悪魔族の正体

第一世界ファストリア 天空城 儀式の間

 

 床一面を埋め尽くす魔法陣。天空城の最上階に位置するその大広間の壁には、十二の支柱によって構成されている巨大な車輪が埋め込まれていた。その先端には、エリスの神力よって強化された硝子の球体がある。

 ある球体の中には、下半身が魚の様相をした妖精が入れられていた。

 ある球体の中には、純白の翼を持った者が弓矢と共に収容されており、別の球体には老いた獅子の如き容貌の獣人族、また別の球体には蟹のような見た目をした生物らしきものが鎮座していた。

 各々バラバラの種族が入れられた十二の球体の中。昨晩一つだけ空いていた球の中へ収容されたレフトは、今し方同じ球の中に放り込まれた瓜二つの片割れに話しかける。


「それで? 俺がいない間に何があったのか、聞かせてもらおうじゃねーか」

「兄貴、外! 外見たか!? ここ飛んでるぞ! 城丸ごと空に飛んでるぞ! つーかなんか他の球の中にでっけぇカニいたぞ、カニ!」

「うるせぇ質問に答えろアホ」


 痛ェ! と、狭い球の中で足蹴にされたライトが呻く。全くこいつは……と、ため息を吐いたレフトは、質問の仕方を変える。


「イスカリアはどうなった?」

「里に残ってたヤツら全員を庇って死んだぜ」

「……隠れ里の生き残りは? 何人だ?」

「あの場にいた全員だな。今は隣町に移って、なんかヤバそうなことしそうなエリスを止めるために、超急ぎで人を集めてる。捕虜の騎士から色々吐かせて、今日中にはここに攻め込む予定らしいぞ」

「情報吐くのかあいつら?」

「生き埋めにされたくなかったらするんじゃね?」


 まさか捕虜が全員地下に流し込まれているなどとは考えもしないレフトは、「捕虜にどんな扱いを強いてるんだ」と思いながら、シュウの存在を思い出し、今の疑問を脳の端に追いやる。あいつがいるなら多分、灰塵部隊アッシュダスト形式でなにかやりそうだなと予想がついたからだ。


「シュウはどうした?」

「ファイト達とここに乗り込んでくる予定だぜ」

「そうか。あいつの様子はどうだった?」

「記憶取り戻してなーんか辛気臭くなってたけど、一人で騎士全員隣町に運び込むくらいにはピンピンしてたぞ」


 やべーよな、と思い出し笑いをするライトから、ひとまずシュウは無事であることを聞き出したレフトは「そうか」と密かに胸を撫で下ろす。最後に見たのが炎に包まれた姿であった為、安否が気になっていたのだ。

 そんなレフトの様子を盗み見たライトは「へー」と意外に思う。警戒心が強く人間不信な片割れが、こんな短期間で他人の安否を気にかけるようになるとは。


(俺は普通に言動が面白れーと思ってるけど、兄貴って意味わかんねーところでお節介だからなー……)


 多分そういうところが、自然と合っちまうんだろうな、と。鬱陶しいレフトの性格とどこか危なっかしいシュウの何かが、歯車のように噛み合わざる光景が不思議と容易に想像出来るライトは、何気なしに言葉を投げかける。


「気に入ってんのか、シュウのこと」

「そりゃあ、あれだけの戦闘力だぞ。味方につけたいと思うのは当たり前だろ」

「いや、そーじゃなくてよ。性格の方だよ、性格」


 言われて、レフトは「性格?」と怪訝そうな顔をする。これまでの出来事を思い返すように他所を眺めていたレフトは、急にぴくりと、敏感な部分を引っ掻かれたかの様な反応を示す。


「……あの、小っ恥ずかしいことを普通みたいなツラして言いながら、こっちの気も知らねーで距離詰めて来る所……あれだけは、マジで……タチが悪ぃ」

「……お??」

「クソが……! 妙なことを思い出させやがって……変なこと言ってんじゃねーよクソが!」

「いっっ!? いや俺なんも言ってねーし! 俺悪くねーじゃい゛っ! え!? つーかお前俺の知らねーところでシュウとなんかァ痛った蹴んなよクソ兄貴!」


 一人ならばのびのびと身体を伸ばせるが、二人入ると身狭である球体の中。素直でない片割れの八つ当たりを理不尽に食らうライトは、このままでは身が持たないと早々に話題を変えることにした。

