第3話 クソニートと呼ばれた俺は、必要とされる場所を知る
出版社の会議室。
場違いだと、はっきり分かる。
「……えっと……」
視線が、落ちる。
言葉が、うまく出てこない。
向かいにはスーツ姿の人たち。
その中に、一人だけ。
空気の違う女性がいた。
島波桃花。
名前も、実績も知っている。
何度も絵を描いている。
だが――目の前の人物と、それがどうしても一致しなかった。
でも――まともに顔を見られない。
「……本日はお越しいただき、ありがとうございます」
編集がフォローするように言う。
「今回の件ですが――」
「待ってください」
静かな声で、言葉が遮られた。
島波桃花だった。
その視線が、こちらに向く。
「……え?」
思わず、声が漏れた。
(この子が……?)
頭の中で、情報が一致しない。
(……こんなオドオドした子が、ハイスロープ先生なの?)
信じられない。
信じられる要素が、どこにもない。
「……その……」
何か言おうとして、言葉が詰まる。
視線を逸らす。
沈黙。
「……始めます」
小さく、そう言った。
ノートパソコンを開く。
ペンを持つ。
その瞬間――
空気が、変わった。
ペンが走る。
迷いのない線。
わずかなズレも許さないように、修正が入る。
「……」
ただ、描いている。
それだけだ。
それだけなのに。
場の空気が、支配されていく。
「……」
視線が、離せなかった。
島波桃花は、息を呑む。
さっきまでの彼とは、まるで別人。
そこにいるのは。
――描く者。
ただそれだけなのに。
どうして、こんなにも。
目が、離せないのだろう。
「……すごい」
思わず、呟いていた。
本人は、気づいていない。
ただ、描いているだけだ。
それだけなのに。
(……この人、本物だ)
理由なんて、説明できない。
でも、分かる。
分かってしまう。
――天才は、天才を知る。
「……」
会議室が、静まり返る。
誰も、口を挟めない。
「……やはり、な」
編集長が、小さく呟いた。
――四年前のことを思い出しながら。
「……あの」
ふいに、声がかかる。
顔を上げる。
島波桃花だった。
「……高坂、さん?」
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
どうして、その名前を。
だが――
「……」
何も言えない。
ただ、視線を逸らす。
沈黙。
だが、その沈黙は、もう先ほどまでのものとは違っていた。
「……お願いがあります」
島波桃花が、静かに言う。
「行くところが無いなら――ウチに来て下さい」
会議室の空気が、一瞬止まる。
「仕事環境も整っています」
「集中できる場所です」
言葉は冷静。
だが、その奥にあるものは――
自分でも、まだ言葉にできていなかった。
(この人の絵じゃないとダメだ)
ただ、それだけ。
それだけのはずなのに。
どうして、こんなにも――
「ちょ、ちょっと待ってください」
編集が慌てて割って入る。
「それは――」
「……それはできません」
今度は、編集長だった。
落ち着いた声。
「彼は、特定の作家に属する存在ではない」
「ですが――」
「それは“囲い込み”と見なされます」
一拍。
「他の先生方から苦情が来る可能性があります」
静かな圧。
「会社として、それは認められない」
沈黙が落ちる。
「……どこでもいいです」
小さく、口を開く。
視線は下のまま。
「……描ければ」
その一言に。
空気が、わずかに揺れた。
居場所は、まだ定まらない。
だが――
必要とされている場所は、確かに存在していた。
――
最後までお読みいただきありがとうございます。
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――
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