第2話 待ち受け
車ごと崖から飛び降りて、どれほど経っただろう。俺は不思議な柔らかさに包まれた空間で、目を覚ました。
重い瞼を押し上げる。視界に飛び込んできたのは、黄ばんだ古めかしい天井に、壁紙が剥がれ落ちた壁。床に敷かれた薄い布団の上で、俺は目を覚ましたようだ。
「夢……?」
俺の呟き声は、オイルの抜けた機械のように乾いていた。
だがしかし、横を見れば、キバ、桃、アカネが折り重なるようにして眠っている。生きている。どうやら俺たちは生き延びたようだ。
となるとここは……
「――お目覚めかしら、『運び屋』さん」
聞き覚えのある柔らかな声が、入口の方から聞こえてきた。
姿を現したのは、ミノウ・シンクロ。左腕に本物の毒蛇を纏わせた、自称蛇の亜人だ。
「……ここは?」
「『
ミノウさんは腕の蛇をケースに戻すと、ぐっすりと眠る3人の尻をそれぞれ引っ叩いた。
まるで銃声のような乾いた音が3度、この狭い部屋に響くと『乗客』たちは跳ね起きた。
「いてて……死んだかと思ったぜ」
キバたちは尻をさすりながら体を起こした。
「私のおかげでね」
ミノウさんがくすくすと笑う。
曰く崖からの墜落後、意識を失った俺たち彼女が回収したのだという。
偶然か、あるいは。などといった邪推はやめておこう。命の恩人であることに変わりはないのだから。
「そういえば、俺の愛車ってどうなったんだ?」
俺の問いに、ミノウさんは少しだけ目を伏せた。
「残念だけど、もう製造されていない旧型車だから部品がなくて直せないって言われちゃったわ」
「マジか……」
「……それに、日頃から無茶なブーストをしているせいでエンジンが焼きついちゃっているから、遅かれ早かれもうダメだって」
おもむろに、
長年、俺の指に馴染んでいたステアリングの感触が、もう戻らないことを理解した。寿命だってことも分かってはいたが、相棒を亡くした喪失感は、俺の胸の奥を重く焦がしていた。
「まあまあ元気出せって、気晴らしに散歩にでも行こうぜ!」
キバが俺の背中をどんと叩く。
「そうだね。もう仕事も出来ないし、みんなで行こう」
桃とアカネ、そしてミノウさんもそれに同意し、5人はこのアジトを出た。
「相変わらず、空気が悪いですね」
アカネがぴっちりとしたタンクトップの裾を整えながら、眉間に皺を寄せる。
小便、大便の匂いは勿論のこと、ドラッグや、死臭に至るまでの様々な悪臭が混ざり合い、およそ常人には耐えられないような強烈な匂いが立ち込めている。
看板を見ると、そこには『アレイ区8番通り』の文字。ただでさえスラム街の多いアレイ区の中でも、とりわけ風紀の悪い場所だ。
「地価は格安だし警安の野郎も滅多に来ねえんだ。匂いはきついが、許してくれ」
キバは申し訳なさそうに呟いた。
暫く歩いていると、前方から赤いフードを深く被った男が、俺の横を通り過ぎようとする。するとミノウさんがしれっとその間に入り込み、微笑みを浮かべた。
「あれはひったくりよ。注意してね」
「あ、ありがとう……」
そんな、スラムの『日常』を何度かやり過ごし、俺たちは目的地である『ダンジョン協会』の分局へ辿り着いた。
自動ドアの向こう側では、筋骨隆々の大男から、ひょろりとした魔法使いの獣人、鋼鉄の機械人間に至るまで、様々な『戦闘員』が行き交っていた。だがキバたちは迷いなく中央カウンターへと向かう。
「いらっしゃいませ。チーム名と
受付嬢が温もりのない言葉を述べ、深々と頭を下げる。
「チーム名『HOWL』そんで俺がリーダーの牙狼キバだ」
すると受付嬢は空中ディスプレイを操作し、データに保存されたチームの情報との照合作業を行う。
「代表者牙狼キバ、メンバー
「……ですが、登録外の男性が一名いますね」
冷徹な視線が、俺に突き刺さる。
「えーと、俺は『運び屋』をしているんだけど……」
誤解のないよう自身の仕事を説明することが案外難しい。そんな俺を見て、キバが言葉を添えた。
「外部の協力者サンってこった。安心しろ、悪い奴じゃねえ」
「そうですか。失礼致しました」
ようやく視線が外れた。俺はカウンターのテーブルの下で、受付嬢には見えないようにサムズアップをした。
「――それでは、用件をどうぞ」
受付嬢がそう告げると、アカネが一歩前に出て、ジャケットのポケットからなにやら少し膨らんだ麻袋を取り出した。
「コレを売りに来ました」
「『イデアル』の売却ですね。承りました」
アカネがカウンターに置いたそれを、受付嬢は重量計の上に置く。
「100グラムですね。5000オーンになります」
彼女は非常に淡白に、そう告げた。
「けっ、死ぬ思いして稼いだのがたったの5000オーンかよ」
キバが小声でぼやいた。
イデアルとは怪物から回収できる魂のようなもので、相手が強いほど重量も重い。手に入れるためには勿論、危険なダンジョンに突入し、怪物を殺す必要がある。
「都市を守るためって言うんなら、もう少し報酬を弾んでくれたって良いと思うんだけどなあ……」
紅桃もぶつぶつと小言を呟いている。
確かに、彼らをはじめとした怪物を殺し、イデアルを回収して稼ぐ『ダンジョン狩り』という民間の人間の存在が、街中に突如発生するダンジョンの増加を抑えることに一役買っていることは紛れもない事実だ。
5000オーンといえば、4人が1ヶ月食うことができる程度のはした金。命の危険には到底見合わない。ただ、この行き止まりの都市には兎にも角にも働き口が無いのである。
「そいじゃ、また来るぜ」
オーンの入った麻袋を受け取り協会を出ようとする。
だが、受付嬢に呼び止められた。
「牙狼キバ様と紅桃様は怪物討伐数が期待値に達したため、5級から4級への昇格となります」
「わあ、やったあ!」
「これでミノウに並んだ訳か!」
先程の小言はどこへやら、腕を振り上げて喜ぶ2人。
ダンジョン狩りには5級から特1級までの階級が存在し、昇格するごとに突入可能なダンジョンや貰えるオーンが増えるといった利点があるのだ。
「こりゃあ、今日は宴会だな!」
初の昇格に、5000オーンの入った麻袋を振り回し喜ぶキバ。
「お金は大丈夫なのかしら?」
「そうですよ。ただでさえ食費を切り詰めているんですから」
ミノウとアカネが止めようとするが、こうなってしまったキバは止まらないことは、俺もHOWLのメンバーもよく知っている。
「お祝いとして、俺も半分払うよ」
俺は苦笑を浮かべ、そう言い放った。
……愛車という商売道具を失った俺の懐も、決して温かくはない。だが、お得意様にこのダンジョン狩りという仕事を続けてもらうためには、時には燃料補給も必要だろう。
「まあ、本当にいいのかしら?」
「やったー! ハヤテの兄貴の奢りだあ!」
夜、またここで落ち合う約束を交わし、その場は解散した。
俺は久方ぶりの自宅兼店のあるアレイ区3番通りへと足を向けるのであった。
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