十五章 船の上でやること
翌日呉国へ向けて船に乗る事となり、茜達は智慎の案内で港まで来ていた。
「はぁ~。おれも一緒に釣りしたかったなぁ」
「二日酔いで倒れていたんだから仕方ないでしょ」
昨日大きなカジキマグロを釣り上げて帰って来た茜の様子に、羨ましいだのずるいだのと言い続けていた智和のご機嫌を取っていたのだが、今日も同じことを言われて溜息を零す。
「また今度一緒に釣りに行けばいい」
「そうだよ。だから元気出して、な?」
「はぁ~」
智慎も励ましてくれるので、同意するとおじの肩を叩く。しかし智和からは盛大な溜息しか聞こえてこない。
「そんじゃ、船に乗るぞ」
「あれ、これあたい達が乗って来た船と違う?」
彼の言葉に目の前に現れた船を見て首を傾げた。
「あぁ、曽我家が所有する船だからな」
「船まで所有してるの?」
智慎の言葉に茜は驚き目を丸める。
「わ~。凄い! 装飾があるし、大きいし、立派だ!」
「そうだろう! 何しろ元国一の船だからな!」
「あ~。元気が回復したみたいで良かったよ」
船の側まで駆け寄り瞳を輝かせて浮かれる智和。その様子に自慢げに智慎が答える。
茜はおじが元気になった事に安堵した。
こうして船に乗り込んだ三人は船内でくつろぐ。
「食堂や客室なんかもあるなんて凄いね」
「おう、来賓なんかを乗せて島をくるっと一周したりすることもあるからな、曽我家にとってこの船は力の象徴でもあるんだ」
「成る程ね~」
あっちこっち見て回って来たおじが話すと彼が説明する。その言葉に納得した茜は小さく頷いた。
「さって、ただのんびりお話するのもいいが長い船旅だ。すぐに退屈を持て余すだろう。っと言う事でこれでもやって時間を潰すぞ」
「これって、囲碁?」
「囲碁なんて難しいじゃないか」
智慎が取り出したのは囲碁で不思議そうに見詰める茜と、明らかに嫌そうな顔をする智和。
「森家は囲碁や将棋が得意だ。一つ勝負でもしないかと誘われた時に、簡単に負けてしまったらどうなると思う?」
「相手の思いのままに交渉が進むって事だな」
彼の言葉に彼女は真剣な顔になり呟く。
「そういうこと。神童と呼ばれている茜の実力を見るのに絶対に一つ勝負しようと言い出すだろう。なら、ある程度の実力をつけておかないと厳しい対局になる」
「分かった。智慎、指導してくれるんだよな?」
静かな口調で語る智慎の言葉に茜は問いかける。
「あぁ、少なくとも相手の次の一手を予測するくらいはできるようになると思うぞ」
「それじゃあ、ご指導。よろしくお願い致します」
それに肯定して頷く彼へと彼女は姿勢を正しお辞儀した。
こうして智慎から囲碁や将棋の知識を教え込まれ、数週間後には対局するまでに成長していた。
「……」
「……」
「ふぁ~」
真剣に対局する茜と智慎。欠伸を一つついて退屈そうにする智和。
「……これで、どうだ」
「甘いよ」
盤上に広がる茜の駒を覆い取り上げる智慎。その相手の置いた駒の背後に自分のを置きにやりと笑い取り上げる。取っては貰い、取っては貰う。を繰り返し、気付くと智慎の駒は行き場を失い始めた。
「……ぐっぬっ」
「智慎、どうだい?」
渋い声をあげて悩む彼へと茜はにやりと笑い尋ねる。
「……」
「……」
暫く無言が続き、盤上を見つめ続け悩む智慎と、彼がどう動くのかを見守る茜。
「…………はぁ。参りました」
「よっしゃ! あたいの勝ち~」
「ふがっ!? おめでとう?」
