仇花よ、狂い咲け

きょうじゅ

伯爵夫人

 北イタリアの小国フォルリの支配者だった夫が突如として暗殺されたとき、カテリーナ・スフォルツァは二十五歳だった。


 当時の北伊ロマーニャ地方には十以上もの小国が分立し、戦国乱世の様相を呈していた。カテリーナの出身のスフォルツァ家というのは、カテリーナの曽祖父の代に傭兵から身を興し、ミラノ公国の主にまでなった成り上がりの家柄である。その家に生まれたカテリーナは、当然のことながら政略のために、当時のローマ法王の甥であったフォルリ伯に嫁がされた。かなり年の離れた夫で、そして二人の間に愛らしい愛が芽生えることもなかったが、それでも二人の間には嫡男オッタヴィアーノが生まれていた。


 フォルリ伯の死の一報が飛び込んできたとき、カテリーナはオッタヴィアーノとともに宮殿の自室にいた。城はまもなく犯人たちの手で制圧され、自室の扉の前にバリケードを組んで籠城を試みようとしていたカテリーナもまもなく捕まった。引き立てられて広場に出たカテリーナの頭の上から、窓から放り出されたフォルリ伯の死体が降ってきた。すぐ民衆たちがその亡骸に群がり、着衣をはぎ取って広場を引き回し始めた。フォルリ伯は市民に重税を課していたために、民衆の人気が無かったのである。そしてカテリーナもまた、その死体に一瞥をくれただけで、特に涙など流しはしなかった。そのときカテリーナが考えていたのは、街のすぐそばにあるラバルディーノの城塞のことである。そこを守っている司令官は暗殺一味とは繋がりがなく、事件勃発直後にカテリーナが走らせた使者からの伝言で、城門を閉ざしての絶対死守を命じられていた。


「伯爵夫人。ラバルディーノ城塞を明け渡していただきたいのですが」


 暗殺一味の犯人はそう言って、カテリーナを脅した。カテリーナは言った。


「では、そのようにせよと司令官を説得してきましょう。私を城塞に入らせなさい」

「そのまま城塞内に逃げ込まれるおつもりなのでは?」

「息子をここに人質として置いていきます。私が約束を違えたら、そのときはオッタヴィアーノを煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ。司令官に一言命じるだけですから、なに、数時間もあればここに戻ってこれます」

「そうですか……そうまで言われるのでしたら」


 ラバルディーノ要塞は堀に囲まれていたので、カテリーナの命で跳ね橋が下ろされた。カテリーナが橋を渡る。そして、跳ね橋が再び引き上げられたあと、カテリーナは陰謀家たちに向かって、現代人の感覚でいえば中指を立てるのに相当する、下品極まりない侮辱のジェスチャーをした。


(くたばれ、阿呆ども)


 陰謀家たちはあっけにとられたが、城門が閉ざされてしまった以上は待つしかない。だがカテリーナは数時間どころか、翌朝になっても要塞から出てこなかった。それもそのはず、カテリーナは首尾よく窮地を脱したことを祝って司令官に酒宴を張らせた挙句、用意させた寝室でぐっすりと朝まで眠っていたのである。二日間も虜囚の身にあったので、流石にくたびれていたのだが、それにしても息子のことはどう思っていたのか。そのあたりのことも翌日には明らかになる。翌朝、一味の指導者がオッタヴィアーノを城塞の前に連れてきて、その喉元に剣を突きつけてこう叫んだ。


「伯爵夫人、出てきなさい! 子供の命が惜しくはないのですか!」


 さて、伯爵夫人カテリーナは城壁の上に姿を現した。起き抜けの姿のままで、髪も直さず裸足という恰好であった。そして寝間着の裾を、城壁の下の敵兵たちに見えるようにばっさりと自ら捲り上げ、こう言い放った。


「くそったれ。ここからあと何人でもひり出せるものが、どうして惜しいことがある?」


 これがカテリーナ・スフォルツァという女であった。

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