第4話 ① 規律と戸惑い

朝の時間。

いつもと変わらない通学路。

空気は少しひんやりしていて、

制服の袖がまだ頼りない季節。


「おはよー紫苑くん〜ノノアちゃん!」


ふわりが、いつもの調子で声をかける。


「おはよう」


ふわりを見て、のんびりと短く返す。


「おはようふわりん!」


その隣で、ノノアが両腕を前に伸ばしながら言った。


「今日も人間界は平和だね!」


「その発言が一番不穏だ」


思わずツッコミを入れる。


「えー?」

「この前は徳ポイント動かなかったけど」

「ちゃんと良いことしたよ?」


「評価されなかっただけだ」


「それが納得いかないんだよ〜」


ノノアは頬を膨らませる。


ふわりが、くすっと笑った。


「でもこの前は楽しかったよね〜」

「4人でカフェ行けたし」


「スイーツは評価対象外だ」


「でも心は満たされたよ!」

ノノアは胸を張る。


「……」


ふと、視線を感じた。

校門の前。

一人の少女が、こちらをじっと見ていた。


校門を抜け、

3人は並んで校舎へ向かう。


「そういえばさ」


ノノアが、ふと思い出したように言った。


「さっきの人、誰だったんだろう?」


「さっきの?」


ノノアの言葉に首をかしげた。


「ほら、あそこに立ってた」

「腕章つけてた人」


「ああ」


思い当たったように頷く。


「学級委員長だ」

「月嶋美沙希(つきしま みさき)」


「へぇ〜」


ノノアは興味なさそうに相槌を打つ。


淡々と話続ける。


「きっちりしてるし、規則に厳しい」

「話したことは……俺もない」


ふわりが、少し考えてから言った。


「でも、綺麗な人よね〜」

「お人形さんみたい」


「高嶺の花ってやつだ」


そう言って締めた。


「高菜ご飯??」


「それはこの前食べただろ」


「えへへ……」


ノノアは、それ以上気にした様子もなく、 さっさと教室の方へ歩き出す。


「じゃ、今日もがんばろ〜!」


その背中を、

ふわりと一緒に追う。


――その少し後。廊下の角で、一人の少女が立ち止まっていた。

月嶋美沙希。

三人が去っていく背中を、

視線だけで追っていた。


(……騒がしい)


特に目に留まったのは、

真ん中を歩く転校生。

水城ノノア。

笑っている。

周囲を気にせず、堂々と。


(校内の空気を、乱しているわけではない)

(けれど――)


規律の枠に、

きれいに収まっているとも言えない。


(判断が必要ね)


美沙希は、腕章を正した。


(私は、この学校の秩序を守る)

(それが、私の役目)


そして何事もなかったかのように、 自分の教室へと向かう。


朝のホームルームまで、まだ少し時間があった。

ノノアは椅子に座ったまま、

前の席をじっと見ていた。


背筋を伸ばし、

机にきちんと両手を添えて本を読みながら座っている少女。


「……ねえ、紫苑」


「なんだ」


「あの人さ」


ちらりと視線を向ける。

学級委員長の席。


「あぁ、朝話してた学級委員長か」


「姿勢、すごくない?」


「そこ??」


「ずっとあのままなんだよ」

「人間界って、姿勢よくすると入るポイントとかあるの?」


「ないな」


ふわりが、にこにこしながら会話に入る。


「どうしたの?ノノアちゃん?」


「学級委員長を観察してたの。あの人何者??」


「クラスメイトをまとめる役だよ」


いつもの調子で的確に答える。


「へぇ〜」


ノノアは感心したように頷く。


ふわりは、少し首をかしげて続けた。


「あとね、月嶋さんは」

「モデルさんみたいって、よく言われてるよ〜」


「モデル!」


「そこは学級委員関係ないだろ……確かに美人ではあるが」


ノノアの目がきらりと光る。


「じゃあさ」


ノノアは、ぽん、と手を叩いた。


「みんなのリーダーみたいなものね!」


「……まあ、近い」


「なるほど〜」


ノノアは一人で納得したように頷く。


そして、ぱっと顔を上げた。


「じゃあ、人間界のことも色々知ってそう!」


「たぶん、普通に学校のことだけだ。」


肩をすくめながら続ける。


「そんな人間界代表みたいな捉え方しないでくれ」


「それで十分!」


ノノアは席から立ち上がる。


「ちょっと聞いてくる!」


「……止めるか?」

ふわりを見た。

ふわりは、にこっと笑った。


「いつものノノアちゃんだし〜」


「まぁいいか」


2人が見守る中、

ノノアは軽い足取りで前の席へ向かった。


――同じ頃、美沙希は本を読んでいた。


「ねえねえ」


突然の声に、

月嶋美沙希は本を閉じた。

前を見ると、

転校生が立っている。


「……何か?」


「学級委員長さんだよね!」


「はい」


「みんなのリーダーって聞いたよ!」


一瞬、言葉に詰まる。


「……まとめ役、ではありますが」


「やっぱり!」


ノノアは嬉しそうに頷いた。


「ね、人間界のさ」

「学校の中で一番大事なことって何?」


美沙希は、少し考える。


「人間界??……学校では、規律を守ることです。」


「ふむふむ」


ノノアは真剣な顔で聞いている。


「じゃあ、それを守ってれば人間界は平和?」


「……少なくとも、学校は円滑に回ります」


「そっかぁ」


ノノアは、満足そうに笑った。


「教えてくれてありがとう!」

「リーダーさん!」


「……月嶋美沙希です」


「じゃあ、美沙希!」


そう言って、

ノノアは軽く手を振り、自分の席へ戻っていった。

美沙希は、

しばらくその背中を見送ってから、

小さく息を吐いた。


(……想定外)


