両手に抱く二つ星

第一世界ファストリア 天空城 儀式の間

 

 突然、ゴウン、という音が車輪の埋め込まれた壁から聞こえた。

 適当な話をして時間を潰していた双子はら互いに顔を見合わせる。同じ予感を、同時に抱いたからだ。


「……これ、ヤバくねーか」

「思っていたより早いな……救助を待っていたが、予定変更だ。とっととここから脱出するぞ」


 ――――さっさとここから逃げなければ、マズイ事になる……と。


「俺がエリスのヤツから聞いた話だと、九時間は余裕のはずだぞ?」

「千三百年も裏でコソコソやってたヤツの性格が良いわけないだろ。そうやってブラフ張ってんだろ。おらさっさとここから出るぞ」

「出るったって、これ神の力が使われてるんだろ? こんなのどうやって壊せばいいんだよ」


 コンコンと自分達が収容されているガラス球をノックするライトに、レフトは心底呆れたとばかりに視線を向ける。


「お前、俺達が何なのか忘れたのか?」

「……ああ、そっか! そういやそうだったな!」


 言われるまで忘れていたらしい。思い出したとばかりにライトは一部擬態を解いてごそごそと、ズボンから魔人族特有の尻尾を取り出し――――ここで、床に張り巡らされていた魔法陣が輝き出し、連動して車輪が光を帯び始めた。

 同時、球に触れている部分から気力の様なものが次々と吸い取られていく感覚を覚える。


「おおお!? なんか吸われる吸われてる!」

「言ってる場合かアホ! さっさとやれ!」

「おう! んじゃ、いくぞー!」


 ヒュンッ、と。ライトの尾が、柄頭を殴り付ける。音を立てて短剣は柄までガラス球を突き破り、穴が開く。ずぼりと尾を引き抜いたところで、すかさずレフトが蹴りを入れれば、呆気なく二人を収容していた球はバラバラに崩れ落ちた。


「お前ら! もしかしてここから出られるのか!?」


 別のガラス球に収容されている、両腕に文鎮を巻き付けた男が床に自然落下した二人を見て声を張り上げる。


「頼む! 俺もここから出してくれ!」

「借用書に名前と住所と連絡先を書くなら出してやってもいいぞ」

「しゃ、借用書ォ!? キミ、みみっちいって言われないか!?」


 軽く服についたガラス片を払い落とすレフトは、当然な顔で言い返す。


「俺は小さな貸しでも一切踏み倒されたくねぇんだよ。借用書を書くつもりが無いなら、出してやる理由もねぇ」

「ワシは書くから出してくれんか。老い先短い寿命を吸い取られては敵わん」

「クッソぉ俺も書くから助けてください!」

「契約成立だな。おいアホ。ジジイから助けてやれ」

「うっわマジで兄貴って性格クズだよな……」

「お前に言われたかねーんだよドクズ」


 結果、ガラス球に収容されていた全員分の名前を回収したレフトが、大事に借用書を懐へと仕舞い込む。


「終わったぞ兄貴! で、これからどうするんだ?」

「これだけ騒いであの女が来る気配がねえ。恐らくだがあの女、計画の為に魔術か何か起動してて今は動けねーんだろ」

「じゃあ今のうちにズラかるか!」


 そう、話をしていた時である。


「……何じゃ、この気配」


 収容されていた十二の種族。その中の内、老齢の獣人族が、身震いする。続いて半透明の水の妖精が、サソリの兵装の戦士が、警戒を露わにしながら、唯一の出入口である扉の方を睨む。


「なにか、来る」

「ま、まさかあの代行者が私達の脱出に気付いて……」

「違う」


 羊の角を生やした女に、弓を番えた少女がゆっくりと首を横に振る。


「もっと恐ろしいものが、来る」


 張り詰めた空気。全員が臨戦態勢を取る中、なんの前触れもなく重厚な扉が内側へとひしゃげ、倒れ込んだ。ゴドンッ、と音を立て倒れた扉。その向こうから、外気と共に煙のように舞う灰が、広間へと入り込む。

