第4話 頭の痛い日々の、始まり

 俺の頭痛の歴史は、食堂から始まった。

 入学初日の昼食。

 俺は完璧な計画を実行しようとしていた。

 計画の名称は「セリアを孤立させる作戦 第一弾」。

 食堂でセリアが座ろうとした席を横取りする。それだけだ。

 シンプルで確実で、悪役らしい嫌がらせだ。座る場所を奪われれば、セリアは居場所をなくす。昼食を一人で彷徨うことになる。孤立する。

 完璧な計画だった。

「クロード」

「はい」

「食堂の席について、何か知っていることはあるか」

 クロードは少し考えてから、口を開いた。

「食堂の奥の席は、冬になりますと暖かく——」

「それは関係ない」

「左様でございますか」

「今は席を奪うことに意味がある。セリアが座ろうとした瞬間に横取りする。それだけだ」

「はい」クロードは静かに言った。「ただ、どの席を横取りするかは、セリア様が選んでから決まるわけでして」

「そうだ」

「つまり——セリア様がどの席を選ぶか、先に把握していなければ間に合わないかもしれませんが」

「……食堂に早めに入って、セリアの動向を確認する」

「なるほど。では若様は、セリア様を監視するために食堂で待機されると」

「敵情視察だ。監視とは言うな」

「はい、失礼いたしました」

 クロードの声は、いつも通り静かだった。

「……黙れ」

「何も言っておりませんが」

「顔で語るな」

「はい」


 ---


 昼食の時間、俺は食堂に早めに入って、入り口近くに立った。

 セリアが食堂に入ってきた。

 トレーを持って、席を探している。きょろきょろと食堂を見回して——窓際の、柔らかな光が差し込む席を見つけた。

 表情が、ほんの少し明るくなった。

 あの席がいい、と思ったのだろう。

 俺はセリアより先に動いた。

 スタスタと歩いて、その席に座った。

 セリアが近づいてきて——俺を見て、止まった。

「……あ」

「なんだ」俺は冷たく言った。「用か」

「い、いえ……その席に座ろうと思っていたのですが」

「俺が使う」

「……はい、失礼いたしました」

 セリアは素直に引いた。

 よし。シナリオ通りだ。

 俺は内心でガッツポーズをした。

 完璧だ。今日の作戦は完璧だ。セリアは居場所をなくした。これで——

「若様」

 クロードが耳元で静かに言った。

「セリア様が向かわれた席ですが」

「なんだ」

「食堂で最も暖かく、最も静かな場所でございます」

「…………」

「奥まった位置にあるため、喧騒からも離れておりまして。上級生の間では密かに人気の席なのですが、入学したばかりの新入生には場所がわからないため、いつも空いているんです」

「…………」

「若様が窓際の席を横取りしてくださったおかげで、セリア様はその席に辿り着けたわけで」

「黙れ」

「はい」

 俺は前を向いた。

 セリアは奥の席で、トレーを置いて座っていた。

 窓から柔らかな午後の光とは違う、落ち着いた間接光が差し込んでいた。静かで、暖かそうだった。

「…………」

 完璧な計画だった。

 どこで間違えた。

「若様、お食事が冷めますよ」

「……わかっている」

 俺は視線を手元に落とした。

 窓際の席の料理は、確かに見栄えが良かった。

 ただ——窓の隙間から、細い風が入ってきていた。

 今はまだ秋だ。だから大したことはない。

 ただ、冬になれば——

「……黙れ」

「何も言っておりませんが」

「顔で語るな」

「はい」


 昼食が終わった。

 俺が席を立って食堂を出ようとしたところで、背後から声がかかった。

「あの——ヴァルロス様」

 振り返った。

 セリアだった。

 トレーを両手で持って、俺の後ろに立っていた。頬が少し赤い。目が真剣だった。

「なんだ」

「先ほどは、ありがとうございました」

「……何の話だ」

「おかげで、とても静かで暖かい場所で食事ができました。一人でも全然寂しくなくて——本当に、ありがとうございます」

「俺はお前の席を——」

「では、失礼いたします」

 セリアは深々と頭を下げて、食堂に戻っていった。

 俺はその背中を見送りながら、静かに息を吐いた。

「……若様」

「黙れ」

「はい」

「一言も喋るな」

「はい」

「三分間」

「……はい」

 俺は廊下を歩き出した。

 頭が痛かった。

 入学二日目にして、すでに二回感謝されていた。

 このままでは——シナリオが壊れる。どこで死亡フラグが立つかわからなくなる。それだけは避けなければならない。

 次こそ、完璧にやる。

 次こそ——

「若様、三分経ちました」

「……まだ喋るな」

「はい」


 ---


 その日から、俺の頭の痛い日々が本格的に始まった。

 翌日は魔法の授業で対決を迫った。

 セリアを衆目の前で恥をかかせるつもりだった。

 ところが俺の魔法が規格外すぎて、授業がそのまま俺の研究会になった。教師が「若様、もう一度!」と目を輝かせ、生徒たちが前のめりになる中、セリアだけが一番近くで俺の魔法を見ていた。

 翌々日、授業の後でセリアが言った。

「ヴァルロス様の魔法のおかげで、理解できなかった部分がわかりました」

 三回目だった。

 その次の日は図書館で試みた。

 セリアが使おうとしていた席の隣に陣取り、わざと大量の本を積み上げて圧迫感を出した。

 ところが積み上げた本の中に、セリアが探していた希少な魔法書が混じっていた。

「ヴァルロス様、この本をお使いにならないなら、少しだけ見せていただけますか」

 断れなかった。

 四回目だった。

「若様」

 ある夜、クロードが言った。

「最近、お顔の険しさが増しておられますね」

「……そうか」

「何か、お悩みでしょうか」

「悩んでいない」

「左様で」

「ただ——」

 俺は天井を仰いだ。

「どうして毎回こうなるんだ」

 クロードは少し間を置いてから、静かに言った。

「若様は、セリア様を困らせようとしておられます」

「そうだ」

「ですが——若様がセリア様を困らせようとするためには、若様がセリア様のことをよく観察していなければなりません」

「……それが何だ」

「セリア様がどこに座るか、何を探しているか、何を必要としているか——それを把握しているからこそ、嫌がらせの計画が立てられる」

 俺は黙った。

「そしてその観察の結果が——毎回、セリア様の助けになっております。これはすごいことです」

「…………」「研究が足りないな」

 俺は口を開いた。

「監視だ。敵情視察だ」

「はい」

「今できることはそれしかない」

「はい」クロードは静かに言った。「わかっております、若様」

 わかっております、という声が——どこか、わかっていない声に聞こえた。

「……黙れ」

「はい」

 俺は天井から視線を落とした。

 明日こそ、完璧にやる。

 明日こそ——本物の嫌がらせをやり遂げる。

 感謝される隙など、一切与えない。

 俺は悪役だ。悪役として、この世界を生き延びる。

 決意は固かった。

 完璧だった。

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