 正直二人の間に何があったのか気になるが、それを聞き出す前に全身が青アザだらけになる未来が見えたからである。


「それよりよ兄貴ィ。お前さ、今回の件どこまで分かってるんだよ」

「ああ?」

「ほら、エリスがイセ……なんたらって言った時によ、兄貴だけなんか全部分かったみてーだったじゃねーか。俺バカだから全然わっかんねーだけどよ」


 ようやく八つ当たりの蹴りが止まったレフトに、今が話題を変えるチャンスだとライトは畳み掛ける。


「何がどうして、どうなってんのか。イスカリアともちょっと話したけどよ、神だとか悪魔族だとかが、なんか関係してるのか?」


 投げられた質問に、レフトは沈黙する。「そうだな」と唱えた彼が足を引っ込めたのを見て、ライトも防御の姿勢から居住まいを直した。


「時間はあるんだ。アホにでも分かるように説明してやるよ」

「おう! 頼んだぜ兄貴!」


 八つ当たりを避ける為に話を変えたのだと、分かりやすいライトの態度にレフトは今更ツッコミ気力も起ず、軽く無視しながら、今回の事の成り行きについての推察を語る。

 いつだったか。幼い頃に観た古い映画の、探偵のように。


「まず気になったのは、あいつの知識が『どこに由来するもの』なのか、だ」

「シュウの知識?」

「『誰に教わったか』は忘れても、『教わった内容』は覚えている状態だったあいつが、地上に出て初めに見た物が何だったか覚えてるか?」

「岩か?」

「それもあるけどな。それよりもっと目立つ物があっただろ」


 そんなのあったか、と首を大きく傾げるライトがそう簡単に思い出すことはないと分かっているレフトは、先に答えを切り出す。


「車だ。俺達が乗ってたジープ。それをアイツは普通に乗り物だと認識した上で、当たり前に後ろの席でシートベルトをしてやがった」


 先にライトが乗っていたせいもあるかもしれないが、車の存在を知らない者が見れば、ただの丸い脚がついた箱だ。余程の豪胆者で無い限り初めて相対する未知なる物に警戒することなく、搭乗することはしないだろう。何より、予め知っていなければの座席でシュウもライトも付けていなかったシートベルトを、自ら装着することなどない。


「そうかぁ?」

「そうかぁ、じゃねぇよ。それだけじゃねぇ。お前のよく分かんねーゲームだなんだの話についていけてたろ。つまり娯楽文化で栄えている第五世界ファイブの知識が、元から備わってるってことだろうが」


 ああそうか! とやっと気付いたように声を上げるライトは、本当に気付いていなかったのだろう。確かにシュウは記憶を失っていた。金の単位やギルドの存在、周期の数え方などのレフトとライトが当然知る常識も知らなかった為、それについては教えた。

 目の前のライトもそうだ。故郷から家出をした時、自分の名前さえも忘れてしまった片割れへ最低限の知識を叩き込んだのは、レフトだった。だからこそ、シュウの様子を見て、確信したのだ。

 コイツには教養がある、と。

 それが逆に、レフトからすれば異質なものであった。


第五世界ファイブの娯楽文化への知識に加え、喋り方は第八世界エイトウカイの古狸共に近く、星に関する知識は第七世界セブトのヤツらにも引けを取らねぇ。それだけの知識を、一体どこで手に入れたのか……イスカリアの話を信じるなら、あいつが所属していた部隊のヤツらから教わったって考えるのが普通だ」

「悪魔族か?」


 そうだ、というように軽くあごを引くレフトに、ライトは「でもおかしくねーか?」と問う。


「悪魔族は千三百年前に滅びた種族だろ? そんなやつらがなんで滅びた後のゲームとか、車とかについて知ってんだ?」


 当然の疑念を口にしたライトに、レフトは返す。


「悪魔族にはこれ

「……は? 全部?」

「ああ。そうでなきゃ説明がつかねぇ」


 そう言い切る根拠が何なのか。レフトは魔人族だけが知っている事実を、証拠として述べる。


「悪魔族の呪い。あれの正体が何なのか、お前知ってるだろ?」

「あー、あれな。ちょっとビリビリするヤツな」


 大戦の際、悪魔が使ったとされる呪い。千年以上が経った今も、かつて戦場とされていた土地を蝕む、不可視の呪い。神命族でさえ呪いに長時間されされてしまえば、呪いが引き起こす病にその身を侵されてしまうというもの。

 それの正体を双子は知っていた。なぜならそれは、彼らの故郷第十二世界では、一昔前の原始的エネルギーであったのだ。新しいエネルギー源が開発されてからは、生産性の効率もあり、産まれる頃にはとっくにエネルギー事業の前線を退いていた。

