第14話 志道聞多と村田蔵六

 松陰先生は公には罪人なので、藩では公に通夜・葬式といった弔いはできなかった。だが、藩邸には明倫館で教えを受けた者や松下村塾生と、先生ゆかりの者が少なからずいた。それらの者が集まって、初七日の十一月四日に、桂さんの歓迎会と言う名目で、法要代わりの宴会を開くことになった。

 床の間に書見台を置き、その上に位牌の代わりの先生の書を置いた。それを背に周布様、桂さんが座り、左右に参列者が座った。皆が揃うと、周布様の合図で黙祷した。各自、心の中で短く読経する。その後は酒を酌み交わしながら、静かに先生の思い出話を語り合った。


 そんな場に、さっぱりとした着流し姿の爽やかな青年がやってきた。

「湿っぽい宴席をやっていますね。こんな会では先生は喜ばないでしょう。さあ各々、明るく飲みましょうよ」

 その青年は、入ってくるなりそういって、床の間の脇に座った。

「おっと、忘れてはいけませんね」

 青年は、松陰先生の書に手を合わせ、しばらく黙祷した。

「さあ、今日は桂さんの江戸復帰の歓迎会だ。大いに飲みましょう」

「志道、お前は相変わらず調子がいいのう」

「ええ、調子と陽気だけが僕の取り柄です」

 志道と呼ばれたその青年は、周布様の言葉に笑って返した。


 それを皮切りに、宴席は一気に賑やかになった。志道さんは、萩では女遊びもできずつまらんかったでしょう、江戸で遊ぶときは僕も呼んでください、といってしきりに桂さんを茶化した。おれにとって、これが志道さんとの初対面だった。

 志道文之輔、家は大組二百五十石取りの名門。年はおれの六つ上。このあとほどなくして藩の御手廻組になられて、聞多と改名した。名門の上士らしい大らかさと天性の明るさを持ち、そして酒飲みだ。このときは言葉を交わすでもなく、おれのことなど覚えていないだろうが、おれには妙に印象に残った。


 桂さんは有備館御用掛となった。有備館とは萩の明倫館の江戸分校といったところで、江戸藩邸に詰める若手藩士向けの学問所、武芸所だ。有備館の変わったところは、藩外にも開放していた点で、桂さんが練兵館の塾頭だということもあり、武芸所の方は桂さんにひと手合いただこうと連日腕に覚えがあるものたちが通っていた。

「武の方は僕の名前で何とかなる。問題は文の方だなあ」

 桂さんはとある先生を招きたいと思っているようだが、昔その方に粗相をしたそうで気が進まないらしい。

「桂さん、顔を変えて僕がやってみましょうか。桂さんには立場もあって頭を下げにくいでしょうが、僕なら何遍頭を下げても減りません」

「そんなものかね」

 渋る桂さんを尻目に、おれは教えられた麹町一番町に頭を下げにいった。


 その相手は村田蔵六先生。年はおれより十六も上だ。周防の鋳銭司村の出だが、長らく外に勉学されていて、今は宇和島の伊達様に雇われている。幕府の講武所でも教鞭を持つほどの蘭学の大家だ。桂さんは前の江戸勤めで、同じ長州の縁でと村田先生を招き、「蘭書会読会」を有備館で講義してもらったそうだ。だが、人を集められず謝礼も払えずで、数回で立ち消えになってしまったらしい。

 ところがこの先生、過去のことなどまったく気にも留めない方だった。おれの頭などにも委細構わずで、

「長州のためならいくらでも、この肌脱ぎましょう」

 といって、蘭書会読会を再開してもらうことになったのだ。仏頂面で取っ付き難く、いつも遠くを見る目を変えない方だが、心の奥底には長州への篤い心持つ方だった。

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