第13話 新生活

 与一(よいち)が見知らぬ世界に辿り着き、気づけば二週間の時間が流れていた。


◇◇◇


「ここの文字がちげえでございます」

「あん? 難しいな……この文字って『ん』の文字だっけ?」

「さっき教えたばかりじゃねえですか。『わ』の文字でごぜえますよ」

「カムラお姉ちゃん。それは『ん』で当ってるよ?」

「ほえ?」

 

 小さな女の子の訂正に、カムラは気恥ずかしそうな顔で髪をいじくる。

 現在、与一達はとある児童養護施設にやって来ていた。自身と同じように、大きなテーブルには数人の子供達が読み書きをしている。

 ここに居る多くの子供は、なんらかの理由で親を亡くしてしまったとか。

 その数はニ〇人近くに及ぶ。対して、その面倒を見ているのは四〇代の女性一人。与一らはその手助けとして、頻繁に訪れては子供達の相手をしていた。

 

「それじゃあ次の文字ね~。与一兄ちゃん、これわかる~?」

「ん~えーっと……分かった『あ』だろ?」

「ぶぶ~。正解は『さ』でした~」

「与一兄ちゃん、年上なのに俺達より頭悪い~」

 

 言うや、子供達は笑い出す。

 

「仕方ねえだろ! 始めて見るんだからさ、こんな文字……」

 

 紙にずらりと並べらえた、奇怪な紋様達。

 やはりと言うべきか、日本語とは全然違う。

 とりあえず、自分の名前だけでも書けるようになりたいところ。とハードルを下げてはみたものの、まともな読み書きをしてこなかった与一にとってはそれも結構な難題だった。

 

「は~い、みんな~。そろそろ夕食の時間よ~。お兄さん、お姉さん達にお別れを言いなさ~い」

 

 すると児童施設の主人である女性と、ルーミエがやって来る。二人は厨房で食事を作っていたのだ。

 子供達は窮屈な勉強から解放され喜ぶ。

 が、中には不服そうな顔の子も居た。

 

「え~。兄ちゃん達も食べてけばいいのに~」

「みんなでお食事~」

「気持ちは嬉しいのですが、用意できた食事はギリギリなんです。貴方達にひもじい思いをさせるわけにはいきません。一緒にご飯は、また今度に」

「ちぇ~」

 

 納得がいっていないながらも、ルーミエの言葉を聞き入れる子供達。

 その後、「ばいば~い」と手を振る彼らに見送られながら、与一達は帰路に着く。

 

「お疲れさまでした、二人共。子供達の相手はどうでしたか?」

「奴らのヤンチャ具合にも慣れてきたよ。俺の居た所じゃあ、あれだけ元気な子供は全然居なかったからな~」

「与一様、勉強では終始、馬鹿にされてたでごぜえます」

「お前だって出来てなかっただろ⁉」

 

 指摘すると、カムラは全く吹けてない口笛をしつつ、視線を逸らす。

 ルーミエはくすくすと笑いながら、一向に安らぎのひと時が流れた。

 のだが……。

 

「ねえねえ……アレ見て……」

「ああ、あの教会の聖女様……。また児童施設の建物から……」

「もしかして、あの子供達を自分の手駒にでもする気なのかしら……」

 

 こちらを見て、ぼそぼそと話している人間が居た。

 与一は立ち止まり、そんな会話をしている女性らを睨む。

 するや相手は怯えたように、立ち去って行った。

 

「何やってるでごぜえますか、与一様」

「いや……なんか俺達に変な視線を向けて来る輩が居てさ」

「そんなのいちいち気にする必要ねえです。さっさと帰るでごぜえます」

 

 若干、強めの口調でカムラは言う。

 ルーミエも、こちらに振り返ることなく黙って歩くだけ。

 ただその背中は、なんだか寂しそうだなと与一は感じた。


◇◇◇


 その翌日も、与一は文字の羅列を目にしていた。

 

「う~ん……こうか」

「どれどれ」

 

 与一が書いた文字を見て、カムラは「ぷぷっ」と笑う。

 

「合ってはいますけど、文字が汚ねえでごぜえます」

「そこは仕方ねえだろ。ペンよりも工具握ってる時間の方がよっぽど長い人生だったんだから」

 

 与一の名前が書かれた紙を置き、カムラは果物の皮むきを再開する。

 

「それにしても不思議でごぜえます。文化や道具だけでなく、こういった文字も見たことねえなんて。本当に別の世界から来たごぜえますか?」

 

