剣型推進装置から柄を引き抜き、ビームソードを出す素振りを見せた。我を忘れる寸前、底知れぬ沈黙の怒り。けれどアレックスはさらに煽り立てるように、その行いを責め立てる。

「何だクソガキ?俺にビームソードを向けるつもりか?分かってると思うが、ビームソードを人に向けるのは重罰対象だぜ」

「お前が俺に向けた瞬間、すぐに組織へと通達する。そうなりゃ、領土奪還作戦……いやお前は組織から追放もあり得るだろうな。大好きな殺人マシーンも探せなくなるぞ、いいのかクソガキ?」

「——解光」ピシュウゥンッ!!カゲイチは迷うことなく、柄から赤い光を伸長させた。ビュッ!やや距離がありながらも、カゲイチはその赤いビームソードを真正面のアレックスへと突きつける。

「その呼び名を取り消せ、今すぐにだ」

「じゃあその刃を取り下げろ、今すぐにだ」拮抗する両者の激しさ。

 一触即発——並々ならぬ様子の二人に対し、周囲にいるドティと兵士の一人が、動転しながら口々に言い始める。

「あぁもうルナ殿の話でさえ追いつかないってぇのにッ!!この状況といい何が何なんだぜッ?!」

「ド、ドティさんあ、あの二人と、止めた方がッ……!!」

「止めるにも今割って入ったら斬られかねねぇだろいッ……!それにしたってルナ殿はまだしも、アリエフ殿も何故あんなにッ……!?」その間にも、断固としてビームソードを下さないカゲイチ。アレックスも刃を向けられているにも関わらず、躊躇わずカゲイチに不快感をぶつけていく。

「出会った時からお前が何しようとしてんのか聞いてたけどよ、その度に意味深に黙って答えなかった理由が分かったぜッ!!」

「そりゃそうだ、母親を探してる、けどその母親が機人みてぇな化け物だっつうなら、言えるわけがねぇよなッッ!!」ザッ!カゲイチは不意にビームソードを下ろし、アレックスへと歩を進めた。

「言っていい訳がねぇよなぁッ!?!?人を殺戮する機人なんつうバケモンを探してるなん——!!」ブンッ——!!カゲイチはアレックスの首元目掛け、赤い光の刃を打ち付けにかかった——ピタッ——!寸前の所で、その刃を止めつつも。

「……喉元ごと斬り裂いてやらないと、わからないか?」カゲイチの涼しげな顔は、凄まじい形相に変わり果てていた。

「母さんは化け物なんかじゃない……正真正銘の……俺のたった一人の母親だ」

「……いや違うな、機人なんてもんは一体残らず化け物だ。機人がたった一人の母親?そんなことを言ってるのは、たった一人お前だけだ、クソガキ」しかしアレックスも屈せず、カゲイチの鋭すぎる目つきを、それ以上の強烈な視線で押し返す。

「ッ"……!!」アレックスが言い放った言葉に、カゲイチの眉間が酷く潰れる。歯軋りが鈍く鳴る。フルフルと、アレックスの首元で止まっていた赤い刃が揺れ出す。

 そんな二人の様子を見て、周囲の兵士達は一層まごついていた。ドティと一人の若い兵士もより激しく取り乱している。

「お、おいお前止めてきやがれぃッ!!」

「えッ?!ぼ、僕がですかッ?!ドティさん行ってくださいよッ!!」

「俺は頭が追いつかねぇんだいッ!!ルナ殿の話からこの状況から何までよぉッッ!!」

「僕だってそうですってぇッ!!」そうこうしている間に、アレックスがより激しくカゲイチに言葉をぶつけ始める。

「お前の話を聞いて嫌な記憶がわんさか蘇ってきちまったぜッ!!いらんもん聞かせやがってよッ!!」

「機人はクソだ!!ゴミだッ!!最低最悪な悪魔だッッ!!許されざる殺戮者だッッ!!!!」アレックスがみるみるボルテージを上げるのに連れ、カゲイチもビームソードを強く固く握り込んでいく。両者、その表情が潰されるように歪んでいく。憤怒に憤慨を重ね、双方の昂りは壊れたように膨張していく。

「機人なんて一体残らず消えちまえばいいッッ!!ブッ壊れちまえばいいッッ!!この世から一つの塵さえ残さずなッッ!!機人なんてもんは、そんなもんはッッ!!!!どれも皆殺しにしてッッ!!!!一つ残らず殺し尽くしちまえばッッ!!!!」

「機人なんていうてめぇの母親も、当然に——!!」

「ッ"——————!!」バッ!!——カゲイチはプツッと堪忍袋の緒が切れたように、衝動的にビームソードを持つ手を大きく引いた——ブンッ!!——そしてそのまま刃を切り返し、アレックスの首を跳ね飛ばさんと斬りつけに————

「————俺の母親を殺したッ!!そんなバケモン同然の機人なんてものはなぁッッ!!!!」——ピタッ!!——アレックスのその言葉に、カゲイチはハッと雷に打たれたように、斬りかかったその手を止めた——周囲の兵士達も、その叫びに打たれるように一斉に静まり返り、アレックスに視線を集中させる。アレックスの翡翠の瞳は、動揺を隠し切れないカゲイチに、燃え盛る憎しみをぶつけ示している。

「お前の物腰と物言いにはことあるごとにイラついて仕方なかったけどよッ……!!そりゃそうだッッ!!!!合うわけねぇよなぁッ!!機人なんてバケモンが母親のお前と、機人に母親を殺された俺がッッ!!!!正反対で真逆の俺達がッ!!!!気が合うなんてありえねぇよなぁッッ!?!?」アレックスのとてつもない剣幕に、カゲイチは睨みをきかせながらも、思わずビームソードを下ろす。

「機人なんてバケモンが好きな奴もッ!!機人と同じ憎むべき野郎だッ!!同類だッ!!同罪だッッ!!俺の母親を殺したッ……!!機人というバケモンとなぁッッ!!!!」

「そうだろうがッ!?!?ここにいる全員ッ!!この世界で生きる全員ッッ!!この考え以外あるわけがねぇッッ!!あっていいわけがねぇッッ!!人類は機人に散々奪われ尽くされてるんだからよッッ!!」アレックスはギラついた瞳で、辺りの兵士達にも、見境なく言葉をぶちまける。もはや彼自身も制御できない怒り——それは狂乱そのものだった。

「人類と機人が共にいた時代ッ?!そんなのも今の侵略の為にッ!!人類を油断させる為に作られた罠でしかなかったんだよッッ!!ずる賢く狡猾なあの機械の悪魔共が企てやがったッ……!!大層ご立派な大罠だッッ!!!!」

「そんなバケモンが母親……?そんなものを探してるだ……?!取り戻したいッ……!?ふざけやがれッ……!ふざけやがれクソったれぇッッ!!!!俺の母親の領域にッ……土足で入ってくんじゃねぇ……!!俺の大切な母親……!!その場所にッ……!!俺の心にッッ……!!!!母親を殺したバケモンを入れんじゃねぇッッ!!!!」そしてアレックスは最後、顔を落とし、あまりに心痛な面持ちを不意に覗かせた。彼はどこか、内なる嫌悪感と戦うように、乱暴にも自分に言葉ぶつけているようにも見えたのだった。そうしてアレックスは光の失せた目で、静かに、それでも最大限の憎しみを添えるように、目の前のカゲイチに告げた。

「てめぇもバケモンだ、クソガキ」

「————ッ」カゲイチはそう告げられた後、静かに顔を落とした。いつもなら言い返すようなカゲイチ、普段なら反撃するようなカゲイチ。けれど躍起立った反応とはほど遠く、項垂れた彼の表情は、どうしようもなく寂しげだった。大きな紫の瞳は泣くように揺れ、口元は堪えるように強張っていた。まるであどけない少女の、泣きべそのようにさえ。

「……あぁ……言われ慣れてるさ……」あべこべに浮かんだ乾いた笑みがまた一つ、悲しみを加速させた。そうしてカゲイチはアレックスや兵士達に背を向けると、生気のない、物悲しい声を捨てるように落とした。

「……誰も分からない……分かってもらおうとは思ってない……俺の痛みなど……生きてきた……痛みなど……傷など……誰にも」背負う大剣型の推進装置に、今にも押し潰されてしまいそうな程、カゲイチの背中は小さく、儚く、切なかった。

 それでもアレックスはそんな背に、続け様に言葉を撃ちつける。

「異形機人に三日月……そしてバケモンに育てられた人間……分からねぇことが次々押し寄せやがって頭がパンクしちまいそうだけどよ……一つ確かなことがある」

「クソガキ、俺はもう、お前とこの領土奪還作戦を遂行することはできねぇってことだ」決然と言い放ったアレックス。ザワワッ!!と周囲の兵士達はどよめいた。カゲイチは力無く、ただじっとしたままだ。

「お前とは散々が馬が合わなかったからなッ!!独自調査でも作戦遂行でも全部全部ッッ!!何故なら人間性があまりに合わねぇからだッッ!!」

「特に作戦遂行に関しては、お前は強行的すぎるッッ!!最強かなんか知らねぇが、死ぬならお前一人で死んでくれッッ!!作戦遂行は安牌を取るのが鉄則だッ!!兵士達の安全もあるッ……!だからお前の強行的過ぎる姿勢は、E戦線全員にとって危険なんだよッッ!!」

「そして決めつけに機人なんてバケモンに育てられた人間だ……そんな奴不気味でしょうがねぇッ!!不愉快でしょうがねぇッッ!!機人共の方に寝返ってもおかしくねぇくらいでもあるッ……!信用ならねぇんだよ、お前はッッ!!」

「……」カゲイチはただ黙って、アレックスに背を向けたまま、ただただアレックスに背中を切り刻まれているだけだった。兵士達も一様にアレックスの気迫に物怖じしてるのか、指を咥えて見ているだけであった。

「……で、進むんだろ?お前はこのまま、今すぐに、一刻も早く、そう言ってたよな、自分で」弾丸のようなアレックスの言葉が、容赦無くカゲイチの背中に直撃した。

「……あぁ……もうすぐそこに……母さんがいるかもしれないから……」悲しい程に掠れた少年の声、その色。アレックスはそれを聞くと、周囲の兵士達に声を上げ問いかけた。

「おいッ!!このクソガキは今からさらに進行するらしいが、付いて行く奴はいるかッ!?!?」

「「「「「ッ……!!」」」」」兵士達は全員、皆一様に戸惑い、言葉を出せないでいるような様子だった。しかしアレックスはその沈黙を肯定とすぐに早合点した。

「……つうわけだクソガキ、これより別行動だな。俺達銀葬兵は、緊急時には戦場で独立した行動を取ることを許可されてる……まさに今がその緊急時ってことだ」

「……俺は……探せれば……なんでもいい…………」そう言うカゲイチの後ろ姿は、耐えきれない程やるせなかった。そして、次の刻——

 ポツ……ポツポツッ……ボツボツボツボツッ!!降り止んだはずの雨が、再び辺りを急速に襲撃した。暗い森、ついに息絶えて行く辺りの炎、その光。カゲイチとアレックスの間に、あまりに厚く、あまりに冷たい雨壁が、できるようだった。

「……チッ!また雨か……!……おいッ!!全員今すぐ野営地に戻れッッ!!」アレックスは周囲の兵士達に呼びかけながら、野営地への帰路を急いだ。

「……ッ!」コオォォンッ!!ビュッ!!カゲイチは推進装置から赤い光の粒子を散らすと、そのまま飛び去っていった。

 ——ザワザワ、ザワザワ——決別したカゲイチとアレックスに、激しく取り乱すその場にいた兵士達。ドティが動転しながら、歩いていったアレックスに駆け寄った。

「アッ!アリエフ殿ッッ!!正気ですかいッッ!?!?ルナ殿をッッ!?」

「進むと言ったのはクソガキだッッ!!俺の知ったこっちゃねぇッッ!!!!」アレックスは歩を止めず、八つ当たりするようにドティに声を荒げた。

「で、ですがよッ!!いくらルナ殿とはいえ、こんなE戦線の奥地を一人で進んだらッ——!!」目を大きく見開き、カゲイチが飛び去った方向を見たドティ——

 彼が見た光景——地獄が大口を開けて待ち構えているような、深過ぎる森の闇。その永遠じみた果てしない闇に飲み込まれてしまったように、機人に育てられた少年——カゲイチ・ルナの姿はもう、何処にもなかった。


「アリエフ殿ッ!!アリエフ殿ぉッ!!ルナ殿を連れ戻しましょうぜッ?!」夜の森、無慈悲に叩く雨の中、ドティはズカズカと進むアレックスを強く引き留める。

「うるせぇッッ!!あいつが行くと言ったんだからそれでいいだろうがッッ!!それに言ったろッ!?あいつは無茶苦茶なやり方で周りを危険に晒してッ!!その上機人なんてもんに育てられたわけわからねぇ野郎なんだぞッッ!?」

「そんな奴とこの危険極まりねぇ奥地を進めるかッ!!なぁッ?!!?」アレックスはドティのみならず、慌ててドティの後ろから付いてきた数人の兵士達にもフラストレーションを撒き散らした。

「アリエフ殿ッ!!一旦落ち着いてくだせぇッ!!」

「あ!?何だッ!?お前はそう思わねぇのかッ?!機人なんてバケモンに育てられた人間なんだぞッ!?あいつはッ?!人類を殺戮するッ……!俺の母親を殺しやがった怪物にッッ!!そんな奴も殺人マシーンと同じだろうがッ——」

「人間ですッ……!人間ですぜッ?!ルナ殿はッ……!?」ドティは我を忘れ昂るアレックスを真近で真っ直ぐ見つめた。優しく、深く、宥めるように。

「確かにルナ殿は定かじゃない存在ですぜ……耳を疑うことばかりで……!ですがよッ!そうだとしても彼は普通の少年のはずですぜッ!?」

「だから……!だからですぜッ……?!何が言いたいかって言うとですぜッ……?!このままルナ殿が一人で奥地を無理矢理進み続ければ————死ッ……!その可能性があるんじゃないですかいッ?!いくら銀葬兵ッ……!いくらその中で最強だとしてもッ……!!人間である以上ッ……このE戦線奥地を一人で進めるはずがないんじゃないですかいッッ!?!?」ドティは強く張り詰めた表情をアレックスに向けた。一方のアレックスは眉根を寄せ、ばつの悪そうな顔をしている。

「だとしてもッッ……!!あいつがッ……!!」アレックスはドティから顔を背けた。雨は止まらず場の一同を打ち続ける。

「この領土奪還作戦にはッ……!!この戦線にはッ!!ルナ殿の力が絶対に必要ですぜッッ?!!?ここまで予測戦況推移よりはるかにマシに来れたのは、アリエフ殿に加え、何よりルナ殿がいたからじゃないんですかいッッ?!!?」

「ッ……!!」

「地獄のE戦線、しかもこの奥地からさらに進むのは彼が絶対必要ですぜッ!!今更引き返したって、多くの犠牲が出るだけですからよッ!!はたまた今すぐに、無数の機人兵が襲撃してきてもおかしくないんですぜッ!!この奥地ではッ!!だから分散は危険ッッ!!連れ戻しましょうぜ、ルナ殿をッ!!見失う前にッ!!」

「アリエフ殿ッ!!本当は分かってるんじゃないんですかいッッ?!いや分かっててくれなきゃ困りますぜいッッ!?」ドティの語気が高まるに連れ、葛藤が増すようにアレックスの表情が崩れていった。

「あいつがッ……!あいつはッ……!!俺の母親を殺したバケモンをッッ……!!そんな奴に手を貸すなんざッ……!そんなッ……敵にッ……!!」痛々しいアレックスの声。内に渦巻く感情を処理できていない様子だった。がんじがらめなアレックスに、ドティは同じ表情となって、彼の肩に手を添えた。

「分かります分かりますぜ……!機人兵が大切なものを奪っていれば、その記憶がッ……トラウマがッ……!!突然自分に襲いかかって、脳を焼いちまうってことをッ!!私もッ……家族を殺されちまってますからッ!!」

「——ですがよ!やっぱりここは合流しないと、また奴らに奪われちまいますぜ?!兵士達が……!我々がッ……!!そうですぜッ!!アリエフ殿の大切な戦闘給もッ!ボーナスもッ!!」

「ッ————!!」アレックスはハッとしたように目を見開き、硬直した。自分が戦う理由、何かに向かうその光景さえ見るように、その翡翠の瞳は揺蕩った。しかしすぐに苦悩したような顔になると、やりきれなさを乱暴に吐き出した。

「……クソったれッ……!クソったれッ……!クソったれクソったれッッ!!」

「クソったれぇーーーーッッ!!!!!!」

 あたふたとしながら、それでいて同情するように、アレックスをただ見ているドティと辺りの兵士達数人。降りしきる雨だけが、迷い無く一直線に落ちていた。


 ひっきりなしに木々をぶつ無数の雨粒。光の失せた黒い森を、孤独に飛び進む中性顔の少年、カゲイチ・ルナ。X状に背負う推進装置からは、まるで吐き捨てられるように赤い光が荒っぽく放出されている。暗すぎる雨の森を映す紫の瞳は、頼りなくフラついていた。

(……E戦線の兵士達はあのおっさんが何とかしてくれるはずだッ……!そもそも俺がこの先の機人兵を全て蹴散らせとけばいいッ……それだけの話だッ……!)

(そして何より俺はッ——!)

「探しているんだッ……!」強がっているようなその声色。揺れる瞳は、前方を捉え続けるのにあまりに必死だった。

 ——ザザッ!!と、出し抜けにカゲイチの前方下に機人兵が数体現れた。カゲイチは素早くそちらに目をやり、両手に携える二本の赤いビームソードをグッと握り込むと——

「退けッッ!!!!」ピシュウゥンッ!!ザシュッ!ザシュザシュッ!!ザッッシャァァァッッ!!カゲイチは推進装置から赤い光を噴かし、上から叩きつけるように機人兵の集団に飛び込むと、目にも止まらぬ速さで現れた機人兵を四方八方に飛び、斬り裂いた。

ビリリリリッッ!!バッゴオォォォンッッッ!!!!機人兵達は銃器を構える間もなしに、スパーク後爆炎と化した。ビュッ!!いくつもの爆炎を置き去りに、そのまま飛び進むカゲイチ——彼は突如として厚く並んでいた木々を抜けた——

「ッ————!!」その先でカゲイチが見た光景——月など見えない夜の空の下、大地は崖崩れが起きたように、一面大きく穿たれ地肌が露出していた——そしてカゲイチを驚かせたのは、眼下、そこに待ち構えていた無数の機人兵の大軍だった。

「ッ!!?あ、あれはッ——!?」驚愕は追い打つ——現れた夥しい数の機人兵に目を見張ったのも束の間、穿たれた広大な地面に構える機人軍の奥——遠く切り立つ崖に、一体の機人兵が孤立して佇んでいることに、カゲイチは即座に気づいた。そして崖の縁、再び重く繁る森林を背景に立つその一体の機人兵は——

「異形ッ……機人ッ——!!」生物的な質感の、巨大な人の手のような形状の銀の翼を生やした機人兵——カゲイチの目に、その視界の先に遠く、再び異形機人が現れた。

「やはりこの先にッ!!この果てにッ!!」土砂降る雨をものともせず、カゲイチはその紫の瞳を大きく開き、ギラつかせると、ビュッ!!——異形機人に引き摺り込まれるように、カゲイチは推進装置を噴かし飛んでいった——臨戦体勢の機人軍団、その上を無理矢理に飛び越さんとして。

 ——ババババッッ!!!!しかし当然カゲイチに、下方あちこちから機人兵の銃撃が浴びせられる。ヒュンッ!ヒュンッ!カゲイチは飛来する銃弾の間を縫うように、軽い身のこなしで避ける。——ビュッ!カゲイチは間髪入れず、再び推進装置を噴かしつけ、前進を強行する。

 ——バババッ!!バババババッッ!!バババッ!!カゲイチが飛び進み、機人兵の大軍の最中に行くに連れ、さらに苛烈な銃撃が地上からカゲイチに襲いかかる。ヒュンッ!ヒュンッ!ビュッ!ビュッ!カゲイチは緩急を付け、空中を機敏に動き、大量の銃弾をいなすものの、前進を阻害される。

「チッ!!」カゲイチは空中でその場に釘付けになりながら、眼下、地面で銃器を一様に構える何体何十体もの機人兵を見て、その涼しげな顔に強く苛立ちを見せた。

(……放光遷移までの時間は——?!)カゲイチは寸時、装着する特殊なコンタクトレンズによって直接視界に映るデータ群を見た——

(ッ……!エネルギー充填率はまだ完全にッ……!だがここはッッ!!)データを見てカゲイチは眉間に皺を過らせるが、しかしすぐに一つ瞳を光らせると、雄叫びのような声を上げた。

「放光遷移ッ——!!!!」その声と共に、カゲイチが両手に携えるビームソードと、X状に背負う大剣型の推進装置から放出される光の粒子が、青く、そして強く輝き出した——

「一網打尽にするッッ!!!!」ビュッ!!カゲイチが青い光の粒子を撒き散らし、地上へ飛び向かっていくのと同時、ババババッ!機人兵も一斉にカゲイチへと容赦無い射撃を食らわせにかかった——クルッ!クルッ!カゲイチは幾度も身体を水平に回転させながら、螺旋軌道で飛び進み、飛来する銃弾を鮮やかに避けていく——下降と回避の融合——そして瞬く間、落雷のように、機人兵の大軍のど真ん中へと一気に飛び込むと——

「俺はッ……!!探しているッッ!!!!」押し寄せる機人兵の軍勢——その隅々に、その四方に、藍色の稲妻が、乱れ流れる————ザザザザザザザザッッ!!!!!ババババババッッ!!!!ザシャバゴオォォォォォォオォォンンッッッ!!!!!!!!!!

機人兵を八つ裂く、深青一閃——真っ青な斬撃と真っ赤な爆炎が、電光石火の如く、地上全方位を一瞬の内に埋め尽くした。

 ——ビュンッ!!大量の機人兵を刹那に薙ぎ倒したカゲイチは、滑空するように地上スレスレをぶっ飛んでいく。カゲイチが見据えるは前方、機人兵の大軍の先に聳える断崖——その上に佇む異形機人——カゲイチはギュッと瞳が潰れてしまうくらいに表情を険しくすると、ピッシュウゥゥンッッ!!と推進装置を破裂させんばかりに強烈に噴かし、一挙に速度を上げた。

 ——ババババッッ!!まばらに点在する数体の機人兵は、なおも飛んでいくカゲイチの後ろから懸命に弾を送り込む。けれどカゲイチはそれに構うことはない——ビュッ!と銃弾が彼の傍を掠めようと——バギャッ!と銃弾が彼の推進装置に擦り当たり、僅かにそれをヒビ割ろうと——カゲイチは一心不乱、もはや自暴自棄な程に止まらない、止められない——熾烈な銃弾も、猛烈な豪雨も、何も誰も、カゲイチを、彼を、少年を——バッ!!——そうして一直線の爆進の後、聳える崖を目前に、カゲイチは大きく飛び上がり————

「——俺はッッ!!見つけ出すんだッッ!!!!」両手の藍色のビームソードを、大きく身体をのけ反らせ身体の片側で振り上げたカゲイチ——そして彼の眼下、崖の縁に未だ佇んでいた異形機人目掛け、流星の如き速度でそれを叩きつけにかかった——

 ——バッギャァァッッ!!!!異形機人は素早く片手に携える武器の刃に紫の光を纏わせ、ビームソードを形成すると、その紫の細剣で振り下ろされた二本の青いビームソードを受け止めた。

(ビームッ……ソードッ……!!)ビギギギギッ!!——スパークを散らし、斬り結ぶ青と紫のビームソード。カゲイチは異形機人が形成した紫のビームソードに驚きを覗かせた。

「……だがッッ!!」上からビームソードを叩き付けるカゲイチは、推進装置をさらに強く噴かし、そのまま押し切ろうと試みる。グググググッ!!二本の青いビームソードは、一本の紫のビームソードを強烈に押し込んでいく——光の剣の鍔迫り合いをカゲイチが制する——その直前——

「——ッ!!!!」ビュッ!!カゲイチは視界の右方片隅から、突如高速で飛来するものを察知し、反射的に飛び上がり後退した——バギャッ!!が、僅かに反応が遅れたか、途轍もない速度で飛来したものが右側の推進装置の下部を掠め、その部分を大破させた。ビリリッ!とスパークを散らし、推進装置下部の内部の機械部分が露出する。

「ビーム砲ッ——!!」カゲイチは左に振り返り、虚空に消えていく一本の紫のビームを見た。彼は即座に視線を前に戻し、ビームが飛来した方向、右斜め下を確認した——

「もう一体ッ……!!」その方向には、巨大な銀の翼を持つ別個体の異形機人が、その前面モニターに映る血のように真っ赤な大きな円の瞳と共に、カゲイチに銃口を向けていた。

 ——しかし息つく間もなく、最初の異形機人が高く飛び上がり、今度はその異形機人がカゲイチの正面上からビームソードを振り下ろした。

「ッッ!!」バッギャァァッッ!!!!——再び斬り結ばれた二つの青の光と一つの紫の光。カゲイチは上から振り下ろされた紫のビームソードを、両手の青のビームソードで何とか受け凌ぐ。ギギギギギッ!!今一度始まった鍔迫り合い。

(推進装置のッ……パワーがッ……?!)ジリジリと上から押し込まれるカゲイチ。下部が破壊された方の推進装置から放出される青い光の粒子量は、もう片方と比べて明らかに少なくなっている。バシュンッ!!——しかし無慈悲な追撃音——

「ッッ!!」ビュンッ!後から現れた方の異形機人が放った二発目の紫のビームが、鍔迫り合い中のカゲイチ右方から飛来したが、彼は力任せに叩きつけられたビームソードを振り払うと、後方に素早く飛び下がり、何とかそのビームを回避することに成功した。

「チッ!!!!」強烈に鳴る彼の舌打ち。

(やり辛いッ……!それに視界もッ……!)カゲイチの顔に急速に焦りが湧き上がっていく。そして雨さえ敵なように、辺りの景色をひどく白く、見えにくくボヤけさせている。

 ババババッッ!!しかし機人兵サイドの攻勢は止まらない——上空のカゲイチへと、崖の下に集結した数体の機人兵が一斉に強烈な射撃を浴びせた。

「ッ!!」背後からカゲイチへと迫る弾丸の大群、無慈悲なその急襲——ヒュンッ!!スッ!!ザシュッ!!

「ツッ——?!」宙を素早く動いたカゲイチだったが、腕と脚に弾丸が掠め、戦闘服を裂いた。

(——被弾ッ?!俺がッッ!?)