 雲のように立ちのぼる灰の中に、一人。首と腹から血を流しながら佇む、異様な人物。

 灰塵を纏い、口からも血を流すその人物と、レフトは目が合った。青白く輝く銀の瞳は、間違えようがない。


「……シュウか?」

「うおっ!? つーかお前またボロボロになってねーか!? どうしたんだその怪我!?」

「え、知り合い?」


 扉が倒れた時から二人の後ろで様子を見ていた文鎮の男が、血まみれの乱入者と双子を交互に見遣りながら訊ねる。これにレフトが答えるより早く、ふらつく足取りで広間に足を踏み入れた血濡れのシュウは、二歩目には走り出し――――今し方自分で蹴り倒した扉に足をぶつけた。


「か――――」


 べちゃり、と。転がった乱入者に目を見開いた文鎮の男が声を上げるのと、レフトとライトがシュウに向かって駆け出すのは、ほぼ同時だった。


「顔からいったーーッ!」

「あっ――――んのボケ! マジで何してやがる!」

「転んだ!? しかも全然立ち上がる気配ねーんだけど!? マジで大丈夫かシューウ!」

「……ぅ」


 立ち上がろうとはしているが、上手く力が入らないのか中々身体を起こせないシュウを、両サイドからレフトとライトが助け起こす。なんとなく床に座り込んだシュウをよく見てみれば砂埃にもまみれている。何があったのかと改めてレフトが訊ねると、シュウは無言で二人を見遣って。


「怪我、は……ゲボッ」

「それはこっちのセリフだボケ。何してんだお前」

「砂漠……走って、来た」

「え……お前まさか里から走ってきたのか? この短時間で? 砂漠を?」


 流石にそれはありえないと思いたいところだが、砂まみれの脚にそうとしか考えられない。じゃあこいつの首と腹はなんなんだと謎が深まるレフトと、傷の具合を確かめようとするライトを見上げるシュウは、ただその目を見開いて。


「生き、てる」

「勝手に殺すな」

「……空、光の柱、見えた。手遅れだって、思った」

「まあ正直ちょっと吸われたけど」


 よ、と。最後までは言えなかった。両腕をいっぱいに開いたシュウが急に立ち上がって、レフトとライトの二人を纏めて抱き締めたからだ。

 何をするのかと言いかけて、シュウの顔を覗き込んだレフトの息が止めた。まあるく見開かれた銀色の瞳から、ぽろぽろと涙を流しているシュウの姿がそこにはあった。


「よ、か、ったぁ」


 呆然とした表情のまま、シュウが零す。背も腕の長さも足りず、二人の頭を抱えるようにして自分の身体へ引き寄せる、その手が震えている。あれほど勇ましく、鮮烈に戦う姿がまぶたの裏に焼き付いていた、悪夢とさえ呼ばれていた部隊の生き残りが、今になって自分より一回り以上も小さく、華奢だったことに気付かされる。

 何度も、何度も。そこにいることを確かめるように、二人を搔き抱こうとする腕の細さに、静かに愕然とする。

 何より衝撃的だったのは、レフトとライトを真っ直ぐに捉えたその瞳から、真珠のような涙を零しながら、ぐすぐすと鼻を啜り、


「ふたりが、生きてて、よかった……」


 もう、これ以上のことはないとでもいうように、目尻を下げるその表情が――――あんまりにも、優しくて。

 よかったなぁ、と。しあわせを噛み締めるように呟いて、そのままゆっくりと気を失ったのをいいことに、レフトは片割れと共にシュウを抱えて、空を仰ぐ。


「……………この、大ボケ野郎」


 深くため息を吐いて、昨晩、イスカリア話を聞いた後と、同じことを思う。

 本当に、面倒なヤツを拾っちまったなーーーーと。


「兄貴ィ、これからどうするんだ?」


 レフトの腕からシュウを持っていったライトが、ぬいぐるみのようにぐったりとしたシュウを抱きながら、先程と同じことを訊ねる。

 シュウの濡れた頬と睫毛が、レフトの目に映る。血と砂塵と涙で汚れたシュウの頬を、服の袖で軽く拭ってやったレフトは、静かに口を開く。


「どうするもこうするもねーだろ」


「――――あの女に、これまでのツケを全部払ってもらう」


 こみ上げる激情を噛み殺しながら、固くそう表明したレフトに、ライトは言った。


「バカだなぁお前」


 ケラケラと。心底愉しげに笑いながら。


「ホント。昔っから大バカ野郎だよ、お前はよ」

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