注意すべき転校生。

そう判断したはずなのに。


(どうして、こんな普通に話してしまったのかしら)


美沙希は、

もう一度、姿勢を正した。


朝の時間は、

何事もなかったかのように進み始めた。


チャイムが鳴り、1限目の数学が始まった。

黒板には、

見慣れない数式が並んでいる。


ノノアはノートを見つめ、

首をかしげていた。


先生が板書に集中したその隙に、

ノノアはそっと席を立ち、美沙希の席の隣にしゃがみ込んだ。


「……ねえ、美沙希」


美沙希のペンが、ぴたりと止まる。

視線を落とすと、そこにノノアがいた。


「……っ、な、なにをしているんですか」


小声だが、明らかに動揺している。


「ここ、わかんない」


「授業中です! 自分の席に戻ってください!」


「でもわかんないんだもん」


ノノアは、

ノートの一部を指さす。


「紫苑に聞いたらさ」

「“自分で考えろ”って言われた」


後ろの席で、

紫苑が視線を逸らした。


「紫苑ってケチだよね」


「……」


美沙希は、

一瞬だけためらってから、

小さく答えた。


「……その式は、

 まずここを整理します」


「おぉ……!」


ノノアの目が輝く。


「わかりやすい!」

「さすが美沙希だね!」


ノノアの声に、周囲の視線が集まった。


「ちょ……っと、静かにしてください」


でも、否定はしなかった。


次の授業へ向かう廊下。

少し前を、ノノアたちが楽しそうに歩いている。


その様子を眺めていると、

ふと、ノノアが振り返った。

目が合う。

ノノアが寄ってくる。


「ねえねえ、美沙希!」


今度は、かなり元気な声。


「犬と猫、どっちが好き?」


「……は?」


「私は犬!」


歩きながら、即答だった。

美沙希は、少し考えてから言う。


「……猫、です」


「へぇ〜!」


ノノアは満足そうに頷き、

そのまま走り去っていく。


「紫苑ー!ふわりー!明宏ー!」


3人の元に戻りながら、

大声で報告する。


「美沙希は猫派だってさー!」


「聞いてどうする」


紫苑が即座に言った。


「共有!」

「だってね、天界には私が飼ってるわんこがいてね……」


美沙希は、

少し離れた場所で立ち止まった。


(……なぜ、私のことが広められているの)


休み時間。


「美沙希!」


ノノアが早速話しかけてくる。


「どうしました?」


今日はやたらと話しかけられる。

まだ慣れないのに、なぜか驚かなくなっていた。


「なんかさ」

「美味しいスイーツのお店、知らない?」


「……急ですね」


「この前の行ったカフェのさ」

「ショートケーキが美味しくて!」

「でも、あれを越えるのは」

「なかなか難しいと思うんだよね〜」

ノノアが一息で語る。


美沙希は、

少しだけ考える。


「……駅前に、評判のお店はありますが」


「ほんと!?」


「期間限定のものが多いです」


「限定……!」

「人間界、奥が深い!」


(なぜそこまで感動するの)


「そうだ」


ノノアは、ふと思い出したように言った。


「美沙希、お昼ってどうしてるの?」


「……一人です」


「じゃあさ!」


ノノアは間髪入れず話続けた。


「みんなで食べよう!」


「え?」


「紫苑もふわりも明宏もいるし!」

「楽しいよ!」


「……」


断る理由を一瞬探して、

見つからなかった。


……いや、見つけようとしていなかったのかもしれない。


そして昼休みの時間になり、教室の一角。


ノノア、紫苑、ふわり、明宏。


そして美沙希は背筋を伸ばしたまま、明らかに居心地が悪そうだった。

ノノア以外の全員が、内心同じことを思っていた気がする。


背筋はいつも通り伸びているが、

視線が定まらない。


「美沙希、何食べてるの?」


「……サンドイッチです」


「美味しそう!!」


ふわりが、にこにこしながら言う。


「月嶋さんと一緒に食べるの、初めてだね〜」


「……そうですね」


明宏が、気にせずパンを頬張る。


「学級委員長も意外と普通なんだな!」


「……普通ですよ」


ノノアは、おにぎりを手に持ちながら笑った。


「やっぱりさ」

「一人よりみんなのほうがいいよね!」


美沙希は、一瞬、言葉に詰まる。


(でも……不思議ね)

(今日はずっと、調子を崩されているのに)

(……悪くないわ)


美沙希は、小さく息を吐いた。


そして。


「……食べ終わったら、午後の準備を忘れないでください」


「はーい!」


ノノアが、

元気よく返事をした。


美沙希は、小さく息を吐く。


(……なぜか、悪くない)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る