第4話 孤児院の生活
朝の
一夜明けて、俺は自分にあてがわれた二階の男子寮の一室で寝ていた。
思っているよりも疲労していたようで、昨日は横になった瞬間に意識を失っていたらしい。
俺以外にも似たような孤児たちが同じ居室に寝泊まりしている。ルームメイトは近しい年齢の同性で組むことが慣例のようだ。同室の彼らはほとんどが寝ていたが、まだ寝ている者もちらほらいた。
ベッドから抜け出して、窓辺へ近づいた。
カーテン越しに早暁の白い光が漏れている。
窓の景色には、大きな河川が照り輝いていた。たくさんの帆船や小舟が停泊している。
タオソン町は丘陵地帯から海へ流れる、大きな河川の沿岸に位置する小さな街だ。
小高い丘の上にある孤児院からは、すでに荷積みに勤しむ船乗りや洗濯の水汲みに向かう主婦などがよく見える。この町で繰り返される日常なのだろう。
俺は扉から出ると階下に降りていった。昨日、鑑定が終わった後に色々とこの孤児院で生活するうえでの規則を教えてもらったことを思い出しながら。
自分たちでできることは、自分たちでやる。それがこの孤児院のルールだった。
配膳や盛り付け、掃除、洗濯の当番があり、日付ごとにローテーションが行われる。また、薪割りや水汲みなどの力仕事は上の年齢がやるらしい。
時期によっては畑仕事や町でボランティアのようなこともするらしい。ちょうどそろそろ小麦の刈り入れ時なので、近々は農家の手伝いに向かう予定があると言っていた。
孤児院の中は小さな社会だ。子供たちはそれぞれの役割を割り振られ、役割に伴う責任を覚えていく。
もちろんシスターや職員など大人の使用人もいる。火を使う料理や食材の調達をしたりするのは流石に子供に任せるわけにはいかないだろう。
一階の食堂にはすでに子供たちが集まってきていた。
「おはようございます」
「おはよぉ」
「んー」
「おはようございまーす」
「ねむい……」
シスターの女性と朝の挨拶を交わしながらたくさんの少年少女が食堂に入っていく。
俺もその波に続いた。
食堂の一角で当番の子供が盛り付けている。食器を乗せたトレイを持って、彼らの前に並んでいく。
食事はあくまでも質素なものだ。パン一切れとチーズ二欠片、ふかした芋のようなもの、それに何かのミルク。これはヒツジだろうか?
座る位置は自由らしいので、日当たりの良さそうな窓辺にした。
食前の祈りまでにはまだ時間がある。私語でがやがやと騒がしい食堂をなんとなく眺めていると、俺の隣に誰か座った。
「なあ、シロってお前か?」
ダークブロンドの色を持つ短髪の少年だった。俺よりは少し背が高く、体つきもしっかりしていた。
「あ、うん」
「シスターからお前に孤児院を案内しろって言われてるから。食い終わったら一緒に来いよ」
「わかった」
「ああそれと、アランな。僕の名前」
ぶっきらぼうに言うと彼は大きくあくびをした。
しばらくすると食堂に全員が揃い、院長代理のシャーロットの号令とともに食前の祈りが捧げられた。この国が信奉する豊穣の女神オーガスタへの感謝を示すものだ。
元の世界では宗教こそあったが、神や天使は架空の存在だと思われていたし、実際そうだった。しかしこの世界には本当に神がいるようで、これまでも何度か下界に顕現したこともあったという。できれば関わりたくはないと思った。
食事は三十分程度で終わった。この後は、午前の作業──主に掃除や洗濯、水汲みなどの生活雑用を昼間まで行うらしい。
アランは俺の肩を叩くと、食堂の外へうながした。
俺たちは食堂からエントランスへ歩いていった。
「アランはいつからここにいるんだ?」
「四年くらい前かな。五歳の頃にお袋がくたばってここに来た」
ということは今は九歳か。確かに外見もそれくらいだ。
玄関口の広間まで来た。左右に回廊が続いていて、二階に続く階段があり、正面には中庭に出入りする扉が見える。
