第30話 正式認可、街道税も宿代も俺に入る

 道は、開けただけじゃ半分だ。



 そこを通る荷車が、

 ちゃんと銀を落として、

 次の列まで連れてきて、

 初めて“喉”になる。


 北関所本門を開けた翌朝。


 橋の手前には、もう列ができていた。


 毛皮車。

 穀車。

 塩車。

 灰石鹸の小荷車。

 歩荷の列。

 護衛付きの中隊商。



 昨日までヴォルグの関所へ並んでいた連中が、

 今日はまっすぐ第八市塞の札机へ向かってくる。


 かなりいい景色だ。

 かなり気持ちいい。

 しかも、その列の横には、

 昨日まで関所長だったヴォルグ本人が座らされていた。


 座らされている、というのが一番近い。



 橋詰の脇へ移した古い関所机の横。


 片手だけ縄で留められ、

 逃げられないように番兵が二人。

 机の上にあったはずの黒い税箱は、もちろんもうない。


 代わりに、その机の前へ俺が立てた木札が置かれている。



 ヴォルグ不正徴税返し

 破損札提示で 銅貨三枚返還

 荷崩れ料・水税は無効

 湯札一枚 おまけ


 好きだ。

 かなり好きだ。


 ヴォルグの顔は、朝からひどかった。



「貴様……」



 俺を見るたびにそう言う。



「何です」


「何です、じゃない! その札を外せ!」


「嫌です」


「ここは北関所だぞ!」


「ええ。今のところ、かなり列ができてます」



 その横で、ノイルが破損札を受け取りながら、もう完全に売り子の顔をしていた。



「次の方ー! 割られた札お持ちの方は左! 湯札も欲しい方は右! 毛布札は宿台机です!」


「お前、楽しそうだな」



 ガレスが笑う。



「かなりです!」


「知ってる」



 バスコが、壊された通行札の半分を出した。



「昨日の分だ」


「確認しました」



 俺は銅貨三枚と、湯札一枚をその場で返す。


 バスコは、相変わらず少し苦い顔をしていたが、

 もうその目の底には別の色があった。



「……あんた、本当に返すんだな」


「返します」


「好きだ」


「ありがとうございます」



 その後ろでは、エルザがすでに一番札を轅へ括りつけている。


 青銅の補強入り。

 第八市塞北関所初通過一番。

 かなりいい札だ。



「市塞主」



 エルザが、隊商の荷を見ながら言う。



「今日は毛皮三台のあとに、明日の予約も入れたい」


「通りますか」


「通す。あと宿も二台分、続けて押さえる」


「早いですね」


「列が見える場所では、早く金を置いたほうが勝つもの」


「好きです」


「知ってる」



 銀貨が、また落ちる。


 好きだ。

 かなり好きだ。


 フリッツも笑いながら肩をすくめた。



「昨日まで関所長の机だったとこに、今は湯札と返還札が並んでる」


「嫌ですか」



 俺が聞く。



「かなり好きだ」


「ありがとうございます」



 列は伸びる。


 一台。

 二台。

 五台。

 十台。

 通行札。

 湯札。

 荷車宿札。

 修理札。

 毛布札。


 ミレイユの帳簿箱が、朝から忙しなく鳴っていた。



「補給主任」


「何です」


「午前だけで銀貨十一、大銀貨一枚いきます」


「好きです」


「知っています」


「返還分を差し引いても?」


「かなり黒いです」


「好きです」


「だから知っています」



 その時、北道から青銀の旗が見えた。


 クルト・ゼーベックだ。

 昨日もらった仮認可状が、あの人の手でここまで来た。


 なら今日は、その続きだ。

 隊商の列が少しだけざわつく。


 だが、クルトは列を見ても止めさせなかった。

 むしろ、馬を橋の脇へ寄せて、じっと眺める。


 通行札。

 返還札。

 宿札。

 鍋の列。

 湯札。


 そして、ヴォルグの前で落ちていく銀貨。


 全部を一通り見たあとで、

 彼は小さく息を吐いた。



「……報告より、だいぶ面白いな」


「好きです」



 俺が答える。



「知っている顔だ」



 クルトの後ろには、司令部書記が三人。

