第2話
「え!?」
「この未来視でちゃんと捉えました。彼女が天使学会に殺されてから78年後に証拠映像が見つかり、ジマちゃんはそこで初めて冤罪を着せられていたことが認められたのです」
「な、なんだよそれ」
「ちなみにあの爆破事件は、ネクサスの不良品だった飯島梓を活動停止させるための大義名分として、開発会社が学生バイトを雇って意図的に起こしたものです。ネクサスは国から人権を与えられてますから、欠陥があったとしても永続的に活動停止させてしまったら殺人罪にあたりますからね。でもジマちゃん個人によるテロとして世論を煽れば、事件は『欠陥品であるジマちゃんが引き起こしたもの』として認知され、他の正常なネクサスや開発会社はそこまで批判されないというわけです」
「………………………………」
胸糞悪くてしょうがないけど、今のジマさんの世間からの叩かれようがひどいのは事実だった。
連日のニュースやワイドショーでは、例の爆破事件に限らず過去の彼女の行いが、すべて悪い話として取り上げられてるし。
うちの両親も事件翌日にさっそく週刊誌の取材を呼んで、俺がジマさんとよく一緒に遊んでたせいで何度も死にかけたとか、受験勉強の邪魔をされたとか、そういう事実無根の愚痴を訴えていたらしい。
両親に限らず小学校の先生や同級生からも、爆破事件が起こる前からずっとジマさんは悪いヤツだと思われていた。
そんな彼女とよく遊ぶ俺に、みんなは同情していた。
「九条くん優しいよね」
「無理してあんなのとつるまなくていいのに」
どうしてみんながそういうふうに言うのか、正直俺にはよくわからなかった。
ジマさんは手先だけじゃなくて人間関係も不器用だったから、もしかしたらみんな彼女のことを誤解していたのかもしれない。
両親からは何度もジマさんと遊ぶのをやめるように注意されたけど、そういうのは全部無視して極力親の目を誤魔化しながら遊びの予定を入れていた。
俺は別にジマさんが悪いヤツだと思っていなかったし、友だちでいることを辞める理由もなかったからだ。
でも小学校を卒業するタイミングで彼女は遠くの町へ行くことになってしまって、それ以来ずっと会えてない。
いつかもう少し自立できるようになったら彼女の引っ越した街へ行こうと思ってうだうだしているうちに、あの爆破事件が起こってしまった。
「これさ、ジマさんが天使学会に殺される未来を防げたとしても、爆破事件の無罪を証明できなきゃあいつは犯罪者扱いをされ続けるってこと?」
「そうですね。これからの裁判で彼女は終身刑の判決を言い渡されるので、無罪が証明されるまでの78年間は刑務所で生活を送ることになるでしょう」
「78年も────────────」
「でもここから実際に私たちが選び取る未来は違います」
「どういうこと?」
「だって先輩、このまま彼女が冤罪を背負ったままでいいんですか?」
「いいわけないだろ。もっと早く無実が証明されてほしいし、7日後に天使学会に殺されるなんて論外にきまってんじゃん」
「そうですよね、先輩ならそう言ってくださると信じてました」
ワカが少し悪い顔で微笑む。
いたずらでも企んでるような、そういう顔をしていた。
「先輩、私たちで未来を変えてしまいましょう。7日後に殺しに来る天使学会を蹴散らして、ジマちゃんが無実である証拠も手に入れるのです」
すべてのグリンピースを食べ終え弁当を完食したワカは、得意げな顔で弁当箱の蓋をパチンと閉じた。
予鈴のチャイムが鳴る。
もうそんな時間か。
急いで教室に戻らないと、午後の授業が始まってしまう。
「そうだ、放課後に作戦会議をしましょうか。先輩に紹介したい場所もあるので」
「作戦?」
「先輩、まさか無策のまま7日後を迎えるつもりだったんですか? 甘いですねー」
ワカが目を細めて呆れ顔になる。
なんだろう。こいつ年下なのに、昨日から妙に俺よりおとなっぽいとこ見せてくるんだよな。
未来が見えるようになったせいだろうか。
「とにかく授業が終わったら校門の前に来てください。詳細な話はそれからです」
◇ ◇ ◇
午後の授業と帰りの挨拶も終わったので、通学リュックを背負い一階まで降りていく。
いつもはここを左に曲がり自習室で学校の課題や受験勉強をするけど、今日はワカとの約束があるからそのまま下駄箱に直行する。
部活をやってる生徒が多いからか、下駄箱にはまだ外靴がたくさん並んでいた。
昇降口を出て、校内のスピーカーから流れる『新世界より』第2楽章の音漏れを聴きながら校門に向かうと、すでにワカが俺のことを待っていた。
「こっちです。5分も歩けばすぐに着きます」
彼女は俺の帰り道と真反対の方向に歩き出す。
昼休みのときに聴きそびれてしまったが、ワカの紹介したい場所って結局どこなんだろう。
本人に聞きたいところだけど、当の彼女は感動系の映画を観ても泣けないという話を喋り続けているから、下手に話題を遮ることもできず目的地も知らないままだ。
昼休みのときも目的地はギリギリまで俺に教えたくなさそうな雰囲気だったし、言いたくないなら無理に聞く必要もないか。
そうこうしているうちに、年季の入った一軒家が並ぶ住宅街の道端でワカは急に足を止めた。
