第4幕 君が知らない物語。④


ー+ー+ー+ー

 

 清寿は、あれから本格的に寝入ってしまったようだ。

 時間は分からないが、木窓を開けて外を見遣(みや)ると、太陽が積もった雪を眩しく輝かせていた。

 ーー確か会話の中で、彼らが夕飯を置いておくと話していたから、夕飯前から寝て、日を跨(また)いだと言う事だろう。


 そんな事を思いながら、ベッドのサイドテーブルに目を落とすと、そこには布が掛けてある小ぶりのカゴが二つ。そしてその脇には、水差しとコップ。

 カゴの数から察するに、昨日の夜の分と今朝の分を置いてくれているのだろう。

 とりあえず水差しからコップに水を取り分けて、それを飲みながらカゴの布を外し、中を見る。

 

 中には、薄くスライスされたパン数枚。

 あとはチーズのようなものと、ハムのようなものが数枚ずつ。


 ──そういえば、この世界に来てから、食事らしい食事をとった記憶がない。


 監禁部屋に居た時は、脳内整理に勤しんで、『空腹』と言う概念を失念していたのだろう。水分は摂った記憶はあっても、食べ物を口にした記憶がない。

 それどころか、食べ物を認識した記憶もない。

 だが、あの状況で、流石に兵糧攻めのような、あからさまな事はしないはずだ。

 ……多分。


 実際、思い返しても、殺意ありありな行動はなかったように思う。

 想像するに、今後の処遇を監禁中に話し合っていたはずだから、処遇が確定するまでは、一応最低限のも(・)て(・)な(・)し(・)は行われていたはずだ。

 ……その記憶が無いだけだと思いたい。

 そして、あの集団が、そこまで浅はかな行動をとるとも考えたくない。

 もしそうであるなら、一か八かで逃げる選択をしなかった自分に幻滅しそうだから。


 まぁ、そんなこんなを逡巡しつつ。

 今も大して空腹を感じないが、折角の好意なので、ありがたく頂く事にした。


 ……のだが。

 こちらも正直に言わせて貰えば、冷たいパンはポソポソモソモソして口の中の水分を凄い勢いで奪っていくし、草の味……と言えば良いのか、粉っぽくて、それ以外の味はあまりしない。

 チーズとハムはと言えば、端っこがカピカピに乾いて硬くなってるし、こちらは少し塩気が強すぎる気がする。


 ──食べられない事は無い。でも、正直なところ、美味しくは無い。


 ……異世界の生活水準も、料理の基準も分からないので、何とも言えないのだが。


 だが、ただ一つ確かなこと。

 それは清寿への純粋なる好意によって、全てが行われていると言う事だ。

 ーー故に、文句が言えるはずもない。

 モソモソと食べ進めていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


 返事をすると扉が開き、サイドテーブルに置いてあるカゴと同じ物を持った灰髪の男が現れた。

 

「お。飯、食えるようになったかぁ?」

 彼は相変わらず、間延びした口調で笑う。

 一重で三白眼。その鋭い目つきに似合わず、笑うと表情は柔らかい。

 見た目に反して、口調通りの性格なのだろう。


「おかげさまで。ありがたく頂いております」

 清寿が、姿勢を正してペコリと頭を下げてお礼を言うと、彼は苦笑する。

 

「悪りぃなぁ。ロクなもん食わせてやれなくてさ。街まで距離あるから、この雪と寒さじゃ、頻繁に飯が買いに行けなくてなぁ」

 そう言って、バツが悪そうに頭を掻くと、今持って来たカゴを机に並べ、空いたカゴを手に取った。

 

「今日は街まで出る奴がいるから、これよりは少しはマシなもん食わせてやれるからさ。もうちょい、我慢してぇ」

 そう付け加えて、彼は誤魔化すように笑う。


 ──そうか。この場所は、街から離れているのか。


 それは理解できたが、相変わらずココが何処かは分からない。

 

「それに、業者とタイミングも金額も合わなくて、家ん中もこんな有り様で悪りぃなぁ」


 ──そうか。裕福と言う状況からも、離れている場所なのか。


 清寿が目だけ動かし、辺りを改めて見回すと、傷みと埃が目についた。

 なるほど納得。言われるまでは気にも留めなかったが、言われてみれば、確かに『こんな有り様』ではある。


「いえ、こちらこそ何から何まで。申し訳ありません」

 その状況にしたって、ここにあるのは紛れもない『無償の慈悲』だ。

 それも、『出自も分からない異物を背負い込む』と言う、冷静に考えればあり得ない、超弩級の優しさである。

 運が良かったと言わざるを得ない状況だ。


「……でさ。これからの事、ちっと話し合いたいんだが……大丈夫そうかぁ?」

 灰髪の彼が、申し訳なさそうに言い淀む。

 その言葉に、清寿の心臓は、ドクンと大きく跳ねた。

 

「はい。大丈夫です」

 清寿の返事を受けて、昨日いた2人を呼んで来ることを告げられた。

 そして、部屋を一旦後にする。


「これからのこと……か」

 1人に戻った部屋を眺めながら、清寿はため息混じりに独りごちた。


 それもそうだな。と、思う。

 ずっとこのまま好意に甘えているワケにはいかない。

 

 あの眩い宮殿での言葉を思い出す。

 魔力もスキルも無い、ハズレくじを引いたとまで言われてしまった。

 そして、それ以上は大した説明もされぬまま放逐された清寿だ。

 ーーこのままここに居ても、役立たずどころか穀潰し状態に陥るだろう。

 

 ただ、一人で生きていくにしたって、護身術の一つも身に付けていない。

 だから、遅かれ早かれ、再びあの日のような事になるのも目に見えている。


 ──これはやはり、詰んだ状態ではないだろうか。


 彼らに、ある程度この世界の事を聞いてからしか判断できないが、どの道これからも茨の道には変わりない気がする。

 

 か細く長いため息を吐いても、清寿の心を少しも軽くしてはくれなかった。

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