32.盗賊戦
砂煙を引きながら少年は角を曲がった。
「バカがっ! 砂煙でバレてんだよぉ! 逃げて隠れられると思うなぁッ!!」
少し前を走る好戦的な盗賊、ヘリオが叫びながら追いかけている。
今もヘリオ達の周囲には真道幸輝が走り去った後の砂煙が若干残っている状態だ。目に砂が入らないように意識もしているからか視界も少し悪い。
そして前を走っていたヘリオが曲がり角に到達した瞬間。
「絶対ぶっ殺してやぶぐぁッ!?」
「っ!? ヘリオ!!」
真道幸輝がヘリオの顔面へ思いっきり飛び蹴りをかましたのだった。
果てには家の壁へド派手に衝突する。意識を飛ばすには十分すぎる威力だ。
当然、盗賊仲間を蹴飛ばしたのは逃げていたはずの冒険者である。
少しだけ後ろを走っていたゲネスは十分な距離を取りつつ真道幸輝を睨んだ。
(あの野郎……今の今まで逃げてただろ……? 砂煙だって曲がった先の奥まで上がってたはずだ。なのにどうしてもうこんなところにいやがる……? ……いいや)
一つだけ方法があるではないか。
ゲネスは短刀を構えながら、異常な動きの正体を冷静に見抜く。
「……支援魔法か」
「どうだかな」
答えを教える義理はないと彼は言っているようだ。
短刀を構えるゲネスも別にそれで構わないと思っている素振りだった。分かったところで、看破したところで特に状況は変わらない。
一対一。
普通に考えれば短刀を持っているゲネスの方が有利だろう。しかし、真道幸輝は実際不意打ちとはいえ強化魔法を受け盗賊を既に三人仕留めている。
油断は一切しない。ゲネスの目付きが変わる。
これは人を殺す目だ。獲物を決して逃さないと決めた狩人の瞳。
「よお、今度は逃げねえのか」
「ああ」
即答をする冒険者の握られている拳が震えているのをゲネスは見逃さなかった。
(恐怖を押し殺して無理矢理自分を奮い立たせたつもりか。まあ、怖えもんは怖えよなぁ。もしかしたら負けるかもしれない、刺されれば一発で死ぬ可能性だってある。そのほんの少しの震えが殺し合いの中で反応を鈍らせる。致命的だぜ、冒険者)
ザリッと、靴と砂が擦れ合う音がした。
そしてゲネスが短刀を持った腕を振り上げ一気に駆け出す。変に考える時間を与えずとにかく攻撃をし続ける。
そうすれば武器を持っていない相手はひとまず回避をする。
何せあの冒険者は強化魔法を掛けられただけだ。武器がないなら刃物相手に真正面からやり合うのは不利だと分かっているはず。
それに。
(ヤツはヘリオを蹴飛ばした時に魔法を使わなかった。他のヤツらがやられた時も魔法の音や爆発音が一切なかったって事は、おそらくあいつ自身が支援魔法の使い手で間違いねえ。自分を強化して戦うタイプらしいが、せめて武器は持っておくべきだったな!)
距離はおよそ一〇メートル。
刃物を持った盗賊が自分を殺すために迫ってくる。そのプレッシャーに真道幸輝が耐えられるか、冷静な判断を瞬時に下せるか。それをさせないために、ゲネスは攻めの一択を取る。
まず、だ。
あの冒険者は真正面からやり合えないなどと、そういう決め付けをする前にゲネスは疑問を持っておくべきだった。
答えはすぐ目の前にあった。
「……………………あ?」
一〇メートルの距離を、強化状態の真道幸輝がほぼ一瞬で詰めていた。
距離を詰めようとまだ走っている最中の無防備だったゲネスの懐にまで。
強化魔法を掛けられた人間は様々な基本能力が上がる。
確かにそれは強力な魔物や魔法を使える中級以上の冒険者にはてんで敵わない程度の力だ。
(なんっ、こいつ……!?)
しかし、相手がただの盗賊ならばそれは頼もしい力になる。
相手が強化魔法を掛けられていると分かっていて警戒していたとしても、だからといって絶対に反応できるという訳ではないのだ。
実際、ゲネスは真道幸輝が懐に詰めてきた事に気付くのが少し遅れた。懐に入られれば短刀を振り下ろしたところでまともに当たらない。
逆さに持ち替えれば刺す事はできるが、そんな時間もない。
真下から刺すような視線があった。
そのせいで判断が鈍る。反応が遅れる。
(ぐっ……!?)
強く握り締められている拳があった。
それが視界に写った途端、短刀を握っていた手が僅かに震えるのをゲネスは遅れて自覚する。
ほんの少しの震えが殺し合いの中で反応を鈍らせる。
致命的だったのは、自分の方だった。
疑問の答えがすぐ下まで来ていた。
強化魔法を受けた拳なら普通の人間の盗賊くらいは倒せる、村を守れる。そう信じて盗賊を必ず倒すと決めた少年がいた。
そうして。
力の籠った真道幸輝の拳が、ゲネスの顎を確実に捉える。
「ぶっ……ばはぁッ……!?」
そのまま宙に浮いた後、ゲネスは重力のまま地面に落ちた。
まともに入ったから意識があるはずもない。顎が砕けてないだけまだましだろう。
ともあれ、真道幸輝は盗賊との二対一を制することができた。
──
(二人相手でも、何とか勝てた……残りはあと二人、か)
ひと息つきたいところだが、もちろんそんな時間はない。
ロープか何かないか近くの農具入れを探そうとした時だった。
後ろから太陽に照らされ地面に伸びていた真道幸輝の影が何か大きいモノに覆われた。
最初は雲が自分の影に重なっただけかとも思ったが、瞬時にそれは違うと気付く。
何故なら、その影は雲ではなく人の形をしていて、今にも何かを振り下ろしそうになっていたから。
咄嗟に幸輝は斜め前の方向へ転がるように飛び込んだ。
「ッ!?」
その一瞬の後に、砂埃が大量に舞った。
砂で汚れた学ランを意に介する事もなく、幸輝は砂煙の中心を睨む。
黒い影があった。
それは人間にしては大きく、直立した影だけで約二・五メートルはあると推測される。
「咄嗟に前じゃなく斜めに回避するたぁ、冷静な判断ができんのか生存本能がそうさせたか……いや俺の影がでけえから縦に振り下ろすのが見えてただけか?」
砂煙からそいつは出てきた。
大男。頭に迷彩柄の頭巾を巻き、肩から先を千切り取ったノースリーブ型のレザージャケットを羽織っており、その手にはカットラスと呼ばれる湾曲した刃を持つ大きな片手剣を持っている。
「まあいい。何にしろよく避けた! あれだけで終わってちゃこっちとしてもつまらねえからなあッ!!」
(違う……)
大男を目の前にし、真道幸輝は無自覚にごくりと唾を飲んだ。
(こいつ……今までの盗賊と明らかに違う……!!)
対人戦。
その中でもこれまでの経験になかった死闘が始まろうとしていた。
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