 さらに、街道査定用らしい細長い印箱を抱えた男が一人いた。


 いい。

 かなりいい。



「始めるぞ」



 クルトが言う。



「通行列は止めるな。そのまま続けろ。見ながら判定する」



 強い。

 かなり強い。


 公開査定だ。

 しかも列つき。


 好きだ。

 長机を一つ追加で出す。


 橋の上。

 北関所本門の真正面。

 左へクルト。

 真ん中に俺。

 右へヴォルグ。



 だが、右の男はもう半分死んだ顔だ。


 机の上へ並べる。

 北関所正規税率板。

 ヴォルグの照合帳。

 破損通行札の束。

 返還記録。

 旧宿場権利板。

 本門鍵。

 水路管理札。


 そして、昨日取った黒箱の中身。


 銀。

 大銀。

 宿泊台帳。

 税台帳。


 好きな物ばかりだ。

 クルトが、まず税率板を指で叩いた。



「北街道正規税率」



 次に、照合帳。



「実収受」



 さらに、その横の差額欄。



「返納空白」



 一拍おいて、ヴォルグを見る。



「説明は」



 ヴォルグは、まだ反抗する気だった。



「司令補閣下、これは臨時措置です! 山賊対策、道保全、夜間――」


「湯と水場にも課税したか」



 クルトが聞く。



「……必要経費として」


「正規板では徴税対象外だ」


「状況が特殊で――」


「宿客を焼こうとしたか」


「そんな証拠は――」



 そこで、シュラークが前へ出た。


 痩せた書記だ。

 だが今日はもう、腹だけじゃなく顔色まで少し戻っている。



「証拠ならあります」



 帳面袋から紙を抜く。



「宿場小屋裏の水路から、火壺持ち五人を入れる手筈でした」


「……」


「残置税銀と本門鍵を持って北へ逃げる予定も書いてあります」


「……っ」



 クルトは、その紙を一目見ただけでうなずいた。



「よし。次」



 ルッツが前へ出る。



「元私兵、ルッツ」


「今は?」



 クルトが聞く。



「第八市塞の通行札番です」


「給金は」


「今は出てます」


「前は」


「二か月止まってました」


「食事は」


「今は鍋がある」


「前は」


「薄い豆粥半分」



 市庭の時と同じように、

 その短い対比はかなり効いた。


 隊商主たちが顔をしかめる。

 商人たちが視線を交わす。


 ヴォルグだけが目を逸らした。

 クルトは、そこでようやく紙を閉じた。



「判定を告げる」



 橋の上が静まる。

 後ろの列まで、ちゃんと聞いている。



「北関所長ヴォルグ。過剰徴税、不返納、不正宿泊徴税、水場課税、山賊との裏取引、および第八市塞妨害の疑いにより、北関所管理権を即時停止。身柄は司令部預かりとする」



 ざわめきが爆ぜる。

 ヴォルグが立ち上がりかける。



「ま、待て! 俺は――」


「座れ」



 クルトの声が落ちる。



「次に立ったら、今度は縄を増やす」



 ヴォルグが凍る。


 いい。

 かなりいい。


 クルトは続けた。



「また、本日付で北関所本門、中関所、旧北宿場小屋、付属水路、灰脈旧鉱山周辺補給道を、第八市塞傘下の街道管理区とする」



 一拍おいて、

 さらに紙を持ち上げる。



「北街道通行税、宿場税、荷車宿税、修理税、保管税の徴収を、第八市塞に正式委任する」



 隊商の列が、一気に沸いた。


 フリッツが思わず拳を振り上げる。

 バスコが笛を吹く。

 エルザは心底楽しそうに笑っていた。

 ノイルが、顔を真っ赤にして叫ぶ。



「補給主任!」


「何です」


「正式です!」


「ええ」


「めっちゃ正式です!」


「知っています」



 だが、まだ終わらない。

 クルトはさらに、小さな黒銀の印箱を開いた。


 中から出てきたのは、

 新しい印だった。


 黒銀の地に、

 車輪と槍と鍋。


 その下に、細い街道線。

 そして、青銀の司令部紋。


 かなりいい。

 かなり重い。



「カイル・ルーヴェン」


「はい」


「第八市塞の補給と市場だけでは、もう肩書きが足りん」



 クルトは印を差し出した。



