第22話 無邪気な悪意
ルーミエの住む教会から、バスで移動してすぐのところに大きな市場がある。
そこでは食材の他、生活必需品、服、アクセサリーなど雑多な出店が立ち並ぶ。
ルーミエはそこで、一つの店の商品を凝視していた。
「この子……寂しそうな顔をしてます」
「ルーミエ様。何度も言ってますけど、買うお金がねえです」
長い耳をピンと立てた愛らしいぬいぐるみを見下ろしていると、隣でカムラが非情な現実を告げてくる。
懐をがさごそとかき回し、ルーミエは自分の小遣いが入っている財布を探し出した。
しかし中身を見ると、なんとも物悲しい。新しい家族を向かい入れる資金はなかった。
(な、何かお金に変えられるもの……!)
そう思い立ち、全身をまさぐる。
しかし身に付けている物に高価なのはない。
くまなくポケットまで調べると、やがて一つのアクセサリーに行き当たる。
見た目だけは煌びやかではあるが、安い装飾のため高価ではない。
ただし中には特別な代物――赤黒い結晶の小瓶が入っている。
恐らく、未来永劫使うことのない
聞けば、聖女の血晶鉱は非合法に高値で取り引きされているという。『権能』を得られる強力な物だが、聖女との信頼関係がなければ、力は得られない……。
恐らくそういった信じていない人間を騙して、売り付けているのだろう。
逆に言えば、市場に流したところで『権能』を悪用されることはない。
いっそこれを……と考えたが、ルーミエは首を振る。
(冷静になりなさいルーミエ。そんなことをしたら、聖女の名が汚れてしまいます!)
考えを改め、ルーミエはアクセサリーをポケットにしまい直す。
そしてぬいぐるみも、棚に戻そうとするが。
「やっぱりダメです、カムラちゃん⁉ 私にはこの子を置いてなんていけません!」
「はいはい。向かい入れるのは、来月まで待つでごぜえますよ~」
「ああ~ちょっと、カムラちゃん待って‼ ジェーン⁉」
ぬいぐるみの名前までつけ、入れ込むルーミエ。だが虚しくも、カムラによって力ずくで連行された。
「食材は買い終えたので、さっさと家に帰るでごぜえます」
「うう~私のジェーン……」
パンパンのリュックサックを背負うカムラは、傷の癒えぬルーミエと共にバス亭まで向かう。
その時だった。
街中に、『ブオーン‼ ブオーン‼』と警報が鳴り響く。
落ち込んでいたルーミエは、はッ! となって頭を切り替えた。
「この警報……まさか⁉」
二人は近くにあった店へ近づく。
そこにある
『ルグドーの住民達に告げます! 現在、ルグドー内にアルス=メリア一派の侵入が予想されます! 住民らは教会への避難、並びに最寄りの安全な建物への避難を――』
「聞きましたか⁉ ルーミエ様!」
「アルス=メリア……! 奴らが来たとしたら、お師匠様や私を……‼」
しかし次に頭に浮かんだのは、
彼はまだここに来て日が浅い。何処が安全な場所だと、分からないだろう。
「カムラちゃん! 私は与一さんを迎えに行ってきます! 先に教会本部に避難を!」
「何言ってやがりますか⁉ 一番危ねえのはルーミエ様でごぜえますよ‼ アタシが与一様を迎えに行くので、ルーミエ様こそ避難を!」
「け、けれど……!」
そう言い争う中で、不意に金属がひしゃげるような音が響いた。
気付けば二人の立つ後方に、巨大な鉄の塊が黒い摩擦跡を残しながら通り過ぎていく。
ルーミエは喉奥が驚愕で干上がった。
よく見ればそれは、バス車両。
しかも中には数人の人間がまだ乗っており、呻き声をあげながら倒れ付している。
「わ~あはは! 私ってば運がいい~。早速、会いたい人を見つけちゃった☆」
場に似つかわしくない、子供のような高い声。
その方角に目を向けると、一人の金髪少女がこちらに視線を向けながら笑いかけてくる。
小さな片手には、自身よりも大きなハンマーをくるくると回して。
「ねえ貴方、この街の聖女様でしょう?」
「ルーミエ様! アタシの後ろに‼」
カムラが血相を変えて、ルーミエの前に立つ。
金髪の少女は気にした風もなく、近づいてきた。
「へ~。護衛は一人だけなんだ? 随分と無用心なんだね? お姉ちゃん」
「あ、貴方、何者ですか⁉ このバスを横転させたのは、まさか……」
「ふふ……。少し小突いただけだよー。この街、人を探すには広すぎるから~」
こちらに一定の間隔で移動しながら、相手はバスまで近づいていく。
(ルーミエ様。隙を見せたら、さっさと逃げてくだせえ! この場はアタシがどうにかします!)
(な、何を言ってるんですかカムラちゃん⁉ あの子を一人でどうにかなんて……!)
「よいっしょっと!」
こそこそと相談をしていた手前で、金髪の少女は腰を落として何かをしていた。
横転したバス車両の中から、倒れた人間を引っ張り出していたのだ。
意識の無い男性に対して、彼女は懐か何かを取り出す。
手に持ったそれを上に掲げた。遠目で良くは見えないが、杭のような尖った物だ。
「えい!」
それをあろうことか、倒れていた人に突き刺した。
「一体何を⁉」
「見てれば分かるよ~」
動揺するルーミエに、得意げな顔の相手。
するや倒れていた人間に異変が起きた。
身体が小刻みに震え、苦しむようにもがく。
「ああ、痛あい‼ ぎぎ⁉」
そしてのた打ち回る身体から、赤い結晶が飛び出した。
『ギギ……ギィイイーーーーンッ‼』
倒れていたその人が立ち上がる。
全身から服ごと皮膚を引き裂いて、その顔面を赤い結晶の鎧が覆っていく。
そう……クオープスへと変貌したのだ。
「そんな⁉ 結界内なら、クオープスにはならないはずでごぜえますのに⁉」
「凄いでしょ~? コレ、私達が最近編み出した仲間の増やし方なんだ~。例え結界内でも、特殊なクオープスを生み出せる」
そして金髪の少女は、親指を隣のクオープスに向けながら。
「んでもって、ここからがこの子の腕の見せ所。ささ。じゃんじゃん仲間を増やしちゃって~☆」
『ギィイイイイーーーーーーーーンッ‼』
クオープスが身震いするや、背中から無数の突起物を生やした。
それらはまるで触手のようであり、うねうねと動きながらバス車両の中へと潜り込む。
触手は次々に、車両内の人間へと先端を突き立てていった。
「ぎゃあ‼」
「な、なぐあああ、ぎぎ……!」
『ギィイイイイーーーーーーンッ‼』
バスのガラスを突き破り、出て来たのはクオープス化手前の人々。
それはまさに、地獄絵図だった。
「ああ……‼」
蒼白になるルーミエは、震えた手でカムラの服を掴む。
「ささ。君はどんどん、仲間を増やしていってね~。下っ端の方達は、良い感じにこの街を混乱へ陥れよ~う」
そして金髪の少女はハンマーを持ち換えて。
「そんでもって私は、こっちの聖女様を始末しちゃうね~☆」
無邪気な悪意が、襲い来る。
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