第38話 『無敵』の権能――その秘密
カチカチカチ。
等間隔で、小気味良い音が鼓膜を揺さぶる。
「こ、こは……」
薄暗い景色。しかし見覚えがあった。
黒い水に満たされた、古い教会。
与一は身体を起こし、意識をはっきりとさせる。
「いろいろと、無謀なことをやっているのね? 与一」
後方から、久しぶりに聞く声があった。
与一は振り返り、そこで椅子の上に座るミラと視線を交わす。
「ミラ⁉」
黒い水の上で立ち上がり、彼女に向き合った。
「随分と久しぶりだな。と言うか、ここってアレか? また夢の中か?」
「ええ、まあそんなところね」
「場所を選ばず会いに来れるなら、もっと頻繁にしても良いのに。って言うか、俺から会いに来れる方法ってないのか?」
「ないわ。それに前にも言ったでしょ? そう簡単に会えるようなものでもないの。貴方と魂のリンクが合う時が、何とも気まぐれでね。こればかりは、私も予知できない」
「そう……なのか」
全てを理解できてはいないが、何となくニュアンスを察する与一。
すると、ミラは少し視線を細めてこちらを睨む。
「『権能』……。私以外の聖女から貰ったのね?」
「え?」
言われてから少しして、「ああ~」と与一は頷いた。
「『白い炎』の力か。その、ルーミエを守るために必要でさ」
「そこは理解しているわ。けれど気に入らないわね。私以外の力に頼るなんて」
「ええ……」
どうしてか不機嫌になる彼女に、与一は困惑する。
こっちの反応を察してか、ミラは小さく呼吸をしたのちに、口を開いた。
「まあ、状況が状況なだけに仕方なかったわね。結果的に貴方は、私の妹を救ってくれたわけだし」
「妹――ルーミエがか?」
「前にも話したはずよ? この世界に居る聖女……彼女たちは私の妹の遠い子孫に当たる。あの子たちが妹の血を受け継いでいるなら、実質、私の妹と変わりない」
「なんだその理屈。なんかモヤモヤするな……」
与一の視点からすれば、姪っ子の更に先の親族――遠縁になるのだろうか? それらを引っくるめて妹扱いとは、大雑把な気がしてならない。
いや、それ以前に。
「そもそも、お前の妹って何歳なんだ? その妹の遠い子孫って言ってる時点で、相当年齢重ねてねえか?」
「もうこの世に居ないわ……。妹は、二〇〇年前の人間だから」
「は?」
頭が真っ白になる与一。
「貴方にとっては難しい話になるけど、私の世界と貴方の世界とでは、時間の流れが全く違っていたらしいわ。私が貴方の世界で過ごした五年間。私の世界ではそれだけの時間が経過していた」
「マジで⁉ ……そんな情報、この世界に来たばかりなのに、良く察することができたな?」
「この世界の情景は、貴方の世界に居た時に良く夢で見てたから……」
「夢? なんだそれ」
「こっちの話よ。話を戻しましょう。こうやって会えたのだから、今回は貴方の『権能』に関して、少し伝えておきたくてね」
「『権能』……。それって、俺の身体が頑丈になったことか?」
ミラは頷いて見せる。
「それじゃあやっぱり……この権能はお前がくれたものなんだな。これって一体、どんな権能なんだ?」
「貴方の望む力を具現化したわ。詰まるところ――『無敵の身体』」
「『無敵』?」
「半不死身とも言えるわね。どんな攻撃を受けても、貴方の身体は傷つくことは無い。どんな攻撃でもね」
「マジか……⁉ 頑丈だとは思っていたが、そこまでとは!」
「けれど過信はしないで。半不死身と言ったわけ、理解できる?」
与一は首を傾げて、説明を求める。
ミラはその疑問をすぐ言葉にしてくれた。
「いかなる攻撃を弾いても、貴方の身体は老いていく。つまるところ『老衰』による死は存在する。それが半不死身と言ったわけよ」
「そうか……寿命はあるのか。けどそれでもお釣りが来る力だ。これって病気とか、食あたりなんかにもならないのか?」
「軽い病気ならば問題じゃない。だけど……今回みたいに魔物の毒を喰らった時とかは、話は別よ」
「え? 魔物の毒……」
