魔術師リュシーの目的 2
あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。何の情報もないこの部屋で唯ひたすらに出ない答えを探し続けている。
手首につけられたこの枷もどうにか外せないか試してみた。まずは本当に魔法が発動できないのか魔力を練って放出してみるも、キィィンと何かが弾かれるような音とともに打ち消される。それは属性魔法は勿論の事、非属性魔法もまた然り。これでもかと持てる魔力の大半を練り込んだ魔法でさえも弾かれてしまい、魔力残量も乏しくもう散々だ。ならば物理だと思い無理やり引っ張ってみたり、ベッドの角にぶつけてみたりするも、全て虚しい結果に終わってしまった。こればかりは女性の力でどうにかなるものではない。
全く変わらない状況に少しの焦りを覚える。魔法が使えなければ、一人で脱出する事は難しい。かと言って、私の位置がわからないのであれば助けが来るというのもすぐには難しいだろう。魔力感知できるジョエル様やグスタフ様が気づいていないとなると、この枷には感知を妨げるようなそんな役割もあるのだろう。
枷さえ外せれば減ってしまった魔力でも魔力信号を飛ばし気づいてもらえるかもしれない。……でもこの時代に魔力信号という概念はあるのだろうか、ふと不安になったがナフタック様もいる、気づいてくれるはずだ。それにライトでもいい。とにかく魔力信号や属性魔法を飛ばすくらいならばまだ魔力も残っているのだ。
そんな時だった。突然床に魔法陣が浮かび上がり現れた光の塊が人になった。リュシーだ。
「すごい! すごいですよ!!」
興奮気味にそう言って着ていた外套を雑に脱ぎ捨て持っていた小さな荷物も投げ置いた。不敵な笑みを浮かべるその頬には赤黒い何かが擦れて乾いている。
「思っていた以上だ。別の場所で用事を済ませていたら入ってきた情報に驚きました。騎士団が貴方を探している、と。予想通りだと思ったんです、ある程度は捜索隊が出て人数がこちらへ向くと。するとどうでしょう……報告によると騎士団長様であるフランツ・グスタフ、副団長のルシウス・ボルド、こちらが警戒していた黒髪の騎士等、主たる戦力が貴方の捜索をしてると言うではありませんか。ふはは、アリシア嬢、貴方一体何者です? まるで王女でも誘拐したような騒ぎじゃないですか」
それだけ大きな戦力が動いていて計画が邪魔されそうなのであれば怒るべきところだろうに彼は悦に入ったように話し続ける。
「それに、銀髪の騎士も居たようなんです。今度はちゃんとフェジュネーブの騎士服を着て。最高じゃないですか、当初の目的を上回って達せた上に、貴方まで見つけられるなんて」
「目的?」
「ええ、まぁ達成した事はもうどうでもいいんです。それよりも……私に話してくれるのでしょう?」
ギラギラと興奮した目。まずい、彼の目的もいまいちわからない。
ナフタック様を探し出す事? 騎士団を動かす事? 一体何がしたかったの?