「北街道管理権委任に伴い、この印を預ける。現場呼称で良い。お前は今日から、街道主だ」



 悪くない。

 どころじゃない。

 かなりいい。


 俺が印を受け取ると、

 その重みが、掌へちゃんと落ちた。


 街道主印。

 具体物として強い。


 好きだ。

 かなり好きだ。

 セレナが、その横で槍を鳴らした。



「聞いたな」


「はい!」



 ノイルが全力で返す。



「補給主任、また出世してます!」


「少しだけです」


「街道主ですよ!?」


「見ればわかります」


「すごいなあ!」



 ガレスが肩を揺らした。



「夢がねえ肩書だと思ってたが、言ってみると悪くねえな」

「かなり好きです」

 俺が答える。

「知ってる」



 クルトはさらに、もう一つの紙を机へ置いた。


 灰脈採掘権。

 地下兵站庫管理権。

 旧北宿場運営権。

 常設護衛認可。

 宿泊営業許可。


 かなり好きな字面だ。

 ミレイユが、半分本気の顔でため息をつく。



「補給主任」


「何です」


「嫌いです」


「珍しいですね」


「そんな紙、商人が嫌いなわけないでしょう」


「好きです」


「かなり」



 彼女はすぐに帳簿箱を抱え直した。



「第八街道宿、正式開業でいきましょう」


「早いですね」


「印がある日に値札をつけないのは、怠慢です」


「好きです」


「知っています」



 俺はその場で、新しい木札を作る。


 第八街道宿

 荷車宿。

 寝台。

 毛布。

 浴場。

 鍋。

 保管庫。


 そこへ、さらに一枚。


 街道主印押捺済み

 正規税率

 宿台あり

 湯あり

 修理あり


 エルザが、思わず吹き出した。



「欲張りね」


「かなり」


「嫌いじゃないわ」



 隊商主たちの何人かは、

 その場で銀貨を追加で出した。



「今夜の宿も押さえる!」

「北便の帰り分も札を!」

「毛布、二枚追加!」

「護衛分の湯札も!」



 幸福が、

 今度は列じゃなく、

 予約になって寄ってくる。


 強い。

 かなり強い。


 その時、クルトがヴォルグの黒箱から銀貨を一掴み取り、

 俺に渡した。



「何です」


「不正徴税の即時返還分だ。好きに使え」


「かなり好きです」


「知っている顔だ」



 俺はその銀を、その場で三つに分けた。


 一つは、破損札返還机へ。

 一つは、北関所本門開通祝いへ。

 最後の一つは、橋上の夜番手当へ。



「今日から三日、北関所夜番は銀貨一枚追加!」



 どっと沸く。



「それと、開通祝いで今夜の鍋は肉増し! 荷車宿の宿客には毛布一枚追加!」


「補給主任!」



 ノイルが本気で叫ぶ。



「好きです!」


「知っています!」



 マルタが鍋杓子を振り回す。



「肉増しなら、塩も増やすよ!」



 ベリクが槌を上げる。



「宿場の鍵が正式なら、寝台の追加を打つ!」



 ロドも負けじと叫ぶ。



「荷車宿二列目、今夜から組むぞ!」



 いい。

 勝ったその日のうちに、

 飯と寝床と夜番手当になる。


 これが強い。

 かなり強い。

 そして、そのすべてを、

 ヴォルグは橋の端で見ているしかない。


 自分が高く取って、

 何も返さなかった道。


 そこが今、

 安くて、安全で、風呂があって、鍋が出て、夜番に銀までつく道になっている。


 かなり最悪だろう。

 かなり気持ちいい。


 夕方。

 北関所本門の柱へ、

 新しい大板が打ちつけられた。


 第八街道関

 その下に、小さく。

 第八街道宿 前方右

 第八市塞 前方直進

 浴場・荷車宿・修理場あり


 ノイルが、その板を見上げたまま呟く。



「補給主任」


「何です」


「街道まで取ったんですね」


「ええ」


「砦の次、市庭で、その次は市塞で……」


「今は街道です」


「すごいなあ」


「かなり」



 セレナが、橋の真ん中へ立った。


 槍を肩へ担ぎ、

 新しい街道主印をこっちへ一度だけ見せる。



「聞け!」



 橋の上が静まる。


 隊商も、

 商人も、

