第5話 偽りの結末
翌日、二人は和哉が通う大学に向かった。
緊張を刻みながら一歩ずつ進む。その先には、講義を終えた和哉の姿があった。光が先んじて声をかける。
「大道和哉さんですね。加藤真矢さんの件で、重要参考人としてご同行願えますか」
闇一が警察手帳を提示し、冷静に問いかけた。
「重要参考人って任意ですよね。拒否権もあるはずですが。今は忙しいので後日でもいいですか?」
和哉は焦ることなく対応した。やましいことがなくとも動揺するのが常だが、和哉は恐ろしいほどに冷静だった。闇一は、そこから無意識のうちに心理戦を始めていた。
「はい、嫌なら拒否しても構いません。ですが、私たち刑事という職業柄、拒否されるということは『何か隠したいことがあるのでは』と考えてしまいます。嫌な思いをさせたらすみません」
闇一も至って冷静だった。光はこのやり取りに異様な空気を感じていた。今度は和哉が切り出す。
「なるほど、私が犯人だと疑われているわけですね。確かに、この状況で拒否を貫くのは得策ではない気がする。いいですよ、行きましょう」
「感謝します」
場所は変わり、取調室。
マジックミラー越しに、光と東堂がその様子を見守っていた。東堂と闇一は、これが無意味な心理戦になるかもしれないと、薄々感づいていた。
先に口を開いたのは、意外にも和哉だった。
「私を呼んだということは、もうマスターから話を聞いているんですよね?」
「さすが医学部生で、仁八先生のご子息だ。察しが早い。しかし至って冷静ですね。普通は緊張感が伝わるはずですが、全く感じない。肝が据わっている」
闇一は、揺さぶりをかけるように淡々と話した。
「実際に殺していないのなら、緊張する方が怪しまれるでしょう?」
和哉は余裕の態度を崩さない。
「では本題に入ります。昨日、真矢さんは20時のルームサービスに反応がなかった。その直前、19時25分まで、あなたはバーでアルバイトをしていたことがわかっています」
闇一は途切れることなく続けた。
「そしてあなたは、マスターの指示でアイスピックを買いに行き、戻ったのが20時。しかし、雑貨屋からバーまでは往復してもそこまで時間はかからない。……この空白の時間、何をしていたんですか?」
闇一は確信の一歩となる情報をぶつけたが、和哉は動じなかった。
「やっぱりそこを疑いますよね。正直に言えば、真矢さんにお金を借りていて、その相談をしていました。政治家の息子が借金をしていたとなれば父の顔に泥を塗ることになる。だから大学の時、拒否しようか迷ったんですよ」
内容は筋が通っていた。マスコミにとっては絶好のネタだ。それを隠すための拒否だと考えれば、不自然ではない。
「では、雑貨屋でアイスピックを二本買った理由は? 遺体の状況は心臓を一突き。医学を学ぶあなたなら体の仕組みも理解している。空白の時間があれば、止血などの処理も十分に可能だ」
決定的な情報を出されても、和哉は取り乱すことなく返した。
「確かに、その状況なら逮捕されても文句は言えませんね。しかし、あれは予備として買ったんです。アイスピックは消耗品ですから、少しでも手間を減らそうと思って」
「なるほど」
その様子を見ていた光が漏らす。
「何であんなに余裕なの? 証拠は十分にあるのに」
そこへ、東堂のもとに一通の報告書が届いた。
「……やっぱりか」
東堂は闇一を呼び出し、取調を中断させた。闇一は和哉を一人残し、部屋を出る。東堂の口から出たのは、予想通りの、最悪な展開だった。
「事件当日、真矢は部屋で転倒し、運悪く机にあったアイスピックの上に落下。心臓を貫いたことによる事故死だ」
光は驚愕した。
「どういうことですか!? どう考えても殺人でしょう! 政治家の息子だからって許されるんですか、人が死んでるんですよ!」
「道標! お前なら分かっているはずだ。お前は闇一以上に、この世界の仕組みを見てきたはずだ。上が『これ』と言えば、不正解でも正解になってしまうことを……!」
光は愕然と立ち尽くした。
闇一はその姿を静かに見守った後、取調室に戻った。
「和哉さん。疑いが晴れました。お帰りいただいて結構です」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
その頃、とある個室で電話をかける男がいた。
「はい、根回しは済みました。息子さんは釈放されます。……では、約束の金は改めて」
受話器を置いたのは、副総監・平山三郎の姿だった。
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