(推進装置にラグッ?!損傷の影響ッ?!)推進装置に異変を察するカゲイチ。その紫の瞳が激しく揺れる。汗か雨か分からず、彼の顔から絶えず水が滴る。

 しかしカゲイチへの猛攻は終わらない——再度最初の異形機人が、歪な銀の翼から粒子を放出して飛び上がると、紫の刃でカゲイチに斬りかかった。ヒュッ!空を切ったその刃——カゲイチは後退して避け、鍔迫り合いを拒否した。——バシュンッ!!カゲイチが後退することを読んでたかのように、止まらずもう一体の異形機人が、ビームを後退した付近に放った。

「クッ!」カゲイチは推進装置から青い光の粒子を散らし、宙返りするように身体を巧みに動かし、さらに後方へ引き下がって、何とかビームを回避する。異形機人がいた崖から大きく離れ、穿たれた地面——未だ多くの機人兵が生き残り、群がり待ち構えているエリア上空に、後退を余儀なくされたカゲイチ——

(——待て、誘われたのかッ?!)カゲイチは地面に背を向けた不安定な体勢のまま、振り向くように地面を見た——そこにはすでに発砲間際の機人兵が何体も何体も、大量に集結していた。機人兵は銃口を彼の背中に集中させ、今まさに激烈な射撃を開始せんとしている——そして銃器の引き金にかかる機人兵達の無機質な指々が、一様に、一斉に押し込まれる、そんな頃————

(————回避——できるか——?)カゲイチの鼓動が暴れるように高まった。飛び落ちる程に目がかっぴらかれた。割れる程激しく、瞳が揺れた——蜂の巣、絶体絶命——無数の銃弾が、カゲイチへと死を届ける————その時——————

 ——ザザザザザッッッ!!!!ババババッ!!バッゴオオオオオオォォォォンンッッッッ!!!!!!——何処からともなく現れた一つの赤い閃光が、突如地上を雷撃の如きスピードで駆けると、地上の機人兵の軍団が一挙に爆炎と化し、一掃された。

「な、何ッ?!」唖然とするカゲイチ。

「クソガキィーーーーッッ!!!!」

「おッ……!おっさんッ……!?」目を張るカゲイチのもとに、大声を上げながらアレックスが飛んで来た。

「おいクソガキッ!!一旦後退するぞ!!お前のせいで戦闘給やらボーナスやら減らされたらたまったもんじゃねぇからなッッ!!」語気荒くもカゲイチを気遣うようなアレックス。しかしカゲイチは呆然としていたのも束の間、そんなアレックスを強く睨む。

「ッ……!何をしに来た?!俺は一人で進むと言ったはずだッ!!邪魔をするなッッ!!」

「冷静になれクソガキッ!!今一人で進んだら危険だッ!!特にお前の状態じゃあッ……!!」アレックスはカゲイチの持つ青いビームソードと、下部が大破した推進装置を一瞥した。

「万全の状態じゃねぇのは自分でも分かってんだろッ!?だから一旦——」

「俺に指図するなッ!!」ビュッ!!カゲイチはアレックスの忠告を振り払い、再び異形機人の方へと飛んでいった。

「お、おいッ!?」追いかけようとするアレックス——しかし——

 ババババッ!!——地上に残存する何体下の機人兵が、上空のアレックスに弾丸を撃ち放ち込む。ヒュンッ!ヒュンッ!軽やかに空中を飛び、弾を避けるアレックス——

「ッ……!まずは地上の雑魚を完全に処理しねぇと、後続の兵士達がッ——!!」アレックスはカゲイチが飛んでいった断崖の方へ一瞬視線をやるが、すぐに地上へ視線を移し、ビュッ!!と推進装置から赤い粒子をばら撒き、地上の機人兵へと突撃していった。

 ——一方で畏敬機人へと飛び向かったカゲイチは——

「——俺はッッ!!」ビギギギッ!!激しく顔を歪ませ、異形機人と再び熾烈に鍔迫り合いをしていた。上から二本の青い光の刃を叩きつけるカゲイチは、推進装置を乱暴に噴かし、力任せに押し切りにかかる。

「救い出すんだッッ!!」バギィンッ!!——青の光の双刀が、紫の光の単刀を割るように弾いた——大きくのけ反る異形機人——そしてカゲイチの返刀——グォォッ!!弾いた勢いそのままに、異形機人の胸元へ、正面から二つのビームソードを突き刺すように突進させると————バギャッズッシュウゥゥッッ!!!!——二本の青いビームソードは、そのまま異形機人の心臓部を完膚なきまでに貫いた————ビリリッ!!バッゴオォォンッッ!!過負荷を受け、スパークを全身に巡らせた異形機人は、轟音を轟かせ爆発した。

 ビュッ!!——カゲイチは爆炎には目もくれず、それを背後に、雨粒を蹴散らしながら高速で空中を飛んでいく。カゲイチが見据えるは、前方のビーム砲を持つもう一体の異形機人——同高度、真正面からの進撃——もはやカゲイチは異形機人一点しか見えていない程に、真っ向から最短、最速で敵を打倒せんとしている。時にあまりに愚直に、無理矢理に。ザッ!——そして異形機人も、前から迫り来るカゲイチへ銃口を向けた。

 ——ピピピピッ!!しかし、カゲイチのピアス型通信機が突如アラートを鳴らす。

『警告、エネルギー充填率低下……警告、エネルギー充填率低下……オーバーヒートの危険性あり……オーバーヒートの危険性あり……』しかしカゲイチは顔を大きく顰め、その警告を——

「……そんなことッッ!!知るものかぁッッ!!!!」コオォォンッッ!!!!ピッシュウゥゥンッッ!!!!カゲイチは一段と強く推進装置を噴かし、青い光の粒子をぶちまけると、流星さえ追いつけぬような程の速さで一気に前方の異形機人を貫きにかかった——

バッッギャッズッシュウゥゥッッ!!!!途轍もない速度そのままに、カゲイチは身体の片側で大きく引いた二本のビームソードを、異形機人へと最大出力でぶっ刺した——特異機人は突然速度を強烈に上げたカゲイチに対し、咄嗟に盾を作るようにその銀の翼で身を包んだが、カゲイチの瞬速の突進——藍に輝く巨大な光の槍の如き神速の突撃は、異形機人の心臓部を、翼ごと完全に貫き切ったのだった。

 ——ビリリッ!!バゴオォォンッ!!もう一体の異形機人も木っ端微塵に、爆炎へと帰した。ビュッ!後ろへ飛び上がり爆炎を回避しつつ、トッ!——地上へと一旦降り立つカゲイチ。ピピピッ!!——しかしカゲイチの通信機のアラートは鳴り止まない。

『警告、エネルギー充填率著しく低下……警告、エネルギー充填率著しく低下……オーバーヒートの危険性大……オーバーヒートの危険性大……』

『直ちに活動を停止してください……直ちに活動を停止してください……』

「……」俯き、雨に打たれながら立ち尽くすカゲイチ。まるで殴られるように、ぶたれるように、激しく、一方的にその小柄な身体は雨粒に叩かれている。彼の推進装置から放出される青い光の粒子は、もう息絶えそうな程弱々しい。下部が大破してる方に至っては、もはや完全に粒子が出ていない。ブゥゥンッ……ブゥゥンッ……両手に携える青いビームソードも、鈍い音を立てて明滅するように光が淡くなってきている。

————バサッ!——ドサッ!!——そんなカゲイチの前に、三体目の異形機人が突如として上空から降り立った。巨大な手のような銀の翼を、一つ不気味に羽ばたかせ、静かに地上へと着地した異形機人。その両手には、紫のビームソードが二本煌々と輝いている。対峙する少年と新たな異形機人。異形機人の赤黒い瞳が、しかと少年に固定された。しかし無反応なままの、少年は——

「俺は探している……探し出さなければならないッ……」顔を落としたまま、ブツブツと力無く呟いていた。非情なまでの雨が、今にもその声を掻き消してしまいそうだ。

「俺は見つけ出すッ……見つけ出さなければならないッ……!」しかし彼のの声のボルテージは、一転して急速に上昇していく。

「俺は救い出すッ……!救い出さなければならないんだッ……!!」

「そうだッ……!!俺は母さんをッッ!!」グッ!カゲイチは光が弱まる青のビームソードを強烈に握り込んだ。それに呼応するように、正対する異形機人も身構えた。——ピピピッ!!しかし相変わらずカゲイチの耳元の通信機がけたたましく鳴る。

『オーバーヒートの危険性大……オーバーヒートの危険性大……直ちに活動を停止してください……直ちに活動を停止してください……』——ピピピッ!!さらに立て続けにアレックスからも通信が入る。

『おいクソガキッ!!下がれッッ!!』

「……退いてなるものか……俺はッ……!!最強の∅銀葬兵だッッ……!!」カゲイチは顔を上げた——揺るぎない決意を持った表情——というにはあまりに過度に、きつく、狭苦しく、どうしようもなく強張った顔を。

『警告、直ちに活動を停止してください……警告、直ちに活動を停止してください……』がなり立てるアラート。

『いいから下がれッッ!!早くッ!!早くッッ!!!!』喚き立てるアレックス。

「邪魔をするなッ……!!この俺のッ!!!!」カゲイチの表情は、まるで怒りに満ち支配されるように恐ろしい形相となっていく。

『警告、直ちに活動を停止してください……警告、直ちに活動を停止してください……』

『下がれッッ!!!!下がってくれッッ!!!!!!』

「どいつもこいつもッッ——!!!!!!」カゲイチは内側で煮えたぎる衝動が決壊

するように、喉奥から叫び上げ、二本のビームソードを構えると——

「最大出力————!!!!」カゲイチの雄叫びと共に、彼の推進装置から放出される青の光の粒子と、青いビームソードが最後の一滴を振り絞るように、刹那、強く、乱れ揺れながら発光した。

『警告、直ちに活動を停止してください……警告、直ちに——』

『ダメだッッ!!!!そこにいちゃッ——』耳元の言葉は、カゲイチの耳にはあまりに遠く——

「俺をッ!!舐めるなッ————!!!!」バッ!!そうして怒りに弾かれるように、目の前の異形機人に飛びかかった、次の瞬間————

『左ッッ!!爆炎の向こうッッ!!もう一体————!!』カゲイチはふとそのアレックスからの通信、その言葉に反応し、左側を見た——そこには、先程異形機人を破壊したことで発生した大きな爆炎が一つ。メラメラ、ゴウゴウと燃え盛っている——そんな視界————が突如、眩い紫の光に埋め尽くされた——————

「あっ————————」その光の正体をカゲイチが悟ったような頃————

 ————ザッジュッ——————瞬く間————持ち去った——————カゲイチの傍らを通り過ぎた一本の紫のビーム————その強烈な光が————彼の左腕を————消し炭にして——————

「————————?」呆気に取られながら、フラッと体勢を崩すカゲイチ。ドチャァッッ!!——水飛沫を上げながら、雨に濡れた地面に倒れたカゲイチ。仰向け、天を仰ぐ。降り注ぐ果てしない雨に、真正面から突き刺され、貫かれながら。

『~~~~~~~~~』カゲイチの耳元の通信機は、変わらず騒々しく鳴っていた。それでも彼の耳にはやはり、何も届いていないようだった。行方をくらました左腕、その付け根から流れ出る血にも、その痛みにも気づいていないように、カゲイチはひどく穏やかに、静かに、空を見上げていた。まるで彼の、彼だけの時間が止まってしまったように、はたまた、止まっていくように。光を失っていくその紫の瞳が、雨に絶えず串刺しにされながらも、彼は虚にも、確かにも、ただ空を見ていた。

 少年が見る空————月は死んでいた。星など見えるはずもなかった。ただ一つ、黒だけの夜空。けれどその黒さえ奪うように、雨は容赦無く、夜空を切り刻むように降っては、世界をただどこまでも霞ませていた。

「……母…………さ………………」

 夜空よりもずっと深く、雨になどかき消されない、澄み渡った黒——そんな黒に出逢い、落ちていくように、少年は一人、たった一人、ゆっくりとその鮮やかな瞳を、閉じていった——————



 晴天。雲も何もいない、青一つの空。そんな大海で、一人漂流する孤独な太陽——地上では、緑色の軍服姿の兵士達が横一列で整列し、長蛇の列を形成している。その列と同じくらい長く果てしない、戦死者の名が刻まれた石碑を前にして。

 石碑の前に手向けられた花々。それでも風は、虚しくその花びらを散り散りに巻き上げる。石碑に向かい立つ兵士達は、皆一様に失意の底にあった。様々に想いを吐き出し、種々雑多にその顔に歪みながら。

「みんな……みんな死んじまった……ッ!!」涙を流し、悲しみに暮れる兵士。

「クソッ!!全部機人兵にッ!!俺達はッッ!!」やり場のない怒りで拳を強く握り、顔をぐちゃぐちゃにする兵士。

「無理に決まってんだよ……最初から……」はなから諦めていたように、あまりに乾いて笑う兵士。

「…………」茫然自失。心を殺されてしまったような兵士。

「……きッ!機人兵来るッ!!みんなッッ……!またッ……!!またッ!!」トラウマ。そんなものに苛まれるように、怯え恐怖する兵士。そしてそんな兵士の列の何箇所かで、市民と思われる人物達が、兵士達に激しい感情をぶつけていた。

「あ、あの子を?!あの子を知りませんか?!帰ってないと連絡があったのですが、そんなはずはッッ!!そんな訳がッッ!!」半狂乱な様子で涙を流す老年の女性。

「いつまでこんな様なんだッ!?!?テメェらはッッ!!戦え!!戦えッ!!今すぐ!!奴らが来る前にッッ!!!!」激昂して兵士に捲し立てる男。男の周囲には同じように怒りを露わにする市民達がいる。

「もう来るぞ……!ほんとに来るぞッ……!!奴らがッ……!!また人類生存領域がッ……!!」

「今回も失敗……領土奪還作戦がッ……!!だから……!!だからまた奴らがッ……!!奪いにッ……!!!!奪いにぃッッ……!!!!」またある所では、大勢の市民が兵士に向け底知れない不安と恐怖をぶつけていた。

 そんな風に、戦死者の名が刻まれた石碑の前には、夥しい感情の列が連なっていた。十人十色——しかしその感情の色はどれもあまりに寂しく、侘しく、掠れ、汚れ、ボヤけては、暗く陰って灰色じみていた。時に痛い程に強烈で、壊れたようにどす黒く。鮮やかさなど、とうに忘れてしまった色——そんな色がただ、おかしい程に澄んだ青空の下で列を成していた。そんな感情だけがただ、狂ったように穏やかな涼風に乗って、悍ましくかき混ざり、渦巻いていた。

 ほのぼのした世界で、人々だけが、どこまでもぐちゃぐちゃに————


 同時刻、E戦線組織施設内部では——

「三分の二だ……」宇宙船のような銀基調の参謀室——デスクの傍に立つ、装飾を施された黒の軍服に身を包む老人の高官、レヴィ・キュルが言った。デスクを挟んでキュル高官に向かい立つ、銀の軍服姿の灰金髪の青年アレックス・アリエフ。キュル高官は彼に心苦しげな顔を見せていた。

「E戦線全兵力を結集させた今回の領土奪還作戦は、三分の二の兵力を失い、そして失敗に終わった……」

「過去最悪の結果だ……到達地点を奥まで伸ばしはしたが、それにより退却時における兵士の損失が飛躍的に増大してしまった……」

「そして……異形機人の発見も……」キュル高官の瞳が、思い詰めたように暗くなった。

「……異形機人の発見は……前進ではないのですか?」アレックス怪訝な面持ちで尋ねた。

「……E戦線にとっては……」

「……どういうことですか?」眉根をさらに強く寄せるアレックス。キュル高官は俯いたまま言葉を連ねる。

「……E戦線は他戦線とは様相を異にしている……過酷な戦場の状況は無論のことだが、その過酷さから、ここE戦線に配属される兵士達も他戦線とは異なっているのだ……」

「E戦線の兵士達は、何か訳を持つ風変わりな者と戦線の過酷さ故の高給目当ての者を除いて、そのほとんどが社会的に下層にいる者達だ……過酷な戦地に行かされるのは、いつ何時もそのような権利が脆弱な者達なのだからな……」

「故に、E戦線、その兵士達は、常に外から多大な圧力をかけられている……他戦線、そして人類生存領域の核である中央地から……」キュル高官は一つ間を置き、続ける。

「我々組織の最上層部は敗北続きの人類に、何とか反撃の功績を作り、それを示すことで市民へ何とか体裁を保ちたいのだ……機人兵の侵略は止まらず、次第に後退していく人類生存領域に市民は恐怖し、そしてその不安、時に怒りを組織にぶつけている状況なのだから……」

「そしてその体裁作りの為に、まさに社会の下層の者達であるE戦線の兵士達を犠牲にするように、ここE戦線では懲りずに領土奪還作戦という無謀な作戦が行われ続けるのだ……」そしてキュル高官は一つ、厳しい視線をアレックスに投げる。

「……その中で異形機人なるものが発見されたことが他戦線、そして中央地の最上層部の耳に入ったら……どうなることかね?」

「……間違いなく調査を余儀なくされるでしょう……このE戦線全体に渡って……兵士達は……」アレックス重々しく答えた。

「……E戦線の兵士は物ではない……命ある人間だ」高官は独り言のように静かに呟いた。

「……E戦線の異形機人の報告書が表に出ていなかったのは……兵士を守る為だったということですか?」アレックスは澄んだ顔でキュル高官を真っ直ぐ見つめた。

「……あぁ……そうだ……完全には隠しきることはできなかったがね……」キュル高官の表情はアレックスとは対照的に沈んだままだ。

「そうですか……私はてっきり……何かその隠蔽に陰謀めいたものを……」アレックスは気まずそうに床に目をやった。

「アレックス・アリエフ殿、振り返ってみれば、貴君とはほとんどと言っていい程言葉を交わしていなかったな……もう随分と我々二人はE戦線にいるというのに……」

「……」キュル高官の乾いた声を、アレックスは黙って受け取っていた。

「私は……相変わらず……ずっと至らないことばかりだ……結局今回も途方もない兵士達を犠牲にし……そして……カゲイチ・ルナ殿も……」

「……」カゲイチ・ルナ——その名にアレックスは深く表情を強張らせ、その翡翠の瞳を暗く落とした。

「そして異形機人の報告も、とうとう他戦線や中央地にも伝わり始めてしまっている……領土奪還作戦の中止と共に……三度の失敗……その……最悪な結果と共に……」続けてキュル高官は添えるように、小さく言う——

「……まだ中止から一週間足らずだというのに、既にE戦線には異形機人の追加調査の要請が来てしまっている——」

「ッ——!?」目を見開くアレックス。バンッ!アレックスは両手を正面のデスクに叩き置き、前のめりな様子で声を上げる。

「ま、まさかまたすぐにE戦線の奥地へと進軍するわけではないですよねッ!?この悲惨な状況下でッ?!兵力の建て直しはまだ到底ッッ……!!」しかし、キュル高官の告げた返答は——

「……すまない……所詮私は………人形なのだ……」苦しげに漏らすキュル高官の瞳は、今にも崩れて落ちてしまいそうだった。

「……ッッ!!全員で死にに行くようなもんだろッ……!!そんなのッ……!!」アレックスはデスクに両手を付いたまま顔を落とした。歯を食いしばり、顔を痛い程に歪めて。しかしアレックスは俯きながらも、何とか絞り出すようにキュル高官へと言い伝えた。

「……もし私が死んだら……戦闘給も戦闘ボーナスもッ……!戦死手当もッ!!弾むようにお願いしますよッ……!!」

「俺のッ……母親の為に————」

 無機質な銀基調の参謀室。デスクを挟んで向かい立つアレックスとキュル高官には、あまりに重い空気が、事実が、現実が、二人を圧し殺すようにのしかかっていた。


 ——参謀室を出るアレックス。

「……クソったれッ……!」参謀室の扉を背に、彼は顔を顰め、静かに苛立ちを吐いた。ぎゅッ!と銀の軍服の裾付近を握り締める。

「アリエフ殿ッ!」と、そこに緑の軍服姿のゲジ眉の兵士、ドティ・パールマンがアレックスのもとに駆け寄って来た。ドティは、アレックスへと切迫した顔を向ける。

「……ルナ殿がッ——!」

「ッ————!!」ザッ!表情が動くよりも前に、アレックスは足を動かし歩き出していった——


 真っ白い空間——果てしない白だけの場所。そこで、一人の黒髪の少年が涙を流していた。そしてその少年を、後ろから優しげに抱き締める、エプロンを掛けた一体のロボット。

「もういいのよ……もう……ね?」

「嫌だ、嫌だ母さんッッ!!」

「俺はッ!!俺はッッ——!!」後ろから抱く温かさと、流れる涙の速度はあまりに綺麗に、歩を共に並べていた。

「いいの……いいのよ……だから……」

「嫌だッ!!母さんッ!!!!」

「母さ——————」


「ハッ————」勢いよく紫の瞳を露わにし、目を覚ました黒髪の中性的な少年。潤んだ瞳から、パッと涙が弾けた。

「——————……………………?」

(ここは……)彼の視界に映るのは白い天井ただ一つ。彼は鈍く瞳を動かし、辺りを僅かながらに窺う。

(病…室…か……?)ありきたりな雰囲気の病室が、少年の視界を掠めていた。そして少年は未だぼんやりとした様子だが、グッと身体を起こそうとすると——

「ぃツッッ——?!」少年は大きな痛みを感じ、苦悶の表情を浮かべた。身体を起せずじまいとなった彼は、痛みの出所を探るように、寝た状態のまま左腕をぎこちなく挙げ、確認した。

「————え……ぁ……?」少年は自分の左腕を見て言葉を失った。

「……俺の……う……で…………?」少年が見た自分の左腕は、機械的な義腕だった——左腕が義腕となったこの黒髪の中性顔の少年は、領土奪還作戦にて左腕を消し炭にされた銀葬兵、カゲイチ・ルナだ。

「……ッ……?」瞳を真ん丸くして、その機械的な義腕を表から、裏から、様々な方向から確認するカゲイチ。手をニギニギ、指をカクカク、手と指先の感覚も確かめながら。

「……俺……は…………」ベッドに横たわるカゲイチ。義腕を見つめながら、記憶を探るような顔つきとなる。

「領……土……奪還……作戦……に……」

「……特異……機人を……」

「母さ……ん……を————!」辿々しく声を漏らすカゲイチだったが、母さん、その言葉を発すると、突然彼の表情が一気に張り詰めた——揺れるその大きな紫の瞳、荒くなる呼吸——カゲイチが横たわるベッドの傍にあるペースメーカーが、上がっていく心拍を確かに数値で示した。

「そうだッ……母さん——」脳髄の奥からぶり返した記憶。身体の奥底から湧き上がってきた衝動。そんな激情の波に叩き起こされるようにして、ガバッ!!とカゲイチは勢いよく起き上がった——

「——ウ"ゥ"ッッ!!」その衝撃を受けるように、左腕の痛みに再び悶えるカゲイチ——ガララッ!!と、続け様いきなり病室の扉が開くと——

「おぉ、しっかり目覚めてますぜ!!」病室に緑色の軍服姿のドティと、銀の軍服姿のアレックスが続いて入ってきた。恰幅のいいドティと屈強で長身なアレックスが、ベッドの上で座る華奢なカゲイチへ近づく。

「……どうだ……身体はよ……?」アレックスは何処となくぎこちない様子で聞いた。

「……ッ!!おっさんッッ!!早く奥地へとッ……!!異形機人をッ……!!母さんをッッ!!」なりふり構わず声を荒げ、前のめりになるカゲイチ。しかしアレックスは静かに告げる。

「……ここは、もう組織の施設だ」

「組織ッ?!施設ッ?!領土奪還作戦中じゃッ……?!」カゲイチは激しく動揺する。

「……中止された」

「中……止……?」アレックスがぽつり言い落とした言葉を、ポカンとして反芻するだけのカゲイチ。

「……領土奪還作戦は、失敗に終わった。E戦線の全兵力の三分の二を失ってな」アレックスはベッドに座るカゲイチに真っ直ぐな目を向け、キッパリと言った。

「…………」カゲイチは状況を未だ飲み込めず、アレックスを見上げたまま絶句している。

「……お前の左腕、もうねぇだろ」アレックスは指し示すように、カゲイチの左腕の義腕に目をやった。

「…………」カゲイチは自分の機械的な義腕をしばし見つめると。

「……あぁそうだ……俺は……爆炎からやってきた……ビームに……」自分の記憶の内に、その腕の理由を知ったようだった。

「お前が腕を焼かれた後、俺が全軍の撤退を決めたんだ。もはやあれ以上進軍することなんてできっこねぇのは明らかだったからな。まぁその撤退中に、数え切れねぇくらいの兵士が犠牲になっちまったんだがな……」

「今回は奥地をさらに進軍したことで帰路が長くなったのもあるが……何より撤退中に要請された第一使命は、お前を生還させることだった。だから俺がお前の保護に追われ、機人兵との戦闘を満足にできず、兵士が命を捨ててそれを肩代わりした結果だ……」

「ッッ……!!」カゲイチは右の手で、ぎゅっと密かにベッドのシーツを強く握った。

「俺のッ……せいでッ……!」自分の行い、そして自分自身を悔やみ、責めるように、カゲイチの表情は罪悪感で塗り潰された。そこに、いつものように反発し、跳ねつけるような刺々しさなど、もはや微塵もなかった。

「……とにかく、お前に関しては時代に救われたな。腕を失っても最新鋭の応急手当て材で長い帰路も生命活動を維持できて、そして機人工学が発展済みの時代だ……違和感ねぇ義腕の一つくらい、何のワケもなかったみてぇ何だからよ……」

「……」アレックスの言葉を聞きながら、カゲイチは背を丸めて顔を落としていた。

「……まぁ俺にとっちゃ、身体の一部が機人なんてバケモンみてぇな機械になるのなんて、到底ごめんだけどな」アレックスは口を閉ざしたカゲイチに苛立つように言い捨てた。

「ア、アリエフ殿……」ドティは制止するような具合で、アレックスに呼び掛ける。

「……」カゲイチはひどく沈み、何の反応も見せなかった。

 ——ザッ……!立ち込める重々しい空気から逃げるように、アレックスが病室を去るような素振りを見せると——

「……俺は……探してる……探さなければならない……俺は……俺は……」不意にカゲイチが言葉をばら撒いた。アレックスは背中で受けたその言葉に、いくらか思い巡らせるような様子を見せた——が、すぐに。

「……まだそんなこと言ってんのかよ……!お前のそれでッ……!どれだけの犠牲が出たと思ってるッ……?!いい加減諦めやがれッ……そんなわけの分からねぇことッ……!!」

「それに、そもそもお前はもう戦場には出れねぇ、出しちゃならねぇッ……!そんな身体の奴を、そんな身勝手な野郎をッ……!!」アレックスはカゲイチに顔こそ向けずとも、強く彼に怒りをぶつけるようだった。。

「……頼む……俺は……」カゲイチは縋るように、震える声を漏らす。けれどカゲイチの願いは、一つもアレックスを掠めやしない。

「……自業自得だ。それに、頼む相手は俺じゃねぇはずだ……俺とお前は、機人を憎む者と愛する者、決して分かり合えねぇ、敵同士なんだからよ」ザッ!アレックスはそう言うと、そのまま足早に病室を出て行った。

「ア、アリエフ殿ッ!!」ドティはカゲイチを心配そうにチラッと一瞥しつつも、アレックスを追って部屋を後にした。

「……俺は……探さなきゃ……ならないんだ……」他に誰もいなくなった病室で一人、カゲイチは虚しい声を鳴らした。

「そうだ……俺は……探したいんだ……見つけたいんだ……」落ちた顔、丸々とした背中、置き物のようにベッドに座る細身の中性的な少年。カーテンの隙間から刺す夕暮れの茜が、死んだように彼にもたれかかる。忍び入るような西日が、死人のような彼の頬を寂しげに撫でる。照らされる紫の瞳はまるで宝石のように、あまりに美しく、儚く、そしてまるで涙の結晶のように、残酷なくらい痛く、どうしようもなく、ただただその瞳は、どこまでも透き通っていた——

「……そうだ……俺は………俺はただ……」

「会いたいんだ————」

 誰にも届かない願いが一つ、日の光と共に沈んでいくようだった。


 青々とした緑が、腐敗していくように茶色く汚染され出す季節。日を追うごとに、生命を奪う寒さが増していく頃。E戦線組織施設内の病室で、二人の銀葬兵、病衣姿のカゲイチ・ルナと銀の軍服姿のアレックス・アリエフが会話している。

「……今日の身体の調子はどうだ?その腕もよ……」ベッドの傍に立つアレックス。こじんまりと覇気がなくベッドに座るカゲイチは、途切れ途切れな言葉で返答する。

「……頼む……俺を……俺を出撃させてくれ……」

「……いい加減にしてくれ……目覚めてから一週間、それしか言わねぇじゃねぇか……もしかして頭もやられちまってるのか?お前?」やや苛立ちながら、アレックスは呆れ顔をカゲイチに向けた。

「頼む……頼む……戦場に……母さんを……」カゲイチはそれでも同じことを繰り返し言った。。

「だからよ、言っただろ、その身体とその勝手な動機じゃ戦場には出れねぇ。そしてそれを頼むのは俺じゃねぇし、その判断も俺じゃねぇ、上に言ってくれ」

「俺はお前の様子見の為にここに来ているだけだ」アレックスはカゲイチから視線を外し、一つ眉に皺を寄せた。

「……頼む……探せなければ……俺に……意味なんてない……生きている……意味など……何も……」カゲイチは何一つ聞き入れていないように、また同様のことを言い落とす。陰鬱な声色は、絶えず暗く深く落ちていった。

「だ・か・ら・よッ……!」

「頼む……俺を……」一字一句語気を強めたアレックスだが、カゲイチは壊れたように言葉をを被せる。

「母さんは……母さんは……俺の……俺の全てだ……だから……頼む……」カゲイチが言う傍ら、アレックスの苛立ちはどんどんと怒りに歪んでいき——

「俺を……俺を戦場にッ————」繰り返すカゲイチに、雷を落とした——

「だから無理だつってんだろうがッッ!!!!クソガキッッ!!!!毎度毎度うるせぇんだよッッ!!!!お前が自分で招いた結果だろうがッッ!!!!」バンッ!!アレックスはカゲイチの座るベッドの脚を思い切り蹴飛ばした。