 神命族の身体すら蝕む病を呼び寄せる、悪魔族の呪い。

 彼らの故郷でそれは、こう呼ばれていた。


「俺ら魔人族は放射線を分解できるけど、他の種族は出来ねーんだろ? だから魔界跡地とか入る時は防護服ってヤツを着ていくんだろ?」

「呪いを防ぐ装備、としてな。恐らく第十一世界イレブンのヤツらも、呪いの正体について何となく分かっているが、完全には分かりきっちゃいねぇ。魔術の存在がない代わりに科学発展しあの世界の技術力でも、呪いを防ぐのに精一杯で、完全に無効化する技術を確立しちゃいねぇんだろ。

 ……多分悪魔族も、完全に無効化する技術は持っていなかった。だからこそ、神命族に対し最も有効な兵器として使ったんだろ」


 ――――ヌーク。または、核兵器ヌーク・ウェポンと。


「悪魔族は核を使う種族だった。つまり原子力についての知識と、核を兵器として流用するだけの技術力があったって事だ。つまり、少なくとも第十一世界イレブンレベルの技術が悪魔族にはあったってことだろ」


 元々呪いの正体について知っていたレフトが、悪魔族の正体について確信に至ったのは、もう一つ。悪魔に関するシュウとの会話であった。


「それと、もう一つ。アイツらの名前の由来になっている悪魔ってヤツについてだが、シュウの知識によると概念的な存在らしい」

「概念……?」

「ゲームとかに題材に使われるようなもんで、見た目は俺ら魔人族みたいなもんだと。実際見てもらった時に、悪魔族の姿は神命族と変わりないって事も確認している」

「……ん?」

「で、最後にシュウが『この世界に産まれた人間』を異世界人と呼んでいた点だ。この世界に産まれた人間……つまり神命族を何故『異世界人』だなんて風にアイツが呼んでいたかについてだが――――」

「や、ちょっと待て兄貴。ちょっと俺質問がある」


 話を中断させたライトを、レフトは何なんだと言うように睨みつける。一方でそんなに睨まれる筋合いはねーんだが、と心の中で言い返すライトは、それよりも軽く流しかけたが、既のところで拾い上げたキーワードについての事実を確かめる。


「シュウが言ってた悪魔の見た目って、俺ら魔人族のみたいなもんなんだよな?」

「そうみてーだな」

「……実際に見てもらったのか? 兄貴が? 擬態を解いた姿を?」


 ――――墓穴を掘った。

 そう言うように即座に顔を背けたレフトに、流石のライトも驚愕を隠せなかった。何故なら魔人族において正体を晒すという行為は、己の威信を賭けた決闘に挑む時か、それ以外は親密な関係にある者の前でのみ許されるものである。この場合示される親密な関係というのは、家族間や恋人を示す。つまりは――――


「お前いつの間にシュウとそんな関係になクソいてぇぇっっ!!」

「勘違いししてんじゃねーぞドアホ! 念の為に確認してもらっただけだっつーの!」


 色めき立つライトにすかさずレフトの足蹴が炸裂する。どう考えても誤魔化しでしかない片割れの言動に半分面白がりながら、半分はあの兄貴がと未だ治まらない驚きに表情を歪めながら、ちなみにとライトは興味本位で。


「お前の姿見た時のシュウ、どんな反応だったんだ?」

「……っ」

「お〜っ?」

「……いや言ってやんねーよアホが!! どうしても知りてーなら自分でやってみやがれクソが!!」


 本日一鋭いレフトの蹴りに「マジでなに言われたんだコイツ」と気になるライトであったが、それ以上何も言おうとしない兄弟の様子に、悪いことは言われたんじゃないなということだけは理解した。

 なにせこれほど照れた片割れを見るのは初めてだったのである。

 今度俺もシュウに見せてみよう、と密かに計画するライトの決心など露知らず、照れ隠しの蹴りを納めたレフトは、脇道に逸れた話を元に戻す。


「……で。シュウが『この世界に産まれた人間』を異世界人と呼んでいた点だ。

 つまり神命族を『異世界人』って呼んでいた件についてだが、十中八九これはシュウがいた部隊、つまりは悪魔族から見た神命族への呼称だろ」


 これらを踏まえた上で、レフトは話を一つの仮説へと導いていく。


「何故神命族と変わらない見た目をした悪魔族が、『異世界人』だなんて呼び方で神命族を区別したのか。歴史で語られている大戦当時の状況と、シュウの知識の内容。これらを組み合わせると、次のような推測ができる」


「悪魔族の正体は、高度な文明をと科学技術を持った別世界の人間であり、大戦時に神命族が悪魔族の住んでいた別世界を撃ち落とした……ってな」

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