深いため息の後頭を下げる彼の様子に彼女は嬉しくてガッツポーズをとる。その声で目を覚ました智和が寝言のように呟く。
「茜、強くなったな。これだけ食いついてこられれば問題ないだろう」
「へへっ。智慎の教えが良いからだよ」
純粋に茜の成長を評価する智慎へと彼女はにこにこと笑い話す。
「おう、勿論俺の教え方が良かったのもあるが、この短時間で習得できたのは茜の実力だ。だから、自分を褒めろって」
「あぁ、有難う」
にかりと笑い話す彼へと茜は頷きお礼を述べる。
「対局終わったんだよね。なら、海釣りしに行こうよ!」
「あ~。まだ根に持っていたのか……」
目を覚ました智和がそう言って立ち上がる様子に茜は苦笑を零す。
「船での旅の間ず~っと。やりたくて仕方なかったんだからね」
「よっしゃ、なら大物釣り上げに行くか」
「ははっ。二人が楽しそうで何よりだよ」
拳を振り上げ振り下ろし駄々っ子の様に話すおじへと智慎が笑顔で答える。その様子に茜は小さく笑い二人を見詰めた。
「海釣り、海釣り~」
「大漁になったら、今日の晩御飯はちょっと豪華になるぞ」
「よっしゃ、気合れて釣り上げないとね」
スキップする勢いで鼻歌を歌いながら甲板に出て行く智和。その後ろをついて行きながら智慎が話すと、茜も気合を入れ直す。何しろここ最近は食料保存のため一日一食。夕方に食べるだけだったのでお腹を空かせていたのだ。
「それじゃあ、餌をつけて……よっと」
「ほらよ」
「えい」
三人はほぼ同時に海へと糸を垂らす。
「茜が釣り上げたカジキマグロより大きいのを釣り上げるかなら見ててね」
「大きさで競うのもいいが、誰が一番沢山釣り上げるか競争しようぜ」
「ただの海釣りで競うなよな」
智和の言葉に智慎がにやりと笑い話す。それに茜が溜息交じりに答えた。
「あ、あたり! よっと……あれ?」
「逃げられちまったな。もっとゆっくり、魚に振動を与えないように引き上げないと、気付かれて逃げられるぜ」
勢いよく竿を振り上げたが、糸の先には何も引っ掛かっていない。それに不思議そうにするおじへと彼が説明した。
「お、あたりだ。ほらよ……ははっ。釣れた」
「むぅ~負けないからね」
「大きな子どもだな……」
意地悪く笑い釣り上げた魚を見せつける智慎。智和が悔しがりまた海へと糸を垂らす。その様子に茜はこいつら一応元服してるんだよな? といいたげに溜息を零した。
それから暫くのんびりと海釣りを楽しむ。
「おわ!?」
「茜?」
釣れないなと思い欠伸を一つついた茜の竿にヒットする。と同時に海の中に引きずり込まれそうになり慌てた。
その様子に気付いた智和が慌てて自分の竿を放り出し彼女の身体を支える。
「くっ……強い引きだな」
智慎も異変に気づいて駆け寄ると竿を支えた。しかし強引な力に竿はミシミシと音を立てて曲がる。
「三人の力で引き上げるぞ」
「あぁ」
「分かった」
彼の言葉に二人が返事をすると智和が彼女の身体を支えながら踏ん張り、茜は身体をエビぞりにして引っぱり、智慎が竿を両手で持ち力を込める。そうして一斉に竿を引き上げた。
「これ、何~!?」
「ここいらの海域に生息しているノコギリザメだ。先端の尖っている部分は危険だから手で触るなよ」
初めて見る魚に驚く茜へと智慎が説明しながら急いで網を持ってくる。
「よっしゃ、今日の夜はこいつでご馳走だな」
「これ、食べられるの?」
にやりと笑い話す彼の言葉に彼女は不思議そうに尋ねた。
「あぁ、白身魚でうまいぞ」
「え~。こんな青黒い色した不味そうなやつ。食べれるなんて思えないんだけど……しかも凶暴だし」
