第34話 リーリャ、フィルマと戦う

 レネットから少し距離を開けるため、家の近くの芝生が生えているエリアから地面が土になっているエリアまで移動した。移動したと行っても少し歩けばたどり着けるわけで、そんなたいそうな物ではない。


「ウチは聖女ニャから、まあ剣はあんまり使わないんニャけど、それでもずっと訓練はしていたんだニャ」


 リーリャはそう言って近くに落ちていた20センチほどの小枝を拾うと、自分の周りに半径1メートルほどの円を描いて、その小枝で数回素振りをした。


 しなやかにしなる小枝は、リーリャが空気を切る度にヒュンッといった音を出し、リーリャはその音を聞くと満足そうに頷いた。


「じゃあフィルマに1分間時間を上げるニャ。ウチはこの円から出ないし、小枝一本だけで戦うニャ。その間に、一発でもウチの体に当てられたらレネットの勝ち、当てられなかったらウチの勝ちニャ」

「……さすがに俺を舐めすぎでは?」

「別に舐めてないニャ。まずは様子見ニャから、実力を測るためには、ウチがあまり逃げたらダメニャし、ひたすらに打ち合うのもダメなんだニャ」

「そうか。ならちょっとやってみる」


 少し怒ったような表情をしていたフィルマは、リーリャの説明を聞いて腑に落ちていないような表情を見せながらも、先ほど与えた刃引きされている片手剣を握る。


 フィルマが今持っている片手剣は重さがそこまでない。そのためなんとか誤魔化せているが、構えた姿勢はお世辞にも良いとは言えない。


 脇は開いて、腰は引いて、剣を体の真ん中のラインで構えている。隙が多い、動きにくい、安定しない。普段は短剣を使っているとのことだったが、この様子だと誰からも教わったことはないだろう。


 一から教えないといけない。


「いつでもどうぞ」


 リーリャはやさしくフィルマに微笑みかけながら、何の変哲もないただの木の棒にうっすらと魔力を流す。フィルマは魔法が使えないわけだから不公平かもしれないが、刃引きされているとは言えさすがにただの木の枝でその攻撃を防ぎきれるわけはない。


 ただそれよりも、しっかりとした剣で木の枝に勝つことができなかった。その意識を埋め込むことが大事なのだ。






 力一杯に地面を踏み込んだフィルマは、剣を己の右肩方向へと振り上げると、そのまま一直線にリーリャの元へと飛び込んでくる。


 かすかな風になびくリーリャの髪の隙間から、土がこすれる音が耳に届き、豊かな土の香りは、剣を持って向かってくる小娘からのプレッシャーなど、容易にかき消してしまうものだ。




 片手剣とは、片手で持つから片手剣なのであって、あのように両手で持っては片手剣とは呼べないだろう。両手剣(小)という表記で販売されているならば、その姿に納得できたものだろうが、あいにくリーリャはその武器を片手剣として購入している。


 フィルマ自らの肘により遮られた彼女の視界は、リーリャの左足が斜め後ろ方向へと下がるのを隠してしまう。胸を借りるつもりで文字通り胸に飛び込んでくるのであれば、それはリーリャの恋人の胸と同じく、当たりに行ったところで大きな反応は得られないだろう。この場合はそもそも当たらないだろうが。


 斜め上から斜め下へ、重力に任せて力一杯振り下ろされるフィルマの剣は、短く少し湾曲した木の枝に当たると、その枝の薄皮を削ぐかのように止まることなく受け流される。


 さっと枝にささくれを作った剣はそのまま地面に向かって落ちていく。同時に体を大きくひねらせたリーリャの影響もあり、フィルマの体は大きく前のめりに傾いてしまた。


 右足で強く踏み込んだフィルマの体を、少し浮き上がった彼女の左足が支えることはなく、地面へ向かう剣と等しく、フィルマの顔も地面へと近づいてしまう。


 しかし倒れることはない。そんなフィルマのことを、いつの間にか木の枝を右手から左手に持ち替えていたリーリャの腕が優しく支えてしまうからだ。


「1分もいらなかったニャね」

「――んぐぅ……」


 竿に干された洗濯物のように、ぐでっとつり下がるフィルマの口から、小さく声が漏れた。そしてしばらくして、一粒の水滴が地面を濡らすと、フィルマは剣を放り捨ててそのままログハウスへ向かって駆けだしてしまった。


「あちゃぁ……、やり過ぎたかもニャ……」


 その後を追うことはなく、落ち着いて捨てられた剣を拾い上げる彼女の視界の隅で、レネットが口をあんぐりと開けながら、炎を出し続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る