 剥き終えた果物が皿の上に並べられる。

 その光景を見ながら、与一は腕を組んだ。

 

「俺も信じられないけど、そうとしか考えられねえのよ。なんか、目に映るもの、驚くことばかりでさ」

 

 するとカムラの背後で調理をしていたルーミエが、不思議にこちらを見やる。

 

「この二週間、一緒に過ごしてきましたけど。確かに私達の文化に困惑してばっかでしたね。始めは乗り物に乗るのも驚いていましたし」

「俺達の世界にも、乗り物はあるんだけどさ。もうすっかり修理する人が減って、誰も扱えなくなったんだよ」

「そこまで過酷だったんですね……」

 

 言ってルーミエは鍋の台座(調理道具を温める鉱石)にあるスイッチを切る。

 一通り調理を終えてか、彼女もカムラの隣に座った。

 

「気になってたんですけど、そこまで人々を追いやる怪物ってなんだったんですか? え~っと、なに者って言ってましたっけ?」

 

 カムラが指でこめかみを押さえながら、必死に思い出そうとする。

 

「『珀者(はくじゃ)』のことか?」

「そうそう、それです」

 

 対面する二人が関心を寄せる

 それに与一は、ペンを紙に突きながら。

 

「本当にヤバい怪物達だよ。その……信じられない話かもしれないけど、死んだ人間が怪物になり替わるんだ。ひたすら生きてる人間を襲うヤバいのに」

『え……?』

 

 ルーミエとカムラの声がハモる。

 信じられない……と言うには、何か引っかかるリアクションだった。

 与一は首を傾げるが。


 ドンドン!


 外からドアが叩かれる。

 それにカムラが、すぐさま駆け付けた。

 与一も気になって、キッチン部屋から顔を出す。

 教会の出入口から二人ほど、物々しい男達が入って来た。そう分厚くないが鎧を着こみ、腰には物騒な剣を携えている。

 街でたびたび見かけることがあった。ルーミエが言うには、教会に属している騎士団。

 与一にとって騎士の存在など、ゲームでしか見たことが無い。始め見た時は、男心に来るものがあった。

 そんな彼らの顔つきは、何かに急かされているように余裕が無い。

 

「大至急、聖女様の力をお借りしたい。よろしいかな?」

「ルーミエ様をですか? ええーっと」

「私なら問題ありません」

 

 言うと、ルーミエがキッチン部屋から騎士の前に出る。

 帽子を被り、その手には長い杖を所持していた。

 

(『聖女』……そう言えば、どういう仕事なんだ?)

 

 二週間、彼女と共に行動していたが、それらしい特別なことをしていない。

 昨日の様に、児童施設で子供達の相手をしたり。または土木工事の人々に給仕をしたり。ほぼほぼボランティアのようだった。

 つまるところ、今ならばルーミエの本来の仕事が見られる。

 

「時間が無い。早速、現場へ」

「なあ。ルーミエ、俺も着いて行って良いか?」

「え? それは……」

 

 騎士がドアに手をかけたところで、与一は提案する。

 するや、ルーミエは歯切れの悪そうな顔で視線を逸らした。

 

「与一さん……気持ちは嬉しいのですが、あまり人に見せられるものではありません。むしろ、心を痛めるくらい、悲惨な物を見る羽目に」

「そんな仕事に、ルーミエを?」

 

 与一は騎士達を一度見据え、一歩前に出る。

 

「やっぱり俺も行くよ。ここで住まわせている以上、できる限り役に立ちたい」

「しかし……」

「聖女様。悪いのですが、時間が惜しい。この青年が力になってくれるのならば、我々としても助かる。今は男手が一人でも欲しいところでね」

「……分かりました」

 

 ルーミエが頷くと、騎士達はいそいそと外へ出る。

 与一はルーミエがそれに続くと、外には屋根の無い車が停められていた。その後ろにはテント張りの荷台が繋がれている。

 与一達は荷台に乗るや、振動が伝わり、車が動き出す。

 

「なあ、ルーミエ。それでこれからする仕事って、一体なんなの?」

 

 勢いで着いてきたが、未だ何が待ち構えているのか分からない。

 それにルーミエは目を伏せて、暗そうな表情で。

 

「遺体の『火葬』、です……。亡くなられた人達の魂を、天へ導く――『聖女』の役目なんです」

 

 与一はそこで、『心を痛める』と告げた彼女の真意を理解した。

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