「…………」しかしカゲイチは至近距離で怒鳴られたにも関わらず、不気味なまでに何の反応も見せなかった。

「何が母親だッ!何が俺の全てだッ!!母親って言ったって、機人なんてバケモンじゃねぇかよッ!!お前の母親はよッ!!!!」ザッ!アレックスは捨て台詞のように吐くと、そのまま病室を出ていった。ベッドの上で項垂れて座るカゲイチは、せかせかと出ていくアレックスの背中を、ただぼんやりと眺めるのみだった。色の失せた、その寂しげな瞳を、力無く向けながら。

 ——病室を出て行ったアレックスは、廊下をずかずかと歩きながら、一人荒んだ声を散らす。

「何が母親だッ!気持ち悪りぃッ!!一緒にすんじゃねぇッ!!一緒にッ!!」

「一緒にッ……!一緒……に……」

「ッ……」ピタッ……けれどすぐにアレックスは立ち止まった。

「……母親……俺の……全……て……生きている……意……味……」アレックスは、カゲイチが先程言っていたことを口に出した。その言葉を考え込むように、彼は翡翠の瞳を強く陰らせる。深く暗くなる瞳の色彩は、まるで彼の頭の中を巡る思考の調子、その色合いを覗かせているようだった。

「……ッ!!」しかしすぐに頭を一振りすると、再び雑な足取りでアレックスは歩き出す。

「ケッ!!俺が助けようが助けまいが、いずれあのクソガキならあぁなってたはずだッッ!!勝手に突っ走る奴をどう止められるってんだッッ!!」

「そもそも機人なんてバケモンがッッ!!母親であってたまるかよッッ!!」ピタッ…アレックスの歩みは、再度すぐにまた躊躇いがちに止まった。

「……アリエフ殿、ルナ殿の調子はどうだね?」するとそんなアレックスのもとに、後ろから黒の高貴な軍服を着た老人が歩いてやってきた。

「キュル高官……」アレックスは横に立ったキュル高官を横目でチラッと見た後、視線を外して素っ気なく答えた。

「……問題ないと思います。まぁ私は……ただの様子見役ですが……」

「……ほうそうか、ならよかった。貴君の毎度の自主的な様子見、誠に感謝している」自主的、その言葉に、アレックスの眉が僅かに寄った。

「貴君らはE戦線でただ二人の銀葬兵なのだからな、よろしくやってくれ」

「……何よりも貴君らは、同じ傷を持つもの達なのだから……」キュル高官は深い眼差しをアレックスに向けた。

「……どういうことですか?」アレックスの表情は不快感を感じるように、強く歪んでいた。

「……答えとは、問い続ける者に、自ずと訪れるものだ……」キュル高官はそれだけ言うと、ツカツカ廊下を歩き、その場を後にしていった。

「……」一人立ち尽くすアレックス。そしてボリボリと髪を雑に掻くと、愚痴を溢すように、一人呟いた。

「……同じ傷……?そんなワケあるかッ……!母親を機人に奪われた俺と、機人が母親のあいつが同じだなんてッッ……!!そんなことがッ……!!」

「俺の母親を奪った機人がッ……!母親だなんてことがそもそもッ……!」アレックスの瞳は、絶えず不安げに揺れていた。だから彼はどこかまた、その言葉を自分に言い聞かせているようにも見えた。自分の中に渦巻く受け止めきれない感情、そんな何かを撥ね付け、拒絶するように、本心を覆い隠すように。その翡翠の瞳は、あてもなく彷徨っていた。。

「……俺と……あのクソガキはッ……!」

 誰もいない廊下——彼の声に応えるものは、誰も、何も、ありはしなかった。そうしてアレックスは一人、いつまでも進むことができず、その場に釘付けになっていた。


「……おい、最近は随分大人しいじゃねぇか。この間まで散々喚いてたのによ……」

「……諦めがついたのか?」

「…………」

数日後、再びカゲイチの病室にアレックスが来ていた。病衣姿でベッドに座り、ぼんやりと窓から見える空を眺めるカゲイチ。窓に切り取られた灰色の空は、まるでそこに押し込まれたように、随分と窮屈な印象だった。その横の窓に寄りかかるようにして、ベッドの傍に立つアレックスが、ため息混じりに再び口を開く。

「つうかよ、三日月の機人——お前の母親を見つけたとして、どうするつもりだ?まさか取り戻すとか、連れ戻すなんて言わねぇよな?」

「つい十数年前まで人間と機人は共存していたのは確かだったけどよ……もうその世界は終わったんだ、跡形もなくな……世界は変わり果てちまったんだよ……機人が大反乱を起こし、人類と敵対したあの夜——銀災禍以降、機人なんてもんは一体残らず殺人マシーンのバケモンと化した……違うか?」アレックスはカゲイチを一瞥した。しかしカゲイチはどんよりとした色の無い空を見つめたままだ。アレックスはそれでも続ける。

「……だからお前の母親も、仮にE戦線の最奥——旧機人製造所である極東プラントにいたとして、同じように殺人マシーンになってんじゃねぇのか?バケモンに成り下がってんじゃねぇのか?」

「なぁ、お前はまだ母親が母親のままいると、本当に……本当に信じてんのか?」アレックスは今一度カゲイチを強く見つめた。しかしカゲイチは微動だにせず、相変わらず無表情で空を見るだけだった。けれどどこか、空を見つめるその紫の瞳は、何故だかいつも以上に潤んでるような気がした。見つめる先は、鈍色だけの死んだ空——その瞳にやってくる光など、どこにもないはずなのに。

「はぁ……全く、やりづれぇったらありゃしねぇ……喚き噛み付くお前も堪ったもんじゃねぇが、黙るお前はもっとやりづれぇんだよ……」アレックスは渋面を床に落とした。

「……俺は機人が母親なんてそもそも信じちゃいねぇけどな……所詮、ただの機械じゃねぇか……それが……母親なんて……」

「そこに……愛なんて……」アレックスは床を見つめながら、独り言のような調子で言葉を落とした。カゲイチは変わらず空を虚ろに見ていた——が、不意にあまりに小さく、それでも確かに一つ、彼は問う——

「……愛とは、その対象によって決まるものなのだろうか……?」

「……あ?」突然のカゲイチの問いかけに、アレックスは呆気に取られた。カゲイチは淡々と言葉を重ね出していく。

「……分かっている……機人が母親であることなど、誰も理解してくれないことは……あの世界……機人と人類が共に生きていた世界でさえ、そうだったのだから……」

「片親……そして機械の母親……そんな俺に、母さんに……その世界でさえ理解がなかったのだから、今の世界で理解などどうやったってあるはずもない……」

「今や俺自身の出生は、プロファイルは、抹消される始末だ……俺の母さんは……母さんとの日々は……過去は……あってはならないとでも言うように……そもそもなかったとでも言うように……」

「だが……機械でも、作られた物でも、たとえ化け物だとしても……それでも……それでもそれは……俺にとって、確かに母親だったんだ……家族も誰も何もいない、孤独な俺に寄り添ってくれる、たった一人の……かけがえのない母親なんだ」

「母さんと俺、忌み嫌われる二人……それでも二人、想いを交わし、重ねた……重ね続けた……見えない心を繋げ……そうして感じる、温かいあの何かを……あの感覚を……俺は……俺はだ————」

「愛と呼んでいた————」まるで死体のように生気のないカゲイチ。それでも彼の中、奥底から刻み示されたようなその言葉は、青々と、鮮やかに、まだ懸命に生きているかのようだった。瑞々しい鼓動。そんなものが聞こえてくる程に、その声色は、澱みなく澄んでいた。

「……」アレックスは何も言わず、深く考え込んだ様子だった。床を見つめ、まるでそこに自らの考えを描くように。カゲイチは続ける。

「時に心のみならず、全身さえ駆け巡るその感覚……その情熱……本当に熱に浮かされたか、恥ずかしげもなく子供の俺は、愛してるよ、母さん……なんていつかの日に言っていたか……」カゲイチは自分をせせら笑うように、あまりに乾いて、そしてあまりに寂しく、どこにも届きやしないような笑みを浮かべた。

「それでも、その感覚が、熱が、時に衝動が、愛なのだと俺は信じて疑わなかった……どれだけ馬鹿にされようと、どれだけ否定されようと、母さんへの愛は……変わることなどなかった……」

「それを感じる自分……それさえあれば、その自分さえ確かならば……その感覚を愛と呼び、愛と信じるには十分だったのだから……」

「だが……もし愛がその対象によって決まるのなら……その対象によって愛が愛たる資格を、権利を与えられるのだとすれば……俺は……俺はとんだ見当違いをしていたようだ……勝手に何かを感じ、勝手にそれを愛だと呼び、滑稽な独りよがりで、それを愛だと信じていたのだから……愛に値しないものを、不当にも愛と感じ、呼び、信じ、愛を偽造していたのだから……」言葉は枯れていた。その脈動は、もうどこにも聞こえなかった。その声色はまるで、もう春と出会うことのない冬のようだった。

「…………」アレックスはまだ物思いに耽るように床を見つめていた。いくらか間を置いた後、アレックスは視線をそのままに、静かに問いかける。言葉だけをカゲイチに向けて。瞳までは向けられずに。きっとその翡翠の瞳が、何かに強く打たれたように、絶えず揺れ過ぎていたから。

「……俺の母親が俺に与えてくれたものを……お前の機械の……母親も……与えてくれたっていうのか……?」

「……分からない……俺は、母さんからの愛しか知らないから……機械の……作り物の……化け物の愛しか……」

「……でも安心してくれ、おっさん……俺の感じていたその愛とやらは、きっと愛じゃないのだから……その感覚は……もはや…………」

「…………」アレックスはただ黙って床見ているだけだった。裏腹にその瞳を、激しく震わせながら。

「……あぁでも……これが愛じゃないのだとしたら……それでも……それでも残るこの感覚を……この消せない何かを……俺は……俺は……何て呼べばいいのだろうか……?」カゲイチは何気ない様子で、そんな風に健気に純粋な様子で、それでもどこまでも寂しく、侘しく、小さく呟いた。そうしてその答えを空に探すように、窓に切り取られる空を見た。灰の空。色彩と引き裂かれたそこ。きっと何の答えも見つけられないそんな場所を、カゲイチはただ。彷徨うように見ていた。

「……愛がッ!」と、黙っていたアレックスは唐突に声を荒げると——

「愛が対象によって……!決められてたまるかよッ……!!」ザッ!アレックスは粗暴に独りごちり、そのまま病室を出ていった。

「……?」カゲイチは静かに目を丸めた。予想していた反応とはまるで違っていた、とでも言うような具合に。そしてカゲイチはアレックスの言葉の真意を探るように顔を落とし、いくらか思案するような様子を見せる。そうしてまた答えを探すように、あてのない瞳を、灰に埋め尽くされた空に向けるのだった。

 ——病室から出たアレックス。廊下に立ち尽くし、拳を強く握って歯軋りを鳴らした。

「……分かってんだろ、もう母親はッ……!!なのにッ……なのにあいつはッ……!!」

「……あいつは……あいつはッ……!!」

「俺と————」

 果てなく伸びる無機質な廊下で、一人の青年が孤独に葛藤していた。


 緑が失せた、痩せこけた風景。まるで生命が途絶えたような、そんな季節。凍てつく風が、空回りするように虚しく吹き荒ぶ。葉は全て散り尽き、もはや運び去るものなど何もないからだ。空も凍りついたように表情を失い、ただ陰鬱に灰色をのっぺりと広げるだけである。

 そんな風に季節は急速に冷たく移ろう頃。E戦線組織施設の病室では、病衣のカゲイチと銀の軍服のアレックスが相変わらずの様子で会話をしていた。

「……機械の母親と過ごす日々はどんなもんだったんだ?」

「別に変わったことはない……普通の母と子と同じ……恐らくだがな」窓辺に寄りかかり、腕を組むアレックス。ベッドに座るカゲイチは窓に映る空を遠く見上げながら、語っていく。

「普通の毎日だ……母さんと過ごした日々は……」

「おはよう、母さんに起こされ、いってらっしゃい、母さんに見送られ、おかえり、母さんに出迎えられ、おやすみ、母さんのもとで一日を終える……そんな何の変哲もない日々だ」

「いただきます、ごちそうさま、母さんが作ってくれた食事を食べる、今日はね、明日はね、母さんに自分の日々を話す、共有する、そんなありふれた日常だ」

「きっとどこにでもある日常……だが今は、その日常はどこにもない」無表情な空、それを映すカゲイチの瞳は、声の聞こえない空に寂しがるように、ひどく悲しげだった。アレックスは表情を隠すように、顔を落とし聞いていた。

「どこにでもあるはずのものが消えてしまったのは……きっと……きっとどこにでもいた母さんが、いなくなってしまったからなのだろう……俺の日常には、いつも母さんがいた。母さんは、俺の日常そのものだった。いつだってそばにいてくれたのは……母さんだけだったのだから……」カゲイチは空を見るのをやめた。まるで反応の無い空にうんざりするように、顔を背け項垂れた。二人の間に沈黙が訪れる。そうしてしばし、生温い空気が流れた後。

「……ヘッ」アレックスが乾いた笑いを静かに落とした。

「……まるで一緒みてぇじゃねぇか……俺と……俺と母親の日常と……」アレックスの翡翠の瞳が揺れた。今にも床に向かって落ちていってしまいような程に、儚く。届かないどこかを見るように、遠く。それでも、鮮やかな思い出を映すように、麗しく。その瞳は、彼の心情をありありと描いているようだった。

「……そういえば……おっさん、あんた……戦う理由が母親と……」

「おっさん……あんたの母親は……?」カゲイチは思い出したように言うと、アレックスを見上げた。しかしアレックスは顔を向け返さず答える。

「……別に何でもねぇよ……そもそもまだ……まだ生きてるしな……」

「……まだ——?」

「ッ!!見てきてやるよッ!!」アレックスは唐突に声を上げ、カゲイチの言葉を雑に遮った。いきなり過剰に声を張り上げたその様は、無理矢理話をはぐらかすような具合だった。

「ッ!?」突然の大声に唖然とするカゲイチ。だがアレックスは一方的に続ける。

「見てきてやるッ……!お前の母親……機械の母親をなッ……!」アレックスはカゲイチに横目を流した。

「ッ……」カゲイチはいくらか戸惑いの表情を浮かべた。しかし、先の問いかけに深入りはしないほうがいいと判断したようで、アレックスの話に合わさる。

「……見てくるって……どうやってだ……?」疑問符を浮かべるカゲイチ。アレックスは静かに答えた——

「……E戦線では、再び全兵力をかけた進軍が行われることになった……」アレックスのその言葉に、カゲイチは打たれたように激しく驚愕する。

「ッ!?全兵力ッ?!進軍ッ?!E戦線はこの前の領土奪還作戦で全兵力の三分の二を失ったんじゃないのかッ!?その状況でどうしてッッ?!」

「領土奪還作戦終了からまだ二ヶ月足らずッ…!!兵力の補充も到底追い付いてないだろッ?!そんな無謀なことをどうしてッ……!!」ベッドに座るカゲイチの身体が、窓辺に寄りかかるアレックスへと前のめりに動く。

「……名目上は異形機人の調査だそうだ……ついに正真正銘公式調査ってわけだな……」アレックスは張りの無い声を落とす。カゲイチの驚きは止まらない。

「異形機人……?ここにきて公式……?E戦線は、それを隠蔽しようとしていたんじゃないのかッ?!」

「それについては陰謀めいたことはなかったのがオチだ……キュル高官は他戦線や中央地にその情報がいくことを恐れてただけ……その情報が漏れれば、必ずE戦線はその調査を強行させられる……それがどれだけ過酷だろうと……どれだけ兵士が死ぬことになろうとな……」

「E戦線はその熾烈さから、ここに来る奴、そして来させられる奴は、ワケありの変わり者か、あとはまぁ……言ったら底辺の社会的弱者だ……だから実質E戦線にいる奴らの人権みてぇなもんは軽視されてるのが実情だ……」

「負け続きの人類……市民への示しつけとして、成果作りの為に生贄になるのはそんなE戦線の奴らだ……今回のE戦線全兵力での異形機人の調査は、まさにそれだな」アレックスは苦渋を覗かせた顔を、じっと床に向けていた。

「……ダメだ……そんなことをしたら……!」カゲイチは顔を伏せているアレックスに不安定な表情を見せる。

「……決まったことだから仕方がねぇだろ……」アレックスはカゲイチを見ることはない。

「ッ……!」すると突如、バッ!とカゲイチはベッドから窓際に飛び降りた。そしてカゲイチは正面からアレックスに詰め寄ると。

「おいおっさん、死ぬぞ?全員ッ……!!あんたもッ!!」カゲイチは強烈な眼差しをアレックスに突き刺した。小柄なカゲイチよりずっと大きい屈強なアレックスに、臆することなく。しかしアレックスは撥ね付けるように彼から顔を背けた。

「……お前には関係ねぇ話だ……そもそもお前、そんな心配するような奴じゃねぇだろ……」

「前回の失敗の罪滅ぼしのつもりならよしてくれ……」アレックスは振り返り、カゲイチに背を向けた。

「ならおっさんッ!俺も行かせろッ!!作戦に入れるようにしてくれッ!!俺がいればッッ!!」カゲイチはアレックスの背中に迫る。

「……だからお前には関係ねぇ話つってんだろ……」

「前回の失態があるッ!!母さんを探す独断行動は控えるッ!!だからッ!!」

「……いい加減にしろ……関係ねぇと言っている……お前には……」カゲイチに背を向け、干からびたような声色で拒み続けるアレックス。しかしカゲイチは折れず、一段と迫力を増してアレックスへ接近する。

「何故だッ?!俺はッ!!俺は最強の銀葬兵なのに————!!」

「違う」

「ッ——!?」被さるように即座に飛んできたアレックスの言葉に、カゲイチは固まった。そして——

「お前はもう、兵士じゃねぇ」

「…………な……に……?」カゲイチの口から、もはや単なる音のような言葉が転げ落ちた。頭が真っ白な様子のカゲイチ。アレックスは彼に背を向けたまま、小さく言葉を連ねていく。

「……度重なる作戦中の独断行動によって、お前は銀葬兵の資格を剥奪されることになった……今回だけじゃなく、他戦線でも何度も違反行為を繰り返していたみてぇじゃねぇか……」

「そして左腕消失……義腕があるものの身体状態に難ありとして、通常の兵士資格さえ剥奪となった……だからお前はもう、銀葬兵どころか兵士ですらねぇんだよ……」

「……ッ」言葉を閉ざされ、激しく瞳を震わせるだけのカゲイチ。アレックスの言葉が、無情にカゲイチに刺さり続ける。

「この決定は中央地の最上層部から下されたものらしい……だからキュル高官でも、お前の資格剥奪は止められなかったみてぇだ……どこの戦線でも問題児で厄介者だったから、これがいい機会だと剥奪を決めたってのが濃厚だ……まぁ、これも自業自得だな」

「だからお前には関係ねぇのさ……もう戦場に出れないお前には……今回のE戦線での異形機人の大調査は……何も……」

「……」カゲイチは途方に暮れたように絶句したままだった。そんなカゲイチにアレックスは横顔だけ向けると。

「だからまた見てきてやるって言ったんだよ、機械の母親……お前の母親をな」

「ッ……」カゲイチの表情が頼りなくぐらつく。アレックスはぎこちなくも、励ますような具合でカゲイチに語りかけていく。

「沈んだお前を見るのもむしゃくしゃするし、ピーピー喚くお前の相手をするのももうごめんだしよ……直接お前の母親を見てきて、いるかいないかはっきりさせれば、お前ももうくよくよと考えなくて済むだろ……どうせ戦いに行くなら、理由が多い方がハリが出るって話だ」

「それに——」アレックスは一つ間を置いた後、続けた。

「……まぁ、機人なんてバケモンのことは知ったこっちゃねぇけどよ……それが母親なんて未だ分かりっこねぇけどよ……まぁ……まぁ母親を愛する気持ちは……分かるからよ……その想いは……痛い程……俺も……」

「ッ……!」カゲイチの少しばかり潤んだような紫の瞳が、控えめに開かれた。不意に窓から夕陽が差す——カゲイチ、彼に背を向けて立つアレックス、その二人の間に。その光は、確かに二人の間を照らしているようだった。

「……でも期待すんじゃねぇぞ、俺にとっちゃ機人なんてもんは一体残らずバケモンだ、憎悪の対象だ……だからお前の母親を見つけても、木っ端微塵にしちまうかもしれねぇからよ」

「……それに……そもそもそこまで辿り着けるかもわからねぇ……極東プラント……E戦線最奥地まで……今の……E戦線の状況じゃ……」辿々しく言うアレックスのその声には、どうしようもなく不安な色合いが乗っていた。

「おっさんッ……!」瞳を揺らし、まごつくカゲイチ。アレックスが再び尋ねる。

「そういや三日月の機人……お前の母親に、何か目印はないのか?でなきゃ探すにも探せねぇからな……」

「ッ……刻印ッ……!そう、三日月の刻印が胸元に、小さくッ……!!」カゲイチは調子の外れた物言いで答えた。

「……胸元に三日月か……おっさんには少し、見にくそうだな、そりゃ……まぁ、とにかく期待はすんなよ」

「……あッ——」カゲイチがアレックスの背中に声を掛けようとした、その時。

「つうわけだッ!!もうお前の面倒は見れねぇから、おとなしくしてやがれよッッ!!」ザッ!アレックスは空元気な様子で言い残し、病室から出て行こうとするが——

「——おっさんッ!!」

「ッ……」ピタッ……カゲイチに呼び止められ、すぐに歩を止めるアレックス。カゲイチの切迫した表情が、声が、アレックスの背中にしがみ付く。

「……おっさん……ダメだ……」

「……お前の心配なんざいらねぇ」

「おっさんッッ!!」

「いらねぇってつってんだろッッ!!!!」

「ッ……!!」アレックスの語気に気圧され、近づことしたカゲイチは硬直した。

「……おっ……さん……」憐れむような顔を浮かべるカゲイチ。アレックスは背を向けたまま、乱暴に言い放つ。

「……敵だ、俺達は敵だッ……!言っただろうがッ!俺達は……俺達は機人を憎む者と愛する者ッ……!決して分かり合えねぇ二人ッ……!!だってよッ!!」

「だから心配なんてすんじゃねぇ……だから心配なんていらねぇッ……!敵ッ……なんだからよッ!!」夕陽に突き刺されたアレックスの背中。ありのままの姿を切り取られるように、奪われるように、焼かれてしまうように、その大きな背中の一部分だけが、ひどく浮き立って照らされていた。

「……おっさん」

「……アレックスだ」そうカゲイチに背中で告げると、アレックスは病室から出て行った。

 カゲイチの呼びかけは、ただの呼びかけだった。それでも今は、そこにあまりに多くの感情を乗せていたように思えた。けれどまた、そこに込められたものは、どれもアレックスには程遠く、決して届くことはないようだった。そうしてカゲイチの呼びかけは、ただ虚しく宙へと消えていった。そうしてただ、夕陽に焼き消されていっただけだった。

 二人の間を、束の間確かに照らした夕陽——それでも最後は、まるで形ない壁のように、ただ二人を遮り、別ち、切り裂き、そんな風に、ただ二人の間を悲しく照らしただけだった。

「おっさん……」

 届くことのない呼びかけはまた一つ、空虚に響いた。



 森林地帯——分厚い木々の中を突き進む、一本の兵士の長い長い隊列。並び歩く兵士の表情はどれも怯え、慄き、また絶望だ。無数の暗い顔が、似たように薄暗い森の中を幽霊のように行進していく。

 ピピピッ!!兵士達の通信機に一斉にアラートが入った。銀葬兵であるアレックス・アリエフからの通信だ。

『進行経路はここでも前回の領土奪還作戦と同様だ』

『だが機人兵がいつどこから現れるかわからねぇ、隊列は絶対崩すなよ』しかし通信など皆一様に耳に入らない程に、兵士達からは士気も覇気も消え失せてしまっていた。

 ついに始まったE戦線での立て続けの領土奪還作戦、異形機人の大調査——ザッザッ、ザッザッザッ——絶えず鳴る足音はどれも、皆行方を失ったように無機質だった。

 ——そしてそんな隊列の少し先にいる戦闘服姿のアレックス。X状に背負う大剣型の推進装置から赤い光の粒子を放出しながら、木々の間を飛び進んでいく。アレックスは宙を駆けながら、装着する特殊なコンタクトレンズによって視界に直接表示される情報を眺めていた——

「ここまでの兵士の死亡率は約20%……!」アレックスは一人声を落とし、表情を強く歪めた。

「そもそも前回と比べ兵力は三分の一ッ……それでこの死亡率でこのまま進むとなればッ……!!」

「クソったれッッ!!」ビュンッ!!アレックスは推進装置を暴発させるように噴かし、森の中を一直線に飛んでていった。


 E戦線組織施設内、とあるコンピューター室——ホログラムモニターを前に、病衣姿のカゲイチ・ルナが悪戦苦闘といった顔を浮かべていた。

(……ッ!やはり剥奪されてッ……!!アクセス権がッッ!!)カゲイチが見つめるモニターには、ERRORの文字が赤く大きく表示されていた。

(……こうなればシステムに無理矢理侵入するしかないかッ!?だがそこまでのことなどッ……!)

「クソッッ!!」ダンッ!!デスクを両手の拳で叩き、そのままカゲイチは顔を伏せて行き詰まった様子を見せた。明かりのない部屋、煌々と光るカゲイチの目の前のホログラムモニターが、彼のクールな中性顔に張り付いた焦りをいやらしく照らしている。

(俺が出撃しなければE戦線は全員死ぬに決まっているッ……!!そうなればまた俺のせいでッ……!!)

(それに母さんだってまだッッ……!!)

(俺がッ…!俺が行かなければッ…!)

(……ッ!)

