第4話 ③ 美沙希の本音
それから――
ノノアはにっこり笑った。
「やっぱり!」
「そうだと思ってたよ!!」
「……え?」
「美沙希、すっごく我慢してたもん!」
「……な」
「でもね!」
ノノアは、胸を張りながら言う。
「それ、全部悪くないよ!」
「……」
「だってさ!」
「青春したいって思うの!」
「当たり前じゃん!」
美沙希の目に、一気に涙が滲んだ。
「……私は」
「学級委員長としての立場が……」
「そんなの、気にしなくていいじゃん!」
ノノアは、迷いなく言う。
「美沙希は、美沙希でしょ!」
その瞬間。
植え込みの向こうから、音がした。
ガサッ。
ノノアと美沙希が、同時に振り向く。
植え込みの陰から、3人分の頭が、ひょこっと出ていた。
目が、合った。
「…………」
「…………」
「いや、これはその……ノノアがやらかしてないかなと……やらかした後だけど」
俺は必死に少し目線をズラした。
「……でも言いたいこと言えてよかったね〜」
ふわりはいつも通り。
「正直でいいことだ!!」
明宏は、親指を立てた。
美沙希は、目を見開く。
「い……いつから……」
「途中から〜」
「全部だな」
「……」
完全に、終わった。
――はず、だった。
ノノアが、
にっこり言う。
「ね!」
「だからさ!」
「美沙希は、もう友達だもん!」
「……え?」
「一緒にいよ!」
「これから楽しいこと、いっぱいやろ!」
紫苑が、肩をすくめる。
「まあ、今さら断る理由もないな」
「だね〜」
ふわりも笑う。
明宏が、勢いよく言った。
「学級委員長でも、俺たちの青春に混ざればいいじゃん!」
美沙希は、しばらく黙っていた。
そして。小さく、息を吐く。
「……本当に」
「こんな私でも、いいんですか?」
ノノアは、即答だった。
「いいに決まってる!」
美沙希の中で、
何かが――
弾けた。
沈黙が、通路に落ちた。
告白していた二人は、
いつの間にか姿を消している。
残ったのは――
ノノアと、
俺と、
ふわりと、
明宏と。
そして。
顔を真っ赤にした、美沙希だった。
「……」
美沙希は、しばらく俯いたまま動けなかった。
(言ってしまった)
(全部)
そう思っていた、その時。
「ねえ、美沙希」
ノノアが、いつもと変わらない調子で声をかける。
「……はい」
「お腹すかない?」
「……え?」
美沙希は、一瞬だけ固まった。
今の流れで、その言葉が出てくるのか。
「ケーキの後ってさ」
「ちょっとだけ、
また甘いもの欲しくならない?」
「……なりません」
「甘いものの後はしょっぱい物です」
「えー」
ふわりが、くすっと笑った。
「ノノアちゃん、今はそこじゃないと思うよ〜」
「そう?」
「そうだよ〜」
明宏が、腕を組んで言う。
「まあでもさ」
「本音ぶちまけた後って」
「逆に腹減らね?」
「……減りません!」
美沙希は、即座に否定した。
一歩前に出た。
「……で」
「学級委員長」
「今の話」
「どうするつもりだ?」
美沙希の肩が、小さく跳ねた。
「……どうする、とは」
「役目を続けるか」
「俺たちと関わるか」
「両立できるか」
一瞬、空気が引き締まる。
美沙希は、ぎゅっと拳を握った。
「……私は」
「学級委員長です」
「この学校の秩序を守る責任があります」
俺は、黙って頷いた。
「……でも」
美沙希は、顔を上げる。
「それと同時に」
「今日、
本当の気持ちを
言ってしまいました」
「……」
「私は」
「皆さんみたいに、普通に笑って」
「普通に話して」
「普通に寄り道をする」
「そういう学園生活に……」
一瞬、言葉に詰まる。
「……憧れていました」
その言葉を聞いて。
ノノアは、ぱっと笑った。
「じゃあさ!」
「両方やればいいじゃん!」
「学級委員長もやって!」
「友達もやって!」
「難しく考えすぎだよ!」
「……そんなに簡単では」
「簡単だよ!」
ノノアは、胸を張る。
「だって!」
「美沙希、ちゃんと真面目だし!」
「ちゃんと優しいし!」
「それでさ!」
「青春したいって思ってるなら!」
「それ、もう十分じゃない?」
ふわりが、ゆっくり頷く。
「うん〜」
「月嶋さん、ちゃんと人のこと見てるもん」
明宏も、気軽に言う。
「学級委員長が一緒にいてくれたら」
「逆に安心じゃね?」
俺は、腕を組んだまま言った。
「役目を理由に」
「一人でいる必要はない」
「……俺たちは、気にしない」
美沙希は、一人ひとりの顔を見た。
誰も、
責めていない。
誰も、
期待を押し付けていない。
ただ、
そこにいる。
小さく、
息を吐く。
「……ありがとうございます」
声が、
少し震えた。
「では」
「私も――」
一歩、前に出る。
「皆さんと、
一緒にいても……」
「いいでしょうか」
ノノアは、即答だった。
「もちろん!」
「だってさ!」
「美沙希は、もう友達だもん!」
その一言で。
張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。
「……もう」
