第4話 不運を“必中”に変える方法

***


「よっしゃあ!! 野郎ども、今日の晩飯はドラゴンのフルコースだぜ!!」

 ……ドラゴンって食用だったっけ?

 そんな僕の困惑を置き去りにして、パーティの士気は(変な方向に)爆上がりしていた。


​「ミュウも、一生懸命頑張ります!」

 聖女ミュウが、その小柄な体躯には不釣り合いな巨大な杖をギュッと抱きしめる。小動物的な可愛らしさだが、目が笑っていない。やる気十分だ。


​「なあ、相棒。この戦いが終わったら、俺と結婚しねぇか?」

「しないよ?(即答)」

「フッ……。なら、死ぬわけにはいかねぇな。待ってろよミルカ、俺の勇姿を特等席で見せてやる!」

「ねえ、話聞いてる?」

 重度の難聴を疑わせるポジティブさで、グロウが巨躯を震わせて突進していった。相手は鉱石龍ルービーンズドレキ。本来なら一国の騎士団が総出で挑む相手だが、グロウの辞書に「撤退」の二字はない。今にも自慢の斧をドラゴンにぶつけようとしていた。

「ユキリ、援護を頼む!」


​ 司令塔として僕は指示を飛ばす。

 ユキリは眠そうに「ふぁ……」と欠伸をしてから、虚空を仰いだ。

「モンスターを倒せばいいのね?」

「当たり前だろ! 頼む!」

「おーけー……。天に座す冷たき氷河、万物を凍土に沈め、その命を絶て――『アイシクル・パニッシュメント』」

 神秘的な詠唱と共に、極大の氷塊が召喚される。さすがは世代最強の魔導師。


 ――が、その魔法の矛先は、なぜかドラゴンの懐へ飛び込んだグロウに直撃した。


​「なにしてんの!?」

「え、いや……。モンスターにやれって言われたから」


​「そっちじゃねぇよ! グロウは(筋肉)モンスターだけど今は味方だろ!!」


​ 氷塊に押し潰され、カチンコチンに固まったグロウがドラゴンの尻尾でホームランされた。そのまま遠くの巨木に激突。……まあ、死んでないだろう。

「ドラゴン! あの赤いデカい方に当てるんだよ! いい? 分かった?」

「ごめんなさい……。一度魔法を使うと、魔導師特有の低血圧で眠くなっちゃうの」

「どんな新説だよ!!」

 木っ端微塵になった木陰から、グロウがムクリと起き上がる。

 全身から蒸気を上げながら、またドラゴンへ突撃していく。頑丈すぎる。


 これでは援護どころか味方同士の潰し合いだ。僕は仕方なく、自らも加勢することにした。

 僕は不運体質だが、全くの無能じゃない。多分。基礎的な下位魔法ならいくつか使える。ミュウに魔力増幅をかけてもらい、僕は短い詠唱を紡いだ。

「火よ、疾走せよ! 『ファイア・バレット』!」

 狙いは完璧、ドラゴンの無防備な翼。


 ――のはずが。

 発射された火球は、空中であり得ない軌道でカーブを描き、またしてもグロウの後頭部を強襲した。

「あら。やっぱりミルカもグロウを仕留めたいのね? 安心なさい、トドメは譲ってあげる」

「違うッ!! ただの不運体質だって!!」

 僕は泣きそうになりながら、ふらつくグロウの元へ駆け寄った。

 本当に申し訳ない。不運とはいえ、よりによって絶好調な仲間の足を引っ張るなんて。

「グロウ! すまない、大丈夫か!? 今のはわざとじゃなくて……」

「……ははっ、気にするな相棒。わかってるぜ」

 グロウは煤けた顔で、爽やかに親指を立てた。

「背中への熱い衝撃……。これぞ相棒からの『愛の激励』ってな! パワーがみなぎってきたぜえぇぇ!!」

「……もうダメだこのパーティ」

 愛の鞭という名のフレンドリーファイア。

 当のドラゴンすら「なんだこいつら」と言いたげに引いているのを、僕は見逃さなかった。


 ​ どうする。どうすればいい。