 ——スーッ、するとカゲイチは、冷静に目を閉じて深く深呼吸した。クールダウン、カゲイチの中性顔に、いつもらしい涼しさが戻ってくる。

(……システムを経由しなければいい……そうだ……戦闘装備を強奪して無理矢理出撃すればッ……!!)キッ——そうしてカゲイチは覚悟を決めたように紫の瞳を光らせ、その場から勢いよく進み出そうとした、その時——

「そこで何してるの!?」

「ッ——!?」反射的に身体を止めるカゲイチ。カゲイチは前方先、突如飛来した少女の声の方へと即座に目を向ける——その視線の先には、扉付近、廊下の光によって逆光になった一人の小柄な少女のシルエットがあった。

「……あなた、そこで何しようとしてるわけ?」もう一度言う少女のシルエットを見つめたまま、カゲイチは寸時思案する様を見せた後——

「……その声……あんた、E戦線科学者ネネ・ローズライトか?」——パッ!カゲイチが問いかけた直後、少女が二人がいるコンピューター室の明かりをつけた。

「あら、名前覚えててくれるなんて光栄だわ」露わとなった少女の姿——白衣を来た華奢で小さな少女。ローズピンクのロールがかったツインテール。小さな顔に、こじんまりとした口と鼻。一方でトパーズのような赤みがかった金色の瞳は、猫のようにツンとして大きい。どことなく小悪魔のような雰囲気の少女——そんな少女、ネネ・ローズライトが冷たく口角を上げながら、カゲイチに返答したのだった。

「名前を覚えてるなら、自己紹介はパスするわ」

「最強の銀葬兵、カゲイチ・ルナ……私もあなたのことはよく知ってるしね」ネネはコツコツとヒールを鳴らし、カゲイチの正面へ向かっていく。そんなネネを、カゲイチは警戒するような目つきで見ていた。

「ところでだけど、E戦線の兵士はもう全員出撃したわ。E戦線奥地へ、異形機人の大調査にね。あなたはもう兵士じゃないみたいだけど、ここで何しようとしていたの?」

「この……兵士のデータベース室で?」ネネはカゲイチの真正面まで来ると、伏し目でカゲイチを覗き込むように見た。

「……ッ」至近距離でネネと顔を合わせるカゲイチは、何とか平静を保つように表情を過度に固めている。アメジストとトパーズ、互いの宝石のような瞳が睨み合う。

「…俺はッーー」

「出撃——でしょ?」カゲイチの言葉を待たずして、ネネが核心を刺す一言を放った。

「ッ————」固めていた表情にピキッと亀裂が入るように、微かに表情を崩すカゲイチ。

「いや……俺は、ただッ……!」即座に何とか誤魔化しを図るカゲイチだが——

「——協力するわ」ドンッ!ネネはそう言って、荒っぽくそばのデスクに腰掛け、腕と脚を組んだ。

「……?!」訝しむカゲイチ。

「あなたを戦場に送り出すことに、協力するって言ってんの」ネネは不敵な笑みを浮かべ、カゲイチに横目を流した。まるで自分の提案が必ず受け入れられる、そんな風に勝ちを確信しているような余裕の笑みだ。強張るカゲイチに、ネネが言葉を並べる。

「聞いたわ、あなた、三日月の機人に育てられたんですってね。そしてそれを探している……だからね、ウィンウィンだと思ったの。あなたが戦場に行けば、あなたは三日月の機人を探せる、そして私にとっては、戦場の機人を一層してもらえるんだから」ネネはふと、暗く顔を落とす。

「……私はね、機人なんてものは一つ残らず消えてなくなればいいと思ってるの……私の家族を奪った……あんなものはッ……!」ネネは内なる記憶に苛まれるように、声と表情を激しく豹変させた。

「……」そんなネネを黙って見るカゲイチ。ネネは顔を起こし、カゲイチへと視線を戻す。

「あなたならそれができるでしょ?だって、あなたは最強の銀葬兵なんだから」ネネは釘を刺すように、カゲイチに向ける目をさらに鋭くした。それに応えるように、カゲイチも表情を一つ深くする。

「……どう?出撃させてあげるから、戦場の機人を一層しなさい。三日月の機人も見れるかもしれないし、悪くないでしょ?」

「ち・な・み・に、あなただけの新装備も用意してるわ……最強の銀葬兵にしか使えない専用の秘密兵器をね…♪」ネネは今一度、小悪魔な笑みをカゲイチに見せつけた。カゲイチは束の間瞳を横に逸らし、考えを巡らせる素振りを見せると。

「……時間がない。早く行くぞ」ザッ!そうして部屋を出る為、視線の先にある扉へ向かって歩き出した。その紫の瞳は迷いなく澄み渡り、確かに前だけを向いているように思えた。

「そう来なくっちゃ♪」トッ!ネネはデスクから陽気に降り、コツコツとヒールで床を叩いてカゲイチの後を付いて行った。

 ——コンピューターが並ぶデータベース室を出る二人。すると、その直後——

「どこへ行く?お二人」

「「ッ——!?!?」」突然左方よりやってきたその声の方へと、素早く向くカゲイチとネネ——そこには、無機質な廊下の先、仰々しい飾りが施された黒の軍服を身に纏う厳しい雰囲気の老人、E戦線の高官レヴィ・キュルが立っていた。

「カゲイチ・ルナ殿、ネネ・ローズライト殿、貴君らは二人揃ってどこへ行こうというのだね?」キュル高官は二人にゆっくりと接近する。戸惑いを見せるカゲイチとネネ。

「まずいわよ……無断出撃がバレたらただじゃ済まないわ……どうにかしなさいッ……!」ネネはカゲイチの耳元で囁いた。

「ッ……!」そんなネネを横目で一瞥するカゲイチ。唐突に責任を押し付けられ、その瞳は何かを言いたげだった。コツ……コツ……一つまた一つと二人に近づいていくキュル高官。高鳴っていく心臓の音が表に上がっていくように、カゲイチとネネの面持ちは張り詰めていく。

 ——ザッ!二人の目の前でキュル高官は止まった。

「「ッ……!」」身構えるカゲイチとネネ。キュル高官は二人をじっと見つめた。まるでそこに引力があるように、否が応でも結ばれる瞳達。そして出し抜けに、キュル高官が問いかける。

「……時に救うことは、罪となるのだろうか?」

「「ッ……?」」動揺を覗かせるカゲイチ、同様のネネ。キュル高官は続ける。

「もし誤った手段で、もし間違った考えで、何かを救おうとするのなら、それは救うことそれ自体も、そしてその想いさえ、罪となってしまうのだろうか……?」

「そしてそれでも我々は、何かを救うべきなのだろうか……それがたとえ、いくつもの罪になろうとも……」キュル高官はカゲイチとネネを真っ直ぐ見ていた。心の奥底に問いかけてくるような、深い深い眼差しを向けて。

「「ッ……」」相変わらずたじろぎ言葉を失う二人。しばし硬直する三者。そして再びキュル高官が口を開く。今度は瞳を落とし、内なる想いに語りかけるようにして。

「……答えはおのずと分かるのだろう……いや……おのずとしか分からないものなのだろう……答えは……そうしてただ……問い続けた先でしか……」

「人は問い果てた先……そうして辿り着いた先で見つけたものを……それだけを……きっと答えという名のもとに、確かに信じることができるのだから……」キュル高官はそう言って振り返り、カゲイチとネネに背を向けた。キュル高官の言葉に未だ理解が追いつかないような二人に、続けてキュル高官は告げた——

「カゲイチ・ルナ殿、出撃を許可する——」

「「ッ————?!」」予想だにしていなかったように、キュル高官の言葉に驚きを重ねる二人。

「ネネ・ローズライト殿は、その出撃の援助をせよ」続けて言うキュル高官に、ネネが慌てて声を上げる。

「あ、あのッ?!いいのかしッ——いいんですかッ?!そんなことしたらあなッ——キュル高官だってッ……!」

「……貴君が独自に開発している新装備の使用も許可する」

「ぃにゃッ!?知ってェッ?!?!」背を向けたまま静かに発せられたキュル高官の言葉に、奇妙な声を発し、取り乱したネネ。彼女の頭にはそのままいくつもの?マークが浮かび、ひどく狼狽してしまった。そんなネネを隣に、カゲイチがキュル高官へと尋ねる。

「……何故……ですか?」

「……止められないと思ったまでだ、君達の瞳は」キュル高官は一つ間を置き、カゲイチを見ながら答えた。

「……故にその勇気を、少しばかり分けて貰おうと思ったのだ……この老いぼれた私の精神に……未だ過去の過ちに囚われている……この……どうしようもない精神に……」キュル高官の声は、遠い過去から届くような、深い深い音色だった。

「キュル高官……一つ、質問があります」カゲイチはキュル高官を真っ直ぐ見た。

「……よろしい」キュル高官も同じくカゲイチを見ていた。

「あなたの過去は……何が……?」

「……多くの兵士を救おうとした……しかし、それが多くの兵士を犠牲にしてしまった……そんな罪を背負った……ただ、それだけだ」そしてキュル高官の瞳が、不意に明後日に、虚ろに掠れる。

「……それが私がE戦線にいる理由……それが……私が人形である理由なのだ……」

「……」カゲイチは地に堕ちるようなキュル高官の瞳を、それでも確かに見つめ続けていた。

「——だが」しかし再び、キュル高官はカゲイチを真っ直ぐに見た。より一層、その瞳の奥に光を宿すような眼差しで。

「罪であろうと、救いたいと願う……それが、それだけが……人形である私が、それでもまだ、人間であるような気がする……最後の理由なのだ」

「……」キュル高官の言葉の奥底を探るように、表情を深めるカゲイチ。いくらか落ち着きを取り戻していくネネ。そしてキュル高官は一転した様子でザッ!と振り返り、その一歩を踏み出す——

「戦況は一刻を争うッ!!急ぐのだッッ!!」高官は威厳ある号令を一つ轟かせると、勇ましく軍服を靡かせ、その場を後にしていった。その光景にカゲイチとネネも覚悟を決めるように強く瞳を光らせ、表情を整えた。

「——全速全開のご注文なら、任せてくださいよッ!!」すると二人のもとへキュル高官と入れ替わるように、パイロットスーツ姿でヘルメットをすっぽり被った一人の快活な青年がやってきた。

「いち早く目的地にお運びしますよッ!!すでに一度、全速力で戦地のど真ん中に配達してることですしねッ!!」青年はカゲイチがE戦線にやってきた時に、彼を戦場のど真ん中で出撃させた青年パイロットだった。

「——行くぞ」ザザッ!そのカゲイチの一言を合図に、その場にいた一同は一斉に進み出していった——


 コツコツザッザッザッ!——廊下を駆け足で進んでいくカゲイチとネネ。

「あのじいさん、私が極秘で開発していた装備のこと知ってたなんてッ!!」声を上げるネネ。カゲイチは冷たい表情を浮かべる。

「その反応だと、あんたの新装備とやらは碌でもない代物なんだろうな……あんた確か、以前違法装備の開発がバレて、E戦線に飛ばされたんだろ?次はどこに飛ばされるんだろうな?」

「うるさいッッ!!」ブンッ!と煽り口調のカゲイチに拳を振り下ろしたネネ。しかしカゲイチはサッ!と一つ身を引いて躱した。

「ぶたれなさいよッ!!ちゃんとッ!!」

「ぶたれたとて、こっちは俺の腕ではないから俺をぶったことにはならないがな」カゲイチは左腕である機械的な義腕を、彼の左側で並び歩くネネに見せつけた。ネネは不服そうな顔をほんのり浮かべながら、その腕を見つめる。

「……ところでどう?その腕の調子は?」

「もう違和感はない。思った通りに動く」カゲイチは義腕を見ながら、手を握っては開いて感覚を示した。

「でッしょうねッ!!それは私がやったんだから♪」唐突に天真爛漫な声を上げたネネ。そんなネネをカゲイチは怪しげに一瞥し、立ち止まった。

「……おい……本当にこれはただの義腕か……?」カゲイチは自分の義腕をまじまじ見つめた。同じように横で歩を止めたネネは、口角を不気味に上げる。

「表向きはしっかり義腕よ、安心して。自分の腕のようにしっかり動くのは、機人工学によって高性能な機械の腕を作れることと、ナノレベルで操作可能な神経手術によって、その機械の腕を正確に自分の身体に接続することができたからに過ぎないわ……」

「……表向き……じゃあ裏向きは……なんだ……?」カゲイチは恐る恐るというように、ネネに横目を流した。そしてネネはサッとカゲイチの方へと、恐ろしい程の満面の笑みを浮かべた——

「それ、エネルギー機関なの♪」

「……エネルギー……機関……?」目を丸くしてもう一度義腕に目をやるカゲイチ。

「言ったでしょ?あんた専用だって♪」ネネは軽やかな足取りで再び前に歩き出す。

「ッ……!」カゲイチもすぐにその後を追う。

「おい、新装備とやらは一体どんなッ——!」不安げなカゲイチに被さり、ネネは意気揚々と目まぐるしい早さで呪文を唱える。

「安全装置なし!飛行補正装置なし!その結果スピードが大幅に向上!あなたの義腕もエネルギー機関にすることでエネルギー総量と出力効率もグンと上昇!さらにさらに脳波インターフェースもあなたの戦闘行動特性と思考速度に最適化!脳波ナノマシンのシグナル伝達速度のリミッターを解除して、ナノマシンが発火して脳が焼き切れるまで戦えるようにしてあるわッッ!!!!」

「最強の銀葬兵だからできる攻撃全振りのスーパー装備よッッ!!!!攻撃は最大の防御なんだからッッ!!!!」子供のようにはしゃぐネネ。そんなネネを、カゲイチは化け物を見るような目つきで見ていた。そうして廊下を進んでいた二人は大きな扉の前に差し掛かり、その前で立ち止まった。

「……私ずっとこんな装備考えてたの……憎たらしい機人を一層してやる絶対の切り札をッ……!!でも……それを扱えるのはあなたくらいしかいなかった……最強の銀葬兵……被弾回数0……その戦闘能力の水準じゃないと、到底扱えるものじゃなかったから……だから……だからね……ずっと……ずっと私————」そしてネネは横にいるカゲイチへ————

「あなたのこと大好きだったの♪」乙女のような赤面混じりの笑みを、容赦無く向けた。それを死んだ目で受けたカゲイチは、即座に前に向き直り答える。

「もし、違法装備開発の罰でE戦線に飛ばされたあんたが、次に飛ばされるところがあるとしたら——」

「それは、あんたの頭だ」冷たいカゲイチの顔が、凍てついた。

「ッッ——!だからちゃんと受け取りなさいよッ!!私の告白ッ!!」ブンッ!ネネがカゲイチへ振り下ろした鉄槌はしかし、相変わらず宙を掠めるのだった。グオォォォンッ——そんなやり取りの傍ら、二人の目の前のゲートが鈍い音を立てて開き始めた。

「……E戦線の切り札、あなた専用の新装備——超機動白兵装置ー零式は、ここにあるわ」ネネは一転して神妙な面持ちとなり、開いていくゲート——その先に広がる暗闇を見つめた。カゲイチの瞳も、眼前の黒をありありと映す——そこの奥に刹那、確かに煌めいた銀光——闇に掠める、最強の銀葬兵の専用装備を、共にして。

「……頼んだわよ」

「あぁ、俺は——」刹那に暗がる紫の瞳。しかし、即座に煌めくその瞳——

「最強の銀葬兵だ——————」

 そのカゲイチの言葉と共に、二人はゲートの闇に前進していった——


 山脈地帯。絶えず空間を引き裂き、千切りにする吹雪。雪が殴り付ける極寒の山地の一画で、異形機人の大調査を遂行中のE戦線の兵団は、機人兵の軍団と対峙していた。

「もッ!もう弾がッ!!弾がッッ!!」密集する大勢の兵士達の先頭で、一人の青年兵士が携える銃器を見て声を上げた。

「だッ、誰かッ!!弾をッ!!」まず右に振り返る青年兵士。しかし彼が振り返った先の兵士達は、皆一様に怯えた表情を浮かべながら、黙って首を横に振った。

「ッッ!!」次に素早く左へ振り向く青年。けれどやはり彼の視界に映る全ての兵士は、同様に怯えた顔を横に動かすだけだった。

「じゃッ……じゃあッ!!」青年兵士は正面を向いた。その先には、何体もの機人兵が不気味な様子で佇んでいた——ボーリング玉のような丸い頭部、柔和な白基調のボディ、しかしその手には、チェーンソーのような刃を持つ細長い機械的な剣を携える、そんな殺戮機が、何体も何体も。

 ——バッ!!——ブイィィィィィィンッッ!!!!そして機人兵の軍勢は一斉に剣を払い、その禍々しい刃を振動させた。辺りを埋め尽くす、鋭い激震音。

「にッ……!逃げなきゃッ……!!」身を寄せる兵士達、その先頭の青年兵士が弱々しく声を漏らす。

 ズッ——————

「「「「ひッッ————!!!!」」」そうして機人兵が、その場の兵士全員に、引導を渡す、その一歩を踏み出す、その間際————

「ツ"ッッ——!!」——ザンッ!!ザザザザザンッッ!!!!突如先頭の機人兵が赤い光に切り裂かれ、さらに立て続けに周囲の機人兵も余すことなく、その赤い閃光に叩き斬られた——ビッ!ビリリリリリッッ!!バゴオォォォォォォォンッッ!!!!!!機人兵は一体残らずスパークを散らし、爆発した。一面の凍える雪景色が、一挙に真っ赤な爆炎とドス黒い爆煙に占拠される。

「アッ!!アリエフ銀葬兵ッッ!!」寸前の所で助かった青年兵士が、爆炎を背後に、彼の正面に着地したアレックス・アリエフに言った。

「敵の数が多すぎるッ……!!」アレックスは表情を歪めた。

「アリエフ銀葬兵ッ……!我々にはもう残弾がッ……!!」青年兵士、それから周りの兵士達は全員アレックスに泣きつくような顔を向けた。

「ッ……!」アレックスの表情がさらにきつく歪む。アレックスはしばし思案する様子を覗かせると、顔を落とした。

「……進軍した距離は、前回の領土奪還作戦をもう大きく超えてる……だから弾切れが……物資が尽きるのも無理もねぇ……だがここまで来ると、もう後方からの補給部隊の到着は期待できねぇ……かといってここから引き返すことも……」

「じゃッ!!じゃあどうするって言うんですかッ?!どうすればいいって言うんですかッッ!?我々はッ!?ここで釘付けになれってッ?!それともこのまま進めってッ!?そんなッ……!そんなのって結局ッ……!!」突然半狂乱になった青年兵士はしかし——

「……死ぬしかッ……死ぬしかないってことじゃないですかぁッ……!!」ボロボロッ——その青年は次に一転して涙を激しく落とし始めた。現実を告げるその言葉が、周囲の兵士達からも涙を引き摺り出した——瞬く間に兵士達の集団涙に染まった。嗚咽、鼻すすり、咽び泣き。E戦線奥地、雪景色に、無情な音が絶えずこだまする。ビュウウウウッ!!——雪嵐は、その微かな叫びさえ奪い取るように、果てしなく吹き荒れていた。

「……だ、大丈夫だ……俺が——」

「何が大丈夫なんだッッ!!!!」苦し紛れに言ったアレックスに、再び青年がヒステリックに詰め寄った。

「もう死ぬッッ!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッッ!!!!死ぬんだ全員ッッッ!!!!!!大丈夫なわけがあるかぁッッ!!!!」

「大丈夫って言うならッ!!あんたが先に進んで全ッ————」アレックスに怒りをぶつける青年兵士は、しかし唐突に言葉を失った——青年の表情は、一瞬にして生気を搾り取られたようにカラカラとなった。

「ッ——!?」即座に異変を察知し、振り向くアレックス——

「ッ増援————!?」アレックスの視線の先には、爆炎を背後に、新たな機人兵の大群が現れていた。

「ッうッ!!うわあぁぁぁぁッッッ!!!!」恐怖、再来————精神が決壊するように、青年兵士は叫び声を上げてその場から逃げ出した——

「「「「わあァァァァッッッ!!!!!!」」」」狂乱は伝播——周囲の兵士達も我を失ったように逃走を始める。崩壊する陣形、散り散りになる兵士達——

「ッおいッ!!」寸時、振り返り兵士を見るアレックス——

「クソッ!!!!」ビュンッ!!しかしすぐに機人兵の方へと向き直ると、間髪入れず推進装置を噴かし、赤い光の粒子を撒き散らしながら、機人兵の大群へと正面から飛びかかる——

ババババッッ!!ヒュンッ!ヒュンッ!機人兵が放つ何発もの弾丸を、華麗に躱しながら、トップスピードのまま空中を飛び進むアレックス——そうして一気に間合いを詰めたアレックスは、両手に携える赤いビームソードで機人兵を次々に高速で斬り抜けた——

ザッ!一体——ザッ!ザッ!二体三体——ザッザザザザザンッッ!!!!そのまま何体も——凄まじい速度で、赤い光の斬撃が連なった——ビリリリッッ!!バゴオォォォォォンッッ!!スパーク後爆炎——吹雪く銀世界に、さらなる爆炎が広がった。

 ビュッ!!拡散する爆炎から逃れるように、勢いよく空高く飛び上がったアレックス。第二波のように現れた機人兵の増援部隊を、俊敏に一掃した後の束の間の上空での余地——アレックスは散らばってしまった兵士達を確認するように、地上に目をやると——

「ッ——!?!?」地上を見たアレックスは驚愕した——アレックスの視界、地上で散らばる兵士達を取り囲むように、E戦線軍の進行方向と真逆の方から、さらなる機人兵の軍団が扇状に押し寄せていたのだ。

「囲まれたッッ?!」——ピピピッ!!アレックスの耳元のピアス型通信機がけたたましく鳴った——

『アリエフ銀葬兵ッ!!!!アリエフッ——』

『弾ッッ!!弾弾弾ッッ!!!!誰かッ!!!!』

『う"ッァ"ァ"ァ"ッッ!!!!』地上、兵士達の阿鼻叫喚が通信機から噴き出した。ピピピッ!!アレックスの通信機にさらに別のSOSが押し入った——

『こちら後方!!支援をッ!!誰かッア"ァ"ァ"ッ?!』

『う"ギャ"ア"ァァァ"ア"ァァッッ!!!!』

「ッッ!!ここだけじゃなく後方の部隊もッ——!?」アレックスの顔に焦りが迫り上がる。地上、そして通信機から知らされた見えない地点での二つの危機——それらを受けたアレックスは寸時、判断を迷うように硬直した——その時——

 ビュッ——!!!!

「ッ——!?」その僅かな隙を狙い撃つように、突如アレックスに襲いかかる一本の紫のビーム——ヒュッ!!——バギャッ!!

「ツ"ッ——!!?」一つ出遅れたアレックス——完全に回避すること敵わず、凄まじい速度で通り抜けたビームは、アレックスの推進装置の片方の先端部分をもぎ取るように焼き壊した——ビリリッ!!破壊された推進装置の先端部分からスパークが乱れ散る。

 ——ピピピッ!!悲痛な音は鳴り止まない——地上の地獄絵図を知らせる叫びが飛び出し続けるアレックスのピアス型通信機が、追い打ちをかけるように警告音を発した——

『損傷確認、損傷確認、システムに異常発生、システムに異常発生』

『一時強制停止、一時強制停止、再起動までカウントファイブ、再起動までカウントファイブ——』

『5——』ヒュウゥゥ——推進装置から赤い光の粒子が途絶え、アレックスの身体は自由落下を始める——アレックスは翡翠の瞳を大きく開き、ただ絶句していた。

『4————』地面に背を向けるように、空中を落下していくアレックス——横切る吹雪、その中で地面に一直線、ひどく虚に。そして今この瞬間にアレックスが体感している時間の速度を描くように、ゆっくりゆっくりと彼の瞳が横に動いた——

『3——————』アレックスの瞳は地上を向いた。地上では今まさに立て続けに襲来した機人兵の軍勢が、腰を抜かし恐怖する兵士達を殺戮せんとしている。

『2————————』フッ——アレックスは突如自分に落ちた影に反応し、正面、空に視線を戻した——アレックスの瞳が、激しく揺れる。アレックスに影を落としたモノ——それは、生物的な質感の人の手のような巨大な銀の翼を生やした機人兵——異形機人だった。丸い頭部前面に映し出される鮮血のような赤い二つの円が、瞳が、不気味な程静かにアレックスを見つめている。

『1——————————』異形機人はアレックスを貫かんと、その手の紫のビームソードを構えた——死を告げる、その光景。グッ——反撃をするように赤いビームソードを握り込むアレックス——しかしその途端、あまりに無情に、どこまでも非情に、その赤い光の刃は減退していき、瞬く間————消失した。アレックスの瞳が静かに、それでも確かに、何かを悟るように揺れた——地上でこれから嬲り殺されるであろう兵士達——見えない後方で同じように惨殺される兵士達——そして最後、眼前に差し迫った、同じような自分の行末——それらを確かに、痛く、強く、果てしなく、そしてどうしようもなく悟るように、アレックスの瞳は震えた。そうして異形機人——振り上げたその紫の刃を、無慈悲にアレックスに叩きつける————その————瞬間——————

 ————ザッツッ!!シュンッッ!!!!——————

「——————?!」アレックスの視界——彗星の如く現れた神速の赤い閃光が、左から右へと異形機人を真っ二つに斬り抜けたのだった——バッ!ゴオォォォンッッ!!轟音を鳴らし、空中で爆炎と化す異形機人。

『再起動完了、再起動完了』その直後、アレックスの推進装置から赤い光の粒子が再放出される——ヒュッ!!ザッ!!呆気に取られたアレックスだったが、推進装置が再使用可能になると、素早く体勢を立て直し、地面スレスレの所で何とか着地した。

「……ッ?!」アレックスは突然現れた光が斬り抜けた方へ、空を仰ぎ見るように顔を上げた。

「アリエフ銀葬兵ッ!!アリエフ銀葬兵ッッ!!」しかし次にアレックスは後方から飛んできたその声に振り返った。

「ッ?!お、お前ら機人兵は……?!」アレックスは、彼に向かって走ってきた大勢の兵士達を見て驚いた。先程半狂乱で最初に逃げ出した青年兵士は、アレックスの前に息を切らして到着する。

「わ、分かりませんッッ!!いきなり現れた赤い光がッ……!!」

「ッ……!」慌てふためく青年の顔を見ながら、何かを感じ取るように表情を張るアレックス。すると、次の瞬間————

 ブワッ!!ブワッ!!ブワッ!!——

「「「「機じッッ————!?!?」」」」アレックスに向かい合う兵士達全員の一斉の恐怖——アレックスの背後にあった爆炎の中から、突如数体の機人兵が飛びかかってきたのだ。

 ——ザザザッッ!!!!しかし機人兵らが飛び出すや否や、同じく爆炎の中から後を追うように現れた赤い光が、それらを超速の斬撃で薙ぎ倒した。

「な、何だッ!?」

「何だあの光ッッ!?」ビリリッ!!バゴオォォォンッッ!!——機人兵の爆発音には目もくれず、兵士達は口々に言いながら振り返り、上空を仰いだ——機人兵を斬り抜け、そのまま空高く上がった赤い光を追って——

「「「「いッ!異形——!?」」」」しかし兵士達が振り返り、仰ぎ見た先の空には、新たに一体の異形機人が出現していた。

「異形機人だぁぁッッーー!!」

「あの光は異形機人のッ!?」

「な、仲間をやったのかッ?!」動転、パニック。兵士達がごった返す。

「……ちげぇ……あれは……」しかしその中でアレックスは、空を兵士達よりずっとずっと高く静かに見上げていた。

「逃げろッ……!逃げろ逃げろおぉぉぉッッーー!!!!」

「「「う"あ"ぁぁぁ"ぁぁ"ッッ!!!!!!」」」打たれたようにバラバラに逃げ出す兵士達。「あぁ違いねぇ…あれは…あれは…!」しかし身動き一つせず、空高く目を離さないアレックス。

 バサッ……——すると地上の混乱をしばし見ていた異形機人が、ゆっくりとその歪な翼を一つ羽ばたかせ、鱗粉のようにキラキラと銀の粒子を散布した——そしてその手に握る、不気味に照る紫のビームソードを構えると————

「「「「う"あ"ぁぁぁ"ぁ"ぁッ"ッッ!!!!!!」」」」逃げ惑う兵士達。絶望に侵食された、その無惨な瞳の数々。

「あれはきっと————!」しかしアレックスの翡翠の瞳だけは、一つの汚染も無く光に満ちていて————

 ズッ————そうして異形機人が地上の者達へ、最後を引き渡す降下を始める——その瞬間————

 ——ピシュンッ!!——バッシャァッッ!!————突如異形機人の真上から、一本の赤いビームが落雷の如く降り落ち、異形機人を一直線に貫いた————

 ——バゴォォォォォォォォンッッ!!!!異形機人はスパークを散らす間も無く、上空で木っ端微塵に爆発した。

「なッ!?」

「異形機人がッ!?」

「な、何がッ——?!」空で爆発した異形機人の爆煙に、一様に目を向けた兵士達——その時ふと、吹雪が止んだ——その時ふと、徐々に薄くなっていく爆煙をかき消すように、眩い一筋の光が差した——切り開かれる視界、凍てつく空に太陽が覗いた、その晴れ間——地上のあらゆる視線が結ばれる、その天空——そこに佇む一つの確かな人影——兵士達の瞳に、光を吹き返すそのカタチ——開かれたアレックスの瞳に、どこまでも輝き映る存在——それは————

「最強の銀葬兵——カゲイチ・ルナだ————」アレックスが呼び刻んだ、その存在——空に舞い降りたモノ——雪景色を反射するような真っ白な肌、艶やかな黒髪、小さな顔に、涼しげに引かれた細い鼻筋、小ぶりな口、そして煌めく大きな紫の瞳——中性顔の少年、カゲイチ・ルナである——が、しかし——

「……何だあの装備……?」カゲイチを見上げる兵士の一人が言った。

「……」同様にカゲイチの姿を伺うアレックス。

 カゲイチの小柄な身体が纏っている新たな戦闘装備——真っ黒の戦闘スーツを張り付かせるのみの上体、ハイウェストな黒いミリタリーパンツ、そして腰上あたりに装着するメタリックベルトには、刀を腰に帯びる具合に日本刀型の細長く黒い装置が、向かって左に二本、右に一本と左右非対称に装着されている。日本刀型の装置先端からは、絶えず赤い粒子が放出されており、それが新型の推進装置であることは明らかだ。黒き侍——凍りついた戦場の空に現れたのは、そんな義腕の漆黒の銀葬兵だった——

