LOG_006「未処理」
商業施設跡なだけあって、生活に必要そうなものはある程度手に入った。
荒らされてはいたが、選ばなければ必要最低限の食料や、簡易な救急セットくらいは確保できた。
でも、頭では全く別のことを考えていた。
「お前の近くでは、処理が乱れる」
……どういうことだろう。
意味は分からない。
ただ、なんとなく怖いだけの言葉ではなかった気がしている。
そして無意識に、あの切れ長の目をした少女の気配を探している自分がいた。
――――
一通り準備を終え、外に出る。
灰色の空は、昨日より一層濃さを増していた。
「……これからどうしよう……」
とりあえず、次の区画へ向かおう。
もしかしたら、もっと人がいる街があるかもしれない。
……楽観的な考えかもしれない。
ただ、ポジティブに考えないと、この灰色の街に呑み込まれそうだった。
後ろ向きな考えには蓋をするように、無理矢理にでも足を動かした。
目的がある。
この気持ちだけで、自然と足は早まっていった。
――――
突然、頬に雫のような、ひんやりした何かが触れた。
「……えっ……?」
両手を広げて顔を上げた瞬間、勢いを増した雨が一気に降ってくる。
次第に、乾いたアスファルトが雨に濡れた時特有の匂いが鼻につく。
「わぁぁーっ」
急いで近くの高架下へ避難する。
せっかく前向きになっていた心も、一瞬で折られた気分。
しかも、傘もレインウェアも持ってきていない……。
自分の爪の甘さに、ダブルで消沈。
「……も〜……」
灯り始めた心の熱を、雨音が追い打ちをかけるように容赦なく冷ましていく。
「……ん?……」
雨音に混じるように、一瞬機械的にも聞こえる、歪な音が混じった。
振り返ると、高架の柱に寄りかかるように、あの少女が立っていた。
驚きのあまり、消沈していた心はどこかへ消え去り、その切れ長な目に視線は吸い込まれていった。
いつからここにいたのだろう。
よく見ると、壁に手をつき、僅かにふらついている。
その視線の先を追ってみると、廃ビル上空に監視ドローンのような、小型の偵察機が浮かんでいた。
彼女はこちらに視線を戻し、何も言わず見つめてくる。
近くも、遠くもない、ぎこちない距離。
「…………」
雨の音が、距離の間を詰めるように沈黙を流していく。
あんなにうらめしく聞こえた雨の音も、今はどこか優しい音色のように感じられた。
心地良さにさえ感じ始めていたその最中、聞き覚えのあるノイズ音とUIのような青い光が彼女の瞳に映る。
――損傷領域拡大――
――自動修復遅延――
――処理不安定――
少女は不意に瞳を伏せる。
隠そうとしてるのだろうか。
人間離れした無機質さを感じていた、あの彼女からは想像もできない動きだった。
その姿に思わず体が反応し、彼女のもとへ駆け寄る。
彼女は一瞬警戒するように、あの毅然とした眼差しで見つめ返してくる。
「じっとして。…今は戦わない」
張り詰めた彼女の瞳が、一瞬ゆるんだように感じた。
前に腕を庇っていたのを思い出し、袖口の方からスーツをそっとめくり上げる。
少し深めに擦れたような傷がある。
銃跡か、レーザーだろうか。
専門的な知識はないが、軽い傷ではないことは直感的に分かった。
もしものために持っていた簡易救急セットを取り出し、素人なりに手当てを続けた。
自分の爪の甘さに消沈していた数分前とは違い、むしろこんなことを予感していたかのような状況に、不思議な気持ちを抱く。
雨の音は変わらず、沈黙を流してくれていた。
――――
応急処置の最中、彼女は何も語らなかった。
ただ、手当てをされている傷の方を黙って見つめている。
すると、また彼女の瞳にUIのような青い光が走る。
――ノイズ混入――
――追尾ERROR――
――感情抑制ERROR――
ノイズのようにチラつき、彼女の視線が揺れ始める。
それに気づいたのも束の間、一瞬でいつもの毅然とした眼差しに戻る。
「……どうしたの……?」
思わず包帯を巻いていた手が止まる。
彼女はあの冷たい視線をこちらに戻し、
「……問題ない」
また昨日と同じセリフを呟く。
なんとなく予想していた返事。
それ以上は何も言えず、再び包帯を巻き始めた。
――――
包帯を巻き終えた頃には、いつの間にか雨も小降りになっていた。
見上げると、廃ビル上空に浮かんでいた偵察機もいなくなっている。
彼女もそれを確認したのか、体を預けていた柱から身を離し、ゆっくり立ち上がる。
そして、偵察機がいた方向へ再び視線を向けた。
「……もう行くの?」
まだどこかふらつきの残る背中越しに声をかけるが、彼女は何も言わない。
手当されたばかりの包帯に、一瞬ふれたかと思うと、体を半分こちらに向けた。
「………」
一瞬彼女の唇が動いた気がした。
そして、踵を返し、まだ雨に濡れるアスファルトを歩き始める。
何か言いたい。
声をかけたい。
……でも、何も言葉が出てこない。
何度目だろう。
その背中をまた見送るしかないのだろうか。
すると、彼女の足が一瞬だけ止まった。
「……未処理」
振り返ることはせず、小さな声で、そう呟くのが聞こえた。
そして一気に高架を駆け上がり、あっという間に見えなくなった。
雨はいつの間にか止み、いつもの灰色の空に戻っている。
「……なんで、放っておけないんだろ……」
手元の包帯の切れ端を、ただ見つめていた。
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