 兵も、

 職人も、

 歩荷も、

 湯上がりの行商娘まで。



「第八砦は死ななかった。第八市庭は燃えなかった。第八市塞は飢えなかった。そして今日、この男が北街道を開いた」



 彼女は、槍の穂先で俺を示した。



「街道主カイル・ルーヴェン。この道は、今日からこいつの印で回る」



 強い。

 かなり強い。


 一瞬の静けさのあと、

 槍の石突きと鍋杓子と車輪枠と、

 あとよくわからない毛皮商の手拍子まで混ざって、

 橋の上に音が広がった。


 いい音だ。

 かなりいい音だ。


 その時だった。


 ハルン爺が、灰脈の鉄板図を抱えて橋へ上がってきた。

 後ろにはシュラークもいる。

 二人とも、妙に面白い顔をしていた。



「市塞主」


「街道主です」



 ノイルが横から言う。



「どっちでもいい」



 ハルンが切って捨てる。



「当たりだ」



 好きだ。

 かなり好きだ。


 鉄板図の裏へ、

 新しくこすり出した文字があった。


 主幹庫よりさらに下。

 細い線。

 封鎖印。


 そして、その先に書かれている。


 零号軍械庫

 投車機

 重弩

 魔鉄槍束

 国境戦争予備兵装

 封印鍵別置


 空気が、少しだけ変わる。

 ノイルが目を丸くする。



「……軍械庫?」


「ええ」



 俺が答える。



「しかも、零号です」

「それ、すごいんですか」


「かなり」


「好きです!」


「知っています」



 クルトまで、そこで初めて少しだけ口元を上げた。



「街道を握った次は、それか」


「ええ」



 俺は鉄板図を見下ろす。



「道の上はもう流れ始めたので」


「欲張りだな」


「生活がかかっているので」


「知っている顔だ」



 ミレイユが、静かに言う。



「補給主任」


「何です」


「次は、武器まで寄ってきますね」


「たぶん」


「好きです」


「知っています」



 橋の向こうでは、

 まだ列が伸びている。


 湯が湧く。

 鍋が煮える。

 宿が埋まる。

 税箱が重い。

 街道主印が手の中にある。


 最高だ。

 かなり最高だ。

 第八砦はもう、

 追放された補給係の逃げ場じゃない。


 第八市庭ですら、もう足りない。

 第八市塞だけでも、まだ足りない。


 ここから先は、

 北街道を通る人間と荷と金と、

 その下に眠る国境戦争級の軍械まで、

 全部こっちへ寄せる番だ。



「全員聞け!」



 俺は北関所本門の真ん中で声を張った。


 隊商が振り向く。

 商人が顔を上げる。

 兵が笑う。

 職人が槌を止める。

 ノイルは最初からこっちを見ている。



「第八市塞は、今日から北街道を回す! 宿も、湯も、鍋も、税も、こっちで回す! その上で、次は零号軍械庫を開ける!」



 ざわめきのあと、

 今度は橋そのものが鳴るような音で、

 歓声が広がった。


 いい音だ。

 かなりいい。


 道を取った。

 税を取った。

 宿を取った。

 肩書きまで取った。


 だったら次は、

 その道の下に眠っている、


 戦争級の当たりを取りに行けばいい。


 ――第三章・灰脈地下兵站庫編 了


 ――――


 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!

 第3章「灰脈地下兵站庫編」はここで一区切りです。

 街道を通るだけの立場から、街道そのものを握る側へ上がれました。

 宿も、湯も、税も、道も、全部こちらで回せるようになりました。



 もし

「ここで★を入れるしかない」

「街道を取る流れ、かなり好き」

 と思っていただけたら、応援の★をもらえるとすごく励みになります。



 反応があるほど、この先の伸ばし方をさらに太くできます。

 次は、零号軍械庫を開いて、護衛団と兵装を本格的に回していきます。

 “道を握る”の次は、“武力と給料で道を染める”章です。ぜひ次章もよろしくお願いします!

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