第3話
「正輝、成宮さんを送ってあげなさい」
全然楽しめなかった食事会もやっと終わり、いよいよ成宮さんに殺されると予言された瞬間が近づいていた。
ちなみにこの見送りは、九条家に客人が訪れたときに毎回発生するイベントだ。
なんせ曽祖父の代から受け継いだこの家の庭はあまりにも広くて、慣れていないと正門に辿り着くまで道に迷ってしまう人も少なくない。
そして見送りは客人から指名された家族の誰か一人が担当することになっている。いつもは会食でも褒められることの多い兄か姉が選ばれるのに、今日は珍しく俺が指名された。
やっぱり俺を殺すためなんだろうか……。
会食ではそこまで悪い印象はなかったし、理由もなく常識はずれなことをしてくるような人には見えなかったけど。
勝手にそんなことを思いながら正門まで続く道を案内する。
自分の家の庭だけど、まるで迷路みたいだ。
今でこそ道端を照らす街灯が設けられたからまだ歩きやすいけど、昔はそれもなかったから、夜間に家を出入りするときは懐中電灯をつけて真っ暗な庭の中を歩かなければならなかった。
家族で遠出した帰りはいつもこの真っ暗な道を通っていたから、小さい頃はその辺から幽霊が現れて殺されたり呪いをかけられたりするんじゃないかといつも不安になっていた。
「正輝くんは生まれ変わりって信じてる?」
「生まれ変わり、ですか?」
ちょっと変わった話題だなと思いつつも普通に返答する。
「俺は信じてないです」
「へえ。どうして?」
「信じる理由がないからです」
「じゃあ今から理由を作ろっか。正輝くんだって今の人生には不満だらけでしょ?」
成宮さんが俺の両手首を握る。
顔が、近い。
目のやり場に困っていると、彼女の囁き声が耳元に届いた。
「今から死んでみようよ」
えっ。
正面を向くと、そこには成宮さんの頬を赤らめた微笑があった。
父親たちとの会食では一度も見たことのなかった表情。
「む、む、無理です。嫌です。や、やめてください!!」
見送りどころじゃなくなった俺は逃げるように駆け出す。
なんだ?
今のは現実か?
白昼夢とか妄想とかじゃなくて、これがリアルの出来事!!?
なんだよ、死んでみようって。
彼女の囁き声が妙にこびりついて、いまにも脳がバグりそうだ。
震えてもつれる足を必死に動かし、俺は庭の中央エリアに足を踏み入れていた。
周囲には、まだ花を咲かせていない牡丹がそこかしこに植えられている。
そして都合の悪いことに、中央エリアの出入り口は小さなアーチ状の門が一つだけ。
ここはまずいと気づいた時にはもう手遅れで、成宮さんが唯一の出入り口を塞ぐように佇んでいた。
「そんなに焦ってどうしたの? 私は正輝くんの助けになりたいのに」
「助けになってないです! 俺はまだ死にたくありません!!」
「嘘つき」
「嘘なんてついてません」
「またまたー。意地を張る必要なんてないのに」
成宮さんが一歩ずつこちらに近づいていく。
俺にはもう逃げ場がない。
全力で走った疲労で荒くなった息が収まらないなか、心臓の音がだんだんと速くなっていく。
「本当の自分を見てもらえないくらいだったら、こんな顔なんていらない。こんな人生なんていらない。……ほんとはそう思ってるんでしょ?」
「え、あ、いや」
図星だった。
たしかに俺は、顔以外に何も取り柄のないまま生きるなら死んだほうがいいと思ってる。
でも今はまだ死にたくない。
結局自分はなんの取り柄もない人間でしたって諦めたくない。
こんなコンプレックスなんかに負けたくないのに。
”正輝は顔しか取り柄がないんだから”
母の言葉が脳裏をよぎる。
いや、母だけじゃない。
出会う人出会う人に失望される人生だった。
父親に言われて学校の生徒会に入った時も、母に無理やり芸能事務所のオーディションを受けさせられた時もそんなかんじ。
顔がいいからって第一印象の時に勝手で無茶な期待をかけられて、時間が経つにつれて俺の中身の凡庸さやビミョーとしか言いようのない能力値に気づくと、みんな苦笑する。
顔がいいんだから、そこにいるだけで何もしなくていいって言われる。
そういえば、家族でお客さんを設定する会食の時も、昔はもっと自分から喋ってたっけ。
いつも余計なことばかり言うから黙ってろって両親に怒られてから、当たり障りのない表情だけ用意して、できるだけ自我を出さないようじっと我慢し続けていた。
やっぱり、俺は顔だけなんだろうか。
成宮さんがジトッとした視線をこちらに向ける。
「じゃ、やろっか」
成宮さんが懐から白い棒状の物体を取り出す。
