二人の人物がやり取りをする構成で、会話の中では他の人物の存在を示す言葉もあるが、不毛の地に最後に残されたオアシスは究極の孤独のメタファーに思える。余命は目に見え、絶える時は等しく訪れる。何人いようが関係はない。運命共同体は一つの意思として働き、数ある肉体は幻影に過ぎない。語り手もまたバナとなり、砂の一粒として風に吹かれるのを待つ身となる。しかし、それは無意味なんだろうか?全てが死にゆくなら、全てに価値などないのだろうか?だとしても、私には男が最後にこの奇妙な共同体から去るビジョンは浮かばない。なぜなら、きっとそこには意味があるからだ。洞を吹き抜く風の音を聞くような作品だった。