お悩み帝国記

吉井旭

ニーノとユウリ


深夜0時、いつものようにギルドハウスの前でみんなで集まっている。

「やぁ帝国臣民たち。」

昔ながらのVCなし、チャットでのやり取りを大事にする方針は長年ネトゲで生活してきた俺の知恵だ。騒がしくなって誰が喋るか分からなかったり、男女が特定できると揉めやすい。


「ニーノ帝国万歳!」

うーん、愉快愉快!

「さて、帝王ニーノ様はギルドハウスの模様替えをするのでみんなで遊んでおいで。」


それぞれ散っていく。特に目標があったり、ノルマがあったりする訳じゃない。気の合う仲間とダラダラ喋って遊ぶ。そんなサークルみたいな付き合いが心地いい。

ま、俺は帝王のロールプレイしたりするんだけど。

1人になって城に入り、家具の配置を考えていると、横でジャンプする可愛らしいアバターがいた。

「ねぇ、ニーノさん。ちょっといい?」

「どうしたの、ユウリ。」

メンバーがニーノさんと呼ぶ時はロールプレイはなしだ。


「ニーノさんてさ、まあまあ大人だよね?」

リアルの話か、普段の会話を聞いてればわかるよな。

「まあね、アラサーってとこ。」

「大学っていった?」

うっ、嫌な話だ。

俺、二宮春樹28歳独身。

大学中退、入社した会社を3ヶ月でやめ、そこからフリーターだ。

何かやりたいことがあった訳じゃない。むしろ逆でやりたいことなんかなかった。俺は何のために頑張って勉強するんだ?なんてことを考えたのは多分目の前のしんどいことから逃げたかっただけなのだろう。

「あー、行ったよ。法学部。」

濁した。


「じゃあ、弁護士?検事?なわけないか笑そんな忙しそうじゃないもんね。」

「失礼な!法学部に行ったらみんな法曹になる訳じゃないんだぞ!経営学部のやつみんな企業してたら会社だらけだろーが。」


「あはは、必死じゃん。」

ニコニコするエモートが可愛い。ユウリ、キャラクリと着せ替えのセンス抜群なんだよな。

「あのね、私大学行ったことないの。高校でて働いてる。周りのみんなは大学とか専門学校でもう少しの間青春してる間、私だけ勉強頑張らなかったから汗水垂らしてお金稼いでるんだー。給料安いのに笑」

ユウリとの間に沈黙が流れる。無駄にリアルな暖炉の薪が弾けるSEが響く。

何か言わなきゃ、書いては消してを繰り返してるとユウリは続けて、

「彼氏がね、ことある事にお前学ないからっていうの。会社の人も派遣の子は高卒だからーとかって。そんな偉いのかな?大卒って。私って平均以下の人間?」

重い……しかも俺には答えづらい内容だ。

そういうなら俺も平均以下だし。

ゲームの仲間ってどこかで生きてる人間なんだよな。その人の人生があって、誰しも大小あれど悩みを抱えている。そんなもんだ。

ゲームの世界でリアルの話するの、萎えるからやなんだよな。

「ゲームしてる間くらいそんなの忘れて、」

途中まで打ち込んで気づく。なぜネトゲをしていたのか。大学から逃げて、会社から逃げた俺に残された唯一の居場所。共有したくてギルドを設立したんだった。この場所とメンバーを守るための王がニーノ様だ。

バックスペースキーを長押しした。

「俺はそうは思わないかな。ユウリが他の人と比べて劣ってるとかじゃないし、かと言って大学で勉強してるやつも偉いんだよ。」

キーを叩く手に力が入る。

「今を精一杯生きるって偉いことだよ。実は俺、大学辞めてるし。その後の就職先もすぐ辞めた。逃げ癖酷いんだ。」

「えっ、意外。ニーノさんってなんでもできて優しいすごい人だと思ってた。」

何見てそう思ったのやら。多少ゲームに使った時間が長いくらいしかギルマスっぽいところないのに。

「そんなことないよ。俺がいちばん中途半端だから、環境によらず必死に生きてる人は美しいと思う。」

「そっかぁ……うん、やっぱり優しいね。彼氏と別れて会社もやめて死んじゃおっかなーとか思ってたけどちょっと楽になったかも。」

「死なれちゃ困るよ。俺の大切な友達なんだから。」

あっ、恥ずかしいなこれ。素出しすぎた。


「へぇー?じゃーもーちょっと頑張ってみようかなぁ?私もニーノさんとかみんなともっと遊びたいし。」

「おー、もし嫌なら彼氏なんかまた作りゃいいし、会社だって転職すりゃいいさ。嫌なこと、嫌な奴のせいでユウリが死ぬ事ねぇよ。逃げたあとここに来てそれからどうするか考えればいい。」

逃げの先輩からのアドバイスだ!とサムズアップのエモートで気恥しさを紛らわす。

「かっけー、やっぱ帝王しか勝たん!ニーノ帝国ばんざーい!じゃ、明日も頑張ってみるね!おやすみ!」

手を振りながらログアウトするユウリのアバターは、さっきより元気そうに見えた。


今夜、1人の迷える友達を少しだけでも助けられたのかなと思うと俺の生きている意味も少しはあったのかな。

そう思いながら荘厳な玉座と、モニターの外のコンビニ飯のゴミが置いてあるデスクを眺め、ふたつの城でやるべき事がわかった気がした。

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