彼女が「裁断」と口にすると、それは鋭い刃を持ったナイフに変形した。
心臓が跳ね上がる。
いよいよ終わりの時が迫っているらしい。
成宮さんの手にしたナイフは、真っ白な持ち手と刀身に金色の花飾り。
凶器の特徴的な見た目までワカの言ってた未来と一致している。
「ちなみに今世で言い残したことはある?」
成宮さんがそっと微笑む。
それが狂気なのか慈悲なのか、もうよくわからなくなっていた。
「ほら、早くいいな? もう時間がないんだから」
「............なんで俺を殺すんですか」
「あなたみたいに顔が良すぎる人はこの世に存在しちゃいけないの。天使様もそう言ってた」
成宮さんはそれだけ言うと、白いナイフを一振りした。
次の瞬間、自分の腹部にちょっとした違和感を覚える。
「あれ?」
何気なく真下を見る。
すると自分の腹部が真っ二つになって、胴体が下半身からゆっくりとずり落ちていった。
「うわああああああああああああああああああああ!!!!!??」
必死に抗おうとしたのも束の間、俺の上半身はそのまま地面に落ちて背中を強く打ちつけた。
身体を真っ二つにされたにもかかわらず、ナイフで斬られた腹部は少しも痛くなかった。
奇妙なことに血も出ていない。
なんだ、この気持ち悪い状況。
「これは天使の羽で作られたナイフだから、心臓を刺すまではケガや命の心配はしなくていいよ。ほら、全然痛くないでしょ?」
成宮さんはそう語りかけながら俺の右手をサクッと切った。
痛くはないが、自分の身に起こっていることを何も理解できない恐怖で身体が動かなくなっていた。
そのまま彼女は大根の輪切りでも作るかのように、俺の左腕を少しずつナイフで切っていく。
彼女は心から楽しそうだった。
もしかして、この人実はめちゃくちゃ意地悪なんじゃないか?
「何してるんですか!? や、やるなら早く殺してください!」
死にたくない気持ちより恐怖が勝ったのか、俺はそんなことを口走っていた。
しかし、成宮さんは俺の疑問に答えることなく、ただただ腕を輪切りにし続けている。
「ねえ。正輝くんは世界の理って知ってる?」
彼女との健全な会話を諦め、首を横に振る。
少し冷気をまとった夜の風が吹きつけるなか、だんだんと切り刻まれていく俺の身体に向かって成宮さんは滑らかに喋り始めた。
「例えば太陽が東から昇ることは、絶対的に正しい常識でしょ? それはわかるよね?」
問いかける彼女に黙って頷く。
「そういう時代の流行や個人の価値観によって揺らがない絶対的な基準・公式・事実のことを、私たちは世界の理って呼んでるの。本来なら自然現象とか数式とか、そういう誰のものでもない存在に当てがわれるものなんだけど、あなたは自分の顔の良さで世界の理を手に入れてしまった。『あなたの素顔を目にした人がその美しさに魅了される』って事象が自然法則のレベルにまでいっちゃってるの。わかるかな? 使い方によっては、たくさんの人を煽動して世界を混乱に陥れることだってできる、すごく危険な世界の理なんだよ」
「いや、いきなりそんなこと言われても、何が何だか」
仰向けで地面に倒れ込み起き上がることもできなくなっていた俺を、彼女の笑みが覗きこんだ。
「来世はうまくいくといいね」
街灯のほのかな灯りに金の花飾りが煌めく。
そのすぐそばで、白いナイフの刃先が胸元に迫っていた。
俺、本当にこれでよかったんだっけ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━先輩。
耳元でどこぞの後輩の声が聞こえてきた気がした。
なぜか俺のことを名前じゃなくて先輩呼ばわりしてくる変わったやつの声だ。
今日はいきなり未来視の超能力を手に入れたと言い出して、しかも今日の俺の身に起こるロクでもないことを全部当ててきた。
『先輩の顔がフツーでも、あなたにもっと生きててほしい人間が少なくともここに一人います』
彼女は帰り際にそう言った。
『また明日!!』
子どもみたいな笑顔で手を振っている姿が脳裏に浮かぶ。
そうだ。また明日、会うんだ。
俺は勢いよくその場から飛び起きて、地面を転がり成宮さんの手を無我夢中で振り解く。
両足と左腕を失ったせいでうまくバランスが取れず、庭の地面に真正面から顔をぶつけた。
それでもどうにか顔を上げ、残った右手でメガネを投げ捨てる。
それがあいつの言ってた、俺が今夜を生き延びるための唯一の手段だったから。
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