第31話 政府管理おじさん誕生

 新宿ダンジョン、第十三階層。


 薄暗い迷宮の奥深くで、俺と黒須は次々と現れるオーガを狩りながら進んでいた。


 黒須が人差し指を突き出し、スマホが発したノイズの奥で詠唱する。


「――【紅蓮炎槍】」


 放たれた超高熱の炎槍が、迫り来るオーガの胸板を易々と貫き、蒸発させる。


 監視ドローンが、地面に転がったオーガの亡骸をレンズで舐める。


 ライブ配信では、生々しい戦闘の様子が届けられていた筈だ。黒須の成長と共に。


 黒須はモンスター肉の継続的な摂取と、実戦経験を積んだことによって火魔法を司る神との親和性がさらに高まり、第二階位の魔法を連続して使用しても息切れしなくなってきていた。


 発動速度も速いので、一人でオーガと対峙しても全く危なげない。


 このままいけば、遥かな高みに到達するだろうと思わせる。 


「タダシ、考え事か?」


 オーガの死体から魔石を回収した黒須が戻ってきた。


「あぁ、黒須の成長速度について考えていた」

「恐れ慄き、平伏すがいい」

「調子にのるな」

「調子にのせたタダシが悪い。それより、腹ぺコリンヌなの」


 黒須が消費した魔力の補給を提案する。


 見晴らしのよい通路で腰を下ろし、【アイテムボックス】からタッパに入ったオーガ肉の唐揚げを取り出す。


 冷めても美味しさが持続するように、唐揚げの衣は小麦粉と片栗粉が1:1の配合になっている。


 これにより、カリッと感が持続するのだ。


 二人して黙々と唐揚げを頬張り、茶で押し流す。


 一息ついた黒須が、思い出したように口を開いた。


「そういえばタダシ、引っ越しはいつするの?」

「来週には新居に入れるらしい」


 俺が素直に答えると、黒須はニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。


 監視ドローンがしっかりと黒須の顔をカメラに収める。


「政府管理マンションか〜。子供部屋おじさんを卒業して、次は政府管理おじさんだね」

「普通に自立扱いでいいだろ!」

「ふすすす」


 黒須は楽しそうに肩を揺らし、続ける。


「引っ越し祝い、何が欲しい?」

「特にないな。必要なものはアイテムボックスに入っているし」

「じゃあ、ゴブリンジャーキー一袋でいい?」

「もうちょっとないのか?」

「最高の贈り物でしょ! 黒須メル手作りジャーキーだよ? モン食界隈では大騒ぎになるやつ」


 そう言って黒須がポシェットから取り出したのは、不格好だがしっかりと乾燥されたジャーキーだった。

 

 いつの間にか、彼女はモンスターの肉を自分で加工する術まで身につけていた。俺がやっているのを見て、学んだのだ。

 

 俺はありがたくそれを受け取り、一口齧る。塩加減は悪くない。


 ……引っ越し。

 

 いよいよ実家を出る日が近づいているというのに、俺の心にはどこか腑に落ちない、ふんわりとした感覚があった。

 

 実家を出ることへの後ろめたさや、一人暮らしへの不安ではない。そもそも、与えられた新居に対して「帰る場所」という実感が持てるのか、という漠然とした疑問だった。


 思い返せば、異世界での20年間は、森の中での野営や、薄汚れた宿屋のベッドが当たり前だった。


 定住する「家」というものに縁がなさすぎて、感覚が麻痺しているのかもしれない。

 

 そんな考えに耽りかけた時、微かに地を這うような振動を感じた。


「……タダシ、次が来るよ」

「あぁ、分かってる」


 俺は感傷的な思考を切り捨て、短剣を握り直して立ち上がった。





 赤坂、在日米国大使館。

 

 重厚な扉に閉ざされた一室で、ダンジョン部のアメリカ調査団リーダーであるキャンベルは、分析官からの報告を受けていた。


「――以上が現在の状況です。鉄仮面の男の居住地が不明となりました。政府管理の高度なセキュリティ物件に移ったようで、我々のルートではこれ以上の追跡や監視が困難になっています」


 報告を聞いたキャンベルは、退屈そうに金髪を掻き上げ、鼻で笑った。


「それがどうした。あんな鉄仮面の変態に、これ以上こだわる必要はないだろう」

「しかし、黒須メルの異常な早さでの第二階位習得との関連が――」

「考えすぎだ」


 食い下がる分析官の言葉を、キャンベルはイラついたように手で制した。

 

 そのやり取りをソファから静かに見つめていたヴィクトリアだけが、一瞬だけ鋭く目を細めた。


 彼女の研ぎ澄まされた勘が警鐘を鳴らしていたが、今のキャンベルに進言しても無駄だと悟り、言葉を飲み込んだ。


「それより、こっちの成果を見ろ」


 キャンベルが机の上に置かれた細長い布袋を手に取る。


 慎重に布を解くと、現れたのは一本の杖だった。


 くすんだ銀色の金属でできており、先端には血のように赤黒い宝石が嵌め込まれている。


 一見すると古びた地味な杖だが、ダンジョン産のアーティファクト特有の、濃密で禍々しい気配を周囲に漂わせていた。


「別動隊により、第十二階層の隠し部屋で発見されたものだ。検証した結果、『敵の体を破裂させる』アーティファクトだということが分かっている」


「破裂……ですか?」

「そうだ。この杖から出る煙を浴びたモノは体が膨れ上がり、内部から破壊される。どんな強靭な肉体を持っていても関係ない」


 キャンベルは満足そうに杖の柄を握り込み、その冷たい感触を確かめる。


 これさえあれば、さらに深い階層の主すらも容易く蹂躙できるという確信があった。


 そんな様子を見ていたヴィクトリアがソファから立ち上がり、キャンベルの隣に立って、声を掛けた。


「……慎重にね、キャンベル。このアーティファクト、まだ詳細な機能や代償が完全に解明されていないんでしょう?」

「勿論、検証は重ねる。次のダンジョンアタックでは、第一階層からこの杖をモンスターに試す。効果がハッキリしたところで、いよいよ──」

「第十五階層のミノタウロスね」

「そうだ」


 キャンベルはヴィクトリアを見て、自信に満ちた柔らかい笑みを浮かべるのだった。



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第32話 人類最強、禍々しい杖を手に入れる

第33話 無機質なセーフハウスとエルフの肖像画

第34話 第十五階層へ、急げ!

第35話 米国調査団VSミノタウロス

第36話 世界が絶望に包まれる中、「美味そう」と呟く男

第37話 黒須、肉に敬語を使う

第38話 日本、焼肉店の予約がとれなくなる

第39話 視聴者とレスバしている間に、戦闘が終わっていた

第40話 魂が真に渇望するもの

第41話 神獣ミルの厄介な能力

第42話 中国調査団の深読みと、次の食材

第43話 インプって鶏じゃん?

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