神殺し

第一世界ファストリア 天空城 指針の間

 

「笑いに来た?」


 は、と。エリスは鼻で笑う。異世界転生まで残すところあと僅か。時間にして残り十五分と掛かる事なく、大願は成就するというのに。

 

「今更そんなことしに来たの? あなたは賢いと思ってたけど、案外バカだったのかしら?」

「ああ、俺はバカだ」

「……はあ?」

 

 心に浮かんだことをそのまま口にすれば、静かにレフトは肯定する。彼のこの反応に逆に面を食らったのはエリスの方であった。何も言い返さないどころか、認めるとはどういう風の吹き回しだと。レフトを睨めば、彼は今更かとでもいう態度で。


「俺はバカだからよ、ガキの頃に抱いた馬鹿みてぇな夢を、馬鹿の一つ覚えみてぇに追い続けてる。そんな俺を馬鹿にするヤツは全員、黙らせてきた」


 レフトは言いながら、右腕を上げる。何も無いその手に、どこからともなく光が集まる。


「てめぇは昔、俺の夢を笑いやがった。今時のガキでもそんなことは考えねぇだの、くだらねぇだのと、散々馬鹿にした挙げ句、それをネタにして酒盛りしているクソ共と盛り上がってやがった」


 どこか恨み節の込められているレフトの話に、エリスは覚えがあった。確か彼の後見人になって間もない頃、将来の目標はないかと世間話程度に聞いた際に、彼が最終的な人生目標、もとい夢を口にしたのだ。

 思い返せばあの後から、彼はエリスと距離を置いた。年頃のせいかと思っていたが、それは大いに違っていたようだと、この時になってエリスは気が付いた。


「……まさか、あんなことであんた、私のこと信用してなかったの?」

「あったり前だ。商人は人の夢に値段と価値を付けるヤツらだろうが。最初からくだらねぇと他人の夢を切り捨てるような三流を信用出来るかよ」


 通りでいつまで経っても警戒を解いてくれないはずだと、思わぬ所で長年の疑問に終止符が打たれたエリスは、「それで?」と高々十数年ほどしか生きていない少年に問う。


「まさか、そんなことの為にここに来たの?」

「当然だろうが。俺は借りはきちんと返すタイプなんだよ」


 レフトの右手に集まった朧気な光が、形を成す。その光景を七十二年前、魔人族との戦争の際に見たことがあるエリスは、レフトが何をしようとしているのか予想が着いた。

 心器形成アーティファクトリー

 第十二世界にのみ存在する固有魔術。獣人族にはその身に獣の因子が存在しているように、心器形成は第十二世界の住人である魔人族が、魔術を使えない代わりに使用する、魔力を用いて己の心を形にする固有能力だ。

 無論それが魔力の塊でしかないため、神命族には一切の効力を持たないことは七十二年前の魔人族との戦争でエリスは知っている。なので今更脅威にならないその武器が形成されるのを、彼女は黙って見ていた。


 光と共にレフトの右手に形成されたのは、全長七百ミリ程の、不格好な杖にも見える飛び道具。

 散弾銃、と呼ばれていた、命中精度も威力も弓に劣る、粗悪品。それを手元に形成したレフトに、エリスは肩を竦める。まさか、そんなもので立ち向かって来るというのだろうか。


「ホント。思ってたよりバカだったのね。私、あなたのこと過大評価していたかしら」

「何様のつもりで他人様のことを評価してたのか知ったこっちゃねぇが、お前ら神命族はどいつもこいつも知らねぇようだから言っておくぞ」

「あら。何をかしら?」

「世の中、やられたらやり返させるんだよ」


 右手に構えた散弾銃の銃口を真っ直ぐこちらへ向けてくるレフトへ、言っている意味が分からないと問う為エリスは口を開く。そんな彼女の言葉を、一つのけたたましい声が遮った。

 何かが破裂したような、もしくは小型の爆発が起きたような、激しい声。

 七十二年前。戦場で何度も聞いた、己の存在をこれでもか主張する声。

 ――――である。


「な、ぁっ……!?」


 同時、脇腹を貫いた痛みに咄嗟に防御魔術を展開しようとしたエリスの左肩を、別の銃声と共に弾丸が吹き飛ばす。遅れて展開された魔術の壁。その向こうで、たった今銃爪を引いた散弾銃をブラフに、左手に形成したマグナムで早撃ちをかましたレフトが続け様に撃鉄を落とす。

 一発。魔術の壁を貫通しエリスの膝を貫く。

 一発。姿勢を崩したエリスの頭を、魔術の壁諸共銃弾が貫通する。


「っ、ああああ!!」


 ここでエリスは、淡々と攻撃を続ける目の前の少年が、この計画最大の脅威であると認識した。激痛を振り払うように声を上げながら、無事な片脚一つで立ち上がりながら高速で魔術を展開する。


「“フレイム”、“フリーズ”、“シールド”、“キュアル”!」

「チッ……」


 炎と氷の魔術から避けるべく、エリスから距離を置くレフト。その間にエリスは魔術の防御壁を強く張り直し、損傷した肉体の回復に努める。所持している魔法石の残り魔力など、気にしている場合ではない。

 なぜなら彼は、いくら計画実行の為一時的に神命族の不死性が揺らいでいるとはいえ、常に神力によって身体をしているエリスの肉体を吹き飛ばしたのだ。神力で強化したこの肉体を、易々と貫く力など、魔人族は持っていなかったはずだ。