「うちの孤児院、ボロいけど結構広いから最初のうちは迷うかもな。変に入り組んだ場所もあるし。まあいいや、とりあえず一階から行くか」
アランは、正面玄関から見て右手側──反時計回りで院内を紹介していった。
孤児院は、中庭を中心としてぐるりと回廊が囲んでいる構造になっている。その回廊に沿って外向きで様々な部屋が存在するようだ。
「まずは学習室。昼食が終わったらみんなここに集まって勉強する。席は年齢ごとに決まってるけど……お前いくつだ?」
「六」
「なら一番手前の列だな。やることは文字の読み書きとか簡単な計算とか……まあ詳しいことはシスターが教えてくれるよ、たぶん」
そう言ってアランはさっさと次の場所へ歩いていく。そこまで丁寧に教えてくれるわけではないらしい。
次に立ち止まった場所は学習室のすぐ横、同じような扉が二つ並んでいる。
「トイレだ。スライム式って使ったことあるか?」
「いや」
そもそもスライムとは何だ? 疑問に思って穴の中を見てみると、ゼリーのような半透明の粘液が底のほうにへばりついていた。
「僕たちの
「……」
魔物の一種なんだろうか。分解力は高いようで、そこまで臭うわけではなかった。
この世界の人間は魔物を倒すだけでなく、彼らの生態や機能を利用しているらしい。
トイレの扉から少し歩くと、今度は大きな両開きの扉の前に来た。
「こっちは礼拝堂。普段は週明けの朝にしか使わない。三回寝坊したら反省室行きだから気をつけろ」
次の扉の前に立つ。他のそれと違って厳かな雰囲気があった。
「ここが院長室、バリーさんの部屋だ。まあ僕たちには無用の場所だな。普段はシャーロット……院長代理が使ってるよ」
バリーの本業はあくまでも副牧師だ。
普段は教会に務めており、牧師館で生活している。なので彼が孤児院に姿を表すのは珍しいという。
孤児院の管理は主に院長代理のシャーロットが主導していた。
掃除中の子供たちとすれ違いながら、回廊の突き当たりに向かう。。
「職員部屋。ここも使わないけど、シスターに用があるならここに来れば一人か二人はいるかな」
そのまま回廊を左に曲がる。薬草の匂いのようなものが香ってきた。
「医務室だ。腹下したらここに来い。シスター・エルザが魔法で治してくれるぜ」
あんまり効果ないけどな、とアランは付け加えた。どうやらそこまで腕が良いわけではないらしい。
医務室の隣に外へ続く裏口があった。俺たちは石段を降りて外へ出る。
「裏庭……ていうか畑だ。小さいけど、みんなで野菜を育ててる。ただ、あんまり土が良くないみたいで大したものはできないけど」
少量ながらも豆や芋などを自家栽培しているらしい。彼の言う通り、栄養が乏しいのかほとんどが痩せ細った実をつけている。
裏庭から戻ると、そのまま次の回廊の角に向かった。
「倉庫。掃除道具とか農具とか、色々入ってる。当番の時はここから持っていっていいぜ。ただし壊したり失くしたら反省室だから気をつけろよ」
最後にアランは中庭へ降りていった。
「で、中庭。井戸水を汲んだり、洗濯したり、大体はここで作業する。日当たりが悪いから干すのは表庭だけどな」
中庭への入り口は四か所あり、回廊のそれぞれの廊下から石段で下りられるようになっていた。中心には幹の太い大木が葉を茂らせており、大きな木陰を作っている。
この時間には子供たちの多くがここで作業しているようで、洗濯ものを抱えたものや水桶を提げたものなどが見えた。
「じゃあ次は二階に──」
「よお、アラン」
俺たちが中庭から出ていこうと踵を返したその時、一人の大柄な少年がずかずかと歩いてきた。彼の口元には意地の悪い笑みが張り付いている。
アランは振り返ると、何か後ろめたそうな顔をしながら名前を呼んだ。
「コール……」
二人の間には、不穏な空気が漂っていた。
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