第15話 今日から始まる小説生活
月曜日。
ようやく、心の中でひとつの答えを固めることができた。
昨夜から今朝にかけて、祐輝は長編小説の第一章を書き上げていた。日曜日の丸一日を部屋にこもって、ひたすらキーボードを叩き続けたおかげで、物語はようやく軌道に乗ってきたように感じられた。
これからが本当のスタートだ。そう思いながら、最終チェックを丁寧に終えた祐輝は、朝食を取る前に意を決して投稿ボタンを押した。
彼女らと一緒に作り上げた小説が、小説投稿サイトに新たな一ページとして刻まれた瞬間だった。
祐輝にとって、小説を書くことは単なる趣味ではなく、心の奥底に眠る感情を形にする大切な時間だった。
もっと多くの人に読まれ、共感される作品を生み出したい。できればトップクラスの人気作をと、そんな野心が、祐輝の胸を熱くさせていた。
投稿したばかりの新作は、まだ評価も閲覧数もほとんどついていない。
それでも、今日一日でどれだけポイントが積み上がるのか、期待が自然と膨らんでくる。
「よし、これで一段落だな……これからが本番だけど、ここからは緊張感を持ってやっていくしか」
祐輝は気持ちを前向きに切り替え、パソコンを閉じた。立ち上がって部屋を出ると、階段を下りて一階のリビングへ向かう。
「おはよう、兄さん」
明るい声が響いた。
妹の
「おはよう、実里」
祐輝も自然に声を返した。
「今日は私が朝ごはん作ったんだよ。見て見て」
実里が得意げに言う。
ダイニングテーブルには、綺麗に焼き上がったベーコンエッグが並んでいた。黄身の色合いも、ベーコンのカリッとした感じも、完璧に見える。
二人は向かい合って席に着き、穏やかな朝食の時間を過ごした。
食事を終えると、祐輝は実里と共に制服に着替え、リュックやバッグを肩にかけて、学校へ向かう為に外に出た。
通学は基本バスだ。
学校近くのバス停で降り、通学路を並んで歩いていると、ほどなくして見慣れた姿が近づいてきた。
「おはよう、田村くん!」
「おはよう、三浦さん」
祐輝が返すと、実里も軽く会釈をした。
三人は自然と並んで歩き始めた。
学校までの道中、話題は当然のように昨夜の小説へと移る。
「実は、学校来る前に新作の第一章を投稿したんだよね」
祐輝が少し照れくさそうに言うと、朔菜はすぐに頷いた。
「だよね。あのタイトルは田村くんの小説だよね! うん、私も朝イチで読んだよ。内容、すごく良かったと思う。ただ……ちょっとだけ、誤字脱字が二箇所くらいあったかな」
「えっ、マジで?」
祐輝の目が丸くなる。
「うん。ごめんね、でも本当に軽いレベルだけどね」
朔菜は申し訳なさそうに微笑みながら、バッグからスマホを取り出した。彼女は投稿サイトのページを開き、該当部分を指さす。
「ここと、ここらへん。変換ミスっぽいね」
「ああ……確かに。何かも読み直したんだけど、そこは見逃してたよ。まさか初日からそんなミスか……すぐ直した方がいいな」
祐輝は慌てて自分のスマホをポケットから出し、素早く修正を済ませた。
二箇所だけというのが、せめてもの救いだった。
「でもね、田村くん。内容は本当に面白かったよ! 自信持っていいと思うから!」
朔菜のストレートな褒め言葉に、祐輝の胸がじんわりと温かくなった。素直に嬉しさが込み上げ、思わず笑顔がこぼれる。
「ありがとう。うまく軌道に乗ってくれるといいんだけどね」
小説は、祐輝にとって特別な存在だった。自分の内面を素直に表現できる場であり、自分らしい生き方を探る鏡のようなものだ。
読むのも好きだが、実際に朔菜たちと一緒に創作してみて、改めて”書くこと”が自分に合っていると実感した。
これからは、読書と執筆の両方をバランスよく進めていきたい。そして、いつか、どんな形でもいいから小説の賞を手にしたい。
そんな夢を、祐輝は静かに胸に抱いていた。それは小説を書いている者なら誰しもが一度は思うことだろう。祐輝も例外ではなかった。
祐輝は過去に長編を投稿した際、一次選考は通るものの二次で必ず落ちていた。だからこそ今回は、絶対に二次選考を突破したいという強い思いがあった。
三人は校舎の昇降口に到着し、上履きに履き替えた。
近くの廊下で少し立ち話をしていると、朔菜が提案した。
「私、図書委員だから、今から図書館行かない? そこでゆっくり田村くんの小説の感想とか話したいんだけど。周りが騒がしい教室より、図書館の方が落ち着いて話せそうじゃない?」
「今からか……いいかもな」
祐輝が頷くと、実里も遠慮がちに声を上げた。
「私も行っていいですか?」
「もちろん! 実里ちゃんも一緒に来て」
朔菜が明るく誘う。
三人は揃って別棟の階段を上がり、二階の図書館エリアへと向かった。
図書館の前まで来た頃、祐輝はふとスマホを手に取り、投稿サイトのマイページを開く。
「え……?」
画面に映った数字に、思わず声が出た。
ブックマークがすでに四十件を超え、閲覧数は百を軽く上回っている。
投稿してからまだ二時間弱だというのに。今までこんなペースで伸びたことなど一度もなかったからだ。ゆえに、心臓が少し速く鼓動を打つ。
「すごい……一気にここまで来るなんて!」
祐輝が呟くと、朔菜と実里がすぐに寄ってきた。
二人も画面を覗き込み、目を輝かせる。
「わあ、兄さんすごい!」
「やっぱり私たちの協力もあったのかな。でも、結局は田村くんの力が大きいと思うよ」
朔菜が笑顔で言った。祐輝の胸に、確かな自信が芽生え始めていた。
これまで長編制作では何度も壁にぶつかり、短編ばかり投稿する時期が続いていた。でも今日は違う。
新たな一週間が、勝利に向けたスタートラインに立ったような気がした。
三人は図書館の扉をくぐり、中へ入った。
静かな空間の中で、祐輝を中心に、小説についての熱い話し合いが始まろうとしていた。
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