纏まらない頭のまま、無理やり笑顔を作り彼に向ける。この枷が外れなければ、逃げる術もないのだ。だとすると……一か八か。
「リュシー様は魔力量の感知はできますか」
「いえ……私自身は行えませんがそれを測れる魔術具は持っています。それと貴方の魔法とどのような関係があるのです? 話を反らそうとしないで早く貴方の魔法について私に」
「ですから、お見せしようと思うのです」
見せる? と彼はあからさまに怪訝な表情を向けてくる。
彼はきっと魔法そのものへの興味が頭の大半を埋めているのだと思う。知らない事は知りたいし理解したい、そして優れた魔術師であるが故に自分も同じように実行したい。更には新しい事も発見したい。そう思っているのだろう。それ故に未知の領域で魔法を発動する私にかなりの興味を持ってるのだ。であれば見せればいい。きっと見てみたいに違いない。魔属性以外の全ての属性魔法が展開する様を。
「まだお伝えしてませんでしたね。私……魔属性以外の全ての属性魔法が使えるんです」
「全ての、属性……本当ですか!? そんなっ、馬鹿なっ、古代人ならまだしも現代においてそのような人間がいるなんてっ」
うんうん、私古代人だから。そう思ったが、ぐっと飲み込みにこりと笑ってみせた。
「貴方が居ない間にこの枷をどうにか壊せないかと持てる魔力の殆どをぶつけてみたのです。結果は……見ての通り惨敗ですが。ですので、私には貴方に害を与えるほどの魔力はもう残っておりません。おそらく魔力感知ができる人間でも広範囲からの感知はできない程の残量です。それが本当だと分かれば、この枷を外して欲しいのです。そうすれば、リュシー様が見せてくださったように掌の上で各属性をお見せすることができます」
「一人の人間が、全ての魔法を……それをこの目で……」
効果は抜群のようだ。雑に脱ぎ捨てた外套を踏み進み、近くに投げ置いた小さな荷物をガサガサと漁り一つの小さな球体を取り出した。その球体を自分の手首に軽く当てると不思議なことに青白く発光するのだ。
「よし」と小さく声にして手首から放す、動作確認だったのだろうか。
「見ての通り魔力に反応して光るものです。手首は魔力が通る場所なのでね、動作確認には丁度良いんですよ。残量を測るには心臓付近に当てる必要があるんですが……失礼」
気づいたときにはブラウスのボタンは数個飛んで胸元が開けコルセットが露わになっていた。
「ふぇ!?」
突然過ぎてよくわからない声を発してしまうも、彼は気にもとめずに肌に直接球体を押し当てた。ひんやりとしたその感覚にビクリと小さく体が跳ねる。
「おや、可愛い反応だ。魔力も……ほとんど無いというのは本当のようですね」
「嘘などついておりません。突然このようなこと……」
「ふふ、失礼。一刻も早くこの目で魔法を見たかったもので」
彼はそう言うと球体をズボンのポケットに押し込み、鍵のようなものを使って手首に掛かっていた枷を外した。
枷の掛かっていた手首は物理でどうにかしようとした事もあり赤擦れて少しだけ血が滲んでいた。それを見つけたリュシーが私の手首を手に取る。
「おや、これは大変だ。綺麗な肌に傷がついてるではありませんか」
自分で治せるので問題ない、そう思ったその瞬間。手首はそのまま彼の口元に運ばれ、覗いた赤い舌がペロリと傷口の血を舐め取った。全身にゾワリと悪寒が走り、勢いよく自身の手を引き戻す。
「へぇ、血は同じ味なんですね」
――今、舐めた? 私の手首を、血を? キモチワルイ。
同じ魔術師で同じ人間なはずなのに、魔法に関してのこの執着。早くこの場を離れたい。思わずキっときつく睨みつけてしまった。
魔法信号を今すぐ放ちたいが、もう少し、もう少しだ。油断をさせて彼が私から目を離したその瞬間に。
「リュシー様、おやめください。私の魔法を見たいのでしょう?」
「すみません。あまりにも美味しそうだったので、つい」
不敵に上がる口角、視線を感じボタンが飛んだブラウスの胸元部分を左手で手繰り寄せた。
大きく深呼吸をする。
「……では、お見せします」
それだけ伝えて、私は右手を前に出した。
ゆっくりとオドを練り込んでいく。掌の上にほんわりと光を放つ小さなライト。その光は小さな炎へ変わり、水、風、そして砂……そこまで変わってその砂がまとまり光を放ちだす。