「《『豊穣』の神の名の元に告げる》――――“豊かなれ”」


 魔術の威力を神力で強化する。時間が元に戻っていくかのように、肉体を元に戻すエリスの姿を確認したレフトは、こうなることを分かっていたかのように口を開く。


「やっぱり死なねぇか。異世界転生とやらをする為に隠してた月を出したお陰で、不老不死の力は若干弱まって痛みは感じるが……ってところか」

「っ、あなた、月の存在をどうやって知って……!? いいえ、それじゃないわ。その銃! 神の力と真っ向から渡り合う、魔力とは違う力!」


 レフトがその手に形成した二丁の銃。弾道予測の為に魔力感知を使ったところ、レフトは一切魔力を使っていないという事実を知ったエリスは、空へ伸びる光の柱の向こうへ姿を隠したレフトへ疑惑を叫ぶ。


「あなた、何者なの……!? 本当にあなたは魔人族なの!?」

「ったく、だから言ってんだろうが!」


 指に引っ掛けたレバーを起点に、散弾銃を片手でくるりと回しリロードを済ませたレフトは叫び返す。


「この千三百年! てめーらに散々ボロクソにされた奴らが、黙ってやられっぱなしでいると思ってたのか!」


 他の種族、他の世界については知らない。だが故郷第十二世界がどんな世界であるかをよく知っているレフトは一つ、あの世界が誰に対しても隠していた情報を提示する。


「悪いな! てめぇが気に入ってた神殺しだけどな、既に俺の世界にあるモノなんだよ!」



「なにせ、その為に俺達は造られたわけだからなぁ!」


 第十二世界トゥエルヴガン。

 その世界は、ファストリアに落ちてきた歴代の別世界の内、過去最速で神命族へ停戦交渉を申し出た世界。

 後に魔人族と呼ばれる彼らと神命族との戦争、その初戦より二週間で停戦交渉、休戦し、更にその一週間後には停戦協定を締結させた彼らが望んだのは、神命族並びに他種族からの徹底的な不干渉。

 即ち鎖国である。

 彼らは何があってもファストリアには干渉しない。代わりにファストリア側も彼ら第十二世界には干渉しない。事実この七十二年間。彼らは停戦協定を忠実に守り、不干渉を貫いてきた。

 謎の包まれた実態を持ちながら、神命族のみらならず、他種族ともけして交わることの無い彼らは、ファストリアにおいてこのような共通認識を受けている。

 たった二週間で神命族に敗北を喫した、醜い弱小種族。

 世界の片隅で息を殺して生きている臆病者共、と。


 その種族が誰よりも、神を殺す牙を研ぎ続けているとは知らずに――――



「神を殺す為に造られた……?」


 そんなことが可能なのか、という疑問と、そんなことが許されるのか、という疑念を同時に抱いたエリスの耳に、銃声が届く。

 即座にレフトが潜む方角に防御壁を重ねて展開したエリスであるが、直後、無防備だった彼女の背後を銃弾が襲う。


「っ、どういう、こと……!?」


 腰を貫通した弾に驚き、振り向くエリスだが、そこに広がるのは無人の庭園と夜空。銃という武器は一方向からしか攻撃できないもののはずだ。しかし続けて鳴り響いた銃声と、続けて背中を穿った弾丸が、エリスの緊張感を極限にまで高める。


「どういうことも何も、そのままの意味だ」


 エリスの視界の隅で、何かが煌めく。目を凝らしてみれば、それは手のひらサイズほどの、浮遊する金属片のように見えた。鏡のようなそれが僅かに、レフトが銃を形成する際と同じ光を帯びていることに気付いたエリスは、まさかと背後からの攻撃された理由を思い付く。

 ――――発射した弾丸を、空中に展開したあの金属片で跳ね返して、攻撃の軌道を変えている……!?

 答えは、三つの銃声が証明した。


「俺の知る人間ってヤツはどこまでも傲慢で意地汚ぃ上に、手がつけらねぇクズばっかでよ。神の力に渡り合う力を発明するために、とにかく頭数を増やして、片っ端から中身を暴いた同族の構造をああでもねぇ、こうでもねぇと好き勝手組み替えた挙げ句、道具みたいにランク付けやがる」


 金属片が浮遊する方角から、エリスに向けて銃弾が飛ぶ。強化した防御壁のお陰で事なきを得たが、浮かぶ金属片の一つ一つが弾丸の中継地点であると理解したエリスは、魔術によって金属片を撃ち落とそうとし――――そんな彼女の行動を予め予測していたレフトは、光の柱から姿を現し、自身のいる方へ向けられた彼女の背中と、儀式の間全域に展開された計三十六の反射板に向けて、新たに形成した機関銃を掃射した。

 直接エリスを狙う拳銃の弾丸と、四方八方から彼女を狙う機関銃の跳弾。文字通り、銃弾の乱舞である。


「心配しなくても、俺達は最高傑作だったからな。特にこういう嫌がらせが出来るのは、俺ぐらいだ」


 神命族に奪われた矜持を取り返す。ただその目的の為だけに秘匿され続けていた、神殺し計画。第十二世界トゥエルヴの全技術と能力を持ってして造られた、神を殺す人類。その最高傑作。

 レフレイト・レールライフリングス。

 実父から与えられた名は、『神の左腕』という意味である。

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