智慎の言葉に今だに船の上でも暴れまわるノコギリザメを見詰めて智和が呟く。
「ま、騙されたと思って食ってみなって。よし、さっそく厨房に運ぶぞ」
「「……」」
彼が言うと本日釣り上げた魚の入った箱を全て持ち上げ厨房へと向かう。茜と智和はその後を追いかけて行った。
「さ、食おうぜ」
「これがさっきのデカい奴?」
料理人に調理してもらった魚達を使った料理を机に並べながら、智慎がにこにこしながら話す。先ほど茜が釣り上げたノコギリザメの料理を見て智和が尋ねた。
「そうだ、ま。食ってみろって」
「「い、いただきます……」」
彼の言葉に二人は半信半疑といった感じで生唾を飲み込みノコギリザメの身を食べる。
「「……」」
「どうだ?」
無言でかみ砕く茜達へと智慎が尋ねた。
「お、美味しい!」
「なんだこれ、めっちゃうまい!」
「ははっ。そうだろう!」
顔をほころばせて食らいつく二人の様子に彼が盛大に笑い頷く。
「こんなに美味しいなんて……はむ。知らないことがまだまだ一杯あるね」
「あぁ、そうだな。むぐ、むぐ」
「おい、二人とも食らいつくのはいいが、落ち着いて食べろよ。喉詰めるぞ」
智和の言葉に茜も同意して答えた。そんな必死で食べ進める二人の様子に智慎が注意する。
「また皆で海釣りしようね」
「あぁ、そうだな」
「次は俺が一番でっかいの釣り上げてやるから楽しみにしていろよ」
おじの言葉に彼女も頷く。それに智慎も賛成してにやりと笑った。
その翌日の事である。食堂で智慎が腕を組み悩んでいた。
「おっかしいな~」
「あれ、智慎如何したんだ?」
「何かあったの?」
悩み続ける彼の姿にやって来た茜と智和が尋ねる。
「いや、昨日海釣りで大漁に魚を釣り上げただろう。それで、一週間くらいはもつだろうと思っていたんだが、何か数が合わなくてよ」
「数が合わないって?」
智慎の言葉に彼女は首をかしげて問いかけた。
「船員や俺達の食事は何をいつ食べたかの数が毎日管理されているんだ。だけど、如何数えても帳簿に記されている数より少ない気がしてな」
「それって、誰かがこっそり持ち出しているって事?」
彼の話に智和が驚いて尋ねる。
「船に乗っている奴等がやったとは思えないんだよなぁ。あいつ等なら直ぐに報告してくれるはずだし、茜と智和はそんなことやるやつじゃないだろう?」
「それでも数が減っているって事は……」
「あ、佐吉の存在忘れてた……」
智慎の言葉におじも悩む。しかしここである人物の存在を思い出した茜は声をあげた。
「ちょっと、やっぱり忘れていたんだね」
「うお!?」
天上から現れた忍びの様子に智慎が驚き身構える。
「ごめん、ごめん。あまりにも音沙汰ないからさ~」
「あ、そう言えば、佐吉もついてきていたんだった」
慌てて謝る茜に智和も思い出した様子で話す。
「俺が持ってきていた食料も底をついてしまったから、仕方なしに厨房からこっそり持ち出してたの」
「悪い! 本当にごめん!」
「おい、どういうことなのか説明してくれないか?」
佐吉の話に茜は平謝りする。三人だけで話し合う様子に智慎が尋ねた。
それから彼へと事情を説明する。
「つまり、義国の時期領主。真茂の頼みで、この忍びが茜達の護衛をしていたってことか」
「まあ、そうなるね」
話を聞いて納得した智慎へと茜は大きく頷く。
「で、ずっと陰に隠れて見守って来たが、その存在を二人が忘れていて今回の事が起きた、と」
「ははっ。そうみたいだね」