 地上にいる者達は一様に言葉を失い、両手に赤いビームソードを静かに構えたカゲイチ・ルナに見惚れるように視線を送っている——ピピピッ!!すると、釘付けになる地上の者達へ、カゲイチから通信が入った。

『——指示を』その通信に一同寸時まごついた。カゲイチの通信が続く。

『戦況の状況が分からない。だから、指示を』

「…ッ!!」アレックスが上空のカゲイチへと、打たれるように飛んでいった。

「お前その格好、新装備かッ?!それにさっきビームもッ……!!」アレックスはカゲイチのもとまでいくと、彼の装備をまじまじと見た。

「そもそもお前どうしてここにッ——!?」カゲイチに顔を向けたアレックス——しかし。

「おっさん、指示を」

「ッ——!!」アレックスを見つめ返したカゲイチの真っ直ぐな眼差しに、不意に彼は怯んだ——立ち止まってる暇はない、そんなことを確かに悟らせるような眼差しに。アレックスは下を向いて鼻を鳴らした。

「ヘッ……人の言うことなんざ聞く耳持たなかった奴がよ……」アレックスはそう言い落とすと、キッと凛々しい顔をカゲイチに向けた。

「率直に言う、俺達はもう戦えねぇ。戦況は最悪、ここらにいる兵士の残弾はもう底を尽きてる。おまけに俺のエネルギー残量も少ねぇ。次から次へと機人兵が出てきやがるせいで、送信されるエネルギーより使うエネルギーの方が圧倒的に多いからな」

「ここはE戦線奥地、補給部隊も到底来れねぇ。かといって引き返せやしねぇだろう。だからもはや、俺達は進むしかねぇ。が、生憎俺達には、この先現れる大量の機人兵を相手にしながら進む力は、どうやったって残されてねぇみてぇだ」

「だから————」

「俺が先陣を切る————だろ?おっさん」アレックスに先んじて、勇ましく言ったカゲイチ。確固たる二つの瞳、紫と翡翠が力強く結束した。もう決して解けないように、二人の視線は強く、固く、熱く、確かに。結ばれたその二つの眼差しは、一つの決心を、覚悟を、まるで結び目に描くように、どこまでも鮮やかに織り合わされていた。

「……物分かりのいいクソガキは、嫌いじゃねぇな」アレックスは口角をほんのり上げると、振り返って進行方向に身体を振り向かせた。その様子が合図となったように、カゲイチは耳元のピアス型通信機に手を当て、作戦中の兵士達にすかさず通信を送った。

「全兵士に告ぐ。これより進行経路を一直進で進行する。道は、全て俺が切り開く」

「全軍——俺に続け」通信を受けた兵士達——一様に恐怖に揺れていた数々の瞳が、鎮まり落ち着いていく——まず兵士達の瞳が、次に彼らの身体が、少しずつ、それでも確かに。進行経路の方向へと向いていく——そして上空、カゲイチとアレックスは言わずもがな、これより進行する前方をとうに見据えている——

「……心配させんな、お前はついこの間まで病人だったんだからよ……」アレックスの瞳は、前を向き続けている。カゲイチの瞳も、また。

「力、訛ってねぇよなぁッ——!?」

「あぁ、力なら————」ブワァッ!!——二人が見据える前方地上より、突如として爆炎を掻き分け、夥しい数の機人兵の大軍が現れた————

「有り余っている——————!!!!」ピシュンッッ!!カゲイチは腰元の日本刀型の推進装置から赤い粒子を鋭く放出し、地上に現れた機人兵の軍団へと目にも止まらぬ速さで飛び向かう——

「カゲイチ・ルナ、道を切り開くッッ!!」煌めくアメジストの眼光——カゲイチはそう雄叫びを上げると、両手に携える鮮血のビームソードを固く握り、機人兵の軍に真正面から、神速の斬撃を繰り出し、飛び抜けていく————

 ——ザザザザザザッッッッ!!!!ザザザザザザンッッッッ!!!!!!——銀世界に描かれる、紅蓮の乱舞——烈火の如き猛撃、疾風の如き連撃、黒き侍の進撃——カゲイチは地上スレスレを滑空するように、進行経路上の無数の機人兵をみるみる切り裂いていく————バッッ!!!!ババババババッッ!!!!バゴオォォォォォォォォォンッッッ!!!!!!!!!あまりに遅れて、カゲイチの背後で一挙に爆発する機人兵達——音さえ置き去りに、一直線で進行するカゲイチの軌跡をなぞるように、一つ、二つと爆炎が列を成して瞬く間に上がっていく——まるで真っ白な雪景色に描かれる、一本の炎の花道のように。

 バッ!!——突き進むカゲイチの前方に、銀の翼を持つ一体の異形機人が出現した。異形機人は素早く片手に携える柄の形状の銃器を、カゲイチに向けた——フォォンッ!!と、カゲイチの左の義腕が赤く発光し、その手に握るビームソードの刃が不意に消失すると——

「遅いッ!!」バッシュンッッ!!——ドッッシャァッッ!!——カゲイチは柄のみとなったそれを、異形機人に即座に向けたかと思えば、そこから一本の赤いビーム発射され、瞬く間に異形機人の心臓部を一貫きにした——カゲイチが握るビームソードの柄は、銃器のようなトリガーが付いており、ビームを撃つことのできる新機構を内蔵した新装備だった。

 ビュッ!!異形機人をいとも簡単に処理した漆黒の銀葬兵は、さらにスピードを増して一面の銀世界を飛び進んでいく。ビュオォォッッ!!——雪景色を絶えず後ろへ後ろへ置き去りにするその赤い閃光——目にも止まらぬ、泡沫の光芒——E戦線の奥地、その最果てへと、希望の一閃が爆進していく——

 ——ババババババッ!!飛び翔けるカゲイチの前方から、大量の弾丸の群れが彼に襲いかかる——ヒュッ!即座に上空高く飛び上がり、躱すカゲイチ。

(……多いな)カゲイチは空中に止まりながら、眼下の山地にびっちりと広がる機人兵の大軍団を見た。

(だがッ————)

「止まるわけにはいかないッ!!」

「放光遷移————!!」ピシュウゥンッッ!!カゲイチの日本刀型の推進装置から放出される光の粒子と、両手のビームソードが深い藍色に染まり、強く発光した——ビュッ!そうしてカゲイチは、地上へと速度をさらに増して突進した——バババババッッ!!地上の無数の機人兵が途轍もない銃撃を一斉に浴びせようと、上空からのカゲイチを捉えることはできない——超速の螺旋軌道でジグザグに落ちてくる——その藍色の落雷を——

「——眠れッ!!」機人兵の大軍の懐へ飛び込んだ、紫の瞳——その光が炸裂する——ザッッッッ————!!!!瞬時に何体何十体もの機人兵に繰り出された斬撃音は、一つに重なる程にあまりに早く————機人兵の大海を、蒼の雷が干上がらせた————バッ!!——ババババババッ!!バゴオォォォォォォンッッッッ!!!!!!!カゲイチの前に現れた機人兵の大軍団は、瞬く間、一つの巨大な巨大な爆炎に帰した。

 ——地上を滑空し、一線に激進していく青き稲妻のカゲイチ。しかし湧き出るようにうじゃうじゃと彼の行手を阻む無数の機人兵を——

「斬り葬るッッ!!」ピシュゥンッッ!!——再度始まる瑠璃色の斬撃——その紺碧の雷撃、その群青の——ザッッッ!!ザザザザザザザザザンッッ!!!!バババッ!!バゴオォォォォォォンッッ!!!!!!!!!果てない雪山に一直線——真っ青な両断の後、真っ赤な爆炎が、終わりない程長大に描かれた。

 止まらないカゲイチの進軍。瞬時に一掃されていく機人兵の大軍——しかし——

「ッ——!!」バババッ!!——突如飛び進むカゲイチの斜め前方に聳える山の上方高くから、何十体もの機人兵がチェーンソー型の刃を構え、上からカゲイチに襲いかかった。山地の地形を利用した機人兵の捨て身の奇襲——見上げるカゲイチの視界をびっしりと埋め尽くす機人兵——空を遮る程の大量の機人兵に、しかしカゲイチは臆することなどない——カゲイチは左腕の義腕で握る、柄にトリガーを搭載する青いビームソードを、空から降りかかる機人兵の軍団に突きつけるように構え、機械的な義腕を青く発光させると————

「撃ち払うッッ!!」ピシュシュシュシュシュンッッ!!!!トリガーを引き、刃を消失させ銃口のようになった柄の先端部分から、マシンガンのように球体型の青紫のビームを連発した——ババババババンッ!!バゴオォォォォォォォォォォンッッ!!ビームを受けた機人兵達が、轟音を立て一挙に爆発する。ピシュンッ!!ピシュンッ!!カゲイチは間髪入れず、今度は一本、二本と青い光線を上空の機人兵に放ち、ピシュシュシュシュシュンッッ!!!!かと思えば再びビームマシンガンを連発し、空を埋め尽くしていた機人兵を次々に撃ち貫いた。

——バッッゴオォォォォォォォォォォンッッ!!!!!!そうして花火のような爆音を上げて、空に二度目の巨大な爆炎が上がった。

 ——ビュッ!カゲイチは空に途方もない爆炎を残し、爆炎とおよそ同高度、空高く再び空を翔けていく。青紫の光の粒子を撒き散らし、さらにさらに速度を上げながら。雪に染まる銀の山脈地帯、止んだ吹雪を集約するように、漆黒の銀葬兵は、青嵐の烈風となって戦場の最果てへと突き進む。止まらない、止められない——もはやその藍色の光を放つ、黒き侍の少年は————

「————ッ異形————ッ!!」しかし激烈な戦場——E戦線の奥地からの刺客も止まらない。空高く彗星の如く翔けるカゲイチの視界の先に、今度は大量の異形機人が現れたのだ——その数、優に二十は超える。一様に歪な銀の翼を生やし、一様にそこから銀の鱗粉のような粒子を散布し、一様に両手に禍々しい紫のビームソードを構え、そして一様に、赤黒い不気味な瞳で、迫り来る青き光のカゲイチを待ち構えている。そんな異形機人の軍団が、カゲイチの前方の空の一面を埋め、占拠している——孤軍、単騎、たった一人カゲイチは、その絶望的な軍と真っ向から対峙した——しかしそれでもカゲイチは——

「俺はッ————!!!!」カゲイチは咆哮を上げ、速度緩めず前方の異形機人の軍団に、上昇するように飛び突っ込んでいく——その手にサファイアの刃を——その推進装置からタンザナイトの粒子を——そのアメジストの如き眼光を世界に刻み、黒き侍の如き装備を纏い、その小さな身体で、カゲイチは、どこまでも果てなき道を——切り開く————

「ッ——————?!!?」が————先手を打ったのは異形機人の方だった——何と無数の異形機人は、それぞれ背中に生える翼を大きく広げたかと思えば、次にそれをカゲイチに向かって一斉に前方に伸長させると、何とそれら翼は一箇所に結集するように、螺旋を描きながら結合し、一つの巨大な触手のような塊となって、挙句にその先端をガバァッッ!!!!と恐ろしく開け、カゲイチを飲み込みにかかったのだ。まるで鯨程の巨大生物に飲まれんとするカゲイチ——目の前が暗く覆い隠されながら、カゲイチは瞳をひと揺らし、固まった——

 ——その光景が、ちょうど後ろから追い付いたアレックスの目に真っ先に——

「——?!カッ————————」絶体絶命の場面に、咄嗟に手を伸ばしたアレックス——————バッッックゥンッッッ————!!!!————しかし願い届かず——カゲイチは異形機人が作り上げた巨大な触手に完全に飲み込まれてしまった。

「——————————ッ」あまりの出来事に、完全にその場で硬直したアレックス。

 ————触手に飲まれたカゲイチ。ピピッ!——光が遮断された真っ暗な空間にいるカゲイチのもとに、不意に一つ、通信が小さく入った————

『今度のエネルギー波長は——止まるように見える程、速くってよ?』ネネ・ローズライトからの陽気な通信——そしてカゲイチは一つ、暗闇の中で、静かに言い刻んだ————

「放光遷移————————零」

 ————ピカッッ!!!

「ッ!?!?」カゲイチを飲み込んだ巨大な触手を外から伺っていたアレックスは、突如触手から何本も眩い銀の光の筋が放射されるのを目の当たりにした——そして次の瞬間————

 ザッッシャァァァッッッ!!!!!!!————と、巨大な触手が破裂するように木っ端微塵になると、その中から一つの銀の閃光が上空へ飛び上がった。ピシュシュシュシュシュンッッ!!——空高く上がった銀光は、鋭い音を立て、真下にいる異形機人へ向けて何発もの銀のビームを放った。まるで天から降る白銀の光の槍——神の裁きのように、異形機人を完膚なきまでに貫いていく。

 ——ビュッ!!ビュッ!!しかし、異形機人へと死を運ぶその銀雨の中で生き残った数体の異形機人が、次々に列を成すように、上空に佇む銀の閃光へ一直線に下から襲いかかった————が、飛びかかった異形機人達は、次に時が刻まれる頃——

「カゲイチ・ルナ、戦場を裂開する————」ビッッ!!シャァァァンッッッ!!!!————天より発せられるような高く響く音を鳴らし、空高く佇む銀の閃光から、一本の超極太のビーム砲が、異形機人の隊列に発射された——まるで戦場の空に掛かった天の川——そんな白銀の帯——その白銀の極太ビームは、列になって襲いかかった異形機人を一直線に飲み込み、一瞬で消し炭にした。そうして尾を引いて、消えていく一本の白銀のビーム、天の帯。

「……」一瞬の内に起きた、空でのその出来事を見ていたアレックス。彼は天に佇む銀の光を見上げながら、ただ絶句していた。アレックスを釘付けにし、異形機人を刹那に殲滅したそれ——巨大な触手の中から現れたその光——それは他でもない、日本刀型の推進装置を腰に付けた、真っ黒な侍の如き銀葬兵、カゲイチ・ルナだった。そして今、カゲイチのビームソードと推進装置からは放出される光は、白銀に輝いていた——漆黒のその姿とは正反対の、天使のような純白の銀の光。天高く昇り、あらゆるものを殲滅する眩い銀の光を放つその姿は、まるで戦場に昇った、一つの白銀の太陽——絶対零度の太陽のようであった。義腕の銀葬兵カゲイチ・ルナは、戦場の空に燦々と、煌々と、どこまでも神聖に君臨したのであった。

「カゲイチ・ルナ、進行を継続する————」

 E戦線の最果てへと、再び一つの確かな光が突き進んでいった——


 ——シュタッ!!ひたすら一直線に飛び進んだカゲイチが地面に降り立った。カゲイチは雪が積もった岩の影に隠れて、視界の先に広がる広大な陥没地帯を見た。

(……多いな)山地の中で大きく陥没したそこには、何十体、何百体の機人兵がびっちりひしめき合っていた。

(だが、恐らくあれが——極東プラント——)夥しい量の機人兵が待ち構える陥没地帯の先には、大規模な建造物が遠く、小さくではあるが見えた。旧機人製造所——極東プラント。そこはカゲイチの母親である三日月の機人がいる可能性のある、彼の目指していた場所だった。

 カゲイチは装着するコンタクトによって視界に直接映し出されるデータを見る——

(……このエネルギー残量でここを抜けるのはッ……!)映し出されるエネルギー状況を示すデータを見て、表情を曇らすカゲイチ。彼はサッと前方を向き、遠くの極東プラント、そしてそこに至るまでの道を埋め尽くす膨大な数の機人兵をもう一度確認し、強く眉根を寄せた。

(……ッ!エネルギーの回復を待つしかッ……!)

「おいクソガキッ!!」

「ッ!!」と、そんなカゲイチのもとへアレックスが後ろから追い付いてきた。

「おっさん……」振り向くカゲイチに、アレックスは強張った顔を向ける。

「お前大丈夫かッ!?新装備かなんかしらねぇけど、とんでもねぇスピードで突き進んであんだけ暴れたら身体の一つや二つ……ッ!!」

「心配するなおっさん、俺を誰だと思ってる」心配そうなアレックスに、カゲイチは間髪を入れず答えると、前に向き直る。

「それより、もう目の前だ」カゲイチは機人兵ひしめく陥没地帯の遠く向こうに見える極東プラントを目で指し示した。

「……ッ!あれが……!」岩影に並び立ち、前方に小さく映る目的地を見据えるカゲイチとアレックス。しかしアレックスはすぐにそこまでに待ち構える無数の機人兵を見て、眉を顰めた。

「……楽には行かせてもらえねぇようだがな」

「あぁ、ついでに俺の現在のエネルギー残量は少ない……おっさん、確かにあんたの言う通り暴れすぎたのかもな……」しかしカゲイチは前を見たまま、次に気を取り直す様子で言う。

「だが、エネルギー送信は問題なく行われている、しばらくすればここを突破できるくらいには回復するだろう」

「……また正面突破か?」前を向くカゲイチを横目で見るアレックス。

「あぁ、最短距離だ」

「……この数の機人兵をか?」

「あぁ」

「……しばらくじゃエネルギーは全回復なんてしねぇだろ?」

「……」

「……この数を万全じゃねぇ状態で、本当に正面から突っ切れるのか?」正面を見たままのカゲイチに、強めな語気でアレックスは問いかけた。カゲイチの瞳が、僅かに揺れた。

「……時間が無い」

「また死ぬ気かッ?!なぁッ!?一人で突っ込んで!?」アレックスは唐突にカゲイチの肩を掴んだ。

「今度は助けられねぇかもしれねぇんだぞッ?!俺もエネルギー残量が少ねぇッ!!そしてあの時より敵の数が遥かに多いッッ!!」苛立ちをカゲイチの至近距離でぶつけるアレックス。カゲイチもそれにつられるように、表情を歪め声を荒げた。

「ッ……!!俺が行くといってるんだッ!!そもそも俺が行かなければここは突破できないッ!!また多くの兵士を犠牲にするわけにいかないだろッッ!!」

「何だ罪滅ぼしのつもりかッ!?いつからそんな奴だったんだお前はッ!!」

「元々だッ!!それに俺がどんな奴だろうと構わないだろッ!!戦線の為に戦うと俺が言ってるんだッ!!だから俺がやればいいッ……!!俺がッッ!!」間近で顔を向け合い、いがみ合う二人。二人はますますエスカレートしていく。

「危険だッ!!考え直せクソガキッッ!!他に手がッ——」

「考え直すのはあんたの方だおっさんッ!!誰が行けるッ?!誰が辿り着けるッ!?この状況でッ!!今ッ!!ここでッ!!俺以外にッッ!!」

「あぁそうだッ!!助けようなんて思ってないッ!!戦線の為など微塵も考えてないッ!!あんたの言う通りさッ!!俺はあそこに行くッ!!俺のッ!!俺だけの意志でッ!!母さんがいるかもしれないッ!!あの最果てにッ!!」

「そうだッ!!俺は探しているッ!!見つけ出すッ!!母さんをッ!!だから俺は行くんだッ!!行かなければならないんだッッ!!!!」怒気乱れるカゲイチ。一方でアレックスはその昂りに共鳴することなく、静かにカゲイチから視線を外し、思い詰める様子となっていく。ひどく対照的な二人。

「……危険だ」

「危険ッ?!だから何だおっさんッ!!そもそもあんたは俺のことを敵だと言ったはずじゃないかッ!!」

「だからッ……!!だからそんな敵のこと心配するなどッ——」

「——仲間だ」

「ッ————!?」下を向くアレックスがひっそりと言い落とした言葉に、激しく驚いたカゲイチ。ガシッ!——アレックスはカゲイチの両肩をしっかり掴むと、彼に真っ直ぐな眼差しを向けた。

「仲間なんだ、俺達は」

「……なッ……何……を……」呆気に取られるカゲイチ。アレックスは彼の身体から手を離し、顔を落としつつ言葉を紡いだ。

「……確かに俺達は敵も敵、敵でしかない……当然だ、かたや機人が母親の者、かたや機人に母親を殺された者……一方は機人を愛して止まず、もう一方は機人を憎んで止まない……そんな二人が敵になるのなんざ、分かりきったことじゃねえかよな……」

「……ッ」崩れるカゲイチの表情。しかしアレックスは顔を起こし、もう一度澄んだ顔をカゲイチに見せた。

「だが、それでも俺達は——仲間だ。あの日、あの夜、あの銀災禍で、俺達は共に、母親を失った仲間なんだ」

「ッ————————!!」カゲイチを見つめるアレックスの翡翠の瞳は、あまりに温かかった。見開いたカゲイチの紫の瞳は、あまりに駆け足で潤んだ。仲間——その一言が、絶海のようなカゲイチの心に、優しく流れ着いたように。それでも確かにそこに、届いたように。アレックスは思いを贈り続ける。

「愛する母親と引き裂かれた仲間……そんな同じ傷を持つ仲間……そうだろ?」

「ヘッ……敵同士、生意気で腹立って仕方ねぇ奴に、こんなこと、きっと気づきたくなかったけどよ……」アレックスは恥ずかしげに、カゲイチから視線を外した。アレックスはそのままカゲイチから離れ、岩影から遠方の極東プラントを見据えた。

「……俺が先行して機人兵共を相手にする。お前は、上空から極東プラントへ向かえ」

「ッ!!おっさん、それはッ……!!」アレックスに身を近づけるカゲイチ。

「時間がねぇ、手段も残されてねぇ。お前もよく分かってるはずだ」アレックスは近づいたカゲイチに、背を向けたまま言った。

「なぁに、俺の方は心配いらねぇ。実は後方から数機の輸送機の応援が到着し、兵士の物資が回復済みだ。お前が道を切り開いてくれてるから、輸送機に運ばれて間もなく兵士達もこっちに来て戦闘に加わるだろう。だから、機人兵を誘き寄せるのには十分だ」

「おっさん、だがッ……!」しかしどれ程カゲイチが瞳を揺らせど、彼に背を見せたままアレックスは揺るがない。

「行け」

「おっさんッ……」

「行ってくれ」

「おっさんッ……!」

「行くんだ」

「おっさんッ!!」

「……同じことをする。俺だって、お前だったら」飛びつくカゲイチの言葉に、アレックスは静かに添えた。

「ッ……!!」カゲイチの瞳が、もう一度大きく見開かれた。またもや、アレックスの言葉の温度に触れて。アレックスは、変わらずカゲイチに背を向けたままだった。それでもその背中は大きく、たくましく、凛々しく、それでも優しく、柔らかく、温かく、カゲイチを向いていた。

「だから見てこい、見てきて欲しい、お前の目で、お前自身の目で」

「俺は……羨ましかったのかもしれねぇ……妬ましかったのかもしれねぇ……お前の持ってる可能性が」

「可能……性……?」背中越しのアレックスの声を、カゲイチは懸命に受け取っていく。

「……俺の母親は機人に殺されたといったが、正確にはまだ生きている……だが、もう意識もなく息してるだけの死体も同然だ……まるで機械みてぇに、数えきれねぇ程の生命維持装置を付けて、死んだことを誤魔化し続けてるだけの状態……医者曰く、母親が戻ることはもう決してないそうだ……身体はともかく、肝心の脳がぐちゃぐちゃで再生不能らしいからな……」

「何度も医者に縋った……何回も医者に泣きついた……表情を変えて……声色を変えてな……だがその度、返ってくるものといえば、いつまで経っても、医者の同じ悲しい顔一つだけだった……」

「ッ……」アレックスの声が一つ悲しく落ちていく度、また一つ、それを聞くカゲイチの表情も悲しく染まった。

「身体はまだ確かにそこにあるのに、もう死んでいる……二度と戻ることはない……でもな、俺はそれを認められない、認めたくない……なんたって俺もお前と同じ、母親一人に育てられた人間なんだからよ」

「ッ————」カゲイチはアレックスが自分と同じ境遇であることを知り、悲しみの中に思わず驚きを混ぜた。

「母親が、たった一人の家族だ……だからどうにもよ……母親を失うのが、耐えきれない……幸か不幸か、時代のおかげで、生命装置を付け続ければ母親のカタチだけは維持できる……屍同然だとしても、もう戻らなくても……金をかけて装置を付けてれば……莫大な金を絶えず注ぎ込んで、装置を途絶えさせなければ……母親は……まだかろうじてそこに……」

「そうすりゃいつか、なんか戻ってくるような気がしてよ……」儚く、薄く、乾いた笑いをぶら下げたアレックスの横顔が、後ろのカゲイチに寄りかかった。

「だから……金の為に……?」カゲイチの声はアレックスに寄り添うようだった。アレックスのもの悲しい音は続く。

「……くだらねぇだろ?お前の言う通りだ……あまりにくだらねぇ……あまりにどうしようもねぇ……そうなっちまったのは何だ……カタチだけでも生かすことができる、この時代のせいか…?あぁそうだ……時代が、世界がッ……あまりに俺の弱さを、惨めさを、突きつけやがる……」

「……」二人の間に沈黙が一つ、過った。アレックスは続けていく。暗い言葉を、それでも鮮明に、包み隠さずに。

「だから羨む、妬む、お前の可能性を……まだ母親がいるかもしれないその希望を……可能性のない俺は……それを認めなければならない俺は……それを心のどこかでずっと分かっていながらできない俺は……まだ終わっちゃいねぇ……お前を……」

「……ッ」そのアレックスの言葉を聞いたカゲイチは、不意に下を見て。自分の内を覗くような様子を溢した。

「憎たらしいはずの敵の顔を見てるはずなのに、撥ねつけなきゃなんねぇのに、それでも、どうしてだ……?時に、自分の心に密かに入り込んできやがるものがある……大胆に押し寄せてくるものさえありやがる……」

「そうしていつしか、病室で左腕を失ったお前の顔を眺め続ける内に気づいた……気づかずにはいられなかった……気づきたくなかったけどよ……お前の顔は、俺自身の顔なんだってな」

「……」カゲイチはアレックスの背中を、ただ真摯に見つめていた。

「煮え切らねぇ感情を、行き場のねぇ想いを、どうしようもなく覗かせるその顔は……あぁそうだ……俺が、俺自身にずっと見てきた顔そのものだった……そりゃそうだ、考えてみりゃ、生い立ちも、今を生きる理由も、愛するモノも、それを失ったことも、全部、全部何もかも同じだったんだからな……人間と機人……ただカタチが違うだけで……同じ愛を……傷を持つ仲間だったんだ……俺達は」アレックスは顔を少し振り向かせ、横目を背後のカゲイチに流した。二人の眼差しが、柔らかく出逢った。アレックスは前に向き直り、極東プラントを遠く眺める。

「仲間だ、そうだろ?いやそうなんだ、そうに違いねぇ。だから俺はお前に行って欲しい、辿り着いて欲しい、届かない俺の願いを託すように、時に押し付けるように、そうして自分を慰めるように……そこにあと一つ、どれだけ小さくとも、そこに確かにまだ可能性があるなら、その目で、その心で、答えを出して欲しい。問い続けたものに、未だ答えを出せない、俺の……代わりに、な」

「機人なんてものが母親なんて今も分かっちゃいねぇ。機人なんて憎いままだ。それでも、母親——そんなたった一人の家族を失った仲間として、その傷を持つ、その痛みを知る戦友として、俺はお前に託したい、賭けたい、行ってもらいたい。そうして見つけ出して欲しい、お前が探し続けた母親を。そうしてもう一度会って欲しい、お前の願い続けたその愛に、もう一度……」

「未来ある少年へ、年老いてくおっさんからの、頼み事だ」アレックスはカゲイチに振り向き、ニコッと笑った。ふと気づけば、空は茜色に染まっていた。E戦線の最果て、銀世界、凍てつく地獄の戦場は、不意に儚く、美しく、どこまでも煌びやかな優しい夕陽に包まれていた。

「……おっ……さん……」落ち行く陽が添えられたアレックスの笑み。まるで体温を伝えさえするようなその温かい笑顔に心打たれたように、カゲイチは辿々しく呼び落とした。

「……おっと、そろそろ向こうからやってきちまいそうだ」岩影から陥没地帯の機人兵の軍団の様子を伺いながら、アレックスは言った。アレックスの言葉通り、機人兵は敵の接近を察知し始めたように一様に身じろぎし、ざわつき出している。

「さぁ、いよいよ時間がねぇ。俺は合流する兵士達と機人兵を誘き寄せる。お前は極東プラントに向かえ」カゲイチに背中を向けるアレックス。しかし、カゲイチは取り乱した表情で訴える。