 このままではドラゴンに殺される前に、味方の誤射で全滅する。現に、前衛で踏ん張っているグロウが負っている傷の八割は、僕とユキリによるものだ。


​ 狙っても当たらない。不運の強制力が、僕の放つ魔法を「最も最悪なタイミング」で「最も望まない対象(グロウ)」へとねじ曲げてしまう。


 ユキリは低血圧でお休みモード、ミュウも戦えるとは言えドラゴン相手には厳しいだろう。

 ――いや、待てよ。

​ 最悪のタイミングで、さらなる最悪が襲いかかるのが僕の体質だ。

 落とし穴に落ちればドラゴンが来る。ユキリがグロウを撃てば、僕の魔法もグロウに吸い込まれる。


 ならば――その「最悪」のベクトルを、あえて固定したらどうなる?


​「グロウ! さっきの言葉、信じていいんだな!?」

「おうよ! 相棒からの攻撃なんて、むしろご褒美……いや、極上のバフみたいなもんだぜ!!」


​ 言ったな。なら、遠慮はしない!

 僕は後方で様子を伺っていた二人のもとへ全力で走った。この状況を打開できるのは、ユキリの「もう一つの才能」だけだ。

​それは――。


「ユキリ! 今すぐ時間を止めてくれ!」

「……なに? 時間は止められるけど、その後は?」


​「寝るんだよ! 時間を止めている間に、全力で仮眠を取って魔力を回復させるんだ!」


​「……天才なの?」

 ユキリは驚いたように目を見開き、即座に杖を地面へ突き立てた。

***

「よし、おはよう。スッキリしたわ」


​ 数秒後、ユキリは先ほどまでの倦怠感が嘘のように、肌にツヤを取り戻して復活した。静止した時間の中で睡眠を取るという力業。動けるのが本人だけなので、僕から見れば何も変わっていないのだが。

「よし、反撃開始だ! ミュウ、ユキリに最大級の魔力増幅を!」

「えっ? あ、はい! 聖なる慈悲よ、彼の者に力を――!」

 ミュウの支援を受け、ユキリの魔力が爆発的に膨れ上がる。彼女は冷徹な瞳で、前方の「標的」を見据えた。

「ユキリ、狙うのはグロウだ! 最大火力でブチ込め!」

「よし、モンスター狩りの時間ね。死になさい、グロウ」

「ミルカくん!? 何言ってるんですか! グロウさんが死んじゃいます!」

 悲鳴を上げるミュウを余所に、ユキリの杖から絶対零度の奔流が放たれた。


​「『アイシクル・パニッシュメント』!!」

 超巨大な氷の槍が、無防備なグロウの後頭部を目がけて一直線に突き進む。

 だが、僕は確信していた。

「大丈夫だ。どうせ――当たらない」

 直後、世界が歪んだ。

 グロウの首元に突き刺さるはずだった氷の槍が、あり得ない角度で「屈折」したのだ。あたかもグロウという存在を世界が拒絶し、別の「最悪」を探し求めたかのように。

 ――ドォォォォォォン!!

​ 回避不能の急旋回を見せた氷の槍は、油断していたドラゴンの眉間に直撃。

 一瞬にして、巨大な鉱石龍が美しい氷像へと姿を変えた。

「……チッ。外れたわ」

 ユキリが心底悔しそうに舌打ちした。おい、本音が漏れてるぞ。

「グロウ! 今だ、やってくれ!」

 凍りつき、ピクリとも動けないドラゴン。

 グロウは待ってましたとばかりに跳躍し、踊るような大振りの一撃を叩き込んだ。

 パキィィィィィンと、硬質なルビーの鱗もろとも、ドラゴンが真っ二つに砕け散る。

 勝利の確信と共に、僕はその場にドサリと崩れ落ちた。


​「……なんとか、セーフ……だね」

 不運を「必中魔法」に変える禁じ手。

 僕の胃に穴が空くのが先か、グロウが死ぬのが先か。このパーティで生き残る難易度は、ドラゴン退治より遥かに高いことを再確認した一日だった。

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