不条理を道理とし、
馬鹿を貴重と捉え、
屁理屈か理か判断する。
これは実は誰もがやっていることで、それを意識的にしているか、無意識でしているかのどちらかである。
花野井先生はおそらく、常に意識的にされているのではないかと、作品を拝見するたびに思う。
そして今回のこちらの作品を見て思ったのは共感だった。
他でも言ったが、
唯一無二の作家である。
ゆえに、この先生にしか書き得ない世界は、ある。
ゆえに、尊敬はするが共感をしたことが一度もないのが私の主観だった。
が、今回覚えたのは共感だったのだ。
不条理を道理とし、
馬鹿を貴重と捉え、
屁理屈か理か判断する。
要するに、無理してインテリぶってみたり、馬鹿を演じてみたりすることだ。
が、その実どちらも自分ではないという葛藤と、花野井先生は戦っているのではないだろうか?
俺がもう少しだけインテリだったら。
あるいは、もう少しだけ馬鹿だったら……。どちらでもない宙ぶらりんの空域で悩むこともないのになあ。
これは私が常ひごろから抱えて……あるいは他の人も抱えている葛藤ではあるのかもしれないが、
つまり馬鹿になりたい、天才になりたい、と望んだ時点でどちらでもないのだ。
しかし、このどちらに生けない、地上の数センチ上を不安定に遊覧する奇妙な気球であるから、見れる景色というものはあるのではないのか?
……なんだか作品のレビューなんだかわからないレビューになってしまったが、
この作品を読んで共感を覚えた、数少ない同志たちに心からの声援を送りたい。
そしてその景色を共感できる日を、待ち侘びてならない。