「おっさんッ!!ダメだ、この数はッッ——!!」ピピピッ!!——通信アラートがカゲイチの言葉を遮り、二人のピアス型通信機から音声が飛び出る。

『こちらドティ・パールマンですぜッ!!間もなくそちらに合流しますぜいッッ!!』

「残念だが、完全に頃合いみたいだな」ジャリッ……アレックスは通信を受けると、静かに一歩踏み出した。

「おっさんダメだッ!きっと無事なんかじゃッ……!!」

「おっさんッッ————!!!!」声を上げて呼びかけるカゲイチ。けれどアレックスは止まることなく岩と岩の間に進み出ると、陥没地帯に飛び込もうとする直前、カゲイチにもう一度優しく振り返った。

「おっさんじゃねぇ、アレックスだ」その微笑みは相変わらず、焦がされる程の夕焼けに照らされて。

「ッ……」覚束ない表情を浮かべて、言葉を失うカゲイチ。アレックスは耳元の通信機に手を当て、兵士達に通信を送った。

『こちらアレックス・アリエフ。全兵士に告ぐ、これより陽動作戦を行う。地上の機人兵に突撃し、奴らの上空への注意を逸らせ』

『極東プラントへ突入する為、空に道を形成する————」バッ!————アレックスはそう兵士達に宣言すると、間髪入れずX状に背負う大剣型の推進装置から赤い粒子を放出し、数え切れない無限の機人兵がひしめく陥没地帯へと飛び降りていった————

「おッ————!!」迷いなく飛び込んだアレックスに手を伸ばし、後を追うように一歩、二歩、足を進めたカゲイチ。しかし彼の視界には、もうアレックスの姿はどこにもなかった。立ち尽くすカゲイチ。ピピッ!!——そんな彼のもとに、忙しなく一つ通信が入る。

『聞こえる?ネネ・ローズライトよ』

「………あ、あぁ……」朧げに応えるカゲイチ。ネネは返事を受けるとすぐに言葉を並べる。

『三日月の機人が極東プラントにいて、E戦線の機人兵のエネルギー源として使われているとしたら、それを破壊すれば、E戦線の全機人兵を一気に止められるかもしれないわ』

「ッ……!!」たちまち激しく歪むカゲイチの表情、ぐらつくその瞳。

『だから一刻も早く、極東プラントに突入しなさい』

『それが、今のあなたの仕事よ』

「………………」深く遠く思い詰めたような様子を見せるカゲイチ。ネネは一方的に続けた。

『じゃ、頼んだわよ。突入したら目的地点までバックアップしてあげるから』ネネはそれだけ言い残し、通信を切った。

「ッ"……!」——ザッ!しかしカゲイチは通信が切れると、すぐさま決心したように眼光を光らせ、岩と岩の間に歩を進めた。そして————

「……カゲイチ・ルナ、極東プラントへと進行する——!!」バッ!!——カゲイチは腰元の日本刀型の推進装置から赤い粒子を放出し、空へと飛翔した。ビュンッ!!——そうして極東プラントへと、黒い侍の如き銀葬兵が赤い流星さながら、空を前へ前へ翔け進んでいった————

 その最中、カゲイチは地上に目を向けると——地上では、陥没地帯を埋め尽くす機人兵の軍勢と、合流した兵士達が既に熾烈な銃撃戦を繰り広げていた。兵士達の数に対して、機人兵の数は二倍、三倍以上——絶望的な比率。兵士達の奮闘虚しく、地上では殺戮されていく兵士達の断末魔が刻一刻と上がっていく。しかし、兵士達の捨て身の一斉突撃のおかげで、地上の機人兵は空を通り過ぎていくカゲイチに気づいてはいなかった。

「ッッ!!」前方に向き直るカゲイチ。その表情は悔しさを滲ませ、迷いを浮かべている。それでもカゲイチは溢れる表情を押し込み、前へ飛び進んでいく。

『『『う"ぎゃあぁぁぁあッッ"ッ"ッッ!!!!!!!!』』』カゲイチの耳元の通信機から噴出する地上兵士達の死に際の声——

『進めぃお前らッッ!!どうせもう帰る場所なんてないんだからなッッ!!!!』ゲジ眉の兵士、ドティ・パールマンの勇ましくも切羽詰まった声——

 バババッ!!カゲイチの通信機に押し寄せる絶え間ない地上の銃声音——カゲイチは通信機が送りつける悲惨な音々を聞く度、押し込む表情が漏れ出る——悔しさ、迷い、時に無念が、一つまた一つと深く、色濃くその顔を侵食していく。それでもカゲイチは、次に押し込む表情をさらに強く押し殺し、前へ進むことを止めない。後ろ髪を引っ張られながらも、前だけを見る。飛び進む空——優しかった夕焼けの茜は、途端に戦場を地獄のように塗り潰す異様な赤となっていた。

『『『『『う"ぎゃあぁぁぁあッッ"ッ"ッッ!!!!!!!!』』』』』さらに夥しく重なる兵士達の断末魔。

『くそぃッ!!このままじゃいずれッ……!!』追い込まれた声を発するドティ。

 バババッ!!鳴り止まない銃撃。ドシュッドシュッ!!容赦無く銃弾が身体を貫く鈍い音——絶望が加速する通信機の向こう、地上の戦況。

『ア、アリエフ殿ッッーー!!!!』

「ッ——!?」通信機が投げ出したその差し迫ったドティの声に、カゲイチは思わず身体を止め、空中で振り返った。抑え込んだ表情、想いがその顔に、その瞳に溢れ出る——その直前——

 ピピピピッッ!!

『——こちら義勇軍、E戦線を援護します』突如カゲイチに落ち着いた青年声の通信が入ったかと思えば、彼の視界に広がる眼下地上——兵士と機人兵が激烈に銃撃を繰り広げる陥没地帯の戦場に、大量の兵士が駆けつけて来た。その中には何と、宙を飛び交う数人の銀葬兵の姿もあった。合流した援軍により、数においては兵士軍と機人兵軍は互角に並ぶ——E戦線の最奥、その戦場が一つ、突然と表情を変えた。一段と燃え滾る赤が、空を覆う。

「ッ……!」その光景を唖然と見下ろしているカゲイチ。ピピピッ!!立て続け、再び通信が入る——

『E戦線諸君、こちらレヴィ・キュルだ。私が募った義勇軍が、今し方そちらに到着したことと思う。私ができる、せめてもの力添えだ』

『なお今回の義勇軍は、私の完全な独断行為として秘密裏に兵士達を募り、強行したものである。故に著しい独断行為を犯した私には、もはやE戦線を指揮する権限はない。これに従い、戦場での戦闘行為は、各人の意志を最優先とするものとしたい。それに伴って発生する責任は、最後全て、私が引き受ける』

『それぞれがそれぞれの意志で、それぞれの為に戦ってくれるよう願っている。以上だ。健闘を祈る』キュル高官からの通信が終わると、カゲイチは束の間瞳を揺らした——が、すぐにグッと表情を固め、覚悟を決め直した顔つきとなった。そうしてカゲイチは素早く振り返り、ビュッ!!と赤い光を放出しながら夕焼けの空を駆け、極東プラントへと前進を再開する——

 未だカゲイチの通信機から飛び出す、数々の戦場の声——

『『ぐぁぁ"ぁぁ"ッッ"!!!!』』

『皆さん下がって!!ここは僕達がッ!!』

『埒があかねぇッッッ!!!!』

 バババッ!!銃撃。ドシュッ!ドシュッ!身体を貫く弾丸。ザンッ!!ザンッ!!銀葬兵の斬撃音。カゲイチは耳元で鳴り続ける、僅かな希望を、最後まだ灯した残酷な音を聞きながら、ひたすらに空を直進する。一つ、二つ、無情な音が幾重にも重なり続けても、今度はその度に決意を深く、その瞳に描いて。陽と別れを告げる寸前、その戦場の真っ赤な空を、カゲイチは一心不乱に翔け進んでいく——カゲイチは前方の極東プラント——その大規模な施設のみを見据える。全速で進むカゲイチ、みるみる彼の視界で大きく映っていく極東プラント——

 ——ババババババッッ!!

「ッッ!!」しかし極東プラントを目前にして、カゲイチの行手を阻むように、地上から大量の銃弾が彼に飛来した。ヒュンッ!ヒュンッ!後退しながら弾を躱したカゲイチ。

(——多すぎるッ!!)即座に地上を見たカゲイチの視界一面には、百にも達するような機人兵の大軍がカゲイチに向け銃器を構えていた。

(エネルギー残量は——まだッ……!!)カゲイチは刹那、装着するコンタクトによって視界に直接投影されるエネルギーデータを一瞥し、眉根を寄せた。

(突入後の万が一のこともあるッ……!ここで使うわけにはッ……!!)地上の機人兵を見ながら、ギリッとカゲイチが歯軋りをした、その時————ピピピッ!!カゲイチのピアス型通信機から鳴り響くアラート音——そして————

『ご注文はぁッッ!!進路開通でかしこまりぃぃッッッッーーー!!!!!!』雄叫びのような快活な青年の声——すると次の瞬間————

 ————ドッッッッ!!!!シャァアァァァアッッッッ!!!!!!!!——————突如カゲイチの周囲一帯に巨大な影が落ちたかと思えば、空からまるで隕石のように一機の輸送機が地上に墜落してきた——バッッゴオォォォォォォン"ン"ッッッッ!!!!!!!!——輸送機は激しく地面に衝突し、そのまま無数の機人兵を巻き込みながら、途轍もない轟音を戦場に撒き散らし、果てしない爆炎を上げた。

「——ッ……?!?!」素早く上空高く上がっていたカゲイチは、眼下のその突然の出来事に目を見張っていた。青天の霹靂、理解が追いつかない様子のカゲイチ——

「——おいッ!!早く行けッ!!」と、そんなカゲイチのもとへ、アレックスが飛んで来た。

「おっさッ——!」しかしカゲイチは推進装置、身体共に激しく損傷しているアレックスの様子を見て言葉をつっかえた。アレックスは余談許さず激しく声を上げた。

「早く突入しろッ!!すぐに奴らが集まってくるッッ!!」地上を見るアレックス——その視界、爆炎が広がる地上に、またワラワラと何体もの機人兵が集まり出していた。

「お前の問い続けてきたもんに、答えを出して来いッッ!!」

「放光遷移————!!」ピシュウゥンッ!!アレックスは続け様に叫び、放出する赤い光を真っ青な光に変え、力を振り絞るようにさらなるスピードで地上へと突撃していった。

「ッッ!!」ビュンッ!!託されたカゲイチも素早く前を向き、目前に迫っている極東プラントへと最後の距離を飛び進んだ。

 ——そうしてカゲイチは夕焼けに染まる超巨大な施設——極東プラントの上空へと差し掛かった。

『そこよ、こじ開けて侵入して』耳元の通信機、ネネからの通信。ザッ——その言葉を聞くと、カゲイチは携える刃の消失したビームソードの柄を固く握り、それを銃器のように地上真下、一つの構造物の屋根に構えた——果てしなく広がる旧機人製造所、極東プラント——あまりに無機質なその構造物の大群、その一つ、高く抜き出た建造物へと。

 空——間もなく死に行く太陽が、まるで断末魔を上げているかのように、恐ろしい程の赤を広げる。それでも地平線は、その別れに涙するように、キラキラと茜色に煌めいていた。

 逆光——黒き銀葬兵が、さらに黒く映る時——その銀葬兵は、携える柄のトリガー——その引き金を、確かに力強く引いて——ピシュンッッ!!——バゴオォォォンッッ!!——地上、狙った建造物の屋根に一直線——夕焼けを抱き合わせたような一本の赤いビーム砲が、その屋根を木っ端微塵にし、極東プラントへの入り口をこじ開けた——

『……頼むわよ』

「カゲイチ・ルナ、これより、極東プラントへと突入する————」

 一足先、これより沈み切る太陽を先描くように、一人の銀葬兵が、極東プラント内部へと落ちいった。


 ——シュタッ!極東プラント内部へと降り立ったカゲイチ。停止しているコンピュータや装置が傍に並ぶ、だだっ広い実験室のような空間——カゲイチの着地したその静寂の空間に、通信音が鳴り響く。

『内部の道案内は任せなさい!目標ポイントは地下最下層よ、急いでッ!!』

「了解」ビュッ!!カゲイチは地面を蹴り、腰元の日本刀のような推進装置から赤い粒子を放出して飛び出した。

 目的地は地下深く——カゲイチはネネ・ローズライトの通信に導かれながら、極東プラント内部を地下最下層へ向けて、目まぐるしく飛び進んでいく——

『次、一気に下まで行けるわ』バッ!!——カゲイチは先程の空間から出ると、円形に隅をなぞるようにあるフロア、その中心の吹き抜けとなっている部分へ勢いよく飛び込み、果てしなく続く吹き抜けをトップスピードで下降していく——極東プラント内部の鈍色の壁が、床が、鉄柵が、一瞬の内に過ぎ行くカゲイチをじっと見るように取り囲んでいた。

『下まで行ったら、次一番大きなゲートに入って』カゲイチは長い長い吹き抜けを降り抜き、広いフロアに出ると正面、口を開けた巨大なゲートへと飛び向かい、そこに突っ込む——

「ッ……!」その先の光景に少しばかり打たれるカゲイチ——

『そこは機人製造エリアよ』ゲートを抜けた先、カゲイチの視界に広がった光景は、広大な製造所だった——自動化された大量の機械装置が絶えず至る所で作動し、曲がりくねる長大なベルトコンベアに乗った無数の製造途中の機人に手を加えている。

『破壊はまだよ、帰路を考えてね。奥のゲートに進んで』カゲイチは機人製造エリアの奥、開いているゲートを遠くに確認すると、製造エリアを飛び越し、そこへ真っ先に向かった。

『そこも下まで行って』カゲイチが入ったゲートの先——階段が四角く隅をなぞり、下に遠く遠く回転するように伸びていた。カゲイチは階段の中央、吹き抜けになっている部分を再び素早く一直線に下に降りていく。そしてカゲイチは下まで着くと、その先前方に出現した新たなゲートにすかさず入った——

「ッッ!!」ゲートの先の光景に、先程より明らかに驚くカゲイチ。

『……どうかした?』通信越しにカゲイチの僅かに乱れた呼吸を察したネネが問いかける。

「……異形機人だ」薄暗い空間、煌々と怪しく光る光——カゲイチは飛び進みながら、左右に大量に整列した巨大な培養器に目をやっていた。その中に存在する、生物的な質感の銀の翼を持つ異形機人を見ていたのだ。立ち並ぶ培養器の中には、まだ成りかけといったように肉塊だけの培養器や、翼が形成途中のような異形機人など、様々な経過が見受けられた。

『……調査は後ね、エネルギー源であろう三日月の巨人を優先しましょう』

「……」しかし飛び進みながらネネの声を聞くカゲイチは上の空だった。カゲイチは前方正面、天井まで届く程の一際大きな培養器を見上げるように見つめ、視線を奪われていたからだ——培養液で満たされたその中で、ぎゅうぎゅうに押し込まれるように入っている、巨大な赤々とした一塊の血肉に。

『奥のエレベーターよ、だけど今回は一手間あるわ』

「……了解」カゲイチは前方にしかと目を向け直した。

『まずそのゲートを破壊して』扉が閉まったエレベーターを目前にしたカゲイチは、飛んだまま手に携える刀身のない柄をエレベーターに向けて構え、そのまま引き金を引き、ピシュンッ!!と赤いビームを一本放った。バゴオォォンッッ!!破壊されるエレベーターの扉。カゲイチはそのままエレベーターに飛び入った。

『……どう?』

「何もない、暗闇だけだ」カゲイチがいる場所は下に闇が永遠に続くだけの、暗い窮屈な四角の空間だった。

『じゃあエレベーターは下かしらね、下に向かってビームを撃ってみてもらえるかしら』

「了解」カゲイチは下に向かって柄を構え、先程と同じように赤いビームを一発撃った。ピシュンッ————バゴォン……ビーム音から僅かに間を空けて、遠く下から破壊音が控えめに響いた。

「深い……が、あんたの言う通りなようだ」

『じゃあそこ、また降りて』

「了解」ビュッ!!真っ暗闇を、真っ逆さまに下降するカゲイチ。そのまま瞬く間、深い闇の底まで行ったカゲイチはシュタッと着地した。

『……そこよ』

「ッ……!」カゲイチは瞳を一つ揺らし、歩を進めた。視線の先——真正面に大きな大きな機械的なゲート。辺りの空間は、それ以外に何もない。周囲の機械的な灰色は、やって来たカゲイチをもてなすことなく死んだように無機質だった。

「……」ザッ……巨大な扉を前に、静かに立ち止まったカゲイチ。扉を見つめるその顔には、刻一刻と緊張感が上がってきている。

『破壊して、入って』

「了——」カゲイチがそう言いかけた時——

 ——ゴッ……!ゴゴゴゴゴゴッッ……!!機械的な扉が、まるでカゲイチを迎え入れるように、一人でに開き始めたのだった。

「……ッ?!」開いていく扉を訝しむカゲイチ。

『……何?』カゲイチの声に、小さな異変を察知するネネ。

「……開いた……自ら……」

『……今はラッキーだと思いましょ』含みがちなネネの返答に、カゲイチは一旦表情を整えた。

 ゴオォンッ——!鈍い音を立て、開き切った扉。向かい立つカゲイチ。扉の先の闇を見つめる、緊張が昇ったその顔。張り詰めたその瞳。ゴクッ——静かに生唾を飲み込んだカゲイチ——

「……突入する」そしてついに一歩を踏み出し、開かれた扉の先へと、カゲイチは歩み入った————


 コツ……コツ……扉の先の暗闇で響く慎重な足音。漆黒の銀葬兵カゲイチ・ルナは、闇に溶け込むように真っ暗な空間でゆっくり歩を進めていた。そしていくらかカゲイチが歩を進めると——

 パッ!——突然カゲイチの左右でコントロールパネルの画面が起動し、一抹の明かりが灯ったかと思えば、パッ!パッ!パッ!とそのまままっすぐ奥に向かって、立て続けに何個ものコントロールパネルが点灯していった。まるでカゲイチへ道を描くように点けられたその光が、暗闇を払い、空間を暴き照らす——広々とした機械チックな鈍色の空間、その左右隅に並ぶいくつものコントロールパネル、そして空間の奥には何段もの段差の上に、壁に巨大な十字を掲げた祭壇のようなものが聳え立っていた。奥に伸びる空間、そしてその果てにある祭壇から、カゲイチが踏み入った場所は、まるで銀の機械調の教会内部といった雰囲気だった。

「ッ——!?かッ——!?」カゲイチは奥に構えられた祭壇、そこに掲げられた大きな十字を見上げた途端、目をこれでもかと大きく開いた。ダッ!!——そのままカゲイチは十字に引っ張られるようにして、一目散に駆け出した。

「————!!」カゲイチは祭壇に続く階段の手前まで来ると、一度立ち止まり近くから十字を見上げ、確認した。荒く肩で呼吸をして。その紫の瞳を、今にもこぼれ落ちてしまう程に大きく開いて。その瞳を、今にも割れてしまいそうな程に激しく揺らして。そんな風に、内から迫り上がる心が、外に迸るようにして。十字を見上げるカゲイチは、喉奥から叫び呼んだ————

「母さんッッ————!!!!」母さんッー、母さんー、母さんー……激情が一つずつ蒸発するように、空間にその呼び名がこだました。

 カゲイチの瞳を貫いたモノ——彼の眼差しが抱き締めたモノ——それは、祭壇の奥の壁に掲げられた巨大な十字、その中央に磔となっている一体の機人だった。

「母さんッ!!母さんッッッ!!!!」カゲイチは祭壇の下から大声を上げて呼ぶ。しかし一方で磔になった機人は、その状況こそ異様であるが、その姿は一見すると何の変哲もない機人であるように思われた——成人女性程の華奢な体格、関節部に機械的な白銀を覗かせた白基調の身体、まんまるな地球儀のような白い頭部、その前面の円形のディスプレイといったように。そして普段、機人の前面ディスプレイに表示されている二つの大きな白い瞳としての円は今は映されておらず、頭部がうなだれていることからも、その機人は停止している様子であった。

「母さんッッッ!!!!」それでもカゲイチは迷いなく、確信を持って呼ぶ。

『三日月ッ?!確かにッッ!?』ネネからの通信が上がる。カゲイチは興奮した様子で通信を返す。

「確かだッ!!絶対にッ!!」

『理由はッ!?何か目印が——』

「胸元ッ!三日月の刻印があるッ!!母さんにはッッ!!」磔になる機人にはしかし、胸元のあたりにちょうどネックレスをかける具合に、小さく小さく、掠れががった色のない三日月の刻印があった。

「そしてッッ!!手だッ!!!!」カゲイチの昂りは続いた。

『……手?!』

「あの手の感じで分かるッ!!あの擦り減り具合は、母さん以外に無いッッ!!!!」カゲイチは、磔になった機人の右手の部分を凝視していた。棒状の柄のようなものを握る左手とは異なり、右手は力無く僅かに開かれていた——そしてその機械的な手、その手の平は、灰色の塗装がほんの僅かに剥げ、その下の機械の白銀がチラリと覗いていた。

『その手は信用ならないけど、三日月の刻印があるなら——』

「いいや母さんだッッ!!どれだけ触れてきたと思ってるッ!!俺がッッ!!母さんの手にッッ!!!!」祭壇を見上げるカゲイチは、執拗に過剰な声を荒げる。

「俺がどれだけ見てきたと思ってるッ!!!!母さんの手をッッ!!!!」

「俺には分かるッ!!俺だけには確かに分かるんだッッ!!母さんが母さんだということがッッ!!!!」

「そうさッ!!俺には刻まれているッ!!何度も母さんと繋いだこの手にッッッ!!!!」そうしてカゲイチは確かめるように自分の左の手の平を見ると——

「ッ——————」激しい形相だったカゲイチの顔が、墜落するように悲しげな色に変わった。不意に見た自分の左手——それはかつての自分の手ではなく、変わり果てた機械的な義腕、そんな無機質な手の平だった。手を繋いでいたはずのその手、けれど姿を変えてしまったその手、そこにあらゆることを悟るように、カゲイチの表情は、儚く一気に失墜してしまったようだった。

『……べ、別に三日月の機人が確かなら私は何でもいいわ……』急変したカゲイチを知らず、唐突に激昂したカゲイチを宥めるように、通信越しにネネは呟いた。

「繋いだ……繋いだんだ……母さんとッ……!俺はッ……!俺はッ……!!」フーッ!フーッ!と乱れた呼吸をしながら、カゲイチは自分の義腕を見ていた。

『……それじゃあお願いするわ』カゲイチの耳元で鳴る通信。冷静さを欠いて虚ろなカゲイチは通信に反応を見せない。しかし次のネネの言葉に——

『その三日月の機人を、破壊して』

「——————!!!!!!!!」ハッとカゲイチの顔が、残酷に目覚めた。そして矢継ぎ早、次にその顔が潰れるように歪んだ。

「ふざけるなッッ!!!!そんなことできるものかッッ!!!!!!あってなるものかッッ!!!!!!!!」

『外が危険よッ!!このままじゃいずれ全滅するわッッ!!』

「母さんだッ!!母さんなんだぞッッ!!今目の前にいるのはッッ!?何故破壊するッッ!?!?」

『言ったでしょッ!!それはエネルギー源なの!!E戦線における全機人兵のねッ!!そこにいたってことは、もう確定よッッ!!だから一刻も早く破壊してッッ!!!!』

「違うッッ!!母さんだッッ!!!!」

『違わないッッ!!エネルギー源よッ!!』通信越しに、激しい言葉の応酬。カゲイチはその涼しげな顔を崩壊させ、敵意さえ滲ませる表情を見せるが、ネネも一切を譲らない。

「間違いないッ!!今俺の目の前にいるのはッ——」

『あなたの目の前にいるのは三日月の機人よッ!!人間を育てる為に作られた機人ッ!!その為に特殊な物質で製造された演算装置を搭載した特別な機人ッッ!!機人共はその三日月の機人の特殊な物質と演算装置を利用してッ!!莫大なエネルギーを生成してッ!!さらに異形機人なんてものまで生み出してッッ!!私達を侵略しようとしてるのッッ!!』

『E戦線全ての機人兵の元凶なのッッ!!三日月の機人はッッ!!!!E戦線の諸悪の根源なのッッ!!!!あんたの目の前にいる機人はッッ!!』

「そんなこと……ッ!!」カゲイチは顔を落とし、ギリリと強く歯軋りを鳴らす。ネネは畳み掛けるように、容赦無く言葉を浴びせ続ける。

『そもそも三日月の機人を取り戻したところでどうするわけッ?!!?機人はもう全て人類と敵対してるっていうのにッ!?機人と共に生きる世界なんて微塵も残ってないのにッ!?あんたがいう母親なんてものはッ!!もう絶対どこにもいないはずでしょッ!!』

「ッッ——!!黙れッッッ!!!!」鬼の形相で叫ぶカゲイチ。目は血走り、再び我を忘れたように取り乱す。

『黙れッ?!そんなことしか言えないってことは、図星じゃないのッ!?本当はあなたも分かってるんじゃないのッ!?母親はもういないッ!!いたところでどうしようもないってッッ!!失ったものはもう取り戻せないってッッ!!』

「黙れッ……!!黙れ黙れッ!!!!」ガリガリと乱暴に頭を掻き毟るカゲイチ。

『そんな分かりきってたことをッ!!あなたも最初から分かってたんじゃないのッ!?どこかで感じてたんじゃないのッ!?それでもどうしようもないからそれに縋ってただけなんじゃないのッ!?現実から目を逸らしてッ!?現実を見ない為にッ?!』

「黙れッッ!!!!黙れ黙れッッ!!!!黙ってくれぇッッ……!!!!」カゲイチは立ったまま頭を抱え込み、自分の髪を強く引っ張る。

『いい加減現実を見なさいッッ!!もう母親なんてどこにもいないのッ!!もうとっくにあなたの世界は終わってるのッッ!!!!』

「……何が分かるッ……!あんたに……ッ!何も知らないあんたにぃッ……!!」

『何も分かってないのはあなたの方ッ!!何も知ろうとしてないのはあなたの方でしょッッ!!今やるべきことをやりなさいッッ!!果たしなさいッッ!!!!その三日月の機人を破壊してッ!!エネルギー源をぶっ壊してッッ!!外の機人兵を止めてッッ!!外にいる者達を救いなさいッッ!!!!組織原則を思い出しなさいッッ!!銀葬兵としての責務を貫全うしなさいッッ!!!!』

「……黙……れッ……」カゲイチは頭を抱えたまま硬直し、静かに言葉を落とした。ネネはトドメを刺すように、さらに語気を強めて叩きつける。

『女々しくいつまでも未練がましくしてないでッッ!!マザコンでいないでッッ!!前を向きなさいッッ!!もう母親はいないッッ!!その現実を認めなさいッッ!!受け入れなさいッッ!!このままじゃ全員死ぬのッッ!!また全部奪われるのッッ!!だから三日月の機人を破壊しなさいッ!!!!』

「……黙ッッ……れぇ……ッ!!」

『今すぐッッ!!一刻も早く目の前の機人をぶっ壊してッッ!!あなたの目の前の機人は母親じゃないッ!!母親でなんてありえないッッ!!もう人類の敵になった憎むべき敵ッッ!!ただの機械ッッ!!!!鉄屑にッッ——————!!!!』

「ッ————!!!!黙れ黙れ黙れぇぇぇッッッ!!!!!!」ブチッ!!カゲイチは喚き散らかしながら、自分の耳を引きちぎる様にピアス型通信機をもぎ取った、。

「黙れぇぇッッ!!!!!!」パンッ!!取った通信機を床に叩きつけるカゲイチ。

「黙りやがれぇぇッッッ!!!!!!!!!!」ブチッ!!パンッ!!もう片方のピアス型通信機も同様に床へと叩きつけた。

「黙れと言っているッ……!母さんだッ……!!母さんなんだッ……!!」ハーッ!!ハーッ!!乱れた呼吸、ギラついた瞳。頭に血が上り詰め、カゲイチは感情を制御できないでいる。

 ——ビッ!!ビリリリッッ!!——すると突如、祭壇の上で磔になっている機人の腕元からスパークが飛び散った。

「ッ——!?!!?」即座にその方へ顔を上げるカゲイチ。フォオンッ!!フォオンッ!!フォオンッ!!——さらに続けて不穏なアラート音のようなものが響き渡ると同時、カゲイチの左右、空間の端に一列に立ち並ぶいくつものコントロールパネルが一気に赤く光った——不気味に赤く照らされる祭壇の間——銀の教会のようなその内部。

『『『『『エラー発生、エラー発生、ロックシステムを停止してください、ロックシステムを停止してください』』』』』そしてそこに、一斉に発せられた機械音声が合唱するように重なり、反響した。

「ッ!!」カゲイチは一つのコントロールパネルのもとまで駆け足で向かい、エラー画面に被さって映し出されているSTOPのコマンドボタンを即座に押した——フィィィィンッ……足並みを揃えて通常モードに戻るコントロールパネル、その光。

 ——ガギィィンッッ!!

