第一章③ 君を連れてゆく



 金髪の背中が、屋根の向こうへ消える。

 その先を目指し、陽南は大通りを駆け抜けた。


 夕刻前の王都は人で溢れている。

 露店の呼び声、馬車の軋み、子供の笑い声。


「──っ、邪魔……!」


 人々の間をすり抜け、荷車を避け、布屋の軒先を掠める。


(速い……でも、まだ見えてる)


 屋根や塀の上を滑るように走る三明に比べ、地上の陽南は圧倒的に不利だ。

 それでも視界の端に、淡い金が消えない。


 不思議だった。

 必死で追っているのに、追いかけている感じがしない。

 むしろ――導かれているみたいだった。


(……なんなのよ、あの子)


 そう思った瞬間、路地の出口で足が止まった。

 

(──いた!)


「……止まれ」


 路地の出口で、三明が静かに立っていた。

 白く細い刀身の小太刀を抜き放ち、正眼に構える。


 それだけで、空気が変わった。

 逃げ込んできたスリが、思わず足を止める。


 眠たげな金眼。覇気のない顔。なのに、隙がない。

 逃げ道も、間合いも、すでに塞がれていた。


「ひっ……!」


 男が怯んだ、その瞬間。


「もらったあぁぁっ!」


 背後から飛び込むと、陽南は鞘入りの双刀を全力で振り抜いた。


 強烈な鈍音。

 スリは悲鳴も出せず、その場に崩れ落ちた。

 

「安心しなさい、峰打ちよ!」


「鞘だろ」


 倒れ伏した男を見下ろしながら、僅かに顔を引きつらせる三明。


「……てか、生きてんの?」


「え? 大丈夫よ、多分」


「多分かよ……」


 ぴくりとも動かない犯人を前に、三明は小太刀を収めつつ、小さく嘆息した。





 スリを夕輝士団に引き渡したあと、路地には静けさが戻った。


「……ふぅ。これでよしっと」


 陽南は腰に手を当てて一息ついた。


 さっきまでの喧騒が嘘みたいに、風だけが通り抜ける。

 陽南は何となく、小太刀の位置を直す三明を見ていた。


(……この子、ほんと何者なんだろ)


 そこで、ふと思い出す。


「あ、そうだ! 串代!」


 財布は自分が持っている。

 彼の所持品は、外套と小太刀しか無かったはずだ。


「あんた、どうやって払ったの?」


 一瞬きょとんとした三明は、軽く頭を掻く。


「……あ〜、忘れてた」


 そして、何事もなかったように差し出してきたのは。


「ハイ」


「……え?」


 長年使い慣れた、陽南の財布だった。


「……」


 間。


「――あんたもスったんかいっ!!」


 反射的に手が出る。

 だが、ひらりと軽く身を引かれて、空振り。


「あっ、もうっ!」


 苦し紛れの二度目も、躱される。


「また避けられた!」


「だって、当たりたくね〜し」


「そこは素直に殴られなさいよ!」


「フツ〜にイヤだろ」


 気怠げな声のわりに、動きはやけに身軽で。


 陽南はむっとしながら財布を鞄に仕舞い、溜め息をついた。


(……屋根の上でも、そうだったけど)


 妙に距離を取り、手渡しでも指先すら触れようとしない。

 近付こうとすると自然に離れ、間合いを取られる。


 避けているというより――反射的に逃げている、そんな感じだった。


「……ま、いいわ」


 陽南は気を取り直し、笑みを浮かべる。


「助かったのは事実だし。ありがとね、三明」


 すると一度こちらを向いた顔が、ふいと逸らされる。


「……まぁ」


 頭の後ろで手を組んで、空を仰ぐ。

 

「ついてきた以上、少しは役に立たね〜とな」


 独り言のような呟き。

 聞き流すのは何となく嫌で、陽南は口を挟んだ。


「はぁ? そんなの、どうだっていいわよ」


「?」


 不思議そうな視線に、強気な笑みで返す。


「あんたのお陰で、一人旅が二人旅になったんだから。もっと気楽に構えて、一緒に楽しみましょ?」

 

「…………」


「何よ、嫌なの?」


 僅かに迷う素振りを見せた三明は、やがて小さく首を横に振った。


「……イヤ、じゃねぇ、けど」

 

「よろしい!」


 笑顔で彼の隣に並び、眩い陽光に目を細める。


「それじゃ──改めてよろしくね、三明!」


「……了〜解」

 

 晴れ渡る青空の下、二人は揃って一歩を踏み出したのだった。



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