「ここです」
彼女が目線と手振りで指し示した先は、淡いターコイズブルーの外壁がよく目立つ一軒家。
対して三角屋根の部分にはオレンジがかった茶色の瓦が並べられ、同じような大きさの家が並ぶ住宅街でも異様に存在感を放っている。
目の前の表札には、筆文字のような明朝体で『香月』と書かれていた。
「あれ。ワカの苗字と同じだ」
「当たり前じゃないですか。ここ、私の家です」
俺はいったん自分の耳を疑った。
まさか女子の家に入れっていうんじゃないだろうな。
「どうぞ、遠慮なく入ってください。両親も今は仕事中ですし」
「さすがに無理だって!」
不本意にも、自分の大声が長閑で閑静な住宅街にこだまする。
「いいから早く。先輩が他人の家で変なことをする度胸なんて持ち合わせてないことは知ってます」
「そういう問題じゃないって! もし仕事帰りの親御さんと鉢合わせたら、どう説明するつもりなんだ!!」
「両親は基本的に19時までは帰ってきません。まだ16時過ぎですし、今日の作戦会議は三時間もあれば充分です」
ワカはためらう俺に構わず家の鍵を開け「どうぞ入ってください」と促す。
「いや、やっぱり別の場所にしない?」
「いいから早く」
ワカの鋭い目つきが俺に向けられる。
あ、これはガチで怒る寸前の顔だ。
どうしてそこまで自分の家に招きたいのかはよくわからないけど、俺は空気を読んで香月家にお邪魔することとした。
外観のイメージ通り、玄関も廊下も二階へ続く階段も、全体的にこじんまりとした家だ。
階段を登るたびに木版の軋む音が微かに聞こえる。
このかんじ、懐かしいな。
小学生の時に遊びに行ってた友達の家もこんなかんじだった。秘密基地を案内してもらってるみたいでワクワクする。
俺の先を歩くワカは二階へ続く階段を登りきると、1番奥の部屋の扉を開いた。
「うちの空き部屋です。今はまだ何もないところですが、人気のないところで相談するには充分でしょう」
彼女の言った通り、本当に何もない空き部屋だった。
ベッドやテーブルのような家具さえ見当たらない。
備え付けのエアコンも色がくすんでるし、長いこと使われてなさそうだ。
部屋ががらんどうなせいか、外にいた時より少し肌寒い感触がある。
とはいえ部屋の掃除はきちんとされてるみたいだし、居心地はそこまで悪くなかった。
一階へ飲み物を取りに行っていたワカが、麦茶の入ったピッチャーと空のコップ2つをお盆にのせて部屋に戻ってくる。
「それで早速の本題ですが、ジマちゃんが無実である証拠として、爆破事件が起こった当時の監視カメラの映像を手に入れる必要があります」
「いきなりハードル高くない!?」
「いえ、今回の事件に限れば意外とそうでもありません。なんせ証拠映像を持っているのは、7日後に先輩を殺しに来る天使ですから。先輩を殺しにくるタイミングで気絶でもさせれば一発です」
「そんな簡単にうまくいくかな」
「どうでしょう。先輩次第ですね」
「俺?」
ワカはさも当然とでも言いたげな様子で頷く。
「昼休みのとき、7日後に先輩が学校で殺される未来を話したことは覚えてますよね?」
「もちろん。たしか心臓を焼かれるんだっけ……」
「その通りです。天使に一対一の決闘を仕掛けられ、そこで先輩は殺されてしまうのです」
「決闘!!?」
ただでさえ殺される未来を予言されるだけでも心臓に悪いのに、決闘って何事だよ!
でもなんだかんだ、そんなメチャクチャな未来でさえも現実になってしまうような気がしてきた。
昨日の放課後、成宮さんに殺される未来を聞いた時だってあんなに信じられなかったのに、もっと信じられないシチュエーションでそれが現実になってしまったのだ。
だからきっと、俺はこのままじゃ決闘とやらに負けそうな気がする。
「ごめん、俺ちょっと怖くなってきたわ」
「心配する必要はありません。名前こそ物騒ですが、要は手段を問わない一対一の殺し合いです」
「普通に物騒なままだし手段を問わないのが余計に怖いな!?」
「そこまで気負う必要はありません。手段を問わないのですから、先輩の得意なやり方で勝ちにいけばいいんです」
「俺の得意なやり方? 別にそんなもんないけど」
「そうでしょうか?」
ワカは意味ありげな疑問符を俺に投げかける。
彼女はまるで、俺が決闘に勝てる手段を持っているとでも言いたげだった。
「ともかく時間はまだあります。この7日間で藤枝先生との決闘に勝てるよう準備しといてください」
その日の作戦会議はそこで終わった。
帰り際、ワカに次回からは公園とか別の場所でもいいんじゃないかとさりげなく提案してみる。
やっぱり中学生にもなって女子の家に上がり込むのは気が引けたから。
「先輩の気遣いには感謝しますが、お断りします」
ワカは頑として譲らなかった。
「この空き部屋は、私たちの居場所にするんです」
「どういうこと?」
「いずれわかります。先輩が決闘に勝てたらの話ですけどね」
彼女は不敵な笑みを浮かべて、それ以上は何も教えてくれなかった。
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