彼の言葉に今度は智和が笑いながら答える。
「成る程な。納得したからもうこの話はおしまいだ。これからは忍びの兄ちゃんの分も用意するように通達しておく」
「智慎、そんなあっさり納得しちゃうのか?」
納得した智慎が話した言葉に彼女は驚いて尋ねた。
「あ、だって茜の護衛なら特に危険性がないだろう?」
「まぁ、そうなんだけど……」
不思議そうにする彼へと茜は呟く。忍びが潜んでいたことをもっと深く追求してくるものだと思っていたので意外だったのだ。
「ってことで、忍びの兄ちゃん。心配すんな。今日からは飯にありつけるぜ」
「それは助かるね。さすがに船の上じゃ食べ物を用意できないから」
佐吉の方へと視線を向けて話す智慎へと忍びが答える。
「茜、ちょっとお願いしたいんだけど、洗濯物が溜まっちまってな。何しろ乗組員は男ばかりだろう。茜が洗い物してもらえると助かるんだが」
「あぁ、分かった」
彼の言葉に何の疑いも持たずに素直に頷くと洗濯をするため席を外す。
茜がいなくなった瞬間三人の顔は深刻なものとなったのだが、その事を彼女が知ることは無い。
「うっわ~。ほんと、これは酷い……」
洗濯場へと到着すると、船旅の間で溜まりに溜まった、ぐちゃぐちゃの服やらなんやらが山積みになっていた。
「さって、片っ端から洗うとするか」
腕をまくり上げるイメージで気合を入れると、山積みの洗濯物と格闘する。
「う~。終わらない……洗濯機と乾燥機が欲しい~」
大きな桶に水を張り近くにあった服を洗う。何十回も同じことの繰り返しに、文明の利器が欲しいと溜息を零す。
「昔って洗濯一つにしても大変だったんだね~。本当に洗濯機を開発してくれたどこかの主婦の人には感謝だよ」
現実逃避しながら終わらない洗濯物と格闘していると足音が近づいてくる。
「茜、洗濯はどう? って、うわぁ!? 何この山?」
「智和~。助けて~」
永遠に終わりそうにない洗濯に死んだ目をする茜。その様子に智和がたじろぎながらも妹を見捨てられないと思い手伝う。
「こっちはおれがやるから、茜はそっちね」
「あぁ、有難う……」
腕をまくり洗濯物と格闘する決意をした智和に、心底有難いと思いお礼を述べる。
そうして二人で山の様な洗濯物と格闘し続けた。
「おい、茜。智和、洗濯終わったか? ってうわ!? 二人が死んでる!?」
何百回も繰り返したところで、腕が疲れて床に突っ伏している二人の様子に、やって来た智慎が慌てる。
「智慎、全然終わんない~」
「おれ、もう洗濯物見たくない~」
「わ、わぁ!? 分かった。直ぐに人数集めて来るから待ってろ!」
どんよりとした様子の二人の言葉に彼が慌てて船員達を呼びに向かう。
「茜ちゃん。大丈夫……そうじゃないね」
「佐吉……あたい一生洗濯物に追われる人生なのかなぁ~あははっ」
「おれ、生まれ変わってきたら洗濯物が楽な世界に生まれ変わりたい~はははっ」
佐吉が姿を現すと二人の様子にそう声をかけた。茜と智和が逝ってしまっている焦点の合わない目を忍びへと向けて狂ったように笑う。
「うわ~。二人が壊れてる……しょうがないね。俺も手伝ってあげるから」
「おい、人員連れて来たぞ! 茜、智和戻って来い!」
佐吉が言ったところで智慎が船員達を連れて戻ってくる。そうして皆で大量の洗濯物を何とか片づけたのである。後日、洗濯物は溜めないことという規則が追加された。
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