美沙希は、小さく笑う。
「あなたは」
「距離感というものを
知らなすぎです」
「えー?」
「これでも控えてるよ?」
「どこがですか」
お昼休みが終わるチャイムが鳴った。
「あーーーー、お昼ご飯食べてない!!」
ノノアが絶望している。
「おなかすいて勉強できないよー」
「いつも寝てるだろ」
「それは別の話!!」
「気合いでなんとかなる!!」
明宏が、力強く言った。
「気合いで空腹はどうにもならない」
「なる!!」
ふわりが、くすっと笑う。
「授業中にお腹鳴りそうだね〜」
「やだーー!!」
美沙希は、そのやり取りを見ながら思った。
(……騒がしい)
でも。
気づけば、口元が少しだけ緩んでいた。
通路には、いつもの学校の音が戻ってくる。
何かが壊れたわけじゃない。
何かが終わったわけでもない。
ただ。
美沙希の世界に、
少しだけ――
色が増えただけだった。
帰宅後、夜になり風呂も終わり、
それぞれが部屋に戻った頃。
俺は部屋で、ベッドに腰掛けてスマホを眺めていた。
机の上。
無造作に置かれたノノアの光る板が、
ふっと淡く明滅する。
(……来たな)
そう思った直後。
ぱたぱた、と廊下を走る音。
「紫苑ー!」
「来てる来てる!」
勢いよく扉が開き、
ノノアが顔を出す。
「今日の評価だよね!」
「ね、今日はどう!?」
俺はため息をしつつ、椅子を少し引いた。
「静かにしろ」
光る板から、光がふわりと立ち上る。
空中に浮かび上がる、見慣れた姿。
『……こんばんは』
穏やかな声。
天界の先生――
ルーク先生だ。
『本日の行動について、確認に来ました』
「はーい!」
ノノアが元気よく手を挙げる。
「今日はね!」
「学級委員長の美沙希がね!」
「すっごく本音言えてね!」
「青春してた!!」
『……概ね、把握しています』
ルーク先生は、
眼鏡を指で押し上げた。
『まず』
『神器について話しましょう』
ノノアが、ぴくっと肩を揺らす。
「ダイ……おにおん?」
『ダイモニオンマイクですね。』
『正式名称を覚えなさい』
「えー……」
(毎回このやりとり始まるな)
『この神器は』
『心の奥にある“真実の感情”を』
『相手に正確に伝えるためのものです』
『特に――』
一拍。
『恋愛感情に関しては』
「出た」
ノノアが即座に遮る。
「先生その話長くなるやつ!」
「前も30分くらい――」
『恋愛とは本来』
「ストーーープッ」
ノノアが指でバツを作りながら話を止める。
「途中で例え話が増えて」
「最終的に“想いは熟成されるワインのようなもの”
って話になったじゃん?」
(なんでこの人、恋愛の話になると急に熱くなるんだ……)
ノノアの隣で聞いていた俺は思った。
ルーク先生は一瞬黙り、
咳払いを一つ。
『……今回は、簡潔に済ませましょう』
「助かる〜!」
『本来、ダイモニオンマイクは』
『相手の意思を尊重した上で』
『使われるべき神器です』
『今回の使用は』
『事故ではありましたが』
『結果として』
『対象者は長年抑圧していた本心を吐露し』
『人間関係の改善に繋がりました』
ルーク先生は、
評価画面を表示する。
『よって』
『本日の徳ポイントは』
画面に表示される文字。
徳ポイント:+1
「……1?」
ノノアが首を傾げる。
「もっとあってもよくない?」
「青春救ったよ!?」
「本音大放出だったよ!?」
『過程に問題がある以上』
『高得点は与えられません』
『ですが』
『本来の用途に近い形で』
『神器の役割を果たした点は』
『評価に値します』
俺は、小さく頷いた。
(珍しくちゃんと褒めてるな)
ノノアは、少し考えてから言った。
「じゃあさ」
「今日は、そんなに悪くなかったってこと?」
『ええ』
『あなたは』
『“正解を押し付ける”のではなく』
『相手の本音を受け止めました』
『それは』
『女神として』
『悪くない成長です』
「……やった!!」
ノノアは、少しだけ照れたように笑う。
そしてドヤ顔で俺に目線を送る。
(わかったって……)
『では』
『本日の評価は以上です』
『明日も』
『無理のない範囲で頑張ってください』
「はーい!」
光が、静かに収束する。
「……1か」
静けさが戻った部屋で呟く。
「でもさ」
ノノアはベッドに腰掛ける。
「今日のは、ちゃんと意味あったよね?」
「ああ」
「美沙希、前よりずっと楽そうだった」
「だよね!」
ノノアは、満足そうに頷いた。
「じゃあ、今日も成功ってことで!」
「……女神って」
「大変だな」
ノノアは、にへっと笑った。
「えー?」
「楽しいよ!」
「友達、増えたし!」
俺は、
何も言わず、
窓の外を見た。
(……確かに)
(悪くない日常かもしれない)
光る板の表示が、
最後に一瞬だけ切り替わる。
現在の徳ポイント:1
二人は、小さく笑った。
こうして。
徳ポイントは、たったの1。
けれど。
確かに――
何かが前に進んだ夜だった。
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