第10話 二人に囲まれながら始まる学校生活
朝の陽光が校舎の中庭に柔らかく降り注いでいた。ベンチに腰を下ろした
さっきまで頭の中でぐるぐると回っていたのは、元カノの
あの辛辣な感想が、胸の奥に小さな棘のように刺さって離れない。
ライトノベルそのものを否定されたような気分で、祐輝の気分は晴れなかった。
そんな祐輝のすぐ隣には、
「このシーンの描写、もう少し感情の揺れを加えたらどうかしら? 読者が感情移入しやすくなると思うのだけど」
「確かに……そうですね」
祐輝は素直に頷いた。
スマホ画面に表示された下書きを指差しながら、円が続ける。
「あと、物語最後の転の部分ね。ここがもう少し抑揚なあった方が、全体のテンポが良くなる気がするわ」
「そうですか? 一人で考えていた時は、かなり面白い展開だと思ったんですけど……」
祐輝は少し肩を落とした。
自分で組み立てたストーリーは、客観的な目で見ると意外と平坦に感じられてしまう。やはり他人の視点は大事だと、改めて実感した。
中原円は、祐輝がネット小説で活動していることを知っている。しかも、その筆名が”
最近、こうして一緒に過ごす機会が増えてから、祐輝は円の別の顔を知るようになった。
外見はクールで真面目、どこか硬派な印象を受けるのに、実際は気さくで優しい。会話するたびに、そんなギャップに心が軽くなる。
「田村さん、ハーレムもの路線で決定ってことよね?」
円がふと尋ねてきた。
「はい、その方向で構成を固めました」
祐輝が答えると、円は小さく首を傾げた。
「実は、私、ハーレム系はほとんど読んだことがないの。小説では特に」
「ですよね。基本的に男性読者向けのジャンルですし」
「そうね。でも、漫画ならたまに読むわよ」
「え、漫画でハーレム系を?」
祐輝は思わず目を丸くした。
「ええ、そうね。そっちの媒体だと、ハーレムものも普通に楽しんでいるの」
「先輩が……ですか?」
驚きの声が自然と漏れた。
クールで責任感の強い生徒会長のイメージと、どうしても結びつかない。
円はくすりと笑った。
「女子だって、ハーレムものを見る人はいると思うけど?」
「それは……そうだと思いますけど、まさか先輩が」
祐輝は少し困惑しながらも、内心では面白く感じていた。
話せば話すほど、円の印象が柔らかく変わっていく。
普段の廊下で見かける凛とした姿とは違い、今の彼女は穏やかな笑みを浮かべ、小説の細部について丁寧に意見をくれている。
そして今、祐輝の右腕の近くに、円の体温が微かに伝わってくる。ベンチの距離が近いせいか、彼女が言葉を紡ぐたびに、柔らかな吐息が耳をかすめた。
自然と心拍が少し速くなる。
これ、この距離間って、浮気になるのか……⁉
そんな考えが一瞬頭をよぎり、祐輝は内心焦る。今は三浦朔菜と付き合っているからだ。そんな背徳な気持ちと同時に、この朝の穏やかな時間が、妙に心地よく感じられてしまう。なんとも言えない複雑な心境だった。
会話が続くうちに、円の表情も次第に柔らかさを増していた。
アドバイスをしながらも、時折笑顔がこぼれる。その様子に、祐輝は胸の奥がざわつくのを感じていた。
すると、中庭の向こうから軽やかな足音が近づいてきた。現れたのは、
別棟へ向かう途中だったらしいが、ベンチに並んで座る祐輝と円の姿を目にするなり、彼女は少しだけ足を速めてこちらへやってきたのだ。
「おはよー、二人ともこんなところで何してるの?」
朔菜の声には、わずかに疑問と不満が混じっていた。彼女は自然な動作で祐輝のもう片方の隣に腰を下ろす。
今や祐輝は、二人の女の子に挟まれる形になった。
「もしかして、小説の話? 朝からそんなことしてるなら、私も誘ってくれればよかったのに」
朔菜が祐輝の耳元で小さく囁くように言った。彼女の吐息がくすぐったい。
「ごめん。最初は一人で進めるつもりだったんだけど、途中で先輩と会って、気づいたらこんな感じになってて……」
「ふーん。たまたまなんだね」
朔菜はほっとしたように小さく息を吐いた。彼女の表情が少し柔らかくなる。
「じゃあ、ちょっと安心したかも」
彼女は祐輝にだけ聞こえる声で続けたのだ。
「それで、どこまでできたの?」
「一応、最後まで下書きは書き終えたよ。ただ、まだ修正途中だけどね」
「え、もうそんなに進んでるんだ。すごいね」
朔菜が目を輝かせて言った。
「二話目以降は先輩と一緒に考えた部分が多いんだけど、今、先輩から指摘されたところを直したところなんだ。三浦さん的には、この流れはどう思う?」
祐輝がスマホを差し出すと、朔菜は興味津々で画面をのぞき込んだ。
「うん、なんかいい感じ!」
彼女は素直に感心した様子で頷いた。
「ねえ、昨日書き直した一話目も見せてくれない?」
「いいよ」
祐輝が許可し、彼女にスマホを渡す。
朔菜は慣れた手つきでファイルをタップし、物語を開いた。読み進めるうちに、彼女の表情が真剣になっていく。
「今の構成の方が、確かに全体のバランスが良さそう! 田村くん、このまま書き出してもいいと思うよ。書いてる途中で違和感があったら、設定や流れをどんどん調整していく感じでもいいし」
朔菜からの評価を耳に、祐輝は自然と気分が上がった。
朝から二人の女の子に囲まれ、作品について熱心に意見を交わす時間。なんだか贅沢な朝だ。
ちょうどその時、朝のホームルームを知らせるチャイムが中庭に響き渡った。
五分前を告げる柔らかな音色が、穏やかな時間を締めくくる。
祐輝は立ち上がりながら、内心で小さく微笑んだ。
今日も、特別な朝の学校生活が始まろうとしている。
二人の美少女に挟まれながら校舎へと向かって歩き出す祐輝の胸には、軽やかな期待と、少しのざわめきが残っていた。
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