城壁の街、アクロフォリア。
白い石の並んだ街並み。柱には規則的に直線の溝が彫られているだけで、壁はまっさらな四角い石。一見、幾何学的な何かの訴求に見えるそれは、ただ、石の寿命を縮めないためだった。
直線以外を彫る事は愚行とされ、嘲笑の的でさえあった。
そんな街が、数年後、まったく違う姿になる。
美しい自然や人々の物語が彫られた、美しい白い石畳が街の通りの左右両端、『隣り合わせ』に並ぶ。
『パラリロス』は、この街を変えた一つの恋の話。
結ばれなかったと言うと嘘になる。
結ばれたと言っても嘘になる。
そんな愛を交わした、男と女の静かな物語。
終始、抑えた筆致で描かれ、多くを語らないこの二人の感情は、すべてこの石畳に吸い込まれ、石の寿命の限り残るのでしょう。
題名の意味に唸りたい方にお薦めしたい純文学。
この作品に並々ならない読後感を抱いてしまったのは、この作品の主人公である石工・ヤニスと、住宅建築に使用される石膏ボートを運搬する自身と重ねてしまったからだと思う。
石膏ボード。日本に住む方なら周知であろうことでしょうが、今一度共有させてほしい。それが本作を味わう一助になると私は確信している。
では自宅にいる皆様。壁や天井をご覧ください。はい、それが石膏ボードです。
石膏ボードは現代の住居建築物でほぼ100%使用されている内装下地材です。(木造に住む方はごめんなさい。)
防火、耐火、遮音性に優れた材料です。間取りを区切り、個人の空間を設け、家族と団欒する空気を整える。そして、雨風から私達を守ってくれる壁であり屋根、もっと広く言えば、恋人や夫婦、家族の思い出を築く居場所でもあります。
石膏ボードは皆様の日々の営みを、陰でこっそり支えている建材の一つなのです。
私は日頃から、住居を建てる職人さんに材料を運んでおります。木材であったり窓付きの戸であったり、傷つけずに運ぶのは中々の重労働です。
それでも続けているのは、職人さんからいただいた一言です↓
「俺達の仕事を覚えていてくれる人は多くない。残るのは完成品の家だけだ。建てた大工の名前なんて、覚えてくれる方が珍しい。だが、それでいい。俺達の作った家は数十年以上残り続ける。誰かの歴史を支える土台になる。それは誇らしいことだ。シケる顔してる暇があるなら手を動かすよ」
日常会話でしたので少し整えましたが、私の中でこの言葉は感銘を抱く強さを持っていました。
思ったように感謝されないかもしれない。どれだけの建築技術を振るっても、その技術を理解してくれるとは限らない。結果だけを欲して、作る過程を軽んじられる。苦い思いもするし、商売だから甘いことも言ってられない職人さん側の事情もある。
それでも、この言葉をくれた職人さんは今日も力強く、トンカチやら石膏ボードを加工して、また誰かの歴史を紡ぐ居場所を建てている。
私も、仕事の土俵は違えど、そんな在り方を目指したいと思えた格言です。
その職人さんの誇り高さが、本作の主人公と重なり、レビューを書いてしまう原動力にまで成長していました。
この作品【パラリロス】の魅力は、ひとこと紹介でも告げた通りです。
本来なら袖も触れ合わないほど離れた身分の男女が、石板に彫られた物語を通して惹かれあい、互いの境遇の中で揺れ動く。切ないけど胸が温まる物語です。
甘い恋も良いですが、少し硬派で奥行きのある大人の恋も悪くないですよ。オススメです。
最後にこれはレビュー主の願望ですが。
読後にぜひ、皆様自身の家の壁に手を添えて作り手の心を汲み取っていただきたい。
それは作品でも語られる、誰かの幸福を想い築き上げる、職人の魂の音であり、願いですので。
この作品で皆様の体温が優しさに温まり、残ることを私は願います。