「ッ!?!?」カゲイチは自分の背後で鳴った音に振り返ると————

「————!!!!」視界に広がった光景に、言葉を失った。カゲイチは振り返った先で、磔になった機人が拘束から解かれ、その機人のすぐ真下にあった小さな足場に立っているのを見たのだった。

 コツ……コツ……足場の段差を静かに降りる機人。しかし丸い頭部前面の円形のモニターには、相変わらず白い大きな丸い瞳がなく、真っ黒なモニターのままだ。

「母……さん……?」祭壇の上で動き出した機人を見上げ、釘付けとなるカゲイチ。しかし身体は勝手に動くように、視線そのままにカゲイチはフラッ……フラッ……と祭壇に近づいていく。

 機人は足場を降りるとそのまま祭壇をまっすぐ歩き、祭壇に続く長い階段も下っていく。瞳を沈黙させ、頭部前面を黒い円で埋めたまま、階段をそっとゆったりと下っていくその様は、まるで停止と起動の間にいるかのようで、不気味にも、神々しくもあった。カゲイチは祭壇の下で、そのようにコツコツと静かに音を鳴らし降りてくる機人を見上げ、呼びかける。

「母さんッ……!」コツ……コツ……

「母さんッ!!」コツ……コツ……

「母さんッ!!!!」コツ……コツ……

 呼びかける声の熱は、機人が階段を一つ降りる度、そうしてカゲイチと機人の距離が一つ近くなる度、一つ、また一つと強く揺るぎなく高まっていった。変わらず一定に冷たい無機質な足音を鳴らす機人とは、ひどく対照的に。

「そうだッ!!母さんだッッ!!!!母さんなんだッ!!母さんなんだよッッ!!!!」コツッ……!機人が階段を降り切った——そうして引っ張られるように、吸い寄せられるように、カゲイチの身体が動き出す頃——

「母さんッ!!」無邪気な子供のような笑みを浮かべて、その機人、追い求め続けてきた母親に駆け寄り、飛び付こうとする、そんな頃————

 ——チャッ!!——カゲイチと真正面に向かい立った機人が突如左腕を前方に上げた、その、次の瞬間————バシュンッ————————!!!!

「——————————?」ビュッ!!——突如カゲイチの左頬を掠めた、一本の紫の光——バゴォォォンッッ!!!!————カゲイチの傍を通り過ぎたその光は、空間の壁に衝突し、轟音を立てて壁を穿った。

「………母……さん……?」シュウゥッ……!——カゲイチは自分に向けられた銃口を見ていた。硝煙を引く、その仄暗い小さな穴を。呆然と、漠然と、何一つ、訳がわからぬ様子で。カゲイチは見ていた。自分に銃口を向けている機人を。自分に一本の光線を放った機人を。母親だと信じて疑わないその機人を、ただ、信じられないように。揺れ迷う瞳で、深く、遠く見つめていた。

『……よぉ……聞こえるか……?』カゲイチから離れ、床に転がっていたピアス型の通信機が、固まった空気をそっと裂くように控えめに鳴った。

『母親はいたか……?お前の探してたもんは……お前の求めていたもんは……あったかよ……?』広々とした教会のような空間で、電波に乗ったアレックスの声だけが、唯一小さく響く。

「……あ……あぁ……いた……いたぞ……問題……なく……」カゲイチは銃口を向け続ける機人と向かい合ったまま、か細い声で答えた。

『……そうか……そりゃよかった……本当に……よかったぜ……本当にな……』カゲイチの弱々しい声は何とか通信機に拾われ、アレックスのもとへ届いたようだった。

『こっちも……何も問題はねぇぞ……安心してくれ……』ババババッ!!わ"ぁ"ぁ"あ"ッッ!!ウ"ぇあ"ッッ!?アレックスの声のほんの少し向こうから、銃声が、悲鳴が、断末魔が、絶えず通信機に押し寄せていた。アレックスの声の裏のその悲惨な音に、ほんの少し、カゲイチの視線が引っ張られた。

『……ゆっくりやれ……お前の納得いくまで……こっちは……何も……問題ねぇんだからよ……』

『ッ"ウ"ッ"ギャぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ァ"ァ"ッッア"ッッ"!!!!!!!』アレックスが言い終わると同時、その一瞬の隙間に押し入るようにして、通信機から痛々しい叫びが噴出した。目の前の機人と、通信機の間で板挟みになるようなカゲイチの瞳。擦り潰されそうなその紫の眼差し。今にも彼の心臓の音がそこに聞こえてきそうな程、カゲイチの表情は切迫していた。

『好きなようにやれ……お前の出す……答えの——』

「違うッッッ!!!!」カゲイチは唐突に、衝動的な様子で声を上げた。

『……ッ?』通信機の向こうでアレックスの息遣いが僅かに変わり、通信機越しに彼の訝しむ様が伝わる。カゲイチは顔を落とし、自分自身に確認するように言葉を並べる。

「……いた……母さんだ……母さんのはずだ……母さんに違いない……間違いない……間違いない……なのに……なのにッ……!なのにッ……ッ!!」そうしてカゲイチは一つ言葉に詰まりつつ、顔を起こし————

「母さんじゃないんだッ————!!」あまりに悲しげな顔を、瞳を、正面の機人へと向けた。

『……どうなってるんだ?お前の母親は……?』

「ッ…………」言葉を詰まらせるカゲイチ。

『……答えられるだけでいい』

「……………………銃口……を……向けている……」

『……どこにだ?』

「ッッ……!!!!」再び言葉にどん詰まるカゲイチ。それでもそれはきっと、出す言葉がないからではなかった。行き詰まった現実に、その身体の内でどうしようもなく暴れ乱れる想いが、そうして氾濫する言葉が、心で、喉奥で、混み合いへし合い、大渋滞を起こしてるからに違いなかった。

『……』アレックスは静かにカゲイチの言葉を待っていた。

「……お……ッ————!!!!」そうしてカゲイチは、一つの亀裂を入れるように音を漏らすと————

「俺にッッ————!!!!!!」内に膨れ上がった殺到が破裂し、決壊するように——ぎゅうぎゅうになった不快な一塊を吐き出すように——カゲイチは、嘔吐するように言葉を叩きつけたのであった。寂しく潤んだ紫の瞳は、まるで宝石のようだった。機人が差し向ける暗い銃口を映し続ける、その瞳は。祭壇を背後に、カゲイチと向かい立つ機人。何も映していない頭部前面の黒い黒いモニターが、悲しみを全身から滲ませるカゲイチを、鏡のように映し描いていた。まるでカゲイチ自身にその悲惨な姿を示しつけるように、鋭く、痛く、それでもどこか、尊く、カゲイチの悲しみを反射していた。

 時が止まったように硬直するカゲイチと機人。沈黙するだだっ広い空間。それでもそこには、見えずともカゲイチの悲しみが、聞こえずともカゲイチの嘆きが、一面に描かれ、鳴り響いているようだった。涙が、時期にカゲイチに追い付く、そんなことを、確かに思わせながら。

『……俺はよ……なぁ……母親から生命装置を外す————この戦いが終わったら……そうするって決めたんだ』

「……?」静かに鳴った通信機に、虚なカゲイチの視線がもたれかかる。淡々と、ボソボソと、それでも確かにアレックスは言葉を刻んでいく。

『そうして母親を弔い、供養してやるって決めたんだ……そろそろ楽にしてやらねぇとなって思ってよ……死体同然で縛り付けられる母親を……そして……それに縋り付いてる……俺自身もよ……』

『母親と別れる……帰ったら……いよいよな……そう……決めたんだ』

「ッ……」カゲイチは通信機から目を逸らした。拒絶するように、まだ彼は、共感などできないように。

『……どうしてだろうな……?そんなことを決めたのは……もう随分とずっとその為に生きて……戦ってきたっていうのに……?』

『……でも多分、俺は分かってたんだろうな……自分のやってることが、決して叶いやしないことを……どうにもならないってことを……ただ悲しみから、喪失から目を閉ざし、それをいつかに先延ばししてるだけってことに……』

『俺はきっと分かっていた……いつかは、そうしなきゃならないこと……あぁそうだ、いつか、いつかきっと——母親と……愛するものとッ……別れなければならないことをッ……!』

『……俺は、俺はきっと最初から分かっていたんだ……ただそれを、俺は分かろうとしなかった……それをありのままに、知る勇気がなかったんだ……できる覚悟なんか以前に……知るだけの度胸すらもな……』

『それを知ってしまえばもう……明日に進む意味を見失ってしまいそうでよ……』

「ッ……!」ぎこちなくつっかえるアレックスの言葉を聞くカゲイチは、顔を落としていた。その紫の瞳は細かく揺れ、絶えず震えていた。通信機から送られるアレックスの声だけが、空間の中で小さくも、まだ確かに鳴り続ける。

『……でもな、ある時スッと心に入ってきやがったんだ……敵だったお前を仲間だと感じたと同時に、不思議と自分の運命を受け入れるように、母親と決別する——その勇気が、覚悟が、不意に俺の中に芽生えたんだ』

『ワケは今でも分からねぇ、不思議なまんまだ……けどよ、母親だけがたった一人の家族……愛するものといえば、愛せるものといえばその母親一人……そして、その母親を……愛を失ったッ……同じ愛を持ち、同じ傷を負ってる奴がいる……それが何だかよ、やけに俺を勇気付けやがるんだ』

『母親を。愛を取り戻す……あの頃みてぇに、あの頃をもう一度……そんな叶いやしねぇ願いを、届きや……辿り着けやしねぇ光景を追い求め続ける……そんな傷だらけの愛を、そんな運命を背負った奴が、そんな自分に似た野郎がッ、仲間がッ……!たった一人いる、たった一人だけいたッ……!そんなちっぽけな事実がよ……どうしてだか、俺を無性に奮い立たせやがるんだ……一人じゃない——そんなくだらないことが、俺を……あまりによ』

「ッ————!!」パチっと、カゲイチの目が咲いた。アレックスの言葉が、想いが、彼の胸に優しく染み渡るように。その渇きを、潤すように。

『愛するものを失って、歩き方さえ忘れちまったようなどうにもならねぇ世界をよ……それでも、もう一度……無様でも歩いていける気がする程に……どうしようもねぇ俺を救いさえしやがるんだ……お前がいる——そのたった一つのことが、今、俺にとってはな……』

『誰にも言えねぇ、誰にも理解なんてされねぇ……そう思ってた……俺には……』

「……」カゲイチは床を見つめていた。思い詰めた様子で、それでも何かを手繰り寄せるように、瞳は彷徨いながらも、一点を見つめようとしていた。

 バババッ!!ドシュッ!!ウ"ギャァ"ァッ!!————変わらず通信機から漏れ伝わる、悲惨な戦場音々。変わらずカゲイチに銃口を向ける彼の正面の機人。変わらない世界。その中で、ただ後通信機を介したカゲイチとアレックスの関係だけが、その不安定な絆だけが、辛うじて息付き、脈動し、時を移ろわせる——微かに、それでも確かに、二人だけが、何かを、まだほんの少しだけ、何かを——変えながら——

『だからよ……俺達二人なら、歩いて行ける気がすんだよ……この先も、手を貸し合う仲間がいるなら、肩を授け合う奴がいるならッ……!支え合うように、傷を舐め合うように、挫けそうな時によ、縋り、寄りかかり、もたれかかる友が——いるならよ』

『寂しくねぇ、孤独なんかじゃねぇッ……!一人じゃねぇ……あぁそうだぜ、一人なんかじゃねぇッ……!!母親と永遠の別れを告げる、この馬鹿げた末路を、歩むのはよ……そんな虚しい明日を……歩んでいくのはよ……』

「ッッ————!!!!」カゲイチの瞳が激しく揺らぐ。例えばその顔で、激情が行き場をなくすように。

『母親が、愛がよッ……!どれだけ変わり果てようと、どれだけ遠くなろうと、どんなものに……どんなカタチになろうとッ……!俺達の愛は、変わらねぇはずだッッ……!!』

『そのカタチがたとえ、不在だったとしても……だってそうだろ?愛は、対象じゃ決まらねぇんだからよッ……!』

「————!!」透き通った表情が、束の間の晴れ間のように、カゲイチの顔に優しく過った。

『愛の対象がいなくなったからって、見えなくなったからって……どこにもいなくなったからってッ……!俺達の愛が変わるか……?……変わるわけねぇ、そうだろ?』

『だからよ、愛は対象じゃ決まらねぇのさ……決まるわけが……ねぇのさッ……!』

「……」愛は対象で決まるのだろうか——陰鬱な病室で発したその自分の問いが、声が、光景が、ふとカゲイチの脳裏に過っていた。

『愛は、俺達が信じる限り……変わらねぇッ、砕けねぇッ……!たとえその対象がどこにもいなくたって、もう二度と、会えやしなくたってッ……!俺達の愛はッ……!!なぁ?そうだろ?!いやそうだ、そうに違いねぇんだッッ!!』

『だからよ、そんな同じ愛を持つ者同士、それでもその愛に不安になった時ッ、迷っちまう時ッ!無くしちまいそうになった時ッッ!!それでもッ……信じ切れなくなった時……言葉を掛け合う奴がいれば……その道を進めなくなってしまいそうな時に……身体を預け合う奴がいればッ……!きっと、きっとよッ……!!そんな道も、明日もッ!!どこでも歩いていける気がするんだよッッ!!お前と俺ッ……俺達2人ならッ!!きっとッ————』

『——アッ?!アリエフ殿!?そ、その身体ッッ!?』しかし突如通信機から飛び出したドティ・パールマンの切迫した声。

『お、おいッ!!誰か救助をッッ————!!』カゲイチはその声に、あまりに不安げな顔を通信機に向ける——

「……おっ、おっさん……?あんた、今どう————」

『——だからよッ!!カゲイチッッ————!!!!』

「——————!!!!」が、カゲイチを跳ね返すように飛び出たアレックスの言葉——カゲイチの名を呼んだその一声は、淀んだカゲイチの顔を一瞬にして澄み渡らせた。揺らぎ止むその瞳。名——それを確かに呼ばれたことで、はっきりと自分を、そして現実を悟ったように。存在の感覚——名を通して、不意に、それでも確かにそれを実感するように。腑抜けたように力の抜けていたカゲイチの右の生身の手が、ひそかにグッと一つ、握られた。そして通信機から最後の一滴を絞り出すように、苦しくも力強いアレックスの声が、託すように刻まれた。

『……だからよ、カゲイチ』

『過去を振り返るのはもうやめだ。俺達がどれだけ過去を振り返っても、過去は、俺達に振り向いちゃくれねぇのさ』

 ——バババッ!!銃声。ウ"ギァ"ァ"ァ"ッッ!!阿鼻叫喚。通信機の冷たい悲惨な背景は、後ろは、何も、凍りついたように、変わっていなかった。それでも——

『ヘッ、仲間だってのに、友だってのに、相棒……だってのによ……名前の一つも、呼べちゃいなかったじゃねぇか……すまねぇな』アレックスの体温だけは、まだ確かに、伝わっていた。

「——ッ!!おっさッ——————!!」

『バッ!!ゴオォォォォンッッッッ!!!!!!!!ザッ——!ザザッ————————』ブツッ————突然の強烈な爆発音と共に、通信はノイズを吐いて途絶した。カゲイチの呼びかけは虚しく、あてを失い、無機質な空間へと散った。


 ドッ!!通信が途切れた直後、カゲイチは膝から崩れ落ちた。今にも泣きそうなカゲイチの顔には、幾重にも折り重なった様々な感情が騒がしく、忙しなく走り回っている。

「母さん……俺はッ……!!」上に聳える祭壇を背後に、銃口を向け、目の前に立つ機人へと跪くカゲイチ。その光景は、また祈りを捧げるようでもあった。

「母さん……母さんだよね……!?そうでしょ……?」

「母さんッ!!」

「母さんッッ!!!!」前のめりで呼び掛けようと、機人が向ける冷たい銃口に届くことはない。目覚めさせることもなく、変わらず機人の前面のモニターは黒く沈黙したままだ。

「……何か言ってくれッ……!母さんッ……!やっと……やっとここまで来たのに……探し続けてッ……呼び続けてッ……!ここまで来たんだからッ……!」

「俺はッ……!!ずっと……ずっとずっとここまでッ……今までッ……!!」カゲイチは顔を落とし、無念をボトボトと溢した。膝に乗せた手をきつく握り締めて。青筋立つ程に、唇を噛み締めて。

「母さんッッ!!!!!!」いよいよ追いついて来た涙をパッと散らし、まだ一度だけ、顔を上げて呼び求めるカゲイチ。しかし暗い銃口、出逢うことのない眼差し、カゲイチに広がる光景は、世界は、何も変わらず閉ざされていた。

「ッ……」再び顔を落とすカゲイチ。跪いたまま、どうしようもなく。ポタッ……ポタッ……ポタポタポタッ!にわか雨後、豪雨。カゲイチに追いついた涙は、次にカゲイチを追い越すように、絶えず地面に向かって走り出していく。シクシク。無機質な空間に、行き場のない啜り泣きが、虚に彷徨い、無惨にこだまする。

「母さん……俺は…どうすればッ……!?外を……全員をッ……救う為に母さんを犠牲にするなんてッ……!俺にはッ……!!」

「どうしてッ……!?おかしいじゃないか……そんなのッ……!そんなのッ……!!」

「母さん……俺はッ……!俺はッ……!!俺はただずっとッ……!!!!」

「母さんといたい……だけなのに……」沈み落ちるその身体。萎み散るその言葉。一人の少年が涙に沈没し、窒息する頃——少年は、少年だけは、不意にある一つの囁きを耳にした——

『カゲイチ——』女性、母親のような、温かいその声色——

「ッ!?母さんッッ!?!?!」カゲイチはその声を聞くなり、勢いよく顔を上げ、飛び上がるように立ち上がった。しかしカゲイチの前に立つのは、相変わらず沈黙した黒い顔で銃口を彼に向き続ける機人だけである。

「ッ——?!」カゲイチが泣き顔に戸惑いをチラリ覗かせた、その時——

『振り返らないで、聞いてください』カゲイチは自分の後ろに、再び母親の音色を感じた。

「かっ……母さッ……!」動転した様子ながら、カゲイチは聞き分けよくじっと固まった。まるで後ろから機人——自分の母親に抱き締められているかのように。

『もう大丈夫ですよ……もう……十分です……カゲイチ……』

「……何が……?何がだよ?!母さんッ!!」

『もういいのです……カゲイチ……』

「だから何がだよッ!?母さんッ?!探すのが?!取り戻すのが?!やっとここまで来たのにッ?!やっとこれからだってのにッッ?!」

「ねぇッ!?母さんッ?!」何処からともなく、理由もなく、根拠もなく、正体も真実も分からず、それでも後ろから確かに、時に心の奥底から到来するようなその声に、母親に、カゲイチは全力で応答した。

『もう十分伝わってます……カゲイチ……あなたの愛は……』ぎゅっ……カゲイチは一つ、深く抱き締められる温度を感じた。もはや理由など、ワケなどどうでもよかった。確かに母親がそこにいるという感覚、そんな他者の感覚、そんな母の存在の感覚に触れていたのだから。聞いて、見てさえいたのだから。たとえそれが錯覚だとしても、幻覚だとしても。カゲイチの感情は、涙は、ただありのままに真っ直ぐ湧き上がっていく。

「違うッ!!そんなわけないッ!!俺はまだ母さんに何もできてないッ……!何一つッ……!!母さんにしてあげたことなんてッ……!!!!」

「俺を育ててくれた母さんにッ……!!たった一人の家族にッ……母さんにッ!!してもらったばかりで……!家族も居場所もなかった孤独な俺にッ……そんな捨てられただけの俺にッ……!!たくさんの愛をくれてッ……!!くれたばかりでッ……!!俺は……ただもらったばかりでッ!!!!」

「俺はッ!!俺はまだッ!!何一つ母さんにできてないッ!!!!何一つッ!!何一つだッッ!!!!!!!」

『カゲイチ……私はもうあなたから数えきれない愛をもらってますよ……私の方こそ……あなたからいただいたばかりです』

「違う……違うよッ……!母さんッ……!!俺はッ……!俺はまだ何もッ……!!」

『ほら……泣かないの……カゲイチ……あなたは胸を張っていいんですから……』カゲイチの瞳から絶えず走り落ちる涙は、その下で水溜まりとなって降り積もっていた。そんな涙溜まりが匿うように、その中で、泣きじゃくるカゲイチを揺れ映していた。

「返してあげたいんだよ……返さなきゃならないんだよッ……母さんからもらったいっぱいの愛をッ……!今度はッ……俺がッ……!!」

「だから母さんを探したんだ……探し続けたんだッ……呼び続けたんだッ……!戦い続けたんだッ……!!俺はッ……!!母さんの為だけにッ……!!あの頃を取り戻す為にッ……!!!!ずっと……ずっとッ……ずっとッ!!」

「そうすれば……できる気がしたから……返せる気がしたから……母さんにたくさん……いっぱいッ……!贈りたいものをッ……!!果たしたいことをッ……!!誓ったことをッ……!!……ちゃんと……全部……母さんに……」

『カゲイチ……』

「俺のたった一人の母さん……俺を形作ってくれた母さんに……お返しがしたいんだ……それが俺の使命……それが俺の存在の責任ッ……!母さんがいなければ……俺は……俺という存在は……決してないんだからッ……!」子供のように、母の温もりに包まれ涙を溢すカゲイチ。彼はもう、その感覚が、母が、母の体温が、現実であることを疑うことなど決してなかった。確かにその身体に、その奥に、母を感じ、捉えていたのだから。自分勝手な感覚は、それでも一つ、確かな世界だった。

『ありがとうカゲイチ……誰かを想うその優しさも……泣き虫な所も……あなたが小さい時から何も変わらず……あなたのまま……温かいままです』ウッウッとカゲイチの嗚咽は、止まることを知らない。内側から溢れ出す想いが、グツグツと煮え繰り返るように鳴るその泣き音。

 ——キラキラッ!するとカゲイチの背後で銀の粒子がパッと出現し、星屑のように煌めいたかと思えば、次にその白銀の粒子は結集し、機人の姿を形取った。ホログラムのように空間に現れた機人は、まるで母親の日常姿というように、優しいピンクのエプロンをかけていた。突如輝き出た銀の粒子が形成したその虚像——しかしそれはまた、カゲイチが今確かに感じている揺るぎない母親の実像でもあるようだった。カゲイチの心と現実の世界——それらがまるで今この瞬間、境界線を溶け合わせ、一つに抱き合うかのように。現れたその機人——カゲイチの母親は、今一度彼を背後から強く、温かく抱き締める。

「でももういいんですよ。私はね、カゲイチ……あなたに生きて欲しいのです。私の為ではなく、ただ、あなた自身の為に。あなたが、あなたらしく、これからは……」 「イヤだッ!!そんな"のッ……!!そんな"の絶対にイヤだッ!!俺はッ……!!まだ母さんにッ……!!母さんに"ッッ!!!!」

「何も心配いりませんよ、カゲイチ……だから……n」

「イヤだッ!!!!イヤだイヤだイヤだッ!!!!イヤなんだッ!!!!母さんがいなくなったらこの想いをどこに向けたらいいッ!?誰に向けたらいいッ!?この感情をッ……!この感覚をッッ……!!この愛をッッ!!?」

「分からないッ……!!分からないんだッ……!!母さんのいない世界でッ……!母さんのいなくなった世界でッ!!笑顔をどこに向ければいいかッ!!涙をどこに落とせばいいかッ!!!!だって全部全部ッ!!母さんに教えてもらったことなんだからッ!!」

「だから不安なんだッ!!怖いんだッ!!怖くてたまらないんだッ!!母さんのいない世界じゃッッ!!!!ただ歩くことさえッ!!ただ息することだってできないんじゃないかってッッ!!!!!!」

「怖い……怖いんだよ……母さんッ……!」目の前で沈黙した顔で銃を向ける母親であるはずの機人と、背後から優しく抱き締めてくれる虚像の母親の機人。そんな冷たい現実と温かい幻の間で、カゲイチの涙が一つ、また一つ、その隙間を必死に埋めるように落ちていく。

「大丈夫、カゲイチ。あなたは強い子です。どんな時も負けずめげず、諦めない子でしたよ。勉強も運動も……あなたはできるまで、無我夢中でやっていました。時にちょっぴり頑固で負けず嫌いが過ぎましたけど……」機人の母親が微笑んだ。表情なきその顔で、それでも。

「母親が、私が機械であることを馬鹿にされた時は、いつも私を守るようにそれを決して許しはしませんでしたね……同い年の子供でも、自分よりも何倍も大きい大人でも……どんな困難にも、この子は……この子の優しさは決して折れだろうと、いつもあなたをずっと間近で見ていた母として感心していました。いつも一番側であなたを見ていられた、母親としてね……」

「だからこれからも……たとえ私がいなくても……きっと……ね?」

「イヤだッ……無理だッ……!母さん"がいない世界はッ……!!母さん"に何もできないで終わるのはッ……!!」溺れるその紫の瞳。絶えずその紫の水晶が細かく切り落とされていくように、淡い涙が、カケラとなってつらつらと溢れていく。

「私は、カゲイチ……あなたにもっと外を向いて欲しい……もっと外を向けると思っています……あなたは、あなたの優しさは……私だけに閉ざされて欲しくないのです」

「あなたは、きっとあなたの優しさは……誰かを救ってあげられる。私をいつも、いつもずっと、救おうとしてくれたように……あなたの優しさは、他の何かに、誰かにきっと向けられる、きっと届いてくれる……だから……ね?」

「ぃヤダッ……!!母さんッ……母さんッ……!!俺はッ……!俺はッ……!!」

「母さぁ"ぁ"んッ……!!」絞り出るような涙。あまりに速く遠く伝った涙が、時期に尽きる、やがて枯れる——その果てが切なく、ひんやりと、過ったような気がした。

「カゲイチ、大丈夫です、あなたならできる。そしてあなたなら、それをもう分かってる。それをもう、決めてるはずです。あなたは、あなたの優しさは、もう向かうべき道を向いている……私は、母として、それが分かるのです」

「だってあなたは、迷わないはずだから」

「ッ————!!」カゲイチは本心を抉り出されるように、激しく涙を散らした。

「本当に私なら、本当にそれを望むなら、あなたは迷わない。あなたは、信念を曲げない子なのですから。あなたは、あなたの優しさは、まだ少し素直になれていないだけ……まだ少し、これからの新しい世界に慣れてないだけなのです……」

「あなたの母親として、あなたを育てた母として、あなたを一番身近で見ていた私として、カゲイチ、あなたのことなら何でも、胸を張って言えますよ」

 ——ザザッ!すると床に転がる通信機が音を鳴らし、戦場の声を落とした。。

『だッ……!誰かッ!!誰かッ!!』

『応援はッ!?応援はもうッ!?』

『このままじゃッ……!!もう俺達は全員ッ……!!』

『『『ウ"ギァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッッッーーー!!!!!!!!』』』誰とも分からない戦場の者達のSOS、悲鳴、断末魔。変わらないその戦場の音が、カゲイチの瞳を、カゲイチの全身を割れ砕く程に激しく揺さぶる。彼の足場を刻一刻と崩すように、彼の世界を一つ一つ奪い急かすように。

