門のそばの風

パン屋の戸を押すと、店の中にたまっていた焼けた粉のにおいが、ひと息ぶんだけ外へ流れていきました。かわりに町の空気が、ひんやりと足もとから入ってきます。石の道は朝の光をうすくのせていて、まだやわらかい色でした。


リルは白パンの包みを胸の近くに抱え、もう片方の手にもりのわっかを持っていました。輪は手をひろげたくらいの大きさで、きれいにまるすぎず、草のところはさらさら、葉を巻いたところは指にすべるようになめらかです。羽のついたあたりだけ、そこに小さな風がひそんでいるみたいに、ふわりとしていました。


店先のひさしの下で、リルは立ちどまりました。白パンの包みともりのわっかを見くらべて、それから、わっかのほうを腕にそっとかけます。葉の巻かれたところが袖に触れ、羽の先だけが揺れました。


グルゥは袋を肩にかけなおし、戸が戻りきる前に、大きな手で木の板を静かに支えます。ばたんと鳴らないようにしてから、何も言わず歩きだしました。リルもそのとなりへついていきます。


町の中は、さっきより少しだけ音がふえていました。桶を運ぶ音、窓をあける音、どこかで布をはたく音。広場のほうからは、井戸のつるべがきしむ声も、かすかにまじってきます。干された布が風をふくんで、白い魚みたいにひらり、ひらりとひるがえっていました。


リルは歩きながら、ときどき腕のわっかを見ました。草の端が出すぎていないか、羽が折れていないか、指先で軽くたしかめます。そうするたび、輪は少しだけ形を変えて、また元のやさしいゆがみに戻りました。


広場のすみをまわったとき、小さな足音がひとつ、石の上で止まりました。水くみの桶を両手で抱えた子どもが、ふたりのそばを通りかかっていたのです。子どもはリルの腕を見て、歩みをゆるめました。


「あれ、なに」


声は、ほんとうにそれだけでした。風にまぎれてしまいそうなくらいの、小さな問いかけです。


リルは足を止め、子どものほうを見ました。それから腕を少し持ちあげて、もりのわっかが見えやすい向きにします。葉のところに朝の光がのって、羽の白さがひとすじだけ明るくなりました。


「もりの、わっか」


そう言って、また腕を下ろします。


子どもはふうん、とだけ言いました。桶の水がゆれて、ふちにちいさく光が集まります。


「やわらかそう」


それだけ残して、子どもはまた歩いていきました。桶の水はこぼれず、足音だけがこつこつ遠くなっていきます。


リルはしばらく、その背中のほうを見ていました。やがて、わっかの草のところを親指でひとつなぞります。それから今度は、腕から外さず、そのままにして歩きだしました。さっきより少しだけ、ひじを曲げたままです。つぶれないようにしているのか、落ちないようにしているのか、そのどちらもみたいでした。


グルゥは横で歩幅をゆるめ、角を曲がる手前で、荷の袋を反対の肩へ移します。あいたほうの手が、リルの歩く側へくるようになっていました。人が近くを通るたび、その大きな手は何もしないまま、ただそこにあります。リルはそのそばで、もりのわっかをぶつけずにすみました。


門のほうへ続く道には、朝の光がまっすぐのびていました。石のすきまの砂まで明るくなって、町はもう、すっかり目をさましたようです。門のそばの衛兵は、いつものように静かに立っていました。槍の先だけが白く光り、影は足もとに短く落ちています。


リルは門の手前で、腕のわっかをもう一度だけ見ました。草はまださらさらしていて、葉はなめらかで、羽のところには、町の風が少しだけ残っているようでした。


そのまま、ふたりは門をくぐります。町の音はうしろにやわらかくのこり、門の向こうの空気は、森へつづく道のにおいをうすくまぜていました。

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