ただ強さを求め人生の全てを武術に費やしてきた男、荒木鉄心。死の直前の「――まだ、足りない」という彼の末期の思考を神が聞き届けたのかはわからないが、男は再び生を受けることになる。今度は人ではなくヒグマとして……。
ヒグマである。食っちゃ寝してるだけでも人間の格闘家よりも遥かに強いヒグマだ。だが、一度目の人生を武に捧げてきた武術家がそんな生まれ持った強さだけで満足するはずがない。こうして鉄心は、七十二年分の知識と経験を活かして、仔熊のころから過酷な鍛錬を積み、異常な強さを手にする。手にしてしまうのだ。
熊でもできる独自のトレーニングを考案し、食事メニューにも気を使い、タンパク質を確保するため熱心に狩りを行い、最強の肉体を築き上げる鉄心。こうして本作の序盤では、前世のメンタルと知識をフル活用して、子供のころから高効率なレベリングを行うという転生ものの醍醐味がたっぷり楽しめる。
そうすると当然の疑問として「別に戦う相手もいないのに、そんな強くなっても……」という声が挙がってくるだろうが、安心してほしい。ヒグマという生命体は個体としては最強かもしれない。だが、人間という種は道具を扱う知性と、集団で行動する協調性を併せ持つ。それは生存という観点では個体としての強さより遥かに重要なことだ。そして、人間は自分たちの生存圏を脅かす生物を決して許さない……。
究極の肉体に武術家の魂を備えた頂点捕食者のヒグマと、この惑星の支配者である人類という集団。この異なる種族の対峙はどのような結末をもたらすのか。是非刮目してほしい。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)