「ッ"ッ"……!!でもッ……!!でも母さん"ッ!!俺は"ッ……!!俺は母さんに何もできてないッ……!!何も"ッ…!!何に"も"ぉッッ!!!!」

「いいえ、カゲイチ……私はもうあなたから十分の愛を授けられてますよ。かけがえのない愛を、もう……抱えきれないくらい、ちゃんといただきました」

「カゲイチ、私は、あなたが存在しているだけで、もうそれだけで十分なのです。あなたが生きている、あなたがいる、もうそれだけで……もう後は……何も……」

「ただあなたがあなたらしく、あなたの為に、胸を張って生きること、生きていること……それさえあれば私はもう……もう十分なのです。こんな温かい想いを、愛を……機械の私が、あなたに抱けるだけで……」

「母さん"ッ……!!母さん"ッ"……!!母ッ"さ"ん"ッ"ッ"……!!!!」瞳の奥、心の底から振り絞るように、溢れ伝う涙。呼び求める自分の声さえ、遮る程に。

「だからカゲイチ、これからはあなたはあなたの為に生きてください。私の為ではなく、他でもない、あなたの為に。私の愛する、あなたの為に……それが、母からの願いです」

「何もできてないことなんてあるもんですか……私は、あなたがいることで、あなたといれただけで……もう……」

「だから……ね?」カゲイチを抱き締める母の腕の中は、まるでゆりかごのように柔らかく、温かく、カゲイチを無邪気に包み込んでいた。

「母さ"ん"ッ!!イ"ヤ"だッッ!!イ"ヤ"な"んだッ!!俺は"ッ……!!俺は"もう"一度母さんに"会い"た"い"ッ!!会い"た"い"んだッ!!会い"たい"だけな"ん"だッッ!!本当は"ッ!!本当は"それ"だけでッ……俺は"ッ!!あ"の頃み"たい"に"ッ"ッ!!!!」

「母さ"ん"ッッ!!母"さぁ"ぁぁ"ぁん"ッ"ッ!!!俺はぁ"ぁッ"ッ"!!」子供のような喚き、だから母はそっと、ぎゅっと、温もりを添え伝える。

「カゲイチ……あなたの前からいなくなってごめんね、あなたといれなくてごめんね……あなたのそばにずっといれなくて……あなたの優しさに、愛に応えられなくて……本当にごめんね……」

「私が人間だったら……こんなことにはならなかったのでしょうか……?私が機械でなければ……作り物でなければ……こんなことをあなたに背負わせずに済んだのでしょうか……?」

「カゲイチ……ごめんね……?」近く、それでも深く、果てしなく。母はカゲイチを包み抱く。

「違う"ッ!!違う"母さんッッ"!!俺がッ……!俺が何も"できな"いからだッ……!!俺が何も"できな"かったから"だッ!!何も"……何も"できな"いま"ま"でッ……!返せな"いま"ま"でッッ!!!!」

「ごめん"ッ……ごめ"ん"よ"母さんッ……!何も"できな"くてごめんッ……!何も"取り戻せな"くてごめ"んッ……!!何に"もッ……何に"も"ッ"……!!ごめんッ……ごめんよッ……!母さんッ……母さんッ"……!!ごめ"ん"ッ……!」

「母さん"ッ……!!母さぁ"ぁ"ん"ッ"ッ"……!!!!」魂の髄から、燃え出るようなその言葉、想い、愛、そのカタチ————涙。まるで生まれたての赤子のように、無垢に、無邪気に、透き通って泣きじゃくるカゲイチ。そんな赤子をあやすように、彼を抱き抱える母親。人と機械。きっと本当には交わらないモノ、交わらないはずのモノ。それでも二人が描くのは、二人の間に確かになぞられるのは、きっと紛れもない親子の姿、その愛、そのカタチだった。

「……カゲイチ、覚えてますか?あなたが遠足の時、私がお弁当に箸を入れ忘れてしまったこと……」

「う"ん"ッ……!う"ん"ッッ!!」大きく頷く度、鮮やかに散り落ちる涙。

「あの時はごめんね……?あなたがせっかく楽しみにしていた遠足だったのに、私はうっかり……今でも私は、心が痛みます」

「いい"んだッ……!い"い"んだよ"ッ……!!母さん"ッ"ッ"!!何も"気に"してない"ッ……!何も"ッ……痛ん"じゃいな"い"ッ"ッ"……!!それも"何も"全部ッ"……!!母さんとの"大切な"思い出だから"ッ"!!!!」

「ありがとう、カゲイチ……そうですね、あなたと過ごしたかけがえのない時間は、味わい切れないくらいの思い出で溢れてます」

「カゲイチ……そんな風に、あなたの中で思い出となって……いつまでも、いつまでも、あなたのそばにいますよ……カタチを変えて……私は、あなたのたった一人の母親として……いつまでも……ずっと……そばに……」

「母さ"ん"ッ"……!!俺は"ッ"……!!俺は"ぁ"ッ"ッ"……!!」

 ——再び床に転がる通信機から、カゲイチに重くのしかかる無数の戦場の音——

『もう無理だッ!!俺達はこのまま全員ッ!!』

『諦めるなッ!!まだッ……まだ彼がッ……!!』

『彼ッ!?』

『そうだッ!!彼が来てくれればまだ希望がッ!!』

『来やしないッッ!!来やしないよッ!!期待するだけ無駄だッ!!』

『うるせぇッ!!どうせ死ぬなら絶望して死ぬよりマシだろうがッッ!!!!』

「さぁ、カゲイチ、皆が待ってます。あなたにしかできないことがあります。あなたの優しさが、花開く時が来たのですよ」

「ッ"!!ィ"ヤだッ……!母さんッ……!!俺はぁ"ッ"!!!!」内側でのたうち回る想いを抑え込むように、カゲイチは蹲り、胸元を強く抱え込む。コツンッ…——縮こまるカゲイチの背中に、優しくその丸い頭部を当て添えた。

「カゲイチ……あなたと過ごした日々は、私にとっての宝物です……おはよう、いってきます、ただいま、いただきます、ごちそうさま、おやすみ……今でもすぐそこに、その言葉と共に、あなたの顔がはっきりと思い浮かびます……あなたとの日常が、ちゃんと確かに広がります」

「そうやってあなたのそばにいれることが、私の全てでした。毎日が楽しかった、全力だったなぁ……ねぇ……?カゲイチ?」

「ッ"う"ん"ッ!!う"ん"ッ"ッ"!!」強く深く頷く度、まだ最後しがみつくような涙、それでも名残惜しく散るその雫。

「カゲイチ、あなたの笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、拗ねた顔も、いじけた顔も、甘えた顔も、寝顔も、起きがけのぼっーとした顔も、何気ない顔も、何もかも全部全部、愛してます」

「カゲイチ、ただの機械の私に、果てしない愛をくれてありがとう、こんな無機質な私に、温もりを与えてくれてありがとう、心を授けてくれてありがとう、作り物に過ぎない私に、あなたという幸せを、日常を、毎日をくれて、感じさせてくれて、本当にありがとう」

「あなたの命に宿らせてくれて、本当に……本当にありがとう」

「母さ"んッ……!!母さ"ぁ"ぁ"ぁ"ん"ッ"ッ"……!!!!」涙は最後、枯れ間際に大きく、止めどなく、どこまでも大輪の如く溢れ咲く。それを受け止めるように、母親も、最後凛々しい愛を、その両手に込めて、息子を包み抱く。

「あなたと出逢えてよかった、あなたといれて本当によかった、あなたの母親で、本当に……よかったよ、カゲイチ」

「あ"ぁ"母さ"ん"ッ"!!!!母さ"ん"母さ"ん"母さ"ん"ッ"ッ"ッ"!!!!!!!!」

「カゲイチ、愛してます。どれだけ世界が変わっても、どれだけ世界が遠くなっても、どれだけ世界が壊れても、カゲイチ、私は変わらずあなたを、あなただけを愛し続けます。同じ愛で、ずっーと、ずぅっーーと……ね?」

「何度だって、ずっと、あなたの母親でいたいから」

「母ッ"……さッ……!」

「だから……カゲイチ————ね?」

「え"ぁッ"!?!?」ドサッ!——カゲイチは突然後ろに感じていたはずの母の感覚がなくなったと同時、力が抜けるように膝から崩れ、そして————

「前を向きなさい、もう振り返らず、あなたの道を行きなさい」

 ——消えた母親、機人の幻影。静まり返った銀色の空間、教会のような祈りの場所。残響のように響いたその告げ——少年、失った母親の感覚、その温もり——

「ッ"!!母さんッッ——」咄嗟に身体を起こし、最後縋り付くように、前方に呼び掛けた少年は——

 バッシュンッッ————————!!!!

「ッ————」しかし行手を阻むように少年の傍に、一本の光が今一度、掠め過ぎった。今度は少年の頬をほんの僅かに撫でたその光——ツー……頬に付いた一つの線傷から血が落ち伝うより速く、少年の涙が、その上を伝い越していった。

「母……さん……」カゲイチは見ていた。祭壇を背後に、変わらない銃口を向け、前方に立つ機人を、母親を。そして沈黙していたはずのその瞳——二つの大きな白い瞳が今、確かにはっきり映し出されていることを。その優しげな眼差しを、カゲイチは確かに見ていた。

「ッ……」カゲイチは目を閉じた。深く、優しく、それでも強く、涙のその最後の一滴を刻み出すように。

「母さん————」そしてそっと、もう一度前に開き向くその瞳。涙はもうなかった。もう涙は捧げ尽くしていた。ここが、涙の行き止まりだった。

「ただいま——————」バッ!!ピシュンッ!!——右手で、まだ残る自分の手で構えた柄、伸び進んだ光の刃——薔薇のように真っ赤な、その光。

 ダッ————家に帰るその足を前に、その剣を前方に、その想いを前面に、その愛を、明日に——少年は、果てしない一つの決断を、ついに踏み出した。進み行くその姿、近づいていく母と子、遠ざかる為に縮まっていく、儚きその間——あと少し、時期に埋まり散るその間に、問いが挟み入る。母親に、その運命に向かい行くその少年の中に、いくつもの問いが——

(……俺は分かっていたのだろうか……?こうなることを……こうしかならないことを……本当に……?)

(……母さんが消えたあの日から……母さんを取り戻すと誓ったその日から……戦い……探し続けたこの日まで……俺は……心の奥底で……身体のどこか隅で……絶えず……本当は……ずっと……?)

(この光景を……どこか知ってさえ……いたのだろうか……?)カゲイチの視界で、一つまた一つと近くなる母、大きくなるその愛。それでいて、右手には、どこまでも逆さまな赤い決意、その切先。

(……これから先……あなたがいない世界で……俺は……俺はあの頃のように……あの頃によく似て……また笑みを浮かべることができるだろうか……?涙を溢すことなどできるだろうか……?そんな風に何か……心を感じるようなことが……?愛を抱く……そんなことが……?)

(笑顔の向け方……涙の落とし方……息づき方……愛し方……何もかもあなたが教えてくれたというのに……何も全て……全部……あなたがいた世界で知ったというのに……)前行くカゲイチは不意に後ろに、さっきの母親の感覚を、あの頃の温もりを感じたような気がした。後ろ髪を引かれるように、虚しいくらい、懐かしく。でも、それはただきっと、そう感じたいだけだった。そう、忘れることなどできないだけだった。進み行く歩は、もう決して、後ろへは、昨日へは、過去へは、進めないのだから。だから、だからカゲイチはただ、前だけを変わらず見続けていた。

(……それでも……あなたがいた世界……あなたが……ただ中心でいてくれた世界……それが……ただ……あなたがいない世界……そんな風に……あなたという不在が……ただまだ世界の中心にいてくれる世界になるだけだというのなら……そんな風に……世界の中心が……あなたの存在から、不在に取って代わる……ただッ……それだけのことだというのならッ……!そんな風に、あなたがいつまでもそこにいる……そんな風に、そこにいるのがいつまでもあなたなら……!!)

(悪くないッ……)

(存在を超えて……喜びも楽しさも嬉しさもッ……優しさも温もりも輝きも飛び越えてッ……!!不在さえ……喪失さえッ……痛みさえ苦しみさえッ……!!悲しみも寂しさも何もかも全て愛せるというのならッ……!!愛すことができるというのならッ……!!)

(そんなのも……悪くないッ……!)

(それこそが愛だと呼ぶのならッ……そんなのもきっとッ……悪くないッ……!!)

(愛がなくなったような世界でさえッ……本当の愛は……消えることなどないというのならッ……そんなのも決してッ……!悪くないッ!!)

(存在も不在もッ……明るみも暗がりもッ……!!その全てが、母さんを愛することだというのならッ……!!)きっと今にも吹けば飛んでしまいそうな、覚束ない応答、頼りない答え——それでもその答えは、追いかけてくる問いかけを、今は確かに堰き止めてくれていた。間もなく閉じる、母と少年の距離、その間。いよいよ幕降りる、その存在。これからの感覚はきっと、その名残り。変わらずそこにいる母。絶えず進み移ろう少年。残酷な程に愛を撃つ、少年の右手の剣、その光。赤から青へ、そして銀の光へ——二人の最後の距離が失われる度、溢れ出る少年の愛を描くように、光は色を変えて輝いていく。眩く、強く、深く、どこまでも。

(そうさ……もういない……きっとだから……いつでも近くに感じる……近くで会える……そんな気がするのも……)刻一刻と消える、もう一度出逢い直すまでの距離。別れを告げる再会、そんなあべこべな運命までの間——その隙間に、不意に思い出がなだれ込む。それは少年の中に、無数の光景が、記憶が、過去が——そんな風に、母と少年が共にいた、時間が、カゲイチの中に急き入る——朝日、部屋、手料理、道、公園、空、木、花、夕暮れ、伸びた影法師、繋いだ手、そして夜空と月——そんなものが、そのどこにもいる母親と共に、その温もり、その感覚と共に、少年に押し入った。そんな光景が、思い出が、濁流のように、それでも澄んだ清流のように、あまりに速く、走馬灯のように、あっという間に、儚くも美しく、カゲイチに流れ込んだ。

(あぁきっとッ——!!悪くないはないはずだッ!!)二人の距離はあと一つだった。二人の時間は最後、もう一つだけだった。だから少年は強くその右手の光を握った。銀の光はふと、果てない虹になる、終わらない七色となる。まるで包み流れる幾千の思い出を、刻み残すように。どこか母とそれを、分かち合うように。キラキラと、色鮮やかに。数え切れない思い出が、終わることのない愛が、七色の光となって、その手の刃に大きく、大きく宿った。

(そうさッ……!そんな愛を持つ俺ならッ————!!)

(そうさッ……!!そんな愛をッ——————!!)

 ——ピピッ!!一つ通信が、向かい行く少年の背中を、飾りながら——

『——なぁよ、カゲイチ?俺達本当はずっと、言えなかったさよならを、ただ、言いたかっただけなんじゃねぇのか——?』

(それだけの愛を持つッ——!!俺達なら————————!!)愛、目前。いよいよその剣が、光が、勇気が、全身全霊で構えられる時。

「そうさ、カゲイチ・ルナ!!」ガッ!!永遠の紫——その果てない眼光——どこまでも後ろに引くその右手は、どこまでも前に、進む為に————息を引き取るように、ゆっくりと少年の中で停止する思い出は最後——「母さん、愛してる!!」眩しいくらいの健気な笑顔、母に渡す一本の赤い薔薇——そんな光景と体温を遠く、近く残し、目を閉じて————

「愛を——————————」託される少年は、確かにその目で前を見て——その最後の思い出によく似て、赤く戻り還った一本の光を、強く、深く、揺るぎなく——母親の胸元へ、差し捧げるのであった————

「最愛を全うする————————————————————!!!!!!!」

 ——————バッシャァァァッッッ!!!!!!——————————母、愛、探し、追い求めていたはずのそれを、一直線に貫いたその雷音——————それはきっと————

 愛を、奏でる為に————————


 ガッシャァッ……!母親、三日月の機人、銃を構えていた機人は力無く倒れた。まるで花束を差し出すように、確かな想いを乗せ向けられた一本の赤い光の剣によって、胸元を、心臓部を完全に貫かれたことによって。ビリッ……ビリリッ……!控えめに鳴るスパーク。ザッ……その音を傍らに、カゲイチは静かに母親に背を向けた。そうしてカゲイチが一歩、踏み出そうとするその時——

「……お"……k……ぇ"……i……」雑音が鳴った。スパークが聞こえた。それでもカゲイチは、定かならぬその響きを、確かに————優しくも、寂しい、旅立ちの横顔を、最後に、一つ、後ろの母親に。

「さよなら、俺の世界母さん——————」



 バッッゴオォォォォンッッッ!!!!轟音を立て、極東プラントの一部分が大きく爆発した。バゴオォォンッ!!!!バゴオォォンッッ!!!!密集する建造物群に爆発が伝播していくように、周囲にも次々に爆炎が上がり、E戦線最果ての夜を照らす。

「……極東プラント……三日月の機人を破壊した」カゲイチは極東プラント上空に佇み、眼下の爆炎を眺めながら、耳元のピアス型通信機に手を当てていた。

『——まだよッ!!』

「ッ——!?」通信機から出た切迫したネネの声に、カゲイチの表情がぐらつく。

『大体は停止に向かってるけど、まだ一部ッ——!!』

『アッ!アリエフ殿ッッ!!』ネネとドティからの差し迫った通信の連撃。

『警告、エネルギー充填率低下……警告、エネルギー充填率低下……オーバーヒートの危険性あり……オーバーヒートの危険性あり……』決めつけにエネルギー低下の窮地。

「ッ!!」カゲイチは刹那表情を歪ませるが、ビュンッッ!!と即座に腰元の日本刀型の推進装置を力任せに噴かし、赤い光の粒子を捨て散らして地上へと飛び駆けていった。


 ザシュッ!!ザザザンッッ!!——極東プラント手前の広大な陥没地帯、その戦場でまばらに動く機人兵を飛び斬っていくカゲイチ。

(おっさんッ……!おっさんはどこにッ……?!)高速で飛び回り、次々に機人兵を切り裂いていく最中、カゲイチは戦場に目を配る。兵士の死体、負傷した兵士、破壊された機人兵、停止した機人兵——あちこちを埋め尽くすその戦場の光景の中に、アレックスを必死の形相で探す。

『警告、エネルギー充填率低下……警告、エネルギー充填率低下……オーバーヒートの危険性あり……オーバーヒートの危険性あり……』どれだけアラート音が鳴れど——ザンッ!!

『警告、エネルギー充填率著しく低下……警告、エネルギー充填率著しく低下……オーバーヒートの危険性大……オーバーヒートの危険性大……直ちに活動を停止してください……直ちに活動を——』どれ程アラート音が突き刺さろうとも——ザザザザザンッッ!!!!バゴオォォンッッ!!!!カゲイチは止まらず斬り、飛び進む。その先にやがて——

「ッ——!!!!」カゲイチは大きく目を見開いた。

「おっさんッ!!!!」カゲイチは前方、視界の先でうつ伏せになって倒れているアレックスを発見した。しかしアレックスに向かって一体の機人兵が、その手にチェーンソーのような刃を持つ武器を構え、接近している。

「おっさんッッ!!!!おっさんッッ!!!!!!」

『異常検知、異常検知、システムに異常発生、システムに異常発生』声を上げて呼ぶカゲイチに、容赦無く重くのしかかるアラート音。バゴォンッ!!襲いかかる災難——カゲイチの推進装置の片方が黒煙を上げ、破損した。

「おっさんッッ!!!!おっさぁぁぁあんッッ!!!!!!」それでも進み、叫び呼ぶカゲイチ。

『異常発生、異常発生、強制停止、強制停sーー』

「おっさッ————」バゴッ!!バゴォンンッッ!!!!!!カゲイチの推進装置のもう片方も黒煙を上げたかと思えば、その次に両方の推進装置が大きな音を立て爆発した。

「ヅッッ!!」ズザアァァッッ!!推進装置が壊れ、地面に投げ出されるように大胆に転んだカゲイチ。無様、惨め、哀れ。醜態、そして恥辱。立ち上がればそんな自分が刻まれた、みっともなく、どうしようもない未来しか待っていないというのに——

(おっさんッッ——!!)バッ!——カゲイチの視界の先で、機人兵は大きく倒れるアレックスに刃を振り上げた——

「ッッ————!!」泥だらけ、汗に涙に塗れ、傷だらけになろうとも——カゲイチはそれでもその身体を奮い立たせ、その身体から、骨の髄から、魂の奥底から、全身全霊の雄叫びを——

「アレエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッックスッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」ビュンッッ!!——カゲイチは友を呼ぶその咆哮と共に、まだ最後の赤い光を宿すビームソードを、力の限り機人兵へ向けて投げ飛ばした————倒れるアレックス——機人兵の無慈悲な刃が、彼を貫くその間際———— ドッッシャァッッ!!!!————投げ出されたカゲイチの赤い渾身の一撃が、機人兵の心臓を貫いた。ビリリッ!!バゴォンンッッ!!!!スパークを散らし、爆発する機人兵。

「ッッ!!」ズザアァァァァ!!!!カゲイチはアレックスを抱き抱えるようにして、間一髪で爆発から彼を救い出し、勢いそのままに地面を滑った。

「……ッ!」カゲイチはすぐに立ち上がる。

 一転して、あまりに静まり返る戦場。嘘のようにフッと音が止み、訪れる静寂。ジャリッ……!と地面を擦る音が、やけに大きく響いた。カゲイチは心配そうな顔で、仰向けに倒れるアレックスを見た。

「……怪我人相手によ、随分乱暴じゃねぇか……」疲労し傷だらけのアレックスは、夜空を仰ぎながら穏やかな表情を浮かべていた。カゲイチはアレックスの片足が血に浸った包帯でグルグル巻きにされてるのを見て、不安げな顔をアレックスに向けた。少し気まずそうに、恥ずかしそうな顔色も織り交ぜて。

「おっさん……」そんなカゲイチを見て、アレックスは身体を軽く起こすと、彼に手を差し伸べた。起こしてくれ、それを黙ってジェスチャーで伝えるように。

「……アレックスだ」

 ——パシッ!!そんな風に微笑みと共に向けられたアレックスの手を、カゲイチはすぐに強く固く握った。繋いだその音はまるで産声のように、繋いだその姿はまるで形描くように、そこには、同じ傷と愛を共にする戦友達の絆が確かに生まれ、息づいていた。


「「「「「「「うおおおおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」」

「「「終わった終わったッ!!!!終わったぁぁぁぁ~~~ッッッッ!!!!!!!!」」」

「「「生きてるッッ!!!!生きてるぞ俺達ッッ!!!!生きてるぞ~~~ッッ!!!!!!」」」

 戦火が止んだE戦線最内奥、極東プラント。凍てつく夜空の下、一面銀世界の戦場を生き延びた兵士達は皆一様に狂喜乱舞、抱き合い、へし合い、ひしめき合っていた。

『E戦線諸君、よくやった……紛れもない……君達の勝利だ……』E戦線高官のキュル・レヴィから感極まったような声で兵士達に入ったその通信も、狂乱する彼らの耳に入っているか定かではなかった。

「……おいおい終わったんかい……?」ゲジゲジ眉毛の兵士、ドティ・パールマンは群がる兵士の傍ら、立ち尽くし呆然としていた。しかし周囲の停止した機人兵と破壊された機人兵を見て、徐々に戦場の終わりを感じたようで。

「ヘッ……へへッ……地獄にも、終わりがあるんかいな……」彼の顔もまた、他の兵士達と同じように安堵に染まるのであった。

 またある所では——

「あのー、科学部さん?!ちょっとお伺いしたいことが!」極東プラント近郊、足場の悪い岩場を懸命に進みながら、ヘルメットを被ったパイロットスーツ姿の青年が通信を送っていた。

「自爆特攻から危機一髪脱出したんですけどね!ここどこか分からなくて!」

『はぁ!?生きてたのあなたッ!?極東プラントに突っ込んだって聞いてたから完全に死んだと思ってたわ!!』青年はカゲイチが極東プラントへ突入する前に、輸送機で突撃し爆炎を上げたあのパイロットだった。

 ——そして嵐の去った戦場を、肩を組んで歩く、傷だらけの二人の銀葬兵、カゲイチ・ルナとアレックス・アリエフ。足を引きずるアレックスに合わせ、二人はゆっくり歩いていく。辺りで騒ぎ喜ぶ兵士達を後に、一面に散らばる機人兵の残骸を抜けるように、雪がまばらに添えられた乾いた大地をジャリッ、ジャリッとゆっくりゆっくり、それでも確かに。背丈が別々で、凸凹な寄り添い合い方だとしても、それでも、確かに。

「……怪我は……大丈夫なのか……おっさん……?」

「残念だが大丈夫ではねぇな……普通の奴なら二、三回死んでてもおかしくねぇ……」

「まぁ、時期に最低限の救助隊が来る……痛みも薬で止めてある……それが切れたら悶え死ぬくれぇだろうがな」

「……にしても、大分人のこと考えられるようになったんじゃねぇか……?お前もよ」

「……俺は……元々そういう人間だ……」下を向いたまま言ったカゲイチは、すると——

「そうだッ……母さんは、もうッ……!」胸の奥に抑えてた事実を、そんな痛みを不意に知り、思い出すように、カゲイチの表情は途端に悲しげになった。ポンポンッ、しかしアレックスは力無く下を向きカゲイチに抱えながらも、空いたその手で優しくカゲイチの頭を叩いた。

「痛ぇ、痛ぇよな……身体の痛みはどうにかなってもよ……その中の痛みは、一向にどうにもならねぇ……胸の奥の痛みは……それだけは……いつの時代も……どうしてだかよ……」

「でもよ、なぁカゲイチ……お前は一人じゃねぇぞ……その痛みを、一人……孤独に感じるわけじゃねぇんだ……辛ぇ時はまぁせいぜい、同じ疼く傷を持つもん同士、傷を舐め合おうぜ……」カゲイチはまだ尽きない涙を溢していた。拭うことなく、落ちるままに、流れるままに、きっとそれは、ありのままに。涙を、止めどなく見せていた。感じる胸の深くの痛みを、その先の愛をまた、絶えずずっと、描くようにしながら。

「……あぁ、それも……悪くないな」ザッ……カゲイチはそっと立ち止まった。そしてそのまま振り返り、涙ながらに夜空を見上げた。そこには、冷たい夜空の中、慎み深く控えめに輝く三日月があった。カゲイチはほろり、問い落とす。

「……三日月は、目を閉じているのだろうか?それとも、笑って……いるのだろうか……?」

「……好きな方でいいんじゃねぇか……三日月はこれから消えもすりゃ、満月にもなるんだからよ……」

「俺達次第だ、きっとよ……それもこれも、これからも、何もかも、よ……」

「……あぁ、そうだな……おっさん」

「……アレックスだ」柔らかく、二人は肩を組んでいた。

 バババッ……!上空から広がったその音に、カゲイチは前に向き直った。

「……来たぜ、お迎えだ」アレックスも目線を上にやった。肩組む二人が見上げる先には、ヘリコプター型の黒い鈍重な輸送機の後方、口を開けたそこから数人が二人に向かって手を振っていた。

「……行くとしようぜ、行く先は……どこにするか……?相棒……?」

「……」カゲイチは最後、もう一度添えるように振り返った。名残惜しくも、旅立つように、泣くような、微笑むような、何とも言えない、宙ぶらりんな顔をして。それでもちゃんと、雨上がりのような澄んだその眼差しで。後ろの夜空を、何故だか果てしない、透き通ったような夜空を。そしてそこに佇む三日月を。

 見守るように銀に照る三日月と、紫の満月のような鮮やかな瞳が最後に一つ、見つめ合った。銀の輝きは少年の瞳に輝きを、少年の瞳は、銀の月に色合いを。互いが互いに手を繋ぎ、どこか足りなかったものを分かち合うように、優しく、温かく、二つは抱き合っていた。探していたものを、もうなくさない、そんな風に。永遠のように、二つは、どこまでも、溶け合っていた。

「……母さん」そうして別れを告げるように、そうしてそっと心の中に畳むように、少年は小さく呟き、静かに、ゆっくりと前を向いた。

 少年は探していた。少年は求めていた。少年は失っていた。けれど、今は——

「行く先など、今はいい……」

「ただこの行方を、明日と、呼ぶのなら————」

 応答はもうきっと、必要ない————


 ジャリッ——!あてのない足取りが一つ、確かに前へと進んでいった。











※生成AI(ChatGPT)を使用し、あらすじのみ構成整理および表現補助に利用しました。アイデア出し、本文の執筆等には一切使用していません。

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銀葬戦記 嶋 洸哉 @KoyaShima

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