「魔属性の闇魔法以外、以上が私が扱える全ての魔法です」
やはりかなり魔力量が減っていたようだ。掌の上で他属性を展開しただけなのに無意識に小さく息が上がる。
ふとリュシーの反応が無い事に気づき視線を上げた。そこには興奮を隠すことなく今にも飛びかかってきそうな程の彼が居た。枷を外してもらう事には成功したけれど、彼の魔法に対しての執着を甘く見すぎていた。正直そんなつもりはなくかなりの執着心だと思っていたのだけれど、結論としてはその遥か上を行くものだったのだ。
そう、これは完全に悪手だった。
「すごい、すごいよアリシア嬢。でも信じられない、やはり体に魔法陣を埋め込んでいるのでは? 一体どうなっているのですか。私と何が違うのですか。……見せて、見たい、隅々まで。ああ、やはり血なのだろうか? だとすると貴方をこのまま囲うべきだろう。私だって魔力量は多い、その血を私と残す事も魔法の解明に役立つではないか。魔力量に関わらず他にも色んな血を混ぜるのもいいかもしれない。素晴らしい、素晴らしいです、アリシア嬢! 今すぐに貴方を堪能させて欲しい」
「やっ、リュシー様、落ち着いてくださいっ」
興奮にハァハァと荒い息のまま彼の視線が千切れたスカートから覗く足に注がれるのがわかった。
不気味につり上がった口角。危険を感じて足元を片手で隠し身構えるも、あっけないほどに腕を捕まれ次の瞬間にはベッドに放られた。
まずい。
できるかぎりの魔力を振り絞って素早く魔力信号を打ち上げる。私には見慣れた細い光、彼にはなけなしの抵抗に見えたのか、魔法には触れずそのまま私のブラウスを力任せに開いた。残っていたボタン全てが千切れた飛んだ。
見えている肌を隈無く確認するように首筋、デコルテ、腕、手首、指先と指でなぞりながら視線を移していく。
「いやっ! んっ、魔法陣なんっ、て、ありません!」
「人の目に触れない場所に隠しているのは?」
彼の手がスカートに掛かった。元から千切れていた片側を力任せに大きく千切り捨てた。太股に彼の息がかかる。抵抗も虚しくコルセットとドロワーズ姿を見られ、恥ずかしさと恐怖に涙が頬を伝った。
「涙を流して、可愛いですね。大丈夫、魔法陣がないのならば血を残す為にもちゃんと優しくしますから」
「お願いもうやめてっ。魔法陣もない、血も全く関係ないんです! だからお願いっ」
「ああ、そんなに泣かれては困りますよ。だって余計に興奮してしまうじゃないですか……抑えようと必死な私を煽るなんて……悪い人だ」
にっこりと気持ち悪い程の笑顔を向けられた。
私の頬を流れた涙を彼の指がなぞる。そして味わうかのようにペロリと指についた涙を舐めた。滲むし視界に映る男はハァハァと荒い息づかいで嬉しそうに頬を染めている。ゾワリと気持ちわるさが全身に広がる。
触れられる感覚が足首から太股へ這い上がってくる。
「んぅ……いやぁ、も、やめてっ」
「んーないですねぇ」
もう嫌だ、怖い、触らないで……やめて……
助けて……――ルシウス様!
「うわ!! なんだ貴様ら、ぐわっ!!」
突然、遠くの方から大きな物音と男の人の叫び声がした。
「アリシア!! いるのか!!」
「っ!! ルシウス様!!」
私を呼ぶその声は間違いなく彼の声で。状況は全く変わってはいないのにルシウス様が来てくれたというその事実に安堵し涙が次々と溢れ出る。
「チッ。どこで知ったんだ? 折角魔力の秘密を暴こうとしていたのに」
リュシーは私の上から退きながらブツブツと喋っている。騎士団が来たというのにさして焦るでもなく、ゆっくりとベッドから立ち退いた。
「その扉には物理は効きません。もちろん現存する全属性を弾き返す術式も組んでいます。さあ、アリシア嬢。ここでは集中できないので私の屋敷に案内致します。何度か移動しますが負担はないはずです」
先程放られたベッドから今度は腕を引かれる。精一杯抵抗するも男性の力には敵うわけもない。
「いや!! 放してっ!」
「そんなにここで暴かれたいのであれば、そうしますが? 扉の前の騎士には指を咥えて待っていて頂きましょうか?」
「……へぇ。
扉の前からジョエル様の冷たい声が聞こえた。次の瞬間には扉はまるで元からそこに存在しなかったかのように消えていた。
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