与一は思い出す。
あの魚の魔物と戦った時のことを。
「今回戦った魔物の血を、少なからず貴方は飲み込んだ。そうでなくとも海中で長時間、無呼吸で過ごしたわよね? そのせいで貴方の身体は、急激な眠気に襲われたはずよ」
「確かに……けどそれって何の問題が?」
「貴方の身体は今、休眠状態に入っているわ。今回のように毒や呼吸ができない。それから飢餓みたいに、間接的な要因によって命が脅かされた場合、体力が回復するまで休眠状態に陥る。こうなっては、ちょっとやそっとじゃ起きられないわ。場合によっては、何カ月でも眠り続けてしまう」
「何カ月でも⁉ それじゃあ今回もか⁉」
「今日のような軽症なら、数時間で済むわ」
それを聞いてほっと胸を撫で下ろす与一。
「そしてもう一つ。これが一番気を付けてほしいのだけど……無敵の権能は、貴方の精神状態に依存する」
「精神状態。それってどんな状態だ?」
「軽いショックやパニックだけなら、問題ない。けれど、重度の精神的ショック。貴方の平常心が大きく崩れた場合、無敵の権能は著しく効力を弱める」
「マジか……わりかし俺、あぶない橋渡ってたぞ」
「これは私の魂が、貴方と共存している弊害なんだと思う。本来ならば、聖女が死ねば、授けられた従者の権能も消失する。その原則の穴を突いたがために、ね」
「そうなのか。聖女が死ねば云々は初耳だな。なんか……無敵と言うわりには、いろいろガバガバなんだな」
「貴方がやっていたゲームでも、そんな感じだったでしょう? とにかく老衰、休眠、精神状態。この三つは覚えておいて」
ゲームの設定……そう言えば、ミラもそこに疑問を投げていた。
どれだけ相手の攻撃を弾いても、タイムリミットや穴に落ちれば途端にゲームオーバー。言われてみれば確かに、自身の権能はそれを真似ていると考える与一。
「そう言えばさっきさらっと言ってたけど。俺の望む力を具現化したって……そんなことできるの?」
「ある程度ね」
「マジか~。だったらもっと凄い権能にしときゃ良かった……。今更、別の権能に変えるってことは?」
ミラは首を振って否定する。
「それから……これ以上、権能を持つこともできないわ。だから三つ目以上、授かれるとは思わないでね」
「そもそもなんで俺は二つも権能を持てるんだ? 普通は一人に一つなんだろ?」
「権能は魂に付随する力。貴方の身体には私の魂も存在する。一つは私が肩代りしている形ね」
「そういうことだったのか」
手のひらに拳をポンと叩き、与一は納得する。
すると時計から『ゴオーン! ゴオーン!』と鐘の音が鳴り響いた。
「どうやら時間の様ね。現実の貴方が目覚めようとしている」
「……もっと話していたかったけどな」
寂しい気持ちが沸き上がる。
そんな中で、与一はふと疑問が頭に浮かんだ。
「なあミラ。お前ってさっき、自分の世界が二〇〇年、経過してたって言ってたよな? それだとお前は、この世界では二〇〇年前の人物、ってことになる」
「ええ、そうね」
「ルーミエから聞いたんだ。二〇〇年前、とんでもない酷いことをした聖女が居たって……。その名前がお前と同じ、ミラだった……」
そう言うと、ミラは黙り込む。
鐘の音と共に、空間に亀裂が入り込む。
そんな中で、彼女は「与一」と小さく呟いた。
「ごめんなさい。今は全てを話せない……。聖女を狙うアルス=メリア。奴らに私の存在を悟られたくないの」
「アイツらに……?」
「ええ。時が経てば、私から話すわ。だから私から言えることは一つ」
「私を信じて」――そう瞳を真っすぐ向けて、彼女は言い放つ。
いつもの黒く冷たい瞳が、今はどこか熱を帯びてるように感じられた。
何より……家族のその一言に、与一が頷かないはずもなく。
「分かった。それまでは頑張ってみるよ」
与一の言葉に、ミラは安心したように瞼を閉じ。
空間